ミランダの審美眼
「さて、長話してたらせっかくの料理が冷めちまう。さっさと食いな」
そう言ってミランダは両手に持っていた料理をテーブルの上に置いた。大皿に盛られたそれらから、真っ白な湯気がモクモクと立ち昇り、芳しい香りが湯気にのってカルミナたちの鼻にスゥーッと入り込んでくる。その匂いを吸収した途端、カルミナたちの腹の虫が激しく鳴り出した。
「うわぁ、美味しそう……! このお恵みに感謝いたします……」
そう言ってカルミナは、食事前の感謝の祈りを捧げる。アリシアもまた、カルミナに続いて同じように祈りを捧げた。カルミナの家では食事前には必ずこれを欠かさないのだ。
祈りを終えた後、アリシアはカルミナに前々から気になっていたことを尋ねてみた。
「そういえばこのお祈りって誰に対して祈ってるの?」
「うーん……、誰に対してって限定するわけじゃないんだよね。料理に使われた食材とか、作ってくれた人とか、この巡り合わせとか、今私がこの場でこれを頂くに至った全ての要因に対して感謝してる感じ」
「手当たり次第だね、なんか」
「まあ、感謝し過ぎていけないことなんてないからね。これに感謝してはダメ、なんてことはないんだから。もちろん、この場に連れてきてくれたハロルドおじさんやアリシアにも感謝してるんだよ」
「ハロルドさんはともかく、私にも?」
「そりゃあ、アリシアに出会わなかったらこんな豪勢な料理に出会うどのろか、そもそもここにも来なかったからね。アリシアが巡り合わせてくれたようなもんだよ」
「そ、そうなのかな……?」
「そうだよ! だから、ありがとねアリシア♪」
そう言ってカルミナはアリシアにいつものように、ニコッと笑いかける。アリシアは照れ臭そうにカルミナから顔をそむけた。
「……もう、その笑顔ずるい……」(ボソリ)
「え?何か言った?」
「何でもない。それより早く食べよう」
「そうだね、それじゃあ女将さん! ありがたく頂くね!」
「はいよ! おかわりもあるからね!」
「ほんと!? やったあ!!」
そうして、カルミナたちは目の前の食事にがっつくのだった。
~~~~~~~
三十分後ーー
「ふぅ~……食った食った……美味しかったぁ……」
「………」(満足げにニヤつくアリシア)
「あっという間になくなっちまった……。よほど腹減ってたんだな」
「ガッハッハ!! 女の子にしては良い食いっぷりだったね二人とも!」
カルミナとアリシアは目の前の料理を平らげるどころか、その後おかわりを三回もした。三回目のおかわり分を全て食べ終えた後、二人はようやく手を止めた。双方とも、お腹をさすりながら夢見心地に浸るかのように頬を緩めていた。
ハロルドは二人の食べっぷりに驚きを隠さず、ミランダは満足そうに豪快に笑っている。
「気に入った! ヘンリーが認めただけはある!」
ミランダはいつの間に持ってきたのか、二人の前に食後の茶を置いた。自分の分が無いことに気づいたハロルドが、「俺の分は?」と身振り手振りで訴えるが、それをミランダは華麗にスルーする。ハロルドはため息をつきながら、お茶を取りに行くために部屋を出た。
「女将さんはお父さんを知ってるの?」
「ああ、今の家に定住する前はよくここにやって来てたもんさ」
「へぇ~、そうなんだ! ここに来てた時のお父さんってどんな感じだったの?」
「私が初めて会った時からヨーコ、つまりあんたのお母さんと一緒にいてね。人前関係なくイチャイチャするもんで、よく他の客から妬みを買ってたよ!ガハハ!」
「人前関係なく、イチャイチャ……」
アリシアはジロリとカルミナに目を向けた。カルミナは呆れ顔になってミランダの話を聞いていた。
「うわ~……、お父さんったら……。やるとしてもそういうのは二人きりの時とかにやらないと……」
「カルミナがそれを言う?」
「え?」
カルミナが驚いた顔をしてアリシアを見る。アリシアは変わらずジーっと目を細めてカルミナを睨みつける。
「あ、あれ……? アリシアさん、怒ってます?」
「自分を棚にあげるのは良くないと思う」
「え? え? ど、どういうこと? 私もお父さんと同じことをしてるってこと?」
「人前でもイチャイチャしようとしてくるじゃん。似た者同士だよ、カルミナとヘンリーさん。さすがは親子」
「ええ……。私、そこまで恥女じゃないと思うけど……」
「自覚ない変態だったか……」
アリシアはカルミナのすっとぼけた態度に呆れてしまい、プイッとカルミナにそっぽを向く。カルミナは本当にわからないのか、アリシアのその態度に困惑しながらもどうにかアリシアをなだめようと必死に声をかけ続ける。
そんな二人の姿を見たミランダはーー
「アッハッハッハッハ!!!」
と、部屋が揺れるほどの迫力のこもった声で、高らかに笑い出した。カルミナとアリシアはビクッと肩を震わせておそるおそるミランダの方を向く。
「お、女将さん…?どうしたんですか?」
「いや何、あんたらのやり取り見てると若い頃のヘンリーとヨーコそっくりだと思ってね!なるほど、そりゃお似合いだわな! アッハッハ!!」
「お、お似合い……って……」
アリシアは白い顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうにもじもじし出す。カルミナはミランダの言葉を聞いて、目を輝かせながらズイズイ近づいた。
「ほんと!? 女将さんもそう思う!?」
「おうさ! 伊達に四十年以上生きてはいないよ。こういう商売だからね、いろんな人間見てきてるんだ。そいつがだいたいどんな奴かくらい見たら分かるよ」
「す、すごーい! じゃあ私たち結婚できる!?」
「は? 結婚?」
「ちょ……、カルミナ……!」
カルミナは有頂天になってしまったのか、ついに本性を現した。さすがのミランダも困惑を隠せない。
「結婚ってあんた……、女の子同士だろう?」
「それは分かってる。でもミランダさんさっき私たちのこと、お似合いって言ったでしょ? つまり、愛さえあれば私たち最終的にはゴールインできるわけだよね!!?」
「私が言ったのは友人関係としてだったんだが……、なるほど、あんたらそういう関係だったのかい……」
「違います、友達です。ケッコンはカルミナの妄想です」
「ねっ、ねっ! 結婚できるよね!? してもいいよね!?」
カルミナはミランダに懇願するかのように祈りのポーズをとりながら、ミランダの次の言葉を待つ。しばしの熟考の後、ミランダはさっぱりとした声音で、
「うん、別にいいんじゃないかい?」
と答えた。特に気後れした表情ということもなく、いつも通りの平然とした顔。アリシアは口を大きく開けてミランダの言葉に反論しようとする。
「え? でもミランダさん……!」
「いいじゃないかアリシアちゃん。カルミナちゃんのあんたを想う気持ちは本物だ。それは、あんたが一番よく理解しているだろう?」
「で、でも……!」
「別にあんたらが特別異常ってわけじゃない。女同士で結ばれるなんてのはよくある話さ。数はそりゃ一般よりは少ないけどね」
「え? そうなの……?」
「そうだよ。実際、私も何組か知ってるペアがいる。そうだ、カルミナちゃん。今度そのうちの一組を紹介してあげるよ。今後の参考にするといい」
「ほんと!? ありがとう女将さん!!」
「はぁ……。カルミナが、さらに調子に……」
カルミナが待ち望んだ答えが聞けた喜びで飛び跳ねている一方、アリシアはこの世の終わりのような、げっそりした顔でうなだれていた。ミランダは不思議そうな顔をしてアリシアを見た。
「何でそんな辛そうな顔してるんだい? あんたも別にカルミナのことが嫌いじゃない、むしろ好ましく思ってるだろう?」
「いやそうですけど……。カルミナとは普通の友達の関係でいたいというか……」
「そうなのかい? おかしいねえ、私の見立てではあんたも結構むぐっ!」
「…………!!!」
ミランダのその後の言葉を出させまいと、アリシアはただでさえ真っ赤な顔をさらに赤くさせながら、ミランダの口を塞ぐ。そして小声で、
(それ以上はやめてください……。決心がついたら私から話しますので!)
(はいはい、分かったよ)
ミランダは意地の悪い笑みを浮かべながら、アリシアの要求を受け入れた。カルミナは二人の様子を見て首を傾げた。
「何? 何の話?」
「何でもない。カルミナには関係無い話」
「えー!! 気になるじゃ~ん、教えてよ!」
「あまり好きな女の子にあれこれ聞くもんじゃないよカルミナちゃん。嫌われちゃうからね」
「嫌わ…!! 分かった、もう何も聞かない」
ミランダは真剣な顔をしてカルミナにそう告げたため、カルミナも真に受けて慌てて口をつぐんだ。一方で、アリシアにはカルミナに気付かれないようにアイコンタクトを示す。
(やっぱりただ者じゃない。この人…)
ミランダの一連のやり取りを見ながら、そう思わずにはいられないアリシアであった。
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