浄化の光
「それじゃあカルミナ、私の手をとって」
アリシアがスッ、とカルミナに自分の手を差し出した。よくわからないままに、カルミナはその手の上に自分の手を置いた。するとーー、
アリシアの光の一部が、両者の手を通ってカルミナに伝わる。その光を受け取った直後ーー、
カルミナの全身から、アリシア同様稲妻のような光が放たれた。自分の身体に起きた異常事態に、さしものカルミナも驚きを隠せなかった。
「え!? ちょ……なに!? 何が起きてるの私の身体!??」
理解が追い付かずに狼狽えていると、あることに気付く。
(力がみなぎる……というか、今ならほんと何でもできそう!!)
先ほどまで瀕死の状態だったのに、いくらアリシアの力があったとはいえ、一瞬で瀕死とは真逆の身体になったことに、カルミナは驚きを通り越して恐怖を覚えた。
「あ、あの……アリシアさん? 私、大丈夫? この後死んだりしないよね?」
「いやいや、だったらあなたをその姿にしてないよ。てかこんな話してる場合じゃない。この状態、あと三分ほどで消えるから」
「それを先に言いましょおおおお!!?」
「だから! 早く行く!!」
アリシアは今の状態になると気が高ぶるのか、普段の彼女からは想像もつかないような、気迫のこもった表情をカルミナにぶつける。そんなアリシアに気圧されながらもーー、
「でもアリシア? マーリル飛んでるんだけど、どうやって行けばーー?」
「だから、こうやって」
そう言うとアリシアは、先ほど作ってあった光の床をぐっと踏んだ。あっ、とカルミナが声を出す頃には、すでにアリシアは天高く飛び上がっている。
アリシアは、こちらに急いで、と言わんばかりにブンブンと手招きしてカルミナを急かす。
「ア、アリシア……本当に何者……? ええい、もうどうにでもなれえ!!」
カルミナはアリシアの言葉を信じ、光の床を力いっぱいに踏む。
「…………えっ?」
気付いた時には、カルミナはアリシアと同じ高さで浮遊していた。そう、浮遊だ。
身体が、いつまでも落下しないのだ。それどころか、まるで目には見えない床があるかのように、空を歩くことができる。
「さすがカルミナ! 一回で成功できたね!」
アリシアは、カルミナをさすがと言わんばかりの感心したような笑みを浮かべる。当のカルミナは、状況が目まぐるしく動きすぎて何が何やらわからない状態であるが……。
「……本当に、アリシア何者……?」
「……そこを追求するのは、後にしよう……」
アリシアも気にしているのか、現実逃避するように目を背け、目の前を浮遊しているマーリルに向き直る。カルミナも、改めて気合いを入れ直して真剣な顔つきに戻った。
「さあマーリル、最終戦といこう……アリシア、技は覚えてるね?」
「うん、問題ない、よ!」
二人は同時に、目の前の化物に向かって突進するのだった。
~~~~~~~
「な、何だ……あれは? 人が、飛んでる??」
信じがたい光景を目にしたサマルカン首長、アーノルドは細い目を限界まで見開いた。目をこすって何度注視しても、見える景色は変わらない。どうやら現実の出来事のようだ。
武装して出てきたのはいいが、あの化物と張り合っているあの人影は何者なのだ……? アーノルドは疑問尽きぬまま、目的地に向かって走り続ける。
引退したとはいえ、かつてその名を知らぬ者はいないと言われたほどの武の達人であったアーノルド。全盛期ほどの力はないが、それでもサマルカンのためにでないわけにはいかない。そう思い、久方ぶりに剣を握ったのだが……
「む……! あれは……!」
前方を見ると、街中だというのに人だかりが見えた。おかしい、確か報告によれば住民は全員、街の外に出たと聞いたのだが……、
「何をしている! 危険だぞ!」
アーノルドは一旦止まり、住民に街の外に出るよう呼びかけることにした。住民は一斉にアーノルドの方を振り向き、途端に皆顔を明るくさせる。
「首長……首長だ!!」
「アーノルド様!!」
「ご無事で何よりですわ!!」
住民は一斉にアーノルドのもとへ行き、アーノルドの無事を喜ぶ。アーノルドもまた、住民の元気な姿を見て嬉しそうに顔を綻ばせた。
「皆も無事で何よりだ。ところでなぜこんなところにいる? たしか街の外に避難したのではなかったか?」
アーノルドが疑問をぶつけると、一人のガタイのいい男が代表してその問いに答えた。
「へぇ、おっしゃるとおり、さっきまで俺たちは街の外にいたのですが……」
男曰く、街の外にいたらあの化物が空を飛んだので警戒したところ、それと同時にあの二つの人影がどこからともなく現れ、化物と戦っているとのこと。そして、どんな様子か気になってしまい、思わず街の中に入ってしまったことを教えてくれた。
「す、すいません……飛べる以上、どこにいても危ないとわかったらつい……」
「いや、いい。それよりもあの人影は一体……」
「それなんですが首長、よく見てください! あの二人組の片割れ、世界の敵みたいなんですよ!」
「何だと!?」
ーー聞いてないぞ、世界の敵が二人もいるなど!!!ーー
アーノルドは目を凝らして二人組を見つめる。
「二人とも女子ではないか……それに……」
あれが、世界の敵だと? 確かに光に身を包み、ここにいても伝わるほどの巨大な圧力。人とはかけ離れた異形の姿。しかしーー、
(なんと神々しいのだ……暗く染まった世界を暖かく照らしてくれるような光……)
事前の情報の限りでは、神軍が言っていたのはあの子のほうであろう。だが実際に目にすると、聞いていたイメージとはどうもかけ離れている。しかもその世界の敵は今現在、この街を脅かしているもう一人の世界の敵と対峙しているではないか。
(一体どういうことですか、神よ……私の見るかぎり、あの娘に邪気は感じません。何故神はあの者を悪だと認定したのですか?)
答えが返ってくるはずはないのに、どうしても聞かずにはいられない。それほど、アーノルドの心は大きく揺れ動いていたのだ。
「がんばれええええ!!! お姉さん!!!」
耳にやけにひどく突き刺さる、いたいけな声。アーノルドが声のする方へ向くと、まだあどけなさの残る少女が、声援らしきものを送っていた。アーノルド含めた周りの人間たちは、目を見開いて少女を見る。その視線に気付いていないのか、少女は構わずに叫び続けた。
「もしもし、お嬢さん? あの二人と知り合いかね?」
アーノルドは、空を飛びまわっている人影を差し出ながら、優しい少女に尋ねた。突然声をかけられた少女はビクッと声を震わせながら、おそるおそるアーノルドの質問に答えた。
「は、はい……、あの人、さっき逃げ遅れて殺されかけた私を助けてくれて、ここまで運んできてくれたんです」
その言葉を聞き、アーノルドは衝撃を受ける。何が世界の敵か。何が『災厄』か。あの少女のしていることは、まさしく善行ーー!
「そうか、なるほどな……」
ならば迷いなどありはしない。神よ、今回ばかりは、私は自分の意志の方を尊重いたします。
アーノルドは住民を見渡しながら、こう叫んだ。
「皆さん、相手が誰かなんて関係ない。あの少女たちは、どんな理由があるにせよ、我々のために命をかけて戦っているようだ。ならば、我々誇り高きサマルカン民のやるべきことをやろう! そこのお嬢さんは、それが何なのかわかっているようだぞ? 大人たち」
周りの住民は戸惑いを隠せずに互いに顔を見合わせたが、すぐにアーノルドの想いを汲み取り、決意の瞳に変わった。
「そうだな……俺たちのために頑張ってくれてる奴に何もしねえのは卑怯だ!! 嬢ちゃんたち、がんばれええええ!!」
頑張れ、頑張れ、頑張れ!!!!
住民たちは口々に戦っている少女たちに向けて声援を送り始めた。アーノルドもまた、二人に対して祈りを捧げ始める。
「図々しいことだが、この街の運命、名も知らぬ君たちに託す……どうか、どうかこの街と、住民を守ってくれ……! 頼む……!!」
どこか悔しそうな、申し訳なさそうな表情をしながら、アーノルドは上空で行われている戦闘に目を向けた。皆の想いが通じているのか、二人の人影が徐々に巨大な化物を押してきているように見えた。そのたびに、住民から歓声がわっ、とわいた。
もはや、彼女が世界の敵がどうかなど関係ない。今はただ、あの二人の少女が無事に戻って来てくれることを願うしかなかった。
~~~~~~
「カルミナ嬢、アリシア嬢……!」
住民の避難誘導を全て終え、酒場の近くにいたハロルドたちは、上空で戦闘を繰り広げているカルミナとアリシアを、不安げな表情で眺めていた。化物の攻撃がカルミナたちに当たりそうになるたび、ハロルドの心臓が飛び出そうになる。胸を押さえながらソワソワするハロルドを、隣のミランダは鬱陶しそうに見ていた。
「何だい、いい年こいて情けない! 男ならドシッと構えな! あの子たちなら大丈夫だ、必ず勝つよ」
「いや、わかってるけどよ……やっぱり不安じゃねえか……そもそもなんであの二人が戦ってるんだよ……てっきり逃げてるかと思ってたのに……」
「そんなもん知るか。どんな理由があるにせよ、今ああして命張ってるのは事実なんだ。保護者代わりを名乗るんなら、真っ先に応援してやるのがあんたの役目だろう!?」
ハロルドはハッとなって、こちらにに厳しい視線を送るミランダ。厳しくも、子供を見るような暖かい瞳だ。
懐かしい。昔ヘンリーと無茶したときも、こんな顔しながら叱ってくれたっけーー。
ハロルドは穏やかな笑みを浮かべながら、ミランダを見つめた。そんなハロルドを見て、ミランダの怒りはさらにヒートアップ。
「人が叱っている最中に、何をヘラヘラ笑ってるんだ気持ち悪い。お前といい、ヘンリーといい、昔からそういういい加減なところがあるから……!!」
「悪い悪い。いや何、俺も親父になったんだな、と改めて気付いただけさ。他意はないよ」
「妻子までいる奴が何を言ってるんだい、ったく……。いいから、二人を応援してやりな。私も続くよ」
「へいへい……」
ハロルドは少しため息をついたあと、スゥーッと大きく息を吸って……
「やっちまええええ!!!! カルミナあああああ!!! アリシアあああああ!!!」
遠くで戦っている彼女たちに聞こえるように、胸が張り裂けそうになるまで力いっぱい叫ぶのだった。
ミランダはそれを見てフッ、と軽く微笑み、ハロルドに負けないくらいの、大砲のような大声でカルミナたちを応援し始める。二人はそのまま応援合戦を始めてしまった。
(必ず、生きて帰ってこいよ……カルミナ嬢、アリシア嬢……)
~~~~~~
一人、また一人とカルミナたちを応援し始める。最初は世界の敵同士で争っていたことで戸惑っていた住民たちだったが、少なくとも、二人の少女が自分たちのために戦ってくれていることは伝わった。それならば、どっちに勝ってほしいかは明白なことである。
頑張れ……頑張れ……頑張れ……!!!
どう伝播していったのかはわからないが、いつの間にかサマルカン中の人々が、カルミナたちの戦いに注目し、二人に声援を投げかけていた。自分たちは安全地帯にいて、女の子にこの街を守ってもらうなど、虫のいい話かもしれない。その自覚があるからこそ、なおさら自分たちが今二人にしてやることをやるのだ。
子供から老人に至る全ての人々の中で、恐怖でうずくまっている者は、誰一人としていなくなった。
~~~~~~
「なんか、下にいるヒトたちが私たちを応援してるみたい。声が聞こえてくる」
「そうだね、ますます負けるわけにはいかない!」
住民たちの声援は、きちんとカルミナとアリシアにも届いていた。応援されると、身体の奥から不思議な力がわいてくるというが、二人は今、それを実感していた。
対するマーリルは、どこか煩わしそうに首を横に振っている。ここまで長いこと暴走状態で戦ってきたため、さすがに身体の限界がきていたのだ。
早いとこ、決着をつけねばならない。そう判断したマーリルはこれから放つ一撃に残された全ての力を込めようと、どす黒いオーラを放つ。
「マーリルも、次で決めるみたいだよ」
「じゃあこっちも、決めにいくとしますか!」
「どのみち私たちも限界きてるからね……カルミナ、手を」
「オッケー、アリシア」
カルミナとアリシアは再び手をつなぎ、目を瞑って力を込める。二人の周囲に白い光が集まり、やがてそれは、二人を芯とした真っ白い光の柱と化した。天の奥まで続く柱。それを身に纏った二人の少女は、手をつないだまま拳をぐっと握りしめる。
両者の準備は終了。あとは……互いの力比べのみ。改めて正面から向き直る両者。そしてーー、
「グオオオオオオ!!!!」
「「うおおおおおおおおお!!!!!」」
互いに天地が震え上がるほどの咆哮をあげて、ぶつかり合う。白い柱と黒い柱が、火花を散らしてどちらが上かを競い合う。
「ガアアアアアア!!!!!」
マーリルが、白い柱を飲み込もうとわずかに押す。
「ぐっ……まだまだああああ!!!」
押されながらも、全身が砕け散るようなすさまじい衝撃を受けながらも、カルミナたちは怯まない。むしろ、さらに力を増していく。その力は、少しずつ、少しずつ、マーリルの黒い柱を飲み込んでいく。
「!!? グ、グアアア!!!」
マーリルは必死に抵抗するが、形勢が覆らない。どれだけ力を込めても、より強い力で押さえ込まれる!!
「マーリル……私たちは、一人じゃない。独りでは、生きていけない」
「だからこうやって、皆で力を合わせて困難を乗り越える。どれだけ優れた力を持っているヒトでも、ヒトである限りそれは変わらない」
「誰かが隣にいてくれるから」
「誰かが自分を想ってくれるのを感じるから」
「「私たちは、強くなれるの!!」」
瞬間、マーリルは見る。目の前の二人の背中に、数多の白い人影を。錯覚なのは間違いない。だが……妙にリアリティがある。その人影は、二人の少女の背中を優しく押していた。
本当に、自分は二人だけと戦っているのか?
(なんだこれは……あいつらに、一体何がついてるんだ……!)
光に飲み込まれるたび、マーリルは少しずつ意識を取り戻していく。
(オレは……負けるのか?)
勝てない。ここから逆転するビジョンが浮かばない。決着はついていないがすでに……試合終了だった。
段々身体が光に飲み込まれていきながら、マーリルは思う。
(なぜだ……こんな姿になってまで力を得たのに……結局オレは、何をしてもこいつらには勝てないのかよ……)
生まれて初めて味わう完全なる敗北。屈辱的で、今すぐ消えて失くなりたくなる。まあ、このまま自分は死ぬのだからそこは問題ないか……
しかし、この光に包まれると不思議とーー、心が休まる。隙間のあった部分が、どんどん埋まっていく。入ってくるものが、失くならない、消えない。そして、物足りないなんてことにもならない。
(そうか……これだったのか、オレが探していたものは……)
どうりで、見つからないわけだ。これは、決して独りでは得ることはできない。ましてや、他者を傷つけることしか能のない自分には、到底得られるものではなかったのだ。
ついに、マーリルの巨体が、黒い柱とともに光の柱に完全に飲み込まれていく。勝負は……ついた。
(ああ、悔しいなあ、悔しいなあ……こんな甘っちょろい奴らにオレが負けるなんて……。結局、こいつらの言い分は、正しかったんだよな……ああ、悔しい。でも……)
薄れていく意識のなか、マーリルは最後に涙を流して、笑った。
(この感覚も、悪くは、ないな……)
そうして、意識とともに化物の肉体は、跡形もなく消え去った。




