修行開始
「よーし、早速いくぞー! おー!」
「先生、そういうノリはナシの方向でお願いします」
「アリシア~、固い固い! これから学ぶ舞道は、柔軟な気持ちが大事だよ~」
「はぁ……」
翌朝。カルミナに元気よく叩き起こされたアリシアは、なかなかとれない眠気を必死に除こうと目をこすっている。ふああ……、と大きなあくびが飛び出した。
カルミナは完全に目が覚めているのか、いつも通りの調子でいる。むしろ、いつもより数倍明るい気がした。アリシアはそんなカルミナにある種尊敬を覚えた。
アリシアも、カルミナが着ているものと同じの白い修行着を羽織っていた。アリシアのあの神官服よりも薄着のため、肌寒さがダイレクトに響く。アリシアはぶるっと身体を震わせた。
「先生、いつもより元気ですね……朝早いのに」
「まあ、いつも朝早くから鍛練して畑仕事してたから、昼より朝の方が力がみなぎるのよ! 私が優れてるとかじゃなくて、単に生活リズムの問題ね!」
「ああ、なるほど……」
「……それよりアリシア? やっぱり私のことを先生呼びでいくんだ……」
「うん、その方がしっくりくるし」
「私はしっくりこないんだけど……、まあいいや。それじゃあ最初の鍛練はね……」
「は、はい……!」
ごくり、とアリシアは息を呑む。どんな辛い修行もやる覚悟はある。しかしいざこうして迎えてみると、やはり緊張してしまう。
カルミナは勿体ぶるかのように大きく息を吸い、まるでどこかの師匠のように大層にこう告げた。
「走ることよ!!」
「………はい?」
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というわけで、二人は一旦街の外に出て街の外周を走っていた。サマルカンは綺麗な円形で出来ているため、ランニングをするには丁度良かった。
しかし、サマルカン自体大きい街であるから、その周りを走るというだけでもかなりの体力を要してしまう。
「ハァ…ハァ…ハァ……!」
「ペースが落ちてるよアリシアー! これはスピード勝負とかじゃないからゆっくりでもいいけど、遅すぎてもダメだよー!」
今にも倒れそうになりながらも何とか走っているアリシアとは対照的に、カルミナはアリシアのはるか前方を走りながら後ろのアリシアに手を振っている。息を乱している様子もなく、まだまだ力が有り余っているようだ。
一方のアリシアは、ゼーゼーと呼吸を乱し、苦しそうに胸を押さえながら走っていた。二周目の半ばくらいでもうこの状態である。息を吸う度に胸の中が熱くなり、痛みを生じる。その痛みを味わうたびに、アリシアは今すぐに地面に突っ伏したくなる欲求が全身を駆け巡った。
それでもアリシアは、逃亡生活で培ってきた持久力を駆使して走り続ける。それを見たカルミナは普段とは真逆の、いたく厳しい目でアリシアを見た。
「だめ、アリシア! ただ走ってるだけじゃ全く意味がない!! 今自分がどうやって呼吸してるのかを感じて! ひっどいメチャクチャだよ!! 綺麗なリズムを作りなさい!」
「は……はい……!」
「返事が小さい!! この程度の距離でそんなんじゃ、これから先身がもたないよ!!」
「すみません……!」
「謝ってる暇があったら、どうやったら上手く走れるようになるか考える!!」
「はい!!!」
「うん、良い返事! やればできるじゃん!」
アリシアはカルミナの変貌ぶりに驚きながらも、その変貌をありがたく思っていた。あれだけ厳しくやることをためらっていたのに、自分を本気で鍛えようとしてくれる意志を感じたからだ。
その後も軽く休憩を挟みながら、ずっと外周を走り続けた。ここで学ぶのは、走る速さなどではない。持久力、つまりどのような呼吸をすれば長いこと最高のパフォーマンスができるかを計る鍛練なのだ。
短時間のみバーストするかのように最高の力を発揮するハイタイプか、それとも一定の力を可能なかぎり長く発揮し続けるロータイプか。アリシアはどちらのタイプなのかを判断し、それを踏まえた上で修行内容を決める必要があった。なお舞道においては、どちらのタイプも扱う必要があるため、アリシアにはどちらも修得してもらう予定でいる。ハイタイプが得意だからロータイプは学ばない、などという甘えは許されないのだ。
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三周走ったところで、カルミナたちは鍛練を終えた。身体が良い具合に温まったところで、その状態のまま酒場の裏庭まで戻る。そしてカルミナはミランダから、とあるものを借りてきて横並びで置いた。
それは人型に作られた三種類の木の人形だった。左が最も大きく、大体ヘンリーくらいの背丈だ。右端には一番小さい木人形が置かれた。大体12歳くらいの子供の背丈だ。真ん中にはその間をとった中くらいの背丈の人形が置かれた。
「こ、これは……?」
まだ慣れていないのか、アリシアは苦しそうに肩で息をしながらカルミナに尋ねた。カルミナは一仕事終えてスッキリしたような気持ちの良い顔をしてアリシアの方を向いた。
「早速だけどアリシアには、一つ技を覚えてもらうわ。あまり悠長にしてる暇もないしね」
「技……」
技、という言葉を聞いた瞬間、アリシアの心の中がどうしようもない高揚感でいっぱいになった。荒ぶる抑えられないナニカが、アリシアのの心に絶え間なく注入され続けている。
「私が思うにアリシアは腕力よりも脚力のほうが強いと思うの。人の体はね、使えば使うほど強くなる。あなたは手のほうはともかく、足のほうはかなり負担をかけてきたでしょ?」
「確かに……そうですね……」
アリシアは人を殴ったり、あまり重いものを持ったりはしなかったため、腕力は年頃の少女並みである。
しかし、脚の方は話が別だ。彼女は長い逃亡生活中、馬車など使うこと無く自分の脚で逃げ回った。そうやって酷使してきた両足は、アリシア本人が気付かぬうちにみるみる強くなっていたのだ。逃亡生活は決して無駄ではなかった。
「アリシアに覚えてもらう技は、飛車って技。足技の中で最初に覚える入門編の技だよ」
「入門編……」
「入門編といっても技は技だからね。つまり、人を傷つける」
「……!」
「先に言っておくわアリシア。あなたなら大丈夫だと思うけど、この技を決して己の欲を満たすためだけに使わないで。この技で人をいっぱい倒したところで、それが強さだとは言えない。この技を使うときは、護身用か人助けの時にだけ使ってほしい」
「カルミナ……」
「目の前のこの人形は自分自身だと思いなさい。自分とは、最大の味方であると同時に最大の敵でもあるんだよ」
「自分が……」
「己を乗り越えた時、初めて人は強くなれる。アリシアにも、それを体験してもらいたいかな。そうすると、自信もつくようになるよ。まあ、これは私が言ったんじゃなくて、お母さんが言ったんだけどね、アハハ」
カルミナはアリシアの頭を優しく撫でながら微笑んだ。
アリシアは、カルミナが厳しく、そして真剣に教えてくれていることに意外性を感じていた。普通ならばカルミナがこのようになるのは当然であるが、昨日までのお気楽っぷりを見てたアリシアにとっては、新たなカルミナの一面を見れた気がしたのだ。
(もしかしたら、これがカルミナの本性なのかもしれない。他人に優しく、自分に厳しい……。それが、この人の強さの秘密……)
アリシアはこれまでの彼女の行動を振り返る、変態行動は別として、彼女は常にアリシアを気にかけ、言葉通りアリシアを命を懸けて守ってきた。
(私は今も自分のことで精一杯だけど……、もしカルミナのように他人を想うことができれば……。私もカルミナみたいに強くなれるかもしれない……!)
アリシアはぐっと拳に力を入れた。
「はい……、肝に命じます……! 先生」
「よし! それじゃあ、始めようか! アリシアの記念すべき第一回訓練!」
こうして、アリシアの舞道修行第一回が始まったのだった。
「さっき走ってたのは修行じゃないんだ……」
「あれ? あれはノーカン」
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