強くなりたい
お待たせしました定期
アリシアが部屋を飛び出した後、ワンテンポ遅れてカルミナも部屋を出た。遠くのほうを走っているアリシアを追いかけるカルミナ。
「ちょ……! はや……! あ、そうか! あの子走るの速いんだった!」
アリシアはこれまで神軍からの逃亡生活を続けてきたため、彼らを撒くために必死に走り続けた結果、人並み以上に強い脚力を手に入れたのだ。
幸いなことにここが建物の中であることと、廊下も一本道のため、アリシアを見失わずに済んだ。そして、入口のレストランでアリシアも力尽きたのか、息を荒げながら立ち止まる。
カルミナも同じように肩で息をしながら、何とか追いついた。
「はぁ……、はぁ……。は、速いよアリシア……。さっき食べたの出てきそう……、うぷ」
「………」
アリシアはカルミナの方を振り向くことも、カルミナの言葉に反応することもなく、その場にしゃがみこんでしまった。そして、顔を埋めるようにしてうずくまった。
カルミナも黙ったまま、そっとアリシアの隣にしゃがんで三角座りをした。誰もいない店内で、二人はそのまま沈黙を貫いた。
しばらくして、最初に静寂を破ったのはアリシアだった。
「……ねえ、カルミナ……」
「なに、アリシア?」
「私って、なんで生きてるんだろう?」
「えっ!?」
突如人生に絶望したかような言葉がアリシアの口から飛び出してきて、カルミナは心臓が飛び出そうになった。暴走しそうになる身体を何とか抑え込み、冷静に対処することに努める。
「さっきの女将さんの言葉で悩んでるなら気にしなくていいんだよ? アリシアは今のままでも充分…」
「先に言っておくけど、純粋な疑問だからね。ネガティブになってるわけじゃないから」
アリシアはキッパリと力強くカルミナに告げた。予想とは違ったアリシアの言葉に、カルミナは目を丸くした。次いで、アリシアの意図がいよいよ読めなくなる。
「純粋な疑問というのは?」
「私、今まで何も考えずただひたすら逃げてきたけど、こうして少し余裕ができた今、どうしてこんなに頑張って生きてるのかな……って思っただけ」
「記憶を取り戻すためなんじゃないの?」
「それは確かに今の私の目的だけど、記憶を取り戻したところで私自身に大きな変化があるとは思えない。記憶を取り戻しても、私の人生は終わらない。それじゃあ、私は何を目標にして生きていこうかなって思って……」
アリシアの空色の瞳が静かに揺れる。その揺れが、アリシアの今の心を映し出しているようだ。
カルミナは神妙な面持ちでアリシアを見ていた。彼女に対してかける言葉が、思い付かない。
「さっき女将さんに言われながらそう思った……。あの人の言うことは正しい。これ以上人に迷惑をかけたくないなら、まず自分を変えなくちゃいけない。自分のやりたいことや、人にはゆずれない確固たる意志を持ちたい。これ以上、ユラユラ揺れる自分でいたくない」
アリシアは涙目になりながらも、ぐっと悔しそうに唇を噛み締めていた。
「私は、守られてばかりの弱い存在でいたくない」
そうハッキリと口にしたアリシアから、何かを成し遂げようとする者が持つ、得体の知れぬ強い力をカルミナは感じた。一瞬、アリシアに圧倒されたような気がした。
アリシアの意志を知ったカルミナは優しく微笑んだ。
「前にも言ったけどアリシア、段々良い顔になってる。最初は可愛かったけど、今は可愛さと同時にカッコ良いとも思えるようになった」
「カッコ良い? 私が?」
「うん、何て言うか目つきが特に良いよ。会ったばかりの時やこの前の戦いの時ではビクビクしていただけだったのが、今は何としてもやってやるーっていうチャレンジ精神みたいなのを感じるの」
「そ、そうかな?」
「そうだよ! もしかしたら、それがアリシアの素直な気持ちなのかもしれない! 負けず嫌いで、弱いままでいたくないっていう思いがさ!」
カルミナは、時折アリシアから感じていた強さの一端を知った気がした。
今回、アリシアはミランダに言いたいように言われてしまった。昔のアリシアだったら、そのまま落ち込んで自分を責めて終わっていただろう。しかし、今のアリシアは落ち込むどころか、むしろ悔しそうに歯噛みしている。そして、瞳からは熱い闘志がメラメラ燃え盛っている。
アリシアは、短期間でずいぶん変わった。そしてまだまだ成長できる余地がたくさん残っているのだ。
カルミナはそんなアリシアに、一つ提案してみることにした。
「ねえアリシア、もしあなたがどうしても強くなりたいって思うならさ、私と一緒に鍛練しない?」
「鍛練?」
「そう! 私の操る舞道の鍛練。慣れないうちはかなりキツいけど、アリシアのその思いがあれば必ず修得できると思う! まあ修得を目指さなくても、身体は今よりもかなり鍛えられて強くなるはずだよ」
「カルミナと一緒に、舞道の鍛練……」
アリシアはそう呟きながら、カルミナの戦いっぷりを思い出す。あの洗練されていて無駄のない動き。何より、思わず見惚れてしまうほど美しい舞を舞っているかのような身のこなし。
あそこまでの領域にいくのに、それこそ血の滲むような努力をすることになるだろうし、実際カルミナはしてきたのだろう。そこを目指さなくても、鍛練にはアリシアが想像もできないような苦難が待ち受けているかもしれない。アリシアは、少し下を向いて沈黙する。
「もちろん、無理にとは言わないよ。アリシアが別の何かをやってみたいのならそれをやればいい。ただ今すぐに思い付かないのなら、身体を鍛えてみるのが手っ取り早いかなーと思うけど…」
「やる」
アリシアは一言、そう言った。決意を固めたようだ。
「私も、カルミナみたいに誰かを守れるような人になりたい。だからカルミナ、私に教えて。あと、容赦はしないでね」
「うん、うん! それなら一緒にがんばろう! ウヒヒ……、これでアリシアと一緒にいる時間が増える……」
カルミナが気色悪い笑みを浮かべながら、アリシアとの修行を思い浮かべていると、
「カルミナ」
アリシアがカルミナに顔を近づけて、静かに呼び掛けた。心無しか、脅迫にも似た圧力をカルミナは感じ、思わずごくりと息を呑む。
「遠慮はしないでね?」
アリシアは限界まで顔を近づけてから、冷たい笑みを浮かべてそう言った。カルミナは背中に刃物を突きつけられながら会話をしているような緊張感に襲われる。
「は、はい! 喜んでやらせていただきます!」
「なんで教える側がそんな丁寧なの……? 普通逆じゃない?」
「それはそうなんだけど、最近アリシアから有無を言わせない圧みたいなものを感じる気がするのですが……」
「それは気のせいだと思う」
アリシアはそれはない、と言わんばかりに首を横に振った。カルミナは納得いかないのか、うーむと唸っていたが、
「まあいいか! じゃあ、明日の朝から早速やってみよう!」
「はい、先生」
「先生って……。いつも通りの呼び方でいいのに……」
「それはダメだよ。教えてもらうのに……」
「じ、じゃあせめて、鍛練中の時だけでお願い! 普段から先生、なんて呼ばれるとよそよそしさを感じて泣きそうになるから!」
「そ、そこまで……。分かった、普段はカルミナ、っていつも通り呼ぶ」
「そうしてくれると助かります」
カルミナは、ホッと一安心する。普段の生活で同年代から「先生」と呼ばれたら、こちらが恥ずかしくなってしまう。それだけは避けたかった。
「そ、それじゃあ改めてよろしく、アリシア」
「こちらこそよろしく、カルミナ」
こうして二人は、友人の他にもう一つ、師弟という関係を得たのであった。
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