作戦会議をしよう
マイルズの言葉によって、カルミナ一行に戦慄が走る。神軍が、すでに先手を打っていたのだ。それはつまり、こちらの動きが完全に読まれていることを意味した。
「止められたって……、俺も聞いてねえぞ。いつのことだ?」
「ハロルド殿が聞いてないのも無理はありません。何せつい昨日のことなのですから」
「昨日? 昨日だと?」
昨日、といえばカルミナたちが神軍と戦った時だ。そのときに、すでに保険をかけていた?
「申し訳ありません、皆さん……。さすがに神の御意向に逆らうのは私どもも本意ではありませんので……。これはきちんとお伝えしなければと……」
「いや、マイルズは気にするな。現状は分かった。後は俺たちの問題だよ」
「そうそう! むしろ教えてくれてありがとね、マイルズさん!」
「そんな……、私はただ仕事をしただけですので……! お役に立てず申し訳ありません……!」
マイルズは本当に申し訳無さそうに、いつまでも頭を下げ続けるのであった。
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「さて、どうしたもんかね……」
サマルカンに入り、カルミナたちは門近くの馬屋に寄ってハロルドの馬を預けた。そして、ハロルドはうーんと唸る。カルミナたちも同じように唸った。こうなってしまうと、カルミナたちとしては独自のルートを築いてヒノワまで目指すしかない。
「最悪それで行くしかないんだろうけど…」
「まあなあ……。なにぶん、ここからヒノワまでの正規外ルートといったら……」
カルミナとハロルドが難色を示すのには理由がある。サマルカンからヒノワへの正規ルートは、かつて人間神によって整備されたため比較的安全なのだが、それを少しでも外れると一方は危険な獣たちが住む密林地帯、はたまた一方は草木残らぬ広大な砂漠地帯、と人を寄せ付けぬ厳しい環境地帯が広がっているのだ。アリシアだけでなく、カルミナにとっても身体が耐えられるかわからない。
「そんなに険しいんですね……。ヒノワまでの道って……」
「だからヒノワにあんまし手出しできないのかもな、神軍も。噂では、危険地帯にはヒノワの連中がいくつも罠を張っているって話まである」
「うへえ……。余計危ないじゃん……」
「だから何とか正規ルートを確保するのが望ましいんだが……、如何せんサマルカンに登録されている馬車以外だと取り締まりを食らうからな」
「それだと、馬車に乗ったところで危なかったんじゃ?」
「だから手引きするって言っただろ? そのために俺が選ばれたんだよ」
「お父さんもおじさんも、ワルだねぇ~」
「うるせぇ、元から神に喧嘩売ってんだ。多少やったところで大差ねえよ」
ハロルドは相変わらずしれっとそんなことを言う。カルミナとアリシアは互いに顔を見合わせて苦笑いした。確かに、元々自分たちの相手はこの世界の支配者である絶対正義の神様なのだ。
「それで、結局どうする? ひとまずどこか安全そうな場所にでも行かないと……」
「そこもセッティングしてある。ついてきな、もうすぐ夜になるし続きの話はそこでするとしよう。作戦会議するのにちょうどいい場所があるんだ」
「抜かりないね、ハロルドおじさん…」
「そこはまあ、もらったぶんはきっちり働かないといけないからな」
カルミナとアリシアは、ハロルドの仕事っぷりに感心しながら、その頼もしい背中の後を追うのだった。
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「さあ、着いたぞ。ここだ」
「ここって……」
「ま、何か話をするには飯でも食いながらってな。お前らここずっとろくな飯食えてなかっただろ。成長期なんだし、これからの活力のためにもたらふく食わねえとな」
ハロルドがカルミナたちを連れて向かった先、そこはサマルカンで最も人が集まる賑やかな場所。
サマルカンでも人気のレストランにして唯一のホテル、『中央酒場』だった。
その名の通り、サマルカンのちょうど真ん中に建てられており、一際目立つ設計がなされている。
カルミナたちが中に入ると、これでもかと言うくらいたくさんの人々で溢れかえっていた。辺りは彼らの熱気と喧騒に包まれており、思わず酔ってしまいそうだ。
「うわあ……。すごい人……。ここにいる人たちだけでうちの村より多いんじゃないかな?」
「ははは、それは無いだろうがまあそう思っちまうのも無理はない。どうだ、なんか興奮するだろ?」
「うん! すっごいドキドキワクワクする! 見たことのないものばかりでキラキラ輝いてるよ! ねっ、アリシア!」
「…………」
「? アリシア? 大丈夫?」
「え……、あっ! ごめん……。だ、大丈夫……」
「アリシア、あんまし人慣れしてないから疲れちゃったかな?」
「おっと、そうだったらすまねえ。場所、変えるか?」
カルミナとハロルドが心配そうにアリシアに尋ねた。当のアリシアはというとーー、
「大丈夫。あまりの迫力に、ぼーっとしちゃって……。すごいね、ここ」
「ホントにねー! いろんな種族の人がいるよ。オルトスみたいな獣人族とか……。あれ? あの人たちは……」
カルミナは不思議な格好をしている集団を見つけた。というのも、皆透明の丸い球体の形をした何か をかぶっているのだ。同じものをかぶった数人で楽しそうに何かを話している。
「ほう、珍しいな。海人族じゃねえか」
「海人族?」
「ああ、海の中で暮らしているヒト族の一種で、俺たちとは違った息の吸い方をするんだ。俺たちが水中で呼吸できないように、あいつらは陸地で呼吸ができない。あの被り物の中には水が詰まってるんだよ」
「へぇ~、魚と同じ息の吸い方をしてるのかな?」
「そうなるな。ほら、よく見てみろ。手足に水かきとかヒレがあるだろ? 泳ぎやすいように」
「ホントだ~! すごいすごい!!」
初めて見る種族に、カルミナは子供のようにはしゃぎ出す。キャッキャウフフと跳び跳ねている姿に、アリシアは少し恥ずかしさを覚えた。
「もう……。はしゃぎすぎ、カルミナ。一緒にいるこっちが恥ずかしいよ……」
「だってアリシア! こんなワクワクする場所に来る機会なんてめったにないんだよ!? 今のうちにたっぷり味わっておかないと~!!」
「はいはい、分かったからとりあえず落ち着いて。ここに来た目的を果たさないと。ハロルドおじさん、どこか座る場所あるのかな?」
「アリシア嬢はしっかりしてるな。安心しな、あらかじめ話はつけてるから個室を空けてもらってる。そこに向かうぞ」
「分かった。ほら、カルミナ行くよ」
「はあああああ!? ねえねえアリシア!? あの人、竪琴持って歌ってるよ!? すごい上手!! あっ、あっちではダンスしてる!! うわ~、軽やかでステキ!! ちょっと見に行こうよぐはあああ!!?」
「はいはい、とっとと行きましょうねー」
歯止めの効かないカルミナの腹にいつも通りの一撃を食らわし、アリシアは問答無用でカルミナを引きずっていく。
「……アリシア嬢、おっかねえな……」
ハロルドはアリシアが鬼嫁になった姿を想像してしまい、ブルッと背筋が寒さで一瞬震えるのだった。
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