カルミナVS快楽者
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「うらあああああああ!!!!」
マーリルは、雄叫びをあげながらカルミナに近づき、毒ナイフを振り回した。カルミナは、目を閉じながらその攻撃全てを回避する。舞道の基本スタイルだ。
アリシアは、カルミナから教わったことを思い出しながら目の前の戦闘を注視していた。
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『いい、アリシア? 舞道ではね、流れを見極めることが基本なの。これができないと、舞道を始めることすらできない』
『流れ?』
『そう。動物にはね、全てそれぞれ固有の流れが存在する。例えばそうだな……アリシアを例にしよう』
『私?』
『アリシアの場合は、力を込める時無意識に足をほんの少しぐっと構える癖がある。だから、大技来る時とかそれですぐに分かるんだよ』
『え? 嘘? 知らなかった』
『癖っていうのは無意識だから、意外と本人は気付かないモノなの。その人の微細な癖、考え方、得意技などその人独自の行動パターンのことを、流れって言うの。この流れを一早く把握できれば、あとはその流れを追って対応するだけでいい』
『……うーん、流れ、かあ』
『そんな難しく考えることないよ。人間観察の延長線みたいな感じかな。日常生活でも大事なことだよ、この訓練は』
『え、そうなの?』
『誰かとコミュニケーションをとる時とかにね。相手の行動パターンを逆算して、その人が嫌うことを避ければいい。そうすれば、自ずと仲良くなれるものだよ』
『カルミナって、誰かと話す時とかいつもそんな考え方でいるの?』
『もちろん、不用意に人を傷つけたくないし。その上で、自分の譲れないこととか、伝えたいこととか言うけどね』
『……つまり私への変態プレイはわざとやってるということですか? 私が嫌がるとわかってて?』
『だって! 別にアリシアを傷つけてるわけじゃないし、私のこの熱い想いを理解してほしいじゃん! それくらいは許してよ~』
『せめて、人前でするのはやめてほしい』
『え? でも私たちの仲は周知の話なんだし別にそれくらいいいんじゃぐはああああ!?』
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カルミナは最小限の動きでマーリルの凶刃を全て回避する。オルトスの時と同じだ。あの時は何が起きているかアリシアには理解できなかったがーー、
(今なら少し、わかる……避けれるということはつまりすでに……)
ーーカルミナはマーリルの流れを見切ったことになるーー
あとはマーリルのみに集中さえしていれば、体力の続く限りずっと回避できる。どれだけ速かろうと、どれだけ力があろうと、当たらなければ全てが無意味なのだ。
マーリルは相当苛立っているのか、段々動きに荒さが見え始めた。それが余計にマーリルの行動を読みやすくしてしまっていた。
「くそっ……! なんで……! なんで当たらないんだ……! くそがあああああ!!!」
完全に冷静さを失っているのか、マーリルはただスピードを上げるだけで、動き自体に変わりはない。相手の周りを自在に動き、死角からナイフを突くだけの、実に単調な動き。
アリシアですら、今のマーリルの動きが手に取るようにわかった。向こうの神軍の男は、何が起きているのかわからないといった驚愕の表情を浮かべているが……。
しかし、これだけ荒い動きをしているにも関わらず、マーリルのスピードは一向に下がらない。それどころか、ますます上がっているようにも思える。そこらへんはさすがと言うべきだろう。
故に、カルミナがとる行動はただ一つ。つまるところーー、
「ーーっ!? カハ……!?」
カウンター技を食らわせる。マーリルの攻撃をかわし、即座にマーリルの腹に裏拳を食らわした。マーリルの目にも止まらぬスピードも相まって、頑丈な身体であってもかなり奥までカルミナの拳が入り込んだ。
マーリルはそのまま勢いよく吹き飛ばされ、地面にヒビが入るほど激しく叩きつけられた。カルミナはなおも構えを解かず、冷静に倒れ伏すマーリルを見据えていた。マーリルは悔しそうに唇を噛み締めながら、カルミナに対してありったけの殺意を込める。
先ほどまであんなにおぞましく思えたマーリルが、今では思い通りにいかないことにヒステリーを起こしているただの憐れな子どもにしか見えなかった。
「なぜだ……? オレは強いんだ……あんな雑魚なんか一瞬で殺せるんだ……。そうだ、あんな奴らはこれまで散々殺してきたじゃないか……。そうだ、オレは強い、オレは強い、オレは強い強い強い…………」
マーリルは自分に暗示をかけるように、ぶつぶつ独り言をつぶやき出した。目は血走り、額のアザがさらに強く光り出した。
「強いオレが……負けるはずないんだああああああ!!!!!」
自分に言い聞かせるような言葉を吐き出しながら、マーリルはさっきと同じように特攻してくる。もはや彼の姿は全く見えず、ただ風を切る音のみが響いていた。それでも、カルミナは目を閉じながら先ほどと同じようにマーリルの攻撃を回避していく。
素人目から見ても、すでに勝負はついていた。マーリルが行動パターンを変えないかぎり、彼の攻撃がカルミナに当たることはない。しかし、怒りで我を忘れている彼には、それは無理な話だった。
「ぐあっ!!」
マーリルは再び地面にぶつかった。今度は左側面から打撃を入れられ、殴られた左腕を押さえながら、マーリルは苦痛で顔を歪めた。さすがのマーリルも、動悸が激しいのか息を荒げ、ハァ、ハァ、と音を立てている。
「ハァ、ハァ……! うう……」
子犬のように弱々しく震えるマーリルを見て、カルミナは胸が締め付けられるような思いになる。もう、見ていられなかった。
「これでわかったでしょ……? あなたでは、私には勝てない。もう、やめよう? これ以上はお互いが辛くなるだけだよ……」
「う、うる、さいな……弱いやつが、強いオレに、指図するな……!」
「まだそんなこと言ってるの? それがあなたを余計に苦しめてるって、どうしてわからないの!」
カルミナは我慢できなくなり、ついに怒気を含んだ声をマーリルにぶつけた。マーリルは思わずビクッとしてカルミナに顔を向けた。
カルミナは、薄ら涙を浮かべ、悲しげな表情でマーリルを見ていた。それを見た瞬間、マーリルの心に抑えきれない正体不明の情動が湧き上がった。
「……何だよ、その目は」
「え……?」
「やめろよ、やめてくれよ……」
本当は頭では分かっていた。今の自分では、目の前の女には勝てない。動きは完全に見切られ、付け入る隙も見当たらない。さっさと退散するのが、生き残る最善の方法。
分かっている、分かっているんだ。なのに、なのにーー
「オレはそんな目で見られるほど弱くない! オレは強いんだ! 強いから生き残れたんだ! そこの耳長どもだって圧倒したし、そこの世界の敵にだって負けてない! 今までだって、オレは色んな強者をこの手で潰してきたんだ!!」
地団駄を踏みながら、マーリルはまるで誰かに訴えるかのように叫び出した。黄色く光る瞳から、大粒の涙が溢れだしていた。
「何でそんなに、強くあろうとするの……?」
カルミナが率直な疑問をマーリルにぶつける。マーリルはキッとカルミナを睨み付けーー、
「決まってる、弱いやつに生きる資格なんてないからだ。弱者は強者から奪われるために存在している。強者の栄養源なんだよ、弱者は。オレは生きていたい、奪われたくない。だから、奪う側になったんだ。もっともっと強くなって、オレが生きていることに対して、誰にも文句を言わせなくしてやるんだ!!」
マーリルは胸を押さえながら、獣のように息を荒げてカルミナに言葉をぶつけた。いくら必死に押さえつけようとしても、止まる気配は一向にない。
「……誰にでも、弱い部分はあるんだよ」
カルミナは、目の前で苦しそうにしている子どもに、優しく言い聞かせるような声で語りかけた。その言葉に、マーリルはさらに不快そうな表情でカルミナを見据えた。
「何……?」
「強いとか、弱いとか、そんな単純なもので私たちは括れないよ。どんなものにも、長所と短所がある。戦い方一つとってもそうだよ。例えば、私は見ての通り素手での戦いは得意だけど、そこの耳の長いお兄さんのように剣を扱うことはできないし、隣のお姉さんのように弓を扱うことだってできない。その点だけで見たら、私は二人よりも弱者だよ」
「…………」
マーリルは先ほどとは打って変わって黙り込んでいる。顔を下に向け、誰にも見せないように隠している。
「戦い以外でもあるよ? 例えば私がこの街に来るのに知り合いのおじさんに乗せてもらったんだけどね、そのおじさんは馬の世話が得意なの。馬のことなら何でも知ってるし、すぐに仲良くなれちゃう。私には馬の世話なんてできないし、そもそもやり方わからないから、それを見てると羨ましいなーって思っちゃう。そのおじさんの助けがなかったら、私たちはこの街に来るのにものすごく苦労したと思う」
なおもカルミナは楽しそうに笑いながら言葉を続けた。
「この戦い方だってね、私のお母さんから教わったものだけど、お母さんの助けがなかったら私は舞道を知ることすらなかったと思う。あなたにも、誰かに戦いかたを教わったんじゃない? 独学だったら尊敬するけど……」
「…………何が言いたいわけ?」
マーリルは相変わらず俯きながら、うなり声のような声をあげた。しかし、その声はどこか悲しみを帯びていた。
「己の弱い部分を認めるのもね、大切なことなんだよ。自分には弱いところがあるから、人に助けを求めることができる。そして助けてくれたら、素直にありがとうと思える。互いにできることとできないことを見定め、協力し合うこと。それが人と人との交わりなの。決して奪い奪われる関係なんかじゃない」
カルミナは訴えるような視線を送りながら、マーリルに強く、ハッキリとした口調で言葉を発した。そんな言葉を受けたマーリルはーー、
「…………知らない」
「え?」
「知らない……、知らない、知らない!! そんなこと知らない!! 誰も教えてくれなかった! そんなこと、初めて聞いた!!」
「あなた……」
マーリルは首を横に振りながら、自分は悪くない、と言いたげな口調で叫び出した。
「だって! オレが生きるためには強くあるしかないって、弱いやつから奪うしかないって! だからオレはその教えの通りに生きてきたんだ! お前の言ったことはでたらめだ! どのみち人を殺してきたオレに、そんな生き方はできないんだ!!」
「できるよ、まだ間に合う」
「…………!!」
カルミナはすぐさま、マーリルの言葉を否定する。マーリルはようやく、カルミナの方に己のぐちゃぐちゃな泣き顔を見せた。
「あなたがどんな教えを受けてきたのか、詳しくは知らないし、人の命を奪ったことを許すつもりはない。だからといって、あなたの命を奪うことで罪の償いになるとも思わない。あなたには、これまで命を奪ってきた償いとして、より多くの困っている人の助けをしてもらう」
カルミナはそう言って、マーリルに向けて手を差し出した。そして、いつもの暖かい笑みを浮かべた。
「だから、ね? もうやめて仲直りしよう? ほら、握手握手」
それは、マーリルが生まれて初めて向けられたモノだった。それを見たマーリルに、今まで感じたことのない暖かな想いが芽生えた。そしてその想いが、マーリルが常日頃感じている空っぽな部分を埋めていくのを感じた。
生まれて初めての感覚に、マーリルは戸惑いを覚えた。
(まさか……そんな!? これが、オレが今まで探していたモノ!? そんな、そんなはずはない……)
マーリルは自分の中で必死に否定する。これを認めてしまえば、今までの人生が、全て無駄になるような恐怖感を覚えるからだ。
「……認めない」
「?」
「認めて、やるものかあああああ!!!!」
マーリルは最後の力を振り絞り、カルミナに突撃する。しかし、今までのようなスピードやキレは、もうなかった。
カルミナは、拳をぐっと握りしめて迎え打つことにした。
「わかった……。あなたがそう来るのならば、私もそれに応えるよ」
マーリルは空高く飛び上がり、カルミナの顔目掛けてナイフを突き出した。しかし、それをカルミナは当たる寸前で避ける。
「かなり痛いと思うけど、我慢してね? 男の子!」
カルミナは回避した流れで、隙だらけになっているマーリルの側頭部に渾身の打撃を与える。理屈は、オルトスの時と同様で相手の脳を揺らし、意識を強制的に失わせる技。
その拳が見事直撃し、今度こそマーリルはその場で意識を失った。
「絶拳」
技名、なんかならんかね?




