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【完結済】愛し愛される世界へ ~一目惚れした彼女が、この世界の敵でした~  作者: 冬木アルマ
第二章

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ローガスVSアーノルド

(え!? 私たちの正体は気付いているはずなのに……どうして?)


 おそらく、ここにいるローガスは、すでにアリシアとマーリルが世界の敵(ナーディル)であると気付いているだろう。それは、アーノルドたちもわかっているはず。

 だというのに、住民たちはアリシアをローガスに引き渡そうとする素振りすら見せなかった。


 カルミナたちは、アーノルドたちが何故そのような、下手をしたらこの場で殺されかねないような行為をするのか、さっぱり理解できなかった。


「へえ……世界の敵(ナーディル)はいない、ねぇ……」


 ローガスは、近くにいるアリシアを横目で見た。凍えるような冷たい視線を受け、アリシアは再びゾクリと身震いする。


「首長よ、あなたはきちんと()()()()()()()世界の敵(ナーディル)が討ち滅ぼされたのを」


 ローガスは、その冷たい視線を今度はアーノルドに向けた。目を細め、ジッとアーノルドを見定めるかのように、彼の隅々まで注意深く見つめた。一挙一動、おかしな所がないか念入りにチェックする。

 無論、この行為に意味などない。なぜなら、すでにアーノルドがローガスに対して嘘をついているのは明白だからだ。数多いる神軍(ジーニス)のなかでも、ローガスは特に()()()()

 そのため、ただ見るだけでその者が世界の敵(ナーディル)か否かを簡単に判断できる。ならば、なぜローガスはすぐにアーノルドを断罪しないのか?

 それは、ひとえにローガスの気分であった。アーノルドはかなり信心深い人物で、神軍(ジーニス)にも多額の寄付をしてくれている。そんな男が、今回に限って世界の敵(ナーディル)を庇うのには、なにか理由があるに違いない。

 その理由を、ローガスは知りたいのだ。


「ええ、しかとこの目で。私だけでなくこの街の住民のほとんどが、それを確認しております」


「ほう……? 住民のほとんどが……」


「なにせ、それはそれは思い出すだけでも恐ろしい化物が、時に宙を舞い、時に大地を蹴りあげながら暴れていたのですからなあ。それを、そこな少年少女が勇気を振り絞り、命懸けでその化物を止めてくれたのです」


 アーノルドは、さぞ怖い目にあったと言わんばかりに身体を震わせながら、ローガスに報告する。


「サマルカンの人間は、受けた恩は決して忘れません。彼らは私たちの命とこの街を救ってくれました。その恩は、なんとしても返したいのです」


 アーノルドはそう言って、真っ直ぐな瞳でローガスを見つめ返した。しばらく、辺りが静寂に包まれる。ローガスとアーノルドは、互いに何も言わずにただ、視線をぶつけ合っている。

 やがて、ローガスはフッ、と軽く笑いーー、


「なるほど、あらかた把握したよ。どうやらこの街にはもう、世界の敵(ナーディル)はいないらしい。邪魔したね、アーノルド首長」


 なんと、ローガスはアーノルドの言葉を真実として結論付けたのだ。アリシアたちが世界の敵(ナーディル)だと気付いているはずなのに、だ。カルミナたちは目を丸くさせて、ローガスとアーノルドを交互に見る。


「申し訳ありません、今度またいらしてください。その時には此度の謝罪をさせていただきましょう」


「うん、ここの酒場の料理は旨いからね。()()()と一緒に遊びに来るよ」


「ぜひお越し下さい。我ら一同、心より歓迎いたします」


「ふふっ、ありがとう。しかしそうか、ここには《災厄》はいなかったか。一度顔くらいは見ておきたいと思っていたんだけど」


 ローガスはアリシアを一瞥しながら、そんなことを言った。目が合った瞬間、彼は微かに不気味な笑みを浮かべた。アリシアは一瞬、自分の心臓が飛び跳ねたのを感じた。


「《災厄》というと……最近話題になっている世界の敵(ナーディル)ですか。たしか、我らが()が最も警戒なされているとか……」


 不自然さを隠すために、アーノルドはローガスの話を合わせようとローガスの呟きに食い付く。いつの間にか、ローガスは最初の気だるげな声音に戻っていた。


「うーん……警戒、というよりあれは……()()だね」


「は?」


 ローガスの言葉に、思わずアーノルドは聞き返してしまう。カルミナたちも、ローガスの言っていることに首を傾げながら、事の成り行きを引き続き見守った。


「執心……とは?」


「俺も知らないけど、父さんは《災厄》を捕まえたら、生死問わず連れてこいって言ってるんだよね。いつもはその場で処刑すればいい、なのにさ。しかも他の世界の敵(ナーディル)のことは後回しでもいいから、そいつを捕まえろってさあ。明らかに何かあるじゃんって話」


「それは……主が何か特別な想いがあって、《災厄》を欲していると?」


「そうだろうねえ。それが何なのかは知らないけど。俺にも教えてくれないし、あの人」


(…………え? どういうこと? 神様は私に何を……?)


 アリシアの胸が、ドクンと大きく脈を打つ。自分を使って、神は一体何をするつもりなのか? そもそも自分に、どんな力があるというのか?


「ま、いいや。とりあえず俺もそろそろ戻らなくちゃいけないし、せわしないけど帰るよ。またね、アーノルド首長」


「はっ、道中お気をつけて」


()()()()、帰るのなんて」


 そう言って、ローガスはシュン、とその場から幻影の如く姿を消した。姿が見えなくなったのを確認した途端、四人に一気に疲れが押し寄せる。ハァー、と大きなため息をつき、その場に崩れ落ちた。


「大丈夫かね? 皆の者」


「あ、ありがとう、ございます……首長様」


「アーノルド、で結構だ。あまり首長という呼び名は好きではなくてね。君たちも呼びづらいだろう?」


 アーノルドはニコッ、と好好爺のように優しく微笑んだ。さっきまで凛々しい目つきでローガスとやり合ったとは思えないほど、穏やかな表情。その表情は、四人の張り詰めた心を一気に溶かしていった。


 もう、大丈夫ーー


 四人はようやく、それを実感することができたのだった。


 ~~~~~~


 サマルカン近くの森。ローガスは、森の中の木の上に腰を落ち着けながら、先ほど出会った世界の敵(ナーディル)を思い出していた。


「あれが……《災厄》か……」


 そのコードネームをつけるにはあまりにも大人しい少女。あの二人のエルフが、勘違いしてしまうのも無理はない。実際、自分も初めて目を疑った。


「父さんは何であんなのが欲しいのかなー……? いつか教えてくれるといいけど」


 どこか他人事のようにブツブツつぶやくローガス。それよりも、彼が懸念していることが一つある。


「それよりもサマルカンだよなあ……首長、ありゃ完全に()()()()()


 先ほどの睨み合い合戦で、ローガスが感じたアーノルドの怒り。実際、予見通り世界の敵(ナーディル)はいたし、神軍(ジーニス)もあの若造二人だけ。隊長級もいないのに、とめられるはずがない。さらに最悪なことに、世界の敵(ナーディル)を止めた奴が、同じ世界の敵(ナーディル)であるあの少女。


「あれが《災厄》かぁ……確かに見た目良い子だよなぁ……」


 ローガスは先ほど見た空色の少女を思い出す。世界の敵(ナーディル)というより、もっと神秘的な、例えば()()のようにも見えるあの姿と気配……。


「しかも、全てが終わった後に俺、参上! だよ……ああー、完全に間が悪いじゃん……」


 ローガスは自分の犯した失態に舌打ちする。もう少し早く着いていれば、あのケダモノどもを滅ぼしていたというのに。そうすれば、彼らの心があそこまで傾くことはなかった。


「何はともあれ、これでサマルカンは、()()となってしまったわけか、名実ともに。ああ~、父さんに叱られる~」


 神軍(ジーニス)にとって、かなりの痛手を受けたことを悟り、ローガスは一人でうなだれるのだった。

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