世界の敵VS神軍
お待たせしました
「くっそ……があああ!!」
シルビアのおかげで、アートマンはすんでのところでマーリルの攻撃を回避する。しかし、ほんの少し反応が遅れたため、右頬にナイフがかする。
アートマンは後ろに下がってマーリルから距離を取る。かすり傷がついた右頬からツーッと血がしたたり、ジンジンと滲みるような痛みが走った。
「へぇ~、助けがあったとはいえ、今のを避けるかあ……。やるねえ」
「…………」
アートマンとシルビアの二人は、無言で構える。アートマンは腰に携えた剣を、シルビアは背中に装備していた弓を手に持った。二人の額に、ツーッと汗が滴る。
(速い……っ! シルビアが声を上げなければ俺は一突きで死んでいた…!)
アートマンの心臓がバクバクと体内で鳴り響く。一瞬で間合いを詰める尋常ではないスピードに、気配を全く感じさせない隠密術。どれを取っても、およそ子どもが操っているとは思えない熟練された技術だ。
心のどこかで侮っていた過去の自分を捨て、二人は全神経を集中させて目の前の殺し屋を睨む。マーリルは変わらず不敵な笑みを浮かべながら、片手でナイフをクルクル回していた。
「ふ~ん……、今のでキミたちの実力があらかた分かっちゃったんだけど、まだやるんだ? キミたちではボクには勝てないと思うけど」
「そんなこと、最後までやってみなくちゃ分からないでしょ」
マーリルの挑発的な発言を受けて、エルフの二人はさらに闘志を燃やした。
「俺たちは神軍として、そして命を尊ぶエルフ族の一員として、お前から逃げるわけにはいかないんだ!」
アートマンは、持っている剣の切っ先をマーリルに向ける。それに対してマーリルは、フンと鬱陶しそうに鼻を鳴らした。
「あ、そう。まあボクもキミたちを逃がすつもりは最初からないけどね。ボクの命を狙う神軍はいずれ潰しておかなくちゃいけない敵だし……。それじゃあ……」
そう言ってマーリルは腰を低くして、
「せいぜいボクを楽しませておくれよ!!」
勢いよく地面を蹴った。瞬間、あっという間にマーリルの姿が見えなくなる。ヒュンヒュン……と風を切る音だけが、アートマンたちの周りで鳴り響いている。
「くっ……! やはり速い……!」
「この程度で速いと思っているようじゃあ、キミたちの実力はその程度のモノだよ」
マーリルのクスクス、という不気味な笑い声が聞こえる。しかし、相変わらずその姿を捉えることができない。二人のエルフは次第に焦りを強くしていく。
「普通ならこのまま厄介な後衛の彼女を狙ってもいいんだけど、今回はキミたちの舞台に合わせてあげるよ。まずはキミからだ、前衛のお兄さん♪」
そう言ったすぐ後のことだった。
「あぐっ……」
ザシューー、と肉が切り裂かれたような音が、アートマンから聞こえた。気づいたときには、アートマンの左肩に切り傷が入っており、そこから赤い血がドクドクと流れ出ていた。
「へぇ~、エルフの血も赤いんだ! なんか意外! もしかして緑色の血とか流れるんじゃないかと思っていたよ!」
「どんな……化け物だよ、それ」
あまりの痛みにアートマンは切られた箇所を手で押さえる。傷口は大したことはないのに、まるで左腕全体が麻痺したかのような激痛が広がる。必死で歯をくいしばりながら、アートマンはその痛みを我慢する。
「アートマン!!!」
「来るな!!! お前はあいつを何とか追ってくれ! 目で追えなくても、それ以外の方法で奴の姿を捉えるんだ!! 感覚を研ぎ澄ませ! 俺のことは気にするな!」
「わ、わかったわ……!アートマン、気をつけて!!」
「言われなくても!!」
アートマンはいまだ治まらない痛みを抱えながらも、剣を再び構える。しかし、傷跡はそこまで大きくないにも関わらずここまで痛みが広がるのはなぜなのか?傷の部分を改めて見ると、肩が青紫に変色して腫れ上がっていた。ただのナイフではここまでひどくはならない。考えられる第一としては……、
「毒か!!」
「おや、お兄さん正解~! といっても致死性はないから安心して? せいぜい、通常よりも痛みが増幅するくらいさ」
マーリルはさらにニヤリ、と口角をつり上げながら楽しそうにそう言った。アートマンはその話を聞き、思わず舌打ちをする。
「どこまでも命を弄ぶんだなお前は……。死ぬことのない毒で弱らせてから、とどめを刺すってか」
「またまた大正解~! でも効果的なんだよこの方法。万が一致命傷を負わせられなくても、毒の痛みでろくに動けなくなる。動けなくなってしまえば後は楽勝だからね」
マーリルの姿は見えないが、まるでアートマンの隣で話しているかのようにはっきりと声が聞こえる。近くにいることは分かっているのに、あまりの速さに全く見えないのだ。もはや、そこらへんの影の中に潜んでいるのでは、と錯覚するほどだ。
「さあさあ、どうするどうする? このままだとお兄さんたちジリ貧だよ? 何も解決策がないのならもう終わらせてもいいかなあ?」
マーリルがつまらなそうに言うと、風を切る音が一段と高くなった。さらに加速したようだ。アートマンにさらに緊張が走った。
(次は必ず、とりにくる!)
アートマンは剣を握る力をギュッと強める。手汗がびっしょりと濡れていた。息を大きく吐き、アートマンは目を閉じた。
「あっはっは! 何? 心眼でも使うつもり? いいね、それでボクの刃が止められるのなら……」
マーリルはさらにスピードを加速させ……、
「止めてみろよ!!!」
アートマンの後ろからナイフを突き立てる。アートマンは動く気配は……、ない。
(これでサヨナラだね)
マーリルが勝利を確信した次の瞬間、
ガキン!!!
「……なに?」
マーリルの予想していなかった金属音が、響き渡った。
アートマンは、後ろを振り向くことなく、ただ剣だけを後ろにやってマーリルのナイフを受け止めていた。相変わらずアートマンの目は閉じられたままだ。
「捉えたぜ……! 今だ! シルビア!!」
「ナイス、アートマン!」
アートマンはすぐさま、シルビアに向かって叫ぶ。それに呼応して、シルビアがマーリルに対して矢を放った。マーリルは驚きで目を見開いて、シルビアの方を向く。
シルビアは、アートマンが言う前にすでに矢を放っていたのだ。マーリルが後ろからアートマンを狙うのを分かっていたかのように。
「誘われたのは、ボクの方だったというわけか……!」
マーリルがアートマンの後ろから狙うことも、アートマンがそれを受け止めるとも限らなかったはずだ。しかし、迷うことなくシルビアは弓を引き、矢を放った。
二人とも、マーリルの行動を読み、そして何の合図もなく完璧なコンビネーションを繰り出したのだ。
(残念だったなマーリル……!俺たちエルフは、生まれつき感覚が鋭いんだ。伊達に耳を長くしてるわけじゃねえんだよ……!)
アートマンはしてやったりという顔でほくそ笑んだ。エルフ族は、他種族より発達した耳を使い、ヒトやモノが発する音でそれがどこにあるか、さらには何をしているかまで把握することができるのだ。彼らはその能力を駆使して、遠距離から獲物を狙うことができ、優れたエルフは一キロ離れた先の対象を射抜くことができるという。
(なるほど……、これがエルフかあ……。甘く見てたね)
マーリルは二人のエルフにしてやられたことに悔しさを覚えながらも、同時にーー、
(でも……、まだまだだなあ)
マーリルがニヤリと再び嗤う。そしてーー、
「……嘘」
一部始終を見ていたシルビアが呆気にとられる。なぜならばーー、
自分の放った矢が、マーリルに片手で受け止められていたからだ。
寝ます、すやぁ




