お部屋へご案内
一本道の廊下を歩いて、酒場の奥へ奥へと入っていく。進むたびに人通りは少なくなっていき、今ではもうほとんど人の姿が見えない。眩しいくらい明るく照らされていた建物内部も、今はわずかな光しかなく薄暗い。同じ建物の中にいるのか疑ってしまうくらいに雰囲気がガラリと変わった。
「着いたぞ、ここだ」
ハロルドが廊下の行き止まりで歩みを止める。三人の目の前には木製の、倉庫の入り口のような茶色い地味な扉。ハロルドはその扉を開けた。
「へー、結構広いじゃん。裏口みたいな所通ってきたからてっきり物置に連れて行かれるのかと思ったよ」
「金払ってんだぞ。そんな場所に行くわけないだろ」
「まあ、そりゃあそうか」
つい先ほど意識を回復させたカルミナが、部屋をざっくり見渡す。中は外の廊下とは違い、何で灯されているのか分からないがかなり明るい。カルミナの家のリビングくらいの大きさだろうか。三人が入っても全く窮屈しないくらい広々としている。絵画や壺などのアンティークがいくつか飾られ、部屋を華やかさで満たしている。二人分のベッドや大きなテーブルも配置されていた。
「ここで寝泊まりするんですね」
「そうだ。俺には別の部屋があるから、しばらくお前ら二人はここで過ごせ」
「わかりました」
「ぐへへ……、アリシアと同じ部屋で二人きり……。しかも二人用のベッドまで……。まさに夢のスイートルームだよぉ……ぐへへへ」
「すいません、一人用ってありませんか? たった今身の恐怖を感じたので」
「冗談! 冗談だってばアリシア!! だから一人にしないでぇ~(涙)」
「ガチ泣きするなよ……カルミナ嬢」
アリシアはカルミナに意地でも目を合わせまいとそっぽを向く。明らかな拒絶反応を示され、幼児みたいに泣きじゃくるカルミナ。何度も必死に許しを請う。浮気がバレて妻に土下座しているときの夫みたいだ。
ハロルドは二人のやり取りに半ば呆れながらもーー、
(ヘンリー、お二人さん中々良いコンビになってきたぜ。お前の見込んだ通り、こいつらならやれるかもな)
ハロルドは二人の成長を楽しむかのように、ニッと笑うのだった。
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「さてと、そろそろ飯が来るだろうから、そこのテーブルの椅子にでも座ってようぜ。お前らも身体が万全じゃないなか立ちっぱなしだったからな。疲れたろう」
ハロルドは二人をフカフカで柔らかそうなクッションが敷かれている椅子に座らせた。クッションが二人の身体を優しく受け止める。カルミナたちはあまりの気持ちよさに思わず息を漏らした。
「はぁ~、モフモフする~。だいぶ楽になるよ~……」
「………♪」(ニマニマ顔のアリシア)
「ここの主人お手製のクッションだ。よその酒場や宿舎じゃ、中々味わえない逸品物だぜ」
「ここ、結構高かったんじゃないんですか?」
アリシアが申し訳なさそうにハロルドに尋ねた。ハロルドは親指を上に立てながら、気にするなと言わんばかりの爽やかスマイルをアリシアに見せた。
「問題ねえよ、ここの宿泊費とか諸々もヘンリーからもらってるからな。俺はびた一文使ってない。礼なら、ヘンリーにすることだ」
「ヘンリーさん……」
アリシアは感謝の気持ちでいっぱいになる。改めて、自分はヘンリーにたくさんの恩を受けたことを理解した。
「死ねない理由ができたな、アリシア嬢」
「え?」
「礼というのは、直接顔を合わせ、口にしなければ礼とは言わない。そうしなきゃ相手に伝わらないんだからな。だから、生きて帰らなきゃ礼はできないぜ」
「……っ! 私、ヘンリーさんにお礼をするためにも、絶対生きて帰ります」
「その意気だ。アリシア嬢もだんだんアツイ女になってきたな」
ーーというより段々カルミナ嬢の影響受けてんなーー
ハロルドはカルミナを見る。視線を向けられたカルミナは首を傾げ、目をぱちくりさせる。
「ん? 何? ハロルドおじさん」
「いいや、何でも。つくづくお似合いだなーと思っただけだ」
「え!? お似合い!? おじさん、それホントに!? ホントのホント!?」
「ああ、ホントのホント」
「やったあ! アリシア聞いた聞きました!? 私たち、お似合いなんですってエヘヘヘ!!」
「お似合いなのはわかったからニヤつかないでよ気持ち悪い」
カルミナは椅子から立ち上がり、本調子でないにも関わらず嬉しさのあまり舞い踊ってしまう。そして案の定、身体からグキッという嫌な音が出たと同時に、
「ハウッ!?」
とだけ悲鳴をあげてその場に倒れてしまった。アリシアはため息を盛大につきながら白い目でカルミナを見る。
「もう……、何やってんのよ……」
「すまねえなアリシア嬢、余計なこと言ったようだな……」
「ハロルドさんはこれっぽっちも悪くありません。カルミナが勝手にテンション上げただけですから」
アリシアはスパッとカルミナを両断するかのようにハロルドに告げた。カルミナは、「キュウウウ……」と小動物のような鳴き声を発しながら腰をさすっている。
「へへへ……、お似合い、お似合いぃ……うひひ」
それでもなお、先ほどのハロルドの言葉を思い出しながらニヘラニヘラと美しく整っていた顔面を崩壊させている。ハロルドとアリシアはお互いの顔を見合わせて、再び盛大なため息をつくのだった。
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ドンドンドン!!
二人がため息をついた直後、部屋の扉が勢いよく叩かれた。その勢いは扉が衝撃で揺れるほどである。三人は扉のほうに視線を合わせた。
「おっ、どうやら飯を運んできてくれたみたいだな」
「ご飯!? やったあ、お腹空いて死にそうだったよぉ」
「さっきまで舞い踊っていたあんたが何を言うか」
カルミナのオーバーリアクションにアリシアがすかさず、冷静なツッコミをいれる。かくいうアリシアも、ご飯という単語を聞き腹の音がぐうぐう鳴り出した。カルミナにいたっては、口からよだれが溢れだしている。じゅるりとよだれを呑み込んだ。
「開けな!! 早く開けないと飯抜きにするぞハロルド!!」
「はいはい、分かったから今開けますよ」
扉の向こうから、ハキハキとしたいかにもおばちゃんといった風な甲高くしわがれた声が聞こえる。ハロルドは慌てて部屋の扉を開けた。そこに立っていたのはーー、
「遅い!! ノックしたら秒で開けろ秒で!」
「無茶言わんでくださいよ女将。こちとら疲れてるんだから……」
「はん! あたしより五つも若いあんたが何ジジイ臭いこと言ってんだはりたおすぞ!」
「す、すんません……」
三人の目の前に現れたのは、間違いなく女性であった。しかし、一瞬女性であることを疑うほど、男顔負けのガッチリとしたマッスルボディ。天井につきそうなくらい山盛りに盛られた料理をのせたお盆を両手に軽々と持ち、顔は厳つい親方のような顔をしている。しかし一方で女性らしい、ふくよかで艶やかな肌をしており、何より出てるところはちゃんと出ていた。
「紹介するぜお二人さん」
ハロルドはまるで親に叱られたばかりの子供のようにシュンと腰を低くしながらカルミナとアリシアのほうに顔を向ける。
「こちらが、この中央酒場の女主人、ミランダさんだ。皆からは通称女将と呼ばれてる」
「初めまして可愛らしいお嬢さん方。私はミランダ、呼び方は女将でも、ミランダさんでも、ミランダと呼び捨てにしてもらっても構わない。好きに呼びな」
ミランダは二人に対し、ニカッと爽やかな笑みを浮かべてそう言った。
カルミナとアリシアは、押し潰されてしまいそうなその迫力に思わず息を呑みながら、背筋をピンと伸ばすのだった。
「「よ、よろしくお願いいたします!女将さん!!」」




