お楽しみタイム
猟奇注意。お気を悪くしたらすみません
「そ……、そんな……」
小柄なマーリルが、いとも容易くシルビアの放った矢を掴んだことに、二人のエルフは信じられないといった表情になった。
ただでさえ高速で放たれた矢を掴むにも、並々ならぬ力を必要とするのに加え、飛んでくる矢を正確に捉える目が必要だ。そんな二つの人間離れした能力をご丁寧に二人の前で披露してくれたマーリルは、先ほど掴み取った矢をそのまま片手でベキンと折った。
「なかなか面白いモノを見せてもらったよ。お返しに、こちらも隠すことなく見せてあげるね」
マーリルは年相応の無邪気な笑みを浮かべてそう言った。瞬間ーー、
「…………え?」
ーー反応できなかった。気付いた時には、すでに自分の脇腹に痛烈な一撃が入っていた。衝撃を吸収できず、シルビアはそのまま横の壁まで吹っ飛ばされてしまう。
ドゴオオオオン!!!
土煙が舞い上がり、シルビアの姿は見えなくなってしまった。
「シル……ビア……?」
あっという間の出来事に、アートマンの脳の理解が追いつかない。彼がようやく理解できたときには、シルビアは土煙に呑まれていた。
「シルビアああああああ!!!!」
ようやく頭が追いつき、アートマンは急いでシルビアの元に駆けつけようとする。しかし、それが叶うことはなかった。
「……!!? グハッ……」
突然、アートマンの腹にハンマーで殴られたような衝撃が襲う。そして、そのままシルビア同様、勢いを殺しきれず飛ばされて壁に激突した。
(ば、ばかな……! 集中していたのに……!? 全然気付かなかった……! 何よりこの重い一撃……! どんな、馬鹿力だよ……。それより、シルビアは……?)
アートマンは何とか首だけ動かし、シルビアの安否を確かめる。シルビアは顔を苦痛で歪めながら、壁際で倒れ伏していた。良く見ると、肩が上下に動いている。アートマンはシルビアの無事にひとまず安堵した。
だが、状況は最悪だ。二人とも、すぐには動けない。つまりーー、
「チェックメイト。ボクの力を見誤ったね、お兄さん、お姉さん」
いつの間にか、アートマンの目の前に不敵な笑みを浮かべたマーリルが立っていた。黄色く光らせた眼光に捕らえられ、アートマンの心が恐怖で支配されてしまう。先ほどまでの威勢はもう、跡形もなくなっていた。
「ふふふっ、すっかり大人しくなっちゃったねお兄さん♪ どうしたの? そんな小動物のような顔して~」
「あ……くっ……」
「ボクがちょっと力を使ったら、ほらこのとおり。お兄さんたちの未来はボクに託されたわけだ。まあ、最初に言ったとおり、生かす理由はないんだけどね」
そう言った直後、マーリルはナイフを思い切りアートマンの片足に突き刺した。焼けつくような痛みが、足だけでなく全身に走る。
「ぐあああああああ!??」
ノコギリでゆっくりゆっくり斬られていくような痛みを味わい、思わず咆哮に近い悲鳴をあげるアートマン。その声を聞き、マーリルは舌なめずりをしながら口角をつり上げた。
「ああ……いいよ、お兄さん、すごくいい! ボクの好みの声だぁ……♪ こっちの足もやっちゃおうねぇ……」
「や、やめ……ああああああああ!!??」
アートマンの制止など聞くはずがなく……、マーリルは続けてもう片方の足にナイフを突き刺した。刺された痛みに加え、ナイフに塗ってある毒が直接アートマンの身体に侵入する。
あまりの激痛に、頭がどうにかなってしまいそうだった。
「ボクはね、生まれつき特異体質なんだ」
ナイフをアートマンの足にザクザク刺しながら、マーリルは不意に自分の話を始めた。
「ボクには師匠がいたんだけど、その人が言うにはね、ボクは他人より何倍も力が強いらしくてさ。すっごく速く走れるのはそれが理由。速く走るのも、脚力が重要だからね。まあ、速く走るためのスキルを磨いていたのもあるけど」
ザク……ザク……ザク……
話をしながらも、マーリルは手を止めることなくナイフを刺し続ける。アートマンの足は、毒の効果もあって赤黒く腫れ上がり痛々しい。もはや、両足の感覚など、とうになくなっていた。
「脚力だけでなく、腕力もあってね。こんな小さい身体でも人を吹っ飛ばせるくらい力持ちなんだ、ボク。だからね……? こんなこともできるの」
マーリルはそう言うと、ナイフを動かす手を止め、空いているもう片方の手でアートマンの首を掴む。アートマンは苦しそうにうめき声をあげて抵抗するが、自分の首にくっついたように離れない。
そのまま、マーリルはなんと軽々とアートマンの身体を片手で持ち上げてしまった。アートマンの足から流れ出る血が、ポタポタと地面に落ちる。
「あ……うぐ……」
呼吸を封じられ、息を求めて必死にもがくアートマンを見てマーリルはさらにニヤリと嗤う。
「ああ……、これだよこれ、この感じ! キミのように無駄だと分かっているにも関わらず抵抗するのを見ると、ナニカが掴めそうなんだ! あと少し! あと少しなんだけど……だめだ、まだ分からないや」
マーリルはうーん、と頭を悩ませる素振りを見せながらも絞める力を強くしていく。ボキボキッとアートマンから嫌な音がした。
「あ……がっ……」
自分の身体が急速に冷たくなっていくのを感じる。視界がぼやけていくなか、アートマンは倒れているシルビアのほうに目を向けた。
(す、すまねえシルビア……。俺は、もうだめみたいだ……。せめて、お前だけでも無事でいてくれたら……)
最期に願うのは大切な人の安否。マーリルはそんなアートマンの様子を、生への諦めと捉えたのか、つまらなそうにため息を漏らした。
「お兄さんでもダメだったか。まあいいや、短い間だったけど楽しかったよん♪ それじゃあ、サヨナラ」
マーリルがそう言って、アートマンの首の骨を折ろうとしたその時。
「……っ!!」
マーリルは鋭い殺気を感じ、飛んできたモノを身をずらして避ける。その反動で、アートマンを離してしまった。
「っ!! ハァッ!! ゲホッゲホッ!!」
慌てて息を吸い込んだことでむせてしまうアートマン。マーリルはすぐさま、矢を飛ばした相手を見定めた。
そこには、倒れながらも弓を構えていたシルビアの姿があった。マーリルに臆することなく、赤い瞳に力を込めて睨み付ける。
「アートマンから……、離れなさい! 化物……!」
その強い視線を受け、マーリルは新しい獲物を見つけたのかニヤリと黒い笑みを浮かべた。アートマンは慌ててシルビアに向かって叫ぶ。
「だめだ……! 逃げろシルビア!! 早く!!!」
「もう遅いよ」
叫んだ時には、すでにマーリルは一瞬でシルビアの所まで間合いを詰め、アートマンと同様に、毒ナイフをシルビアの足に刺した。その瞬間、シルビアの全身に痺れるような痛みが走る。
「うっ……ああっ!?」
シルビアは苦痛で顔を歪ませ、思わず出てしまいそうな悲鳴を飲み込んだ。マーリルに聞かせないよう、必死に口を押さえる。その我慢強さに、マーリルは感心の目を向けた。
「へぇ……、お姉さん中々強いね♪ いいよぉ……、ボクお姉さんみたいな人も好みだぁ……」
「やめろ……! やめてくれ……!!」
アートマンが四つん這いになりながらシルビアの元に向かう。しかしその速度は歩く時より何倍も遅い。マーリルはそんなアートマンの姿を見ながらさらに口角をつり上げーー、
力いっぱいにナイフをシルビアの足めがけて振り下ろした。ズブリと毒ナイフがシルビアの美脚の内部深くまで入り込んだ。
「う……うあああああ!!?」
さすがのシルビアも耐え切れずに、声に鳴らない悲鳴を上げてしまう。マーリルはしてやったり、といった表情で調子づいた。何度もナイフを刺し続け、シルビアの反応を愉しみ始めた。
「はっはっは! 何だ良い声出せるじゃないかお姉さん! すごく良いよ! 美人なのも相まって、よく映える!!」
「あ……あが……あぅ……」
もはや叫ぶ体力も無くなったのか、シルビアは力無げにうなだれてしまう。そんな様子を見たアートマンは子どものように泣き叫んだ。
「うわああああ!! 頼む! お願いだ! 彼女だけは、彼女だけは見逃してくれ!! 俺のことは好きにすればいい!! そいつだけはやめてくれえええ!!!」
心が折れかかったアートマンにできることは、世界の脅威に対して、ただひたすら懇願することだけであった。アートマンの心は、恐怖と絶望で染め上げられてしまった。
「へぇ~……キミたちもしかしてそういう関係? だとしたら面白いな。カップルと戦うのはさすがに初めてだよ……。さて、どうしようかな……」
マーリルがうーん、と悩んでいると……、
「だ、だめ……。アートマンを、これ以上傷つけないで……」
「うん?」
マーリルがアートマンとは逆方向に向き直る。視線の先の声の主、シルビアがこれまた懇願するような眼差しをマーリルに向けた。ガシッとマーリルの小さな足を掴んでいる。
「シルビア! やめろ!」
「私はどうなってもいい……。でもアートマンだけは、彼だけは見逃して……! お願い、します……どうか……!」
「わぁ~! なになに? 相思相愛ってやつ!? すごいなぁ~、憧れちゃうな~! え~、どうしようかなぁ~? 迷うなあ~」
「頼む! 殺すなら俺を殺せ! それで充分だろう!? 俺を拷問したって良い! だからシルビアだけは……!」
「やめてアートマン! お願い、アートマンを見逃して! お願いだから…!」
「…………うるさいなあ」
二人の懇願に板挟みになり、マーリルは苛立ちが募り始めた。その時……、
マーリルの頭に、ズキンと軽い痛みが走り、脳内に映像が流れる。
ーーこの子さえ消せば、私たちの罪はなくなるーー
ーーああ、さっさと片付けてしまおうーー
(誰だ……? このお兄さんとお姉さんは……?)
そこに映っていたのは、若い男女。そして、男の手の中にいるのはーー、
「お前ら二人見てると、イライラする」
突然、マーリルの空気が変わった。おぞましいほど肌寒い冷気が辺りに充満し、二人のエルフは何もしゃべれなくなる。マーリルは黙ってアートマンの所に向かい、先ほどのように彼の首を掴んで持ち上げた。
「うぐっ……!?」
どうやら自分を選んでくれたようだーー
アートマンはシルビアが助かることに、安堵する。しかし、マーリルはアートマンを掴んだまま、シルビアの元にも向かった。そしてーー、
アートマン同様、何とシルビアの首も掴んで持ち上げてしまった。二人は困惑と息のできない苦しみで顔を歪めた。
マーリルは今までとは比べ物にならないくらいひどく冷たい目で二人を見ながら、両手に力を込める。
「ガッ……!?」
「あ……ああ……」
二人は全く呼吸ができなくなり、頭の中がどんどん冷えていくのを感じた。マーリルはなおも力を入れ続ける。
「良いこと思いついたんだ……。お前ら二人とも死ねばさ、あの世で仲良くできるじゃん? だからさ……、もう楽になっちまえよ、な?」
苛立ちを隠すことのない、冷めた声。これが彼の本性なのだろうか? しかし、死が迫っている二人に、それを確かめる術はない。
アートマンは薄れゆく意識のなか、思いを馳せる。
(こんなことなら、あの時……。シルビアを里に無理してでも帰すべきだった……。俺のせいでシルビアまでこんなことに……。すまねえ、すまねえシルビア……)
声が出せないため、この懺悔がシルビアに届くことはない。もはや、隣のシルビアがどうなっているのかも、確かめることができない。
(ち、ちく……しょう……)
後悔と己の不甲斐なさで埋め尽くされながら、アートマンは目を閉じるのだった。
「二人を、離して」
声が聞こえてきたのは、アートマンが意識を失う寸前のことだった。マーリルの力が緩み、わずかではあるか息ができるようになる。
アートマンがどうにか声の先に視線を向ける。そこにはーー
(あ、あいつは……!)
マーリルの腕を掴み、彼を睨み付けるアリシアの姿だった。
次回から、アリシアちゃんがんばるっすよ~




