忍び寄る影
カルミナとアリシアが中央酒場にやってきたその日の夜。
あれほど喧騒に溢れていたサマルカンも、さすがに真夜中となると静寂に様変わりだ。
そんな静かなサマルカンの夜中の街を、縦横無尽に走り回る人影が二つ、存在した。漆黒の衣服とマスクを纏い、万が一見つかってもすぐにバレないような格好をしている。家の中のランプの灯りをかわしながら、二つの影はなるべく音を立てないように地面を蹴る。
まるで動物が森の中を難なく走り回るかのように、時には屋根によじ登り、時には建物と建物の間をジャンプしたりして進む。そして、とある住宅の裏側の路地に到着したとき、二人は被っていた黒マスクを邪魔くさそうに取った。
「ぷはー! ああ、息苦しい! 自分の息がマスクん中こもってくそ暑いし気持ち悪いし!」
「しっ……! 声が大きいよ……。誰かに見られたらどうするの?」
「ちっ……、わーってるよ、すまん」
黒いマスクを脱いだ二人は、広い世界といえど中々お目にかかれないような美しい顔立ちをしていた。
男女二人組で、男の方は薄緑の髪に荒々しい野生児のような鋭く尖った銀色に輝く目つき。口から獣の牙のように尖った犬歯を覗かせている。しっかり鍛えられているのか、筋肉質かつ身が引き締まった男なら誰もがうらやむ体型をしていた。
一方女の方は、暗い夜においても一際輝く白銀の髪をポニーテールに結んでいた。瞳は近づき難い冷たさを感じるような翠色のキリッとしたつり目。まさにクールビューティーという言葉が非常に似合う女であった。連れの男と同様鍛えられているのか、同じくバランスのとれた健康体そのものであり、その上女性らしい、ふくよかな胸が主張し過ぎることなく前に突き出ている。
二人とも、街中で歩いていたら誰もが二度見してしまうほどの美男美女であった。もし恋人同士ならば、お似合いの二人と呼べるのであろう。
しかし、二人には人とは違うある特徴があった。
それは、横に伸びた長く尖った両耳である。
「確か、うちの協力者とやらが例の世界の敵の居場所を突き止めたって話だったな」
「何でも、連れてきた運び屋とは浅からぬ縁があって偶然知ったんだとか」
「なるほど、うまいこといったもんだ」
男はフン、と荒い鼻息を立ててから裏口の扉を静かにノックした。約束通りならば、すでに扉の向こうにはその協力者がいるはずだ。
「しかしやってることが犯罪者っぽいんだが……。これじゃどっちが悪者か分かりやしねえ」
「しょうがないわよ。何故かあの神様は密かに連れてこいっておっしゃったんだから」
「余計な混乱を与えないように、だったか? 随分お優しく、甘っちょろいことで」
「そんなだから、皆には慕われているんじゃない?」
「俺らからしたら……、っととノックし返してきた。よし、入るぞ」
「ええ」
そして二人は、そのまま家の中に入っていった。
~~~~~~~~~
協力者との話を終え、二人は再び夜の街を誰にも見つからぬように静かに駆ける。といっても、この時間帯はどうやら街の人々は寝静まっているために誰一人として外に出てこない。
なぜならばここは交易都市サマルカン。この街で働くほとんどの者が、朝早くから取引を始めるため、必然的にベッドに入る時間も早くなるのだ。人に見つかってはいけない二人にとって、これは好都合のことであった。
二人はあらかじめ開けっぱなしにしていた窓から、速やかに中へと入る。ここは、現在二人が仮の拠点として使っている宿舎の一室だ。一仕事終えた二人は、黒のローブを脱いだだけで特に部屋着に着替えることなくそのまま己のベッドの上に座った。
「かあーっ! 誰にもバレないように動くの本当に窮屈だわ~! 特に身体を動かしたわけでもないのに、とっても疲れた!!」
「寝ている人もいるんだから、もう少し静かにしてよアートマン。あなたはいっつも声が大きいんだから、今はそのでかさを抑えないと」
アートマン、と呼ばれた男は納得いかないのか気まずい顔をしながら、頭をポリポリと掻き出す。
「だってよおシルビア、俺こーゆーチマチマしたの苦手だってお前が一番知ってるだろ?」
シルビア、と呼ばれた女もきまりの悪い顔をしながら俯いた、と同時に、少しため息を吐いた。
「もう森にいるわけじゃないんだから、そこは少しでもいいから直していかないと」
「分かってるよ……」
森、という言葉がシルビアの口から出た途端、アートマンは嫌なことを思い出したのか辛そうな顔になった。アートマンの顔を見たシルビアも、何かを感じたのか同じく辛そうな顔をする。しばしの沈黙が、二人の間を流れた。
「ねぇ、アートマン」
不意にシルビアが口を開いた。それにアートマンは反応する。
「なんだ、シルビア?」
「私たち、上手くやれるのかな?」
「どうした、お前らしくもない。そんな弱音を吐くなんて」
「だって! あのヴァルス隊長がやられたんだよ? それなのにこんな大役を新参者の私たちにやらせるなんて!」
「それだけ上の連中も必死なんだろう。新参者だからこそ、俺たちは与えられた任務をこなすしかない」
「でも……! 相手は最も危険な世界の敵なんでしょう? 私たちに、やれると思う?」
シルビアは弱々しげな目をしながら、アートマンに訴えるようにして尋ねる。アートマンもまた、自信無さげに顔を下に俯かせる。二人とも、緊張からか手に汗がびっしょりとついていた。
「やろう、シルビア。俺たち二人なら大丈夫だ」
「アートマン……」
「どっちみち森を抜け出した俺たちに、ここ以外の居場所はない。拾ってもらった恩は返さないと」
「私は……、あなたが心配だから言うのよ……? あなたにもしものことがあったらと思うと、私……」
「それはこっちの台詞だよシルビア。本当に良かったのかよ? あの時、こんな俺なんかについてきちまって」
アートマンは後ろめたそうに沈んだ表情をしながら、向かいのシルビアを見つめた。すると、シルビアはおもむろに立ち上がり、アートマンの隣に腰を下ろした。そして……、
「森を出た時に言ったでしょ? 私の居場所は、あなたの隣だって。今もその気持ちが変わらないし、これからも変わることはないわ」
自信に満ちた翠色の瞳から放たれる視線が、一直線にアートマンへと向かう。自分の真意を、アートマンに余すことなくぶつけるかのように。アートマンも、それを受けて彼女の想いを理解したのか優しく微笑んだ。
「ありがとう、シルビア。そしてすまん、お前にはいつも迷惑をかけてばかりだ」
「何を今さら。幼なじみでしょ、私たち。水くさいよ」
「ああ……、そうだな……、その通りだ」
アートマンは自分に言い聞かせるようにしきりに頷いた。そして、今度はアートマンが自信に満ちた表情をシルビアにぶつけた。覚悟を決めたような、毅然とした表情だった。
「お前に何かあった時は、全力でお前を守る。必ずな」
「私もよ、アートマン。あなたに何かあった時は、私が全力で助ける」
「お互いに、何としても生き抜いていくぞ。こんなところで死ねないからな」
「ええ……、私たちの答えを見つけるまで」
そう言って二人は互いの肩を抱き合った。顔を近づけてコツンと軽くぶつかった時、二人は同時に微笑んだ。
「奴が隙を見せたときが決行だ。それまで様子を見よう」
「ええ、分かったわ」
「よし、それなら今日はもう寝よう。明日も早いしな」
「うん、そうね」
シルビアは了承するが、一向にアートマンから離れる気配がない。アートマンは困惑し始めた。
「あ、あのー? シルビア? そろそろ離れてほしいんだけど……? 寝れないじゃん」
「もう少しこのままいさせて」
「もう少しっていつまで?」
「私が眠りに落ちるまで」
「それってつまりずっとじゃねえか! ああもう、分かった! 俺の隣で寝ればいいから!」
「そうさせてもらうわ。ありがとう」
「こいつ……! 平然と…! 俺の気持ちにもなってくれ……」
「何か不満があるの? 私のこと嫌い?」
「そういうことじゃなくて!!……恥ずかしいだろうが」
「誰も見てないんだからいいじゃない」
「ーーーっ!!! 好きにしろ!!」
今夜はろくな眠りにつけないことを悟ったアートマンだった。
てなわけで新キャラ~。この子たちはどんな活躍をしてくれるのか、今から楽しみです。この子たちにも身体を与えたいな~
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