己との交渉
(いけるーー!!)
力を解放させたエルフの二人も加わり、カルミナたちはマーリルの動きを封じた。カルミナが左から、アートマンが右から、そして離れた正面からシルビアが、マーリルを牽制する。ちなみに後ろは壁だ。逃げ場などない。
「グアアアアア!!!」
マーリルは苦しそうな声をあげながらも、三人に対してどうにか一撃当てようと、その剛腕をがむしゃらに振り下ろす。しかし、三人があっちこっち逃げまわるもので中々当たらない。
形勢が、逆転し始めていた。しかし、両者ともに決め手がない。このまま膠着状態が続けば、カルミナたちが不利になるのは明らかだった。
(もう少し……もう少しなのに……! あと何か! 流れを変えるものがあれば!!)
カルミナは決めきれないもどかしさと、蓄積され続けて限界に達していた疲労によって、心の平静が失われつつあった。平静さを失えば、焦りが生まれる。その焦りは、一瞬一瞬の判断を鈍らせる。
だからこそ、カルミナの読みが外れるのも仕方のないことであった。
「カルミナっ!!! そっちはダメだ!!!」
「えっ……?」
カルミナがマーリルの右手からのパンチを後ろに下がって避ける。しかし、それをマーリルは読んでいた。
カルミナが着地した時にはすでに、カルミナのすぐ隣にマーリルの左手が迫っていた。生まれて始めて、自分の動きを読まれた瞬間であった。気付いた時にはすでに遅い。もう、この場にいるメンバーでは、どうすることもできなかった。
マーリルの剛腕が自分を切り裂くのを静かに待つ以外できないカルミナ。これまで何度も死にかけて、なんだかんだで運良く助かってきたが、今回ばかりはそうもいかないようだ。
(あぁ……しまった。私ったら、また……)
自分の行いを悔やむ暇もない。カルミナはただ、ギュッと目を閉じることしかできないのだった。
「させるかああああああああ!!!!!」
野獣の咆哮にも似た、荒々しい叫び声が轟く。それと同時にーー、
稲妻が、地面と水平に走った。その稲妻は、カルミナを切り刻もうとしていたマーリルの右腕を、容赦なく塵にした。あまりの熱さと、それからくる激痛に、マーリルは悶え苦しんだ。
「アガッ!!!?」
マーリルはそのまま後ろ向きに倒れ、焦げた右腕を押さえている。アートマンとシルビアは、何が起きたのか理解できなかった。当然、カルミナにもーー。
そのカルミナはというと……、真っ白な光に包まれていた。否、よく見たらそれは光ではない。目が眩むほど明るい光を放つ人型の生物だった。カルミナは、その生物にお姫様抱っこされていただけだった。
「大丈夫……? カルミナ」
その生物が、カルミナに声をかけた。その堂々たる姿とは裏腹に、今にも限界を迎えそうな、ひどく息が乱れ、声は不安定に震えている。
カルミナは、その声に聞き覚えがあった。というより、その声の主をカルミナは絶対に聞き間違えたりしない。なぜならば、その声の主は、カルミナが最も大切に想う人なのだからーー、
「アリシア!! その姿は……!」
カルミナは、無事に戻ってきてくれたアリシアに対し、やけに不安げな声で呼びかけた。今のアリシアの姿は、空色の髪を逆立て、全身から純白の稲妻を放っていた。瞳には青い焔が灯り、普段のおっとりした表情とは真逆の、勇ましさを感じるほどの、一人前の戦士のような顔つきだった。
そう、その姿はあの時のーー、暴走してしまった時と全く同じ姿だったのだ。カルミナが心配するのも無理はない。しかし、幸いなことにその心配は杞憂に終わる。
「大丈夫……! 交渉してきたから……! あまり時間は、ないけどね……!」
「交渉? 誰と?」
「こっちの、話……!」
フゥー、フゥー、と興奮気味の息を吐いているが、きちんと意識はあるようだ。カルミナはひとまず安堵する。
「まさか私がするより先に、アリシアにお姫様抱っこされる時が来るとはね……」
「ふふ……間違って、ないじゃん。カルミナも、女の子、なんだから……!」
「まあ、そうなんですけども……なんかコレじゃない感半端ない」
カルミナは嘆息しながらも、疲労が溜まりすぎていたのかすぐに動くことができなかった。アリシアはボロボロのカルミナを見つめながら、
「大丈夫……今、あなたを治すから」
そう言うと、アリシアを纏っている光が、カルミナを優しく包み込んだ。カルミナは驚きで挙動不審になるが、すぐにその光の暖かさに癒されたのか、トロンとした穏やかな表情になった。
「ホッとする……」
「それは何より」
アリシアもカルミナが無事でいてくれたことに安堵の息を吐いた。そして、先ほどのもう一人の自分との会話を思い出していたーー
~~~~~~
「力を貸して」
少女を無事街の外まで送り届けた後、アリシアは瞑想を始め、自分の心に存在するもう一人の何者かに語りかけた。できることならもう二度と話したくなかったが、背に腹は変えられない。今の状態でカルミナたちのもとに向かったとしても、足手まといになるのは明白だ。
ーー前々から思っていましたが、随分都合が良いんですね。今もある程度貸しているじゃありませんか。今後のためにーー
「何と思われても構わない。とにかく貸して。あなたのものであると同時に、私のものでもあるのよ」
アリシアは以前とは比べ物にならないほどの強気な姿に、声は愉快そうに笑った。相変わらず、声はするのに姿形は見えない。
ーーふふふ……らしくなってきましたね。いいですよ、確かにこの力はあなたのものですし、私が反対する理由もありませんーー
「へえ、意外。もっとガミガミ言ってくると思ってた」
ーーあなたが何をしようが、あなたは間違いなく使命を全うする。その時には、あなたは万全の状態でなければなりません。日頃の力に慣れる訓練は大事ですーー
「あっそ。じゃあ、遠慮なく。あなたはそこで、現実味のない妄想でも楽しんでるといいわ」
ーーふふふ……妄想、ですか。それはどちらかというと、あの子にふさわしい言葉ですけどねーー
「あの子? 誰のこと?」
ーーいいえ、あなたには関係ありませんのでご心配なくーー
「なんかあなたって、私に使命使命うるさく言う割には肝心なこと教えてくれないよね。漠然とした話でわからないことばっかり」
ーーそれも言ったはずです。あなたはまだ知らなくていい、と。なぜなら、あなた自身がこの世界のことをわかっていないから。あなたにはまだまだ修行が足りません。あなたの今すべきことは、この世界をあなた自身の目で見て、知ることなのですーー
「…………」
アリシアは黙り込む。今回も、自分はうまくはぐらかされてしまったようだ。何か負けた気分になり、不愉快だ。声の主は、不敵に嗤う。
ーーまあ、大事なのは今ですよ。あなたに、この力が操れるといいですねえ?ーー
その言葉を最後に、アリシアは現実に戻ってきた。いつの間にか、アリシアは真っ白な稲妻を纏い、何もしなくてもみるみる力がわいてくる。これなら、足手まといにはならずに済みそうだ。だがーー
「ぐ……!? ああああああ!!??」
アリシアは突如その場に倒れ、もがき苦しみ出す。頭が、胸が、身体のありとあらゆる所が、焼けるように熱いのだ。全身にひたすら鋭い刃物でめった刺しにされているような、拷問を受けているような感覚。気を張っていないと確実に意識が飛んでしまう。しかし、張れば張るほど全身の苦痛は増していく。
熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い熱い熱いーーーー!!!! でも!!!
「気を……しっかり持つんだ……! 力に、呑まれるな……! この力は、誰のものでもない、私のものなんだ!! だからーー」
言うことを、聞けええええええええええええ!!!!!!!!
アリシアは胸を必死に押さえながら、体内で暴れるなにかをねじ伏せようとする。こんな奴に負けてなんていられない。自分は進まなければならないのだ。大切な恩人のためにーー!!!!
アリシアは息を荒げ、明らかに苦しそうな表情をしながらも、全力をかなけて立ち上がる。そしてーー、
「ま、待っててカルミナ……! 私も、あなたの力になるから……!」
アリシアは、天高く飛び立つのであった。
~~~~~~
そんなことを思い出している間に、マーリルが再び身体を再生させて立ち上がった。雄叫びをあげてアリシアに威嚇するマーリル。呼応しているのか、アリシア同様額に紋章が浮かび上がった。アリシアは、自分に対して最大の威嚇をしてきたマーリルを、
「ーーーー!!」
ただ、見返しただけだった。しかし、それを直視したマーリルは思わず後退りを始める。この姿になって始めて、マーリルは恐怖を感じたのだ。
身の危険を感じたマーリルは、慌てて黒い渦を発生させて、最初の時のように飛び立ってしまった。こうなると、アートマンやシルビアではどうすることもできなかった。周りの渦によって、シルビアの矢ですら弾かれてしまうのだ。カルミナたちは今度こそ打つ手がなくなり、悔しそうにマーリルを見つめた。するとーー、
「カルミナ、力を貸してほしいの」
同じようにマーリルを見ていたアリシアが、カルミナにぼそりと呟くように告げた。カルミナはマーリルから目を離し、アリシアを見る。
アリシアは自信満々の笑みを浮かべながら、空にいる巨大な獣を見つめた。
「今なら、何となくだけどあの子ーーマーリルーーを元に戻せる気がする。だけど、私一人じゃ後一押しが足りないし、力を抑えきれなくなるかもしれない。カルミナ、お願い。私と一緒に、あの子を助けて」
アリシアはおそるおそる、といった具合にカルミナにお願い事をした。その要請にカルミナはいつもの笑みを浮かべてーー、
「うん、行こう! 愛しの人の頼みだもの! 何だってやってやるわよ!!」
力強く、アリシアに告げた。それを聞いて心底嬉しそうな笑みを返したアリシアは、飛び立つ準備を始めた。足に力を込め、地面とスレスレの位置に自分用の床を作った。
「カルミナ……ありがとう。それじゃ……行くよ?」
「いつでも。アリシア」
そして二人は、この戦いを終わらせるため、マーリルを含めた全員を救うための、最後の大詰めに向かうのであった。




