異変
「フゥー、終わった……」
マーリルが今度こそピクリとも動かなくなったのを機に、カルミナは構えを解いて息を整えた。緊張感がプツンと途切れたため、どさりとその場に座り込んだ。
「お疲れ様、カルミナ」
「アリシア、ありがとう」
アリシアはカルミナの所に駆け寄り、カルミナに手をかざして能力を発現させる。どこかフワリとした心地よい感覚が、カルミナの全身に行き渡っていく。
「はぁー……生き返る……」
「年寄りみたいなこと言わないでよ、もう……」
「えへへ~、だって気持ち良いんだも~ん。アリシアの愛が私の中に入って、身体が最大限の幸せを感じているの!!」
「あーはい、そうですか。良かったですねー」
「なんか冷たい!? てかひいてるまさか!?」
「まさかとかじゃなくその通りです、先生」
「!? ああ、やめて!! 私が悪かったから! だからそのよそよそしい呼び方はやめてええええ!!!」
相変わらずの二人であった。
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「う……うーん……」
「シルビア……? シルビア! 分かるか? 俺だ!」
「……ア、アートマン……?」
「シルビア……! 良かった……! 生きてた……!」
ようやく意識を取り戻したシルビアに、アートマンが堪えきれずに思い切り抱きついた。シルビアは少し照れくさそうにしながら、それを受け入れる。
「……もう……人前で抱きつくなとか言ってたくせに……」
「しょ、しょうがねえだろ……! お前にもしものことがあったらと思うと、俺……!」
「……あなたこそ、無事で良かった……私の大切な人……」
「ーー!! シルビアッ!!」
二人はお互いの無事を喜び合うように、しっかりと抱き締め合った。そして、互いに頭をコツンと軽くぶつけ合う。
「うんうん、良かった良かったね~、熱いお二人さん♪」
二人だけの世界に入っていたアートマンとシルビアに、カルミナはどこぞの奥様のような雰囲気を出しながら話しかけた。シルビアはキョトンとした顔をしているが、アートマンの方は一瞬で顔を真っ赤に染めた。
「シ、シルビア? この人俺たちに話があるみたいだし、そろそろ離れよう。なっ?」
「どうして? このままでいいじゃない」
「いや、それは、ちょっと……」
「別にいいですよ~、そのまんまでも~」(ニヤニヤ)
「ほら、この人もこう言ってるし、そもそも抱きついてきたのはアートマンからだよ?」
「い、いや……そう、なんだけど……! そうなんだけどおおお!!」
あまりの恥ずかしさに、アートマンはカルミナたちに見せまいと真っ赤な顔を覆い隠した。その様子を見て、シルビアはさらに満足げな表情になり、アートマンの頭をよしよし、と撫で始めた。
「ふふふっ、そーゆーとこ、可愛いよアートマン」
「……もう、殺してくれぇ……」
アートマンは恥ずかしさが頂点に達したのか、ついに顔を腕の中に埋めてしまった。二人のやり取りを見て、カルミナはホッコリする。
「いやぁ~、若いって素晴らしいですなぁ~」
「何おばさんみたいなこと言ってんの……あんたも充分若いでしょうに」
カルミナの老人めいた発言に、アリシアは我慢できずにツッコミをいれるのだった。
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「えっ!? あなたたちってあのエルフ族なの!?」
「ああ……一応な」
ようやくアートマンも落ち着きを取り戻し、カルミナとアリシアは二人のことについてあれこれ聞き出すことにした。そして最初に二人がエルフ族であると教えられ、カルミナは驚きで目をぱちくりさせていた。そんなカルミナの態度に、アリシアは意味がよくわからずカルミナに尋ねた。
「エルフ族ってそんなに珍しいの?」
「珍しいなんてものじゃないよアリシア! エルフ族ってここからもう少し北西にいった神樹の森にしか住んでない、森の民とも呼ばれる種族だよ。たしか、あそこに生えている神樹を守るために、死ぬまでずっと森の中で暮らすって聞いたけど……」
「その通りだ。エルフ族は皆、父であり母でもある神樹から生まれ、その一生を神樹のために尽くす。だから、普通ならば森の外に出る必要はない。無いんだが……」
そう言ってアートマンは口をつぐんだ。時折シルビアを見ては辛そうな表情になる。シルビアもそれに気付いたのか、安心してと言わんばかりの優しい笑顔をアートマンに向けた。
「アートマン、大丈夫だから。あなたは間違ってない」
「シルビア……ありがとう」
シルビアから勇気をもらったのか、アートマンは深呼吸したあとに話を続けた。
「俺は生まれつき、エルフの在り方に疑問を持っていたんだ。このままずっとここにいるのか? この樹の奴隷となるのか? 俺には我慢できなかった。そして、去年俺は決心して神樹の森を飛び出した。自分の生きる道を、探すために」
「そうだったんだ……、シルビアさんは?」
「私は、アートマンの隣が私の居場所だから」
「さらっと熱いこと言うねえ!」
「ごほん! それであてもなくさまよっていた所を神軍に拾われてな。と言っても、俺たちのほうから志願したんだけど」
「なんで志願したんですか?」
今度はアリシアがアートマンに尋ねた。アートマンは後ろめたそうな表情をアリシアに向けてから、それに答える。
「単純に、どうせなら正しいことをしたいなって思ったからさ。神軍の評判は良かったし、ちょうど腕には自信もあったからな……。まあ、己を過大評価した結果がこれだけど……」
アートマンは悔しそうに口元を噛んだ。シルビアも同じ気持ちなのか、アートマン同様に悔しげな顔をする。二人とも、己の無力さを実感したようだ。
そして、アートマンたちは意を決したかのように真剣な瞳でアリシアを見据えた。
「アリシア……だったか。本当に、すまなかった。俺は、世界の敵というものを誤解していた。世界の敵は、手当たり次第に人を不幸にさせる、恐怖の存在だと思い込んでた。だが……あんたに助けられて、その考えが間違いだと気付かされたよ」
「アートマンさん……」
「あの時あんたは、危険を省みずに俺たちの命を救ってくれた。あんたがいなかったら、俺たちはもうこの世にいないだろう。本当に、ありがとう!」
そうして、アートマンはアリシアに対して頭を下げた。
「私も、ありがとう……アリシア、さん。私たちを助けてくれて」
アートマンに続き、シルビアも同様に感謝の礼をアリシア述べた。
生まれて初めて感謝され、アリシアの胸に今まで感じたことのない満足感が生まれた。それはいっぱいになり、アリシアの瞳から一滴の涙となって溢れた。
そんなアリシアを見たカルミナは、優しくアリシアの頭に手を置いた。
「アリシア、よく頑張った! 偉かったぞ! よしよし」
「うう……カルミナ、ありがとう……」
「うんうん、この調子でこれからも頑張っていこう!」
「うん……カルミナ」
カルミナはアリシアの頭を優しく撫でる。アリシアは幸せそうな表情で、カルミナに己の身を任せていた。
「あなたたちも、仲良いね」
ふと、シルビアが二人の様子を見ながらそう言った。
「当然だよ! なんたって私たちは恋人同士なんだからぐはああああ!?」
カルミナの言葉が悲鳴に変わったのは、アリシアがいつも通りカルミナの腹にクリーンヒットさせたからだ。カルミナは腹を押さえながらその場で崩れ去った。二人組のエルフはアリシアのいきなりの暴力にギョッとした。
「だ、大丈夫なのか?」
アートマンが、アリシアにおそるおそる尋ねる。アリシアはニコリと天使のように笑いながらーー、
「大丈夫、いつものことだから」
「そ、そうか……それならいいんだが」
「彼女たちなりのスキンシップなんでしょ。察してあげなさいな」
「あー、なるほどな……」
「ちょっとお二人さん、何を想像したのかね!?」
「ふふふっ」「はははっ」
ようやくエルフの二人も笑顔を取り戻し、四人の空間に張り詰めたような緊張感はなくなっていた。ここらで、お互いに自己紹介しようと、カルミナは提案する。エルフの二人は、それを受け入れた。
「改めて、私はドーン村のカルミナ。フツーの人間族だよ、よろしくね!」
「どこがフツーだよバケモンめ……こっちも改めて……俺はアートマンで、隣が幼なじみのシルビアだ」
アートマンがシルビアを紹介した後、シルビアはペコリと頭を軽く下げた。
「シルビアと言う。アートマンとは幼なじみで恋人」
「ぶっ!! シルビア!?」
アートマンはシルビアの発言に、思わず吹き出した。
「隠すことはないじゃない、事実なんだから」
「あら~、やっぱり~! お熱いね~、いいね~」
「さっきから何なんだよその奥さん風」
そうして、カルミナと二人組エルフが笑い合っているとーー、
「……ねぇ、一つ二人に聞いてもいい?」
さっきから黙り込んでいたアリシアが、神妙な顔つきでアートマンたちに問いかけた。その表情を見て、アートマンたちは表情を引き締める。
「……何だ?」
「どうして、神軍は私を狙うの?」
核心に迫る疑問。新参者の二人が知っているかどうかは不明だが、答えを知るために、アリシアは少しの可能性であっても拾っておきたかったのだ。アートマンは重々しい口をゆっくりと開いた。
「俺たちもほんの少ししか知らない。だけどーー」
アートマンがそう言いかけた、その瞬間だった。
四人に一瞬、死が迫り来るような、ぞくりとした恐怖を感じた。身の毛もよだつほどの殺意。四人はその殺意を発している場所を見据えた。そこにはーー、
「……マーリル……?」
ドス黒いオーラを発し、ユラユラ揺れながら立ち尽くしているマーリルが、カルミナたちを捉えていたのだった。




