まずはお友達から
「なんでアリシアを助けたか、ってそりゃあなたに惚れたから……」
「本当にそれだけなんですか?」
アリシアはカルミナをじっと見つめる。月の光で一段と輝くアリシアの瞳には、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。その美しい空色の瞳の中にスーッと吸い込まれていくような感覚を覚え、カルミナはごくりと息を呑んだ。
(こ、これは……まさか!? 試されている!? 私の思いが真実か否かを!? とすれば、変な受け答えは出来ないな……ああでも! ここですぐに答えが出ないとアリシアに変な誤解を生みそうだし、ここはさっさと素直に……? ああ、でもでも! それでアリシアに拒否でもされたらああああ!)
カルミナはウガーッと頭をかきむしり出した。元々頭を使うのは苦手なため、ちょっと長く考えるとすぐにショートしてしまうのだ。その様子を見ていたアリシアがさらに疑わしそうに目を細めた。
「すぐに答えられなくてその態度……ってことは、やっぱり何かやましい理由があったということですか? やはり私の身体目当てですか?」
「違う違う! そんな思いはないよ! これっぽっちも!」
「これっぽっちも、は嘘だと思いますが……じゃあ、いずれあの人たちに私を売り渡す魂胆ですか?」
「それはもっと無い! そもそも、私あの人たちのこと知らないし!」
「じゃあどうして……?」
「う、うーん……? 理由、必要かなあ?」
「人は理由もなく行動しないです。何かはあるはずですよね? あなたが私を助けることで生まれる利点が」
アリシアがさらにカルミナに顔をずいっと近付ける。責めている、というより理由が分からないことへの不安。カルミナは、ふるふると揺れるアリシアの瞳から、そんな想いが見て取れた気がした。
そんな顔をされたら、答えないわけにはいかない。きちんと自分の想いを伝えなければ失礼だ。カルミナは目をつむり、一呼吸おいてから改めてアリシアの方へ向き直った。
「さっき言った通りだよ。あなたに一目惚れしたから、それだけ」
「本当に、それだけ、なんですか……?」
「うん、それだけだよ。それでよく見たらすごい傷だったから連れてきただけ。そんな姿してたら誰だってほっとけないし、ましてや好きになった人だからね」
「……分からないです、私には。これまで何回か助けられたことはあったけど、そんな理由で助けられたことはないです」
「だ、だろうね……私も戸惑ってるし……アハハ」
「私を助けてくれた人は、私の事情を知らなかったからです。私が彼らに追われていることを知った途端、皆私を切り捨てました」
「アリシア……」
「でも私はそれを責めたりしません。だって、悪いのは私だし彼らには大切な人たちがいました。家族・友人・恋人……私を匿い続けたら、その人たちにも危害が及んでしまうから……」
アリシアは自分を嘲笑うかのように、フッと鼻を鳴らした。月が雲に隠れ、辺りが暗闇に包まれていく。
「私は、生きてちゃいけない存在だから……」
「それ以上、自分を貶めちゃダメ」
カルミナは、悲しげな目でアリシアを見つめた。胸が苦しい。自分が好きになった人が、そんな辛そうな顔をしているのがカルミナには耐えられなかった。
「あの時、あなたの怯えた表情を見た時、心の底から助けたいと思ったの。その気持ちは、今も変わらない。あなたが何者であろうとね」
「私が、世界の敵だったとしても?」
「その、世界の敵って何なの?」
ちょくちょくアリシアが落ち込む時に出てくる言葉、世界の敵。
まるで呪いのような言葉だ。それが、彼女に重い足枷をかけているようだった。アリシアは一瞬俊巡した後、重々しく口を開いた。
「記憶を失っているのでよくわからないですけど……最初に私を助けてくれた人が言うには、神様のお怒りを買った人のことらしいです」
「神の怒りを買ったって……まさか!!」
「はい。私を追っているのは、神軍です」
「そ、そういえば私がぶっ飛ばした人がそんなこと言ってたわね……あの時は盗賊が嘘ついていると思ってたけど……そうですか、本物でしたか……」
さしものカルミナも、その組織の名を聞いたときには背筋が凍る。
神軍。かつて世界を救った人間族の勇者にして神となった存在である人間神を頂点とするこの世界の支配者層。しかし、この世界の全てを愛し、世界のために命を懸けて働くその姿勢から、万民に非常に慕われている組織だ。苦しんでいる存在がいたら、どんな種族であろうと助ける。そんな組織である神軍が――
「神軍がアリシアを殺そうとしている……あの神軍がね……評判聞く限り、にわかには信じがたい話だけど……」
「でも、それが事実です。これで分かったでしょう? 私に関わってはいけないんです……」
アリシアが再びカルミナから目を逸らし、俯いてしまう。無意識か、それとも意識的か分からないが、アリシアは自分に掛かっている毛布を強く握りしめた。
そんなアリシアの頭に、カルミナはポン、と優しく手を置いた。急なことにアリシアは驚き、目を見開いてカルミナの方に顔を向けた。
「もしかして、そんなことで苦しそうに悩んでたの?」
「そんなことって……! 相手はこの世界の支配者なんですよ!? 世界の敵に与する者は、背徳者として全員粛清されます! あなたたちにも命の危険が……!」
「アリシアを助けたら危ない目に遭うかもしれないなんてのは、あなたを助けた時から分かっていたことだよ。多分、お父さんもそうなんじゃないかな?」
「そんな……なんでそこまでして……?」
「だから最初から言ってるじゃん♪ 私が一目惚れしたからだって」
「そんなの、一時の気の迷いです」
「確かにそうかもしれないけど、それが分かるのは後になってからでしょ? 今の、この気持ちは嘘偽りない本物だよ」
「でも……でも……!」
なおもアリシアは拒もうとする。カルミナは、ちょっぴり意地悪な質問をすることにした。
「アリシアは、私たちのこと死ぬほど嫌い?」
「え……それは、ないです……むしろ助けてくれたことには感謝してるくらいで……」
「ふふっ、それを聞いて安心した♪」
カルミナは気持ちの良い笑顔を浮かべた。その笑顔を見たアリシアは、思わずドキッと心臓を鳴らし、赤面した顔を隠すために再び俯いてしまう。
「……私の好き嫌いとは、関係ないです……」
「ごめんね? もし死ぬほど嫌いなのに私たちと一緒にいることを強要させたら、それこそこっちが悪いからさ」
「…………やっぱり嫌いです、あなた」
しばらく沈黙が流れる。そして、最初に沈黙を破ったのはカルミナだった。
「……アリシアは、どうしたいの?」
「え、それは……これ以上ご迷惑をかけないよう一刻も早く治して出ていく……」
「それこそ、あなたの本心?」
今度はカルミナが、じっとアリシアを見つめる。メラメラと真っ赤に燃える瞳が、アリシアの心をグッと鷲掴みする。思わず息を呑むほどの凛とした真っ直ぐな美しさに、アリシアは言葉を失ってしまった。
(え、私試されてる? ど、どうしよう……どう答えるのがこの場をうまく収められるのかな……? 間違えたら、まさか引渡し!? でも今までのカルミナさんの話聞いてると、そうも思えないし……何よりあの目……え、一体、何の意図があって……)
アリシアは目線をあちこちに移動させながら狼狽え始めた。時々、「どうしよう……どうしよう……」という声が聞こえる。心の中の声が漏れてしまっていることに気が付いていないようだ。
その可愛らしい姿に、思わずカルミナからクスッ、と笑みがこぼれた。
「そんなに難しく考えなくていいよ? アリシアが早く出ていきたいのが本心なら、悲しいし非常に死にたくなるけど、私は止めない」
「なんか物騒な表現聞こえたんですけど……」
「でも、私が見る限りアリシアが出ていきたいっていうのが本心に思えなかったからさ」
「……!! わ、私は……」
アリシアは初めての連続で困惑していた。カルミナとヘンリー、二人の優しさに包まれて、アリシアの閉じられた心は徐々に紐解かれていた。しかしいつまでもいたら、彼女たちを危険に晒す。それは避けなくてはいけないから、いずれ彼女たちと別れなければならない。それは分かっていた。それでも――――
「……分からない」
「うん?」
「どうしたらいいか、分からないの……二人に迷惑をかけたくない気持ちも本当で、それなら早く出ていかなくちゃならないのに……でも、ここにいたい気持ちもあって……こんなこと、初めてで……ここまで優しくされたことなんてなかった、から……」
アリシアは途切れ途切れに、時折嗚咽を漏らしながらそう答える。彼女の空色の瞳から、大粒の涙が雨のように溢れ出していた。
カルミナは、優しくアリシアの小さい身体を抱き締めた。ガリガリに痩せ細っているけど、ふわりと柔らかい肌。ちょっとでも力を強めたら、すぐに壊れてしまいそうだ。
アリシアは、そのままカルミナを拒絶することなく己の身を預ける。
「私、ここにいていいの? 二人を、巻き込んでしまうんだよ……? それでも、私はいていいの?」
「いいよ、いていいのアリシア。まだ知り合って二週間だし、あなたのこと全然知らないけどさ、それはこれから知っていけばいいだけ。まずはね、アリシアはもっと自分に素直になること! あとはもっと自信をもつこと! 折角可愛い顔してるんだからさ! ねっ!」
「わ、私、記憶を失ってからずっと、憎まれ続けて……助けてくれた人にも迷惑かけたりして……私が、私がいなくなれば皆幸せになれるのに……何故か、死にたくなくて……こんなに迷惑をかけてる自分が、生きていていいはずないのに……」
「死にたい人なんていないよ。ましてや、生きていてはいけない人なんていない。大丈夫、アリシアはちゃんと人のことを考えられるんだから、世界の敵なんてのも何かの間違いだよ」
「カルミナさん……」
「私はアリシアを信じる。神様がアリシアを信じなくても、私は、私だけは最後まで信じる。だから私を信じて、とは言わないけどね……」
カルミナはアリシアを抱くのを止め、しっかりと向き直った。そして、もう一回ニコッと笑って、
「もうあなたは一人じゃないのよ、アリシア」
「う……うわああああああん!!!!」
アリシアは、カルミナの胸の中で溜めに溜めたモノを吐き出した。わずか二週間の関係。互いのことなど何も分からない。
それでも、目の前の金髪の少女には、自分の心を預けてもよいと思えるものを感じることができた。
カルミナはアリシアが泣き止むまで、しばらく優しく抱き締めるのであった。
~~~~~~
「落ち着いた? アリシア」
「は、はい……すみません、お恥ずかしいところを」
「これくらい御安いご用ってことですよ♪」
「あ、ありがとうございます……カルミナさん」
「それ! それだよ、アリシア!」
「え!?」
カルミナはアリシアに対して、ビシッと指を差した。
「私に対して、まずはそのよそよそしい丁寧口調はやめること! あとは、呼び捨てでいいからね! あんま年変わらないみたいだしさ!」
「え、え、え? そんないきなり……」
「まずは態度から変えていってみようよ! 最初は難しいかもしれないけどさ! 結婚、はいずれするとして」
「おい」
「まずは、さ」
カルミナはスッと手を伸ばした。
「お友達から始めましょう! よろしく、アリシア!」
アリシアはベッドから上半身だけ起き上がって、オズオズとその手を握る。
「よ、よろしく…………カルミナ」
「ああっ!! そうそうその調子! それでいいんだよアリシア! え、やば!? 照れながら言うアリシア可愛い!! ちょっともう一回言ってくれない!?」
「フン!!」
「ぐはっ!? 意外に良いパンチ!?」
「もう遠慮する必要は、無いんだもんね……?」
「あれ……? もしかして私、やらかした? 開けてはいけない箱、開けちゃった!?」
「ふふふっ」
「なんか……ようやくアリシアの笑顔が見れて嬉しいはずなのに……めっちゃ怖いんですけど」
「気のせいでしょう」
こうして、長い夜は明けた。二人はこの日、互いの距離が少し縮まったのを実感し、自然と笑みがこぼれるのだった。