ミランダVSアリシア
まとめました。
「なるほど、このアリシアちゃんが件の世界の敵ってやつだね?」
「ああ、そういうことだ」
「ふーん…、そうは見えないんだけどねえ」
先ほどお茶を取りに行ったハロルドが戻ってきたので、ミランダを含めたカルミナ達四人は席に座り、今後のことについての話を始めた。
「女将さんも知っていたんですね……、私のこと」
「ざっくりとね。まあ、私は他人に関しては自分の目で確かめないと気が済まないから、こうして二人に会いに来たわけだが…、ヘンリーの言うとおりだね」
「つまり…」
「ああ、私もあんたを認めよう。できる限りの協力はさせてもらうよ、お金さえ払ってくれればね」
「やったあ! ありがとう女将さん! 良かったね、アリシア!」
「う、うん……。ありがとう、ございます」
「何だい? あんまし嬉しそうじゃないね?」
「いえ、そんなことはないです……」
そういうアリシアは、何とも申し訳なさそうな表情だ。カルミナのように手を叩いて喜ぶでもなく、ただ自信無さげにシュンと肩をすぼめている。
そんなアリシアの姿を見て、ミランダはフン、と鼻息をたてた。
「何か言いたいことがあるなら言ってごらん?それとも、当ててやろうか?今あんたが考えてること」
「えっ……?」
アリシアはトロンとさせていた目を見開きながら、ミランダの顔を見上げた。ちなみに、アリシアは垂れ目なため、常に眠そうな顔をしているのだ。
アリシアはミランダの言葉に動揺したのか、心臓をドキドキさせる。ミランダはアリシアの返答を待つ間もなく、アリシアにこう言葉をぶつけてきた。
「さしずめ、自分のせいでまた誰かに迷惑をかけてしまった、とかか?」
「……っ!」
「その表情を見る限り図星か。まあ、さっきちょっと話したからなんとなくあんたの性格が分かったからね。あんたは常に誰かに対して後ろめたい気持ちになっている、そうだろう?」
「………」
アリシアは押し黙る。俯いて、両手を太ももにおいて身体をガタガタと震わせるだけだ。
そんなアリシアにしびれを切らしたのかーー、
「無視かい? アリシアちゃん、私は今あんたと話しているつもりなんだがそれすらも理解できないのかい?」
「ちょ……! 女将さん、そんな言い方は……!」
「カルミナちゃんは黙ってな!!」
ミランダはピシャリとカルミナに雷を浴びせるかのような怒号をぶつけた。並外れた威圧感を以てカルミナを問答無用で黙らせてしまう。そのあと、ミランダはまたアリシアの方に顔を向けた。
「聞こえてるなら、返事をしなさい」
「……はい、聞こえています」
「さっきの話に戻るが、後ろめたい気持ちはあるんだろう?」
「……はい、女将さんの言うとおりです……」
「なんでそんな気持ちになる?」
「それは……! 私はこの世界を滅ぼす意志があるとされていて……、仮に違っていたとしてもそう言われている事実は変わらないから……! 私が誰かのそばにいるとその人まで不幸になってしまうから……!」
「だから一人になったほうがいいし、何より誰かといるのが辛いと?」
「……はい」
「だからアリシア……! それは……!」
「カルミナちゃんは黙ってろと言っただろう!!」
再びミランダは割り込んでこようとするカルミナに対し、盛大な怒号を浴びせる。今回はカルミナも負けじとミランダに反抗を始めた。
「でも女将さん! さすがにあんまりだよ! アリシアは辛い過去を忘れてこれからのことを考えていこうとしているのに……! 何でわざわざ思い出させようとするの!?」
「カルミナちゃん、落ち着きな。これはあんたのためでもあるんだ」
「私のため!? どういうこと!? 私からしたら女将さんがアリシアを一方的に責めてるようにしか見えないよ! それがどうしたら私のためになるのよ! はっきり言うと、これ以上続けるならアリシアを連れてここを出ていく!」
普段明るくて優しい笑顔をするカルミナが、今にもミランダに殴りかかってきそうな鬼気迫る表情でミランダと対峙した。
「やめな、カルミナ嬢。今はお前さんのターンじゃない」
さすがに止めに入らなければと感じたのか、ハロルドがカルミナの肩にポンと手を置いた。カルミナはハロルドを親の仇のように睨み付けた。
「邪魔しないでおじさん!私は女将さんに言いたいことがあるの!」
「分かったから落ち着け」
「でも……! このままじゃアリシアが……!」
「女将は邪な理由で何かする人じゃない。それは付き合いの長い俺が保証する。厳しい言い方ではあるが、女将は女将なりにアリシア嬢に伝えたいことがあるんだよ」
「そのためならアリシアの心を傷つけていいって言うの!?」
「カルミナ嬢、お前さんは優しすぎる。女将は基本どんな奴に対しても、ダメなところがあったら厳しくいくからな。それが、女将なりの愛ってやつだ」
「女将さんなりの……」
「まあ、今は黙って見てな。アリシア嬢にも、お前さんにも良い勉強になるだろうよ」
そうしてカルミナはミランダを改めて観察する。ミランダは目の前のアリシアに対して厳しい目で見つめているが、確かに邪気は感じない。むしろこれから子供を叱る母親のような目線……。
カルミナは不安になりながらも、ハロルドの言葉を信じて二人の動向を一旦見守ることにした。
「それで、結局あんたはどうしたいんだい?一人で片を付けにいくのかい?」
「カルミナと行きます」
「カルミナちゃんはいいんだ?」
「カルミナとはここに来る前に互いの気持ちをぶつけましたので……。こんな私でも助ける、信じると言ってくれた。その想いに応えないのは彼女に失礼ですので…」
「まあ、そうだろうね。あの様子を見る限り、あの子はあんたのすることなすこと全て肯定して、あんたのしたいこと全てに協力してくれるだろう。その想いを受け取らずに一人で行くのは、あの子に失礼だ」
「はい……」
「それじゃあ、今後あんたは協力者を増やすつもりはないんだね?」
「はい。ただでさえカルミナやヘンリーさん、ハロルドさんやミランダさんを巻き込んでしまったのに、さらに多くの人に手伝ってもらうのは……」
「ふーん、なるほどね」
ミランダはさらに眉間にシワを寄せてアリシアを見た。周囲に緊張が走り、ただでさえ重たい雰囲気にさらに負荷がかかる。直接その負荷を受けているアリシアに至っては、走った直後のような息苦しさに襲われる。
それだけ、ミランダの威圧がすさまじいのだ。数十年生きてきた貫禄が、成せる技なのだろうか。
しばしの沈黙の後、ミランダは険しい表情のままゆっくりと口を開く。
「言っておくがアリシアちゃん、私とハロルドが協力できるのはこのサマルカンまでだ。サマルカンを出た後は、またカルミナちゃんと二人きりになる。もう一度聞くがアリシアちゃん、本当に新たに仲間を作ることはしないんだね?」
「……はい、最初に言ったようにこれ以上他人を巻き込むわけにはいきませんから」
「つまりあんたは…、協力者としての役割をカルミナちゃん一人に全部押し付けるのか?」
その言葉を受けて、アリシアはハッとなって気付く。そう、今後誰も協力者を作らないのならば、カルミナ一人だけがアリシアの護衛となる。現状、アリシアに戦闘力は皆無なため、神軍の相手はカルミナ一人がすることになってしまう。
カルミナはその役割を嬉々として引き受けてくれるだろう。しかし、それではこの前の戦いの二の舞になる可能性が高いのだ。というより、必ず起こる。
神軍はこの世界の最大規模の組織であり、構成員は優に万を超える。万が一彼らが100人や1000人レベルの大軍で来た場合……、
「もう少し優しい子かと思っていたけど、案外酷なことを言うんだね。神軍の規模はアリシアちゃんも知っているだろう。今までどうだったかは知らないが、今後は堂々とあんたを殺しに来ることも考えられる」
「女将さん、お願い、もうやめて……。私は大丈夫だから。これ以上はやめてあげて……。このままじゃアリシアが……」
我慢できなくなったカルミナはアリシアの元に駆け寄り、アリシアを後ろから優しく抱き締める。アリシアの背中をさすって彼女を落ち着かせようと努める。アリシアは絶望的な表情をしながら、ガタガタと身体を震わせる。
「もういいでしょ女将さん。女将さんの言いたいことも分かったよ。私は大丈夫、たとえ一人でもアリシアを絶対守る。アリシアとそう約束したもの」
「カルミナちゃん、それではいけない。あんたはアリシアちゃんにもう少し厳しくするべきだ。今のままじゃ、アリシアちゃんはあんたに甘え続け、それはいずれ依存となる。そうなったらおしまいだ。もう一人前に生きてはいけない」
「でも女将さん! アリシアはもう充分苦しんだんだよ! 記憶の無いまま一人で逃げ続けて……。もういいじゃない、これ以上苦しませなくても」
「確かにアリシアちゃんの人生は、誰よりも辛いものだろう。だがなカルミナちゃん、なっちまったもんはしょうがない。辛くても、理不尽でも、不満でもその境遇のもと生きていくしかないんだ。アリシアちゃんは生き延びれたのは、逃げたからだ。逃げることは、生きる上で最も楽な生存戦略だ。誰だってできる。でも、それだけしていたらいつまでも軟弱なままだ。アリシアちゃんがそれでいいんならいいんだよ? これからもカルミナちゃんを盾にして逃げればいい」
「……嫌」
「!? アリシア…」
身体を震わせていたアリシアが、うずくまりながらもミランダを睨み付けていた。今まで散々言ってくれたことへの仕返しだと言わんばかりの、強い目。
「そんなの、嫌だ。少なくともカルミナには、私のために危険な目に遭ってほしくない」
アリシアはきっぱりと、ミランダに対してそう告げた。ミランダはフッとアリシアを挑発するかのように鼻で笑った。
「ほう…、じゃあ今のあんたに何ができる? 言ってみなよ、ほら」
「………」
「何も言えないくせにそんな大口叩いたのかお前は!!!」
先ほどより一回りも二回りも大きな雷が、アリシアのもとに降りそそいできた。もろに直撃してしまったアリシアは、痺れて声が出ない。
「逃げることしかできないお前が、カルミナちゃんの想いに応える? 笑わせるんじゃないよ! 今のあんたには何もできやしない!! これ以上他人に迷惑云々言ってるうちはね!!」
隣にいたカルミナも巻き添えを食らったのか、アリシア同様痺れて動けない。アリシアを守らなければいけないのに、なぜかここで動いてしまったらアリシアにひどいことをしてしまうのと同じ感覚に襲われたのだ。
アリシアは先ほどの力強さは消え失せ、再び小動物のように恐怖で丸まってしまった。そんな姿を見て、ミランダの怒りはさらに増大する。
「なぜそこで弱気になる!? さっきの勢いはどうした! なぜ自分から勢いを消した!? 私がちょっと脅したら、引っ込めてしまう程度のものか!!そんな軟弱な精神で、これから先どうやって生き残るつもりだ!?」
ミランダの怒鳴り声は止まない。矢弾のように休む暇を与えず押し寄せてくる。カルミナとアリシアは、二人揃って甘んじてその矢を全て受けていた。反抗など、できるはずがない。
ミランダの言っていることは、真実だったからだ。カルミナもようやく理解した。ミランダは決して自分たちを嫌いだから責めているのではない。
自分たちが間違っていることに気付かせるために、叱ってくれたのだ。それは乱暴ではあるが、ミランダなりの優しさだったのだ。
ついにアリシアは、自分の顔を隠してしまった。堪えられなくなったのか、シクシク……とすすり泣く声が聞こえてくる。
ミランダは、アリシアのそんな姿を見ても容赦ない言葉を吐き続ける。
「いい加減、悲劇のヒロインになるのはやめな。そんなことをしても、現状が良い方向に変わったりしない。この世界はそんな優しくできていない。それはアリシアちゃんが一番分かっているだろう?」
「………」
アリシアは答えない。依然としてすすり泣いている。
「皆は、アリシアちゃんが優しいから自分たちに迷惑をかけないように他人を遠ざけるんだ、と言うが私から言わせればそんなもん優しさでも何でもない。あんたは、皆が与えてくれた優しさを受け取ろうともせず、あろうことか捨てちまってるんだ。ヘンリーとカルミナちゃんが不憫でならないよ。これじゃあ、二人の努力は完全に無駄だ」
「ーーーー!!!」
ついにアリシアは我慢できずにその場を飛び出してしまう。
「ま、待って!! アリシア! アリシア!!」
慌ててカルミナがその後を追った。ミランダは二人を追う素振りは見せず、ただすでに閉じられた扉を静かに眺めていた。
ハロルドがミランダに近付いた。
「珍しいな、あんたがあそこまで熱くなるなんて」
穏やかな声音。ミランダを責めているようには感じられない。ミランダはため息をついてから、口を開いた。
「ほっとけなくてねえ……。それにじれったさも感じたからね」
「じれったさ?」
「アリシアちゃんにも、本当は色々言いたいことがあるはずなんだ。でなきゃさっき私を睨み付けたりしない。にも関わらず、あの子は私にいらぬ気遣いをして引っ込めてしまった。あの子はもっと自分に素直になるべきなんだ。そして、その想いを言葉にしてぶつけるべきなんだ。それが、あの子の最重要課題だよ」
「なるほどね……。アリシア嬢には良い薬になっただろう。男の俺たちじゃあ、女の子にはきつく言えないからな。そして、カルミナ嬢にも」
「あの子もあの子で問題だ。あの子はアリシアちゃんのことを下に見てる節がある」
「下に?」
「そう。カルミナちゃんにとってアリシアちゃんは、守ってあげなくちゃいけない、とか、自分が頑張らなくちゃアリシアが死んでしまう、などと自分のことを正義のヒーローか何かと無意識に思っちまってる。傲慢にも、カルミナちゃんはアリシアちゃんのことを弱者だと思い込んでるんだ。とんでもない、勘違いも甚だしい」
「女将から見たら、アリシア嬢は強い子だと?」
「さっきも言ったが、弱い子だったらあんな目はしない。一瞬ではあったが、この私に対して喧嘩ふっかけてきたんだよ。そんな子が、弱いなんてあるもんか。むしろうまいこと育てていけば、アリシアちゃんはとんでもなく強くなるかもしれない。それこそ、カルミナちゃんよりもね……」
ミランダは愉快そうにケラケラと笑いだした。まるで久方ぶりに強敵に出会い喜びを隠せない武道家のように。
「まずはあの子の心構えから変えていかないとね。今はまだまだひよっ子だが、これからの成長が楽しみだ…」
「何というか、ますます面倒見が良くなったな、女将」
「歳取ったからかねえ。未来ある若い子がこれからの生き方で、あんなに苦しんでるんだ。厳しくしてでも、何とかして支えてやりたいじゃないか」
「……ああ、そうだな……」
自分の子どもの成長を楽しむ親のような雰囲気を醸し出しながら、二人は互いに気持ち良く笑い合うのだった。
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