閑話 新たな目的
【マーリル】
負けた。自分よりも弱い、「他人のために!」とかのたまっていた奴らに。師匠と、師匠を殺した相手以外に、俺に敵う奴はいないと思っていた。だが結果はーー。
俺は癇癪を起こし、泣きわめくガキのように暴れ回った挙げ句、最終的にはあいつらに押さえ込まれた。何と無様なことか。恥ずかしい、ああ、全く。こんな恥ずかしいことがあってたまるかよ、本当に。
しかし、不思議と嫌な気持ちにはならない。むしろ心はスッキリしていた。いつぶりだろうか? ここまで晴れやかな気持ちになれたのは。
結局、戦いが終わった後に突如現れたあの神子の脅威からも、俺は守られてしまった。身動きがとれなかったから仕方がない? いいや、違う。どのみち、万全の状態であったとしても、奴には敵わなかっただろう。
確証はない。しかし、あの神子から放たれていた圧倒的な気配に、情けなくも俺はビビってしまったのだ。
あれが、最強の神子といわれる長男、ローガス……。なるほど、つくづく思い知らされた。己がいかに弱い存在であったかを。俺はただ、弱い者いじめをしていただけだった。そして、恥ずかしくも自分より弱い奴らだけを見て、己が最強であると勘違いしていたのだ。ああ、穴があったら入りたい。もう、ズボッと身体まるごと。
あいつらの言葉で、俺の目が覚めたなんてことはない。俺は今もヒトを刺すのが好きだし、ヒトを苦痛と絶望で歪ましたいとも思う。その気持ちに偽りはない。ないはずなのに……
『あなたは私たちよりも若いから、まだやり直せる。今のあなたなら、わかるはずだよ。ヒトがどうして助け合って生きるのか? どうしてヒトを傷つけてはいけないのか?』
カルミナの言葉がよみがえる。ヒトを疑うことを知らない、とりわけ甘っちょろい夢物語。ばかばかしい、弱い奴らの生存戦略。
ーーそうか、戦略……!ーー
俺ははたと気付く。そう、俺が馬鹿にしてきた奴らは皆、戦略を練り、実行していたのだ。できないことは誰かに助けを求め、逆に誰かができないことは自分が助ける。それをより多くの人々と実行することで、一大戦略を築き上げていたのだ。そして、これを行うために必要な要素こそがーー、
(自分の弱さを認める……か……)
己の弱さを認められなければ、ヒトはいつまでも強がり、その強がりを守るために、自分より弱い他者を攻撃する。恐怖を植え付ける。そしてーー、独りになる。
これを先ほどまで体現してきたのが、俺というわけだ。
「はっ! 道理で……勝てないわけだよ……」
己の弱さを認める。カルミナたちは簡単に言っていた。だが現実、そんなことができる奴などそうそういない。己を客観視して、冷静に分析し、今の自分に何があって、何が足りないのかを知る。これはなかなか難しい。どうにも自分贔屓に見てしまう。
「だが、奴らに勝つには……やるしかない」
自分はもう、かなりのヒトを殺してしまった。今さら、誰かとつるむことなどできるはずがない。独力で、強くなるしかない。
だからこそせめて、己の弱さを認めるくらいはできなくてはならない。冷静になれ。最初の頃はできていたはずだ。あの頃を思い出せ!
今までの俺は、自分の欲に素直に生きてきた。そうすることで、己の強さが最大限に発揮されると信じていたから。しかし、それは間違いだった。間違いでなければ、俺はあいつらを殺せていたから……。
「近いうちに、俺を助けたことを後悔させてやる……!」
俺に敗北の汚泥を被せたあの女たちを思い浮かべる。奴らに負けたことの悔しさ、自分にくだらない説教を垂れ流したことへの怒り……。奴らへの黒い感情はいっぱいわき上がる。
その一方で、奴らに対して、これまで感じたことのない、ひどく穏やかな感情を覚えているのも確かなのだ。これがどういうことかさっぱりわからない。それが、さらに俺を苛立たせる。ああ、腹立たしい! なんだこのむず痒さは!!
奴らに助けられた時からだ、こんな気持ちになったのは。そうだ、俺はこれまで、誰かに殺されそうになっても、誰かに助けられたことは一度もなかった。当然だ、俺は人殺しなのだから。
にもかかわらず、奴らは俺を助けた。それこそ、己の全身全霊を懸けて。どれだけボロボロになろうと、どれだけ死にかけようとも、一切恐れることなく俺を助けてくれた。奴らは、最後まで俺を見捨てなかった。
それを知った瞬間、俺の中から甘ったるい何かが生まれた。甘ったるくて、無性にウズウズして、どこか恥ずかしさも覚える。何なんだこれは? 俺の身体に、何が起こったんだ?
「~~~~!!!」
ダメだ、思い出しただけでも恥ずかしい。思わず死にたくなる。考えるな、考えるな、考えるな……!
そうだ、今は奴らに勝つために強くなることだけ考えるんだ。負けたままなど、癪にさわるからな。
「まあ、俺が今から行く場所ならば、俺は確実にパワーアップできるはずだ……ククク」
俺が向かっている先、そこは世界で最も危険な森。今は神様が作った安全地帯があるからいいのだが、昔はこの森と、安全地帯を挟んで向かいにある砂漠のせいで、ヒノワ村に行くことが敵わなかったという。
その森には、ありとあらゆる生命体が存在しており、他の場所では見られない、災害級の化物もうじゃうじゃ生息しているという。そんな奴らを倒せるようになれば……俺は確実にあいつらより強くなれる!
「待ってろよ……借りはきちんと返す。それが、俺の流儀だ」
俺は一人、不敵に笑いながら世界で最も危険な森、通称、『魔獣の森』へと足を急がせるのであった。




