みんなを助けよう!
あんま進んでないですね…
「マーリル……!」
カルミナが心底辛そうな表情を浮かべながら、獣となったマーリルを見つめる。マーリルに締め付けられていた痛みが癒えていないのか、思うように身動きがとれなかった。
マーリルは、そんなカルミナには目もくれずにそのまま飛び去ってしまった。直後、あちこちから人々の悲鳴がこだました。
「ま……まずい……! 街が……!!」
このままではサマルカンがメチャクチャになってしまう。今のマーリルを止めることができる者は、おそらくこのサマルカンにはいないだろう。カルミナは気を踏ん張って、どうにかして立ち上がろうとする。しかしーー、
「……あぐっ!? 痛ッ……」
足がガクガク震えてうまく起き上がれない。思った以上に身体に深刻なダメージを負っていたようだ。
「加護があったとはいえ、疲労もピークに達してたんだろうなあ……でも、このままじっとしているわけには……!」
カルミナはゆっくりと、生まれて初めて立ち上がる面持ちで身体を起き上がらせる。慎重に、足をゆっくりと伸ばし、腕もきちんと動くことを確認しながら力を込める。しかし、結果はさっきと同じだった。
「あー、もう!!……こんなところで寝ている暇はないのに……はぁ、アリシア~……助けてぇ……」
近くで気絶しているであろうアリシアに独り言のように助けを求めながら、カルミナは大の字で仰向けになる。どうしようかと悩んだその時、
「呼んだ、カルミナ?」
カルミナの視界に、ひょこっと目をぱちくりさせたアリシアが顔を現した。突然のことにカルミナの心臓が思わずビクッとはね上がる。
「うわあっ!? ア、アリシア? お、起きてたの? というか無事!?」
「私は大丈夫……アートマンさんやシルビアさんも……といっても今起きたばっかだけどね……」
「そ、そうなんだ……良かったぁ……」
思いの外ケロッとしながら答えたアリシアを見て、カルミナは安堵の息を漏らす。そんなカルミナの姿を見て、アリシアは不安そうな目をした。
「私たちよりもカルミナだよ……というよりあなたが一番無事じゃないでしょ? 人の心配より自分の心配しなきゃ」
「あはは……面目ない……」
「もう……」
自分のことを省みないカルミナに、半ば諦めの思いを抱きながらアリシアは両手をカルミナにかざし、念を込める。たちまち、アリシアの手から暖かな光が生まれ、カルミナの身体はその光に包まれた。
アリシアのこの力は、ここ一週間の修行のうちに偶然発見されたものだ。舞道の鍛練の一つで、己を知るための深い瞑想をした直後、こうした力が扱えるようになったのだ。アリシア曰く、
「もう一人の自分と交渉した」 とのこと。
アリシアにはどうやら、人を超えた力が眠っているらしく、この力が世界の敵の刻印によるものか、もしくはそれ以外の要因によるものかは不明である。いずれにせよ、この力がアリシアの記憶を取り戻すヒントになることは確かであった。
「はぁ……あったか~い……」
傷付いた身体が徐々に回復していくのを感じ、カルミナは気持ち良さそうにそうつぶやいた。アリシアはカルミナの幸せそうな様子を見て、クスリと微笑みながらカルミナの傷を治していくのだった。
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「よーし!! 完全ふっかあーーつ!!!」
アリシアの治療が終わると同時に、カルミナは元気よく立ち上がって思い切り声を張り上げた。
「ちょ……!? まだ完全に治ったわけじゃないんだから、身体を無理させないの!!」
「うっそだあ~、こんなにピンピンしてるのにってぐはあっ!?」
カルミナが腕をぶんぶん振り回していると、ビキッと全身に突き刺ささったような鋭い痛みが走った。カルミナはその場にうずくまって悶絶する。
「ほらあ! だから言ったでしょ! この力はあくまでも応急措置なんだから……」
アリシアが呆れたようにため息をつきながら、カルミナを注意しているとーー、
「おーい、お前らーー! 大丈夫か~?」
アートマンとシルビアがカルミナたちのもとに駆け寄ってきた。二人とも先ほどマーリルに吹き飛ばされていたが、幸い軽傷で済んだため、カルミナと違いすぐに動けるようになった。
「まあ、なんとかね……それよりも」
「ああ……このままじゃサマルカンが危ない」
「あちこちから悲鳴が聞こえるわ……早くなんとかしないと……」
「でも、どうすれば……」
アートマンたちは、どうすればマーリルを止められるかわからず、途方に暮れた。人間時ですら敵わなかったのに、力を暴走させているマーリルにどうやって勝てるというのか。三人に暗い陰が差したその時のこと。
「行こう、皆。マーリルを止められるのは、私たちしかいない」
カルミナが決死の瞳をして立ち上がった。そして、改まってアートマンとシルビアの方に向き直る。
「お願いがあるの二人とも……。私たちとの間には色んなわだかまりがあるかもしれない。だけど、私はマーリルを止めて、この街を助けたい。あなたたちも、その気持ちは同じだと思うのだけど、違う?」
「……いや、俺たちも新参者とはいえ神軍の端くれだ。人々の安全を守る使命がある」
「だったら、私たちは今、同じ目的で結ばれた仲間だよ。お願い、この街の人々を助けるために、私たちに力を貸してほしいの!」
そう言って、カルミナはアートマンたちに頭を下げた。アリシアも同じようにアートマンたちに頭を下げる。
「私からもお願い……街の人々もそうだけど、私はマーリルも助けたいの……あの子、今も泣いてる気がするから……放っておけない」
カルミナとアリシアは決意のこもった瞳で、アートマンとシルビアを見つめた。その目を見た二人のエルフはお互いの顔を見合わせた後、フッと軽く笑った。そしてーー、
「ああ、いいぜ。一時休戦だ、どのみちお前らに頼まれなくても俺たちはあいつを止めに行くつもりだったしな。なっ、シルビア?」
「ええ、アートマン。それに、二人には助けてもらった恩があるもの。借りを返すなら、なるべく早いほうがいいからね」
そう言ってアートマンたちは、カルミナとアリシアに向かって手を差し出した。カルミナたちはそれに応え、アートマンたちの手を強く握る。
「俺たちは今、この場限りではあるが一蓮托生だ。喜んで、お前たちに協力しよう」
「アートマン……シルビア……ありがとう!」
カルミナは顔をパアッと明るくさせながら二人のエルフに礼を述べた。アリシアも、アートマンたちに向かって何度も感謝の意を示した。
「それじゃあ、ひとまず俺たちはどうしたらいい?」
アートマンが早速、話を進め始めた。それにカルミナが素早く答える。
「アートマンたちは、神軍として街の人々の救助をお願い。全員の安全を確認できたら、私たちの所にきてほしい」
「わかった。とすれば、お前たちがすることはーー」
「うん、私たちが彼を止めてみせる。正直、今のマーリルに私勝てるかどうか怪しいから、終わり次第手伝ってほしいのよね。それまで、何とか食い止めてみせるから」
カルミナは力強くアートマンたちに言葉をぶつけた。その想いを受け取ったアートマンたちは肯定の意を示す。
「わかった。それじゃあ、時間も惜しいしそれで行動していこう。あのガキのお守りは一旦、任せたぜ!!」
「うん! 任された!!」
アートマンたちはそう言って、人々の安全を確保するために速やかに走り去っていった。残されたカルミナたちはお互いに向き直る。
「アリシア、あなたも力を貸してほしい。無理はしなくていいから、あなたが今できる限りの力を、私に預けてほしい」
カルミナにそう言われたアリシアが、不意にカルミナの手を優しく包み込んだ。カルミナは驚きで目を丸くしながらアリシアを見る。
「カルミナ、私は大丈夫。あの時とは違うよ。私は戦う術を身に付けた。私も、誰かの役に立ちたい。カルミナみたいに、誰かを助けられる人間になりたい。みんなで、あの子を止めよう」
アリシアは落ち着いた、しかしどこか熱いモノを持っているような、静かに揺らいだ瞳でカルミナを見ながらそう告げた。アリシアの頼もしい姿を見たカルミナはニッといつもの笑みを浮かべながら、アリシアに自分の手を差し出した。
「よし! それじゃあ、行こう!! アリシア!!」
「うん! 皆を助けに!!』
よろしくお願いいたします!!




