閑話 世界の敵の動向
世界の敵ーー
それは、今ある世界、そして神を滅ぼす意思を持った存在であり、人間神アズバが率いる神軍が唯一刃を向ける者達である。アズバ曰く、世界の敵を滅ぼすことは「真なる愛」への最大の近道であり、世界の敵の味方をすることは最も恥ずべき悪徳だという。
それ故に、この世界に住む人々は皆、世界の敵を恐れ憎むのだーー。
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「無事に戻ってきてくれて良かったよ、三人とも」
「さすがに今回はヤバかった……。予想外の事態がコロコロ起きたからな」
とある洞窟の奥地。不思議なことに辺り一帯が明るく照らされ、まるでどこかの屋敷のように調度品が所々に置かれていた。扉もいくつか設置され、それぞれの部屋の入り口のように作られている。そんな数多ある部屋の一室、執務室のような部屋に四人の男たちがいた。
そのうちの三人はカルミナ達と戦った黒豹獣人、オルトス一行であった。彼らはとある人物を前にして、背筋をキチンと伸ばして並び立っていた。
その人物は、席に座りながら机の上に山積みされた書類を眺めていた。床につくほど長い黒髪にオニキスのような黒い瞳。それとは対照的な真珠のように真っ白な肌。初見で見たら絶世の美女と間違えるくらい美しく整った顔立ちだった。しかし、声はオルトスと同じくらい低く野太いことから、男性であることがわかる。
フードの付いた黒いローブを着こなし、まるでおとぎ話に出てくる怪しい魔人のような姿をしていた。
「今回はひとまずご苦労様だ。まずは身体を休めることだね。オルトスはすまないがいつも通り残ってくれ。今後の話もあるから」
「わかった、お前らは一足先に戻ってろ」
「「はい、兄貴」」
オルトスの連れの二人組、バンクとボンクはその言葉に素直に従い部屋を出る。ちなみに、身体の小さい方がバンクで、大きいほうがボンクだ。
二人の足音が聞こえなくなったあと、黒髪男は書類を置いてオルトスの顔を見る。そして――――
「オルトスうううう!!! おかえりいいいいい!!! 会いたかったよおおおおお!!!」
恍惚の表情をしながら、オルトスに飛び付いた。オルトスは男を受け止めたのはいいものの、そのまま押し倒される。
「うわっ! やめっ……! 離れろくっつくな!! まだ痛むんだよ、リンベルのカシラ!!」
「だって……。寂しかったんだもん……ぐすっ」
「乙女か!!!」
「君の前では、心は乙女さ!!」
「はぁ……。こんなのがあの世界の敵の一人にして、魔王、と恐れられているとは、夢にも思わねえだろうな……」
「こんなのって何!? ひどいよオルトス!! 僕はいつもしっかりしてるんだからね!!」
「それは認めるが、いい加減これもなくして欲しいんだがな!?」
「溢れる想いは、誰にも止められないのさ!!」
「イラッ……! ああもう、いいから離れろおおおおお!!!」
オルトスがリンベルの顔を思い切り殴り、無理やり離れさせる。リンベルは変な声を出しながら、そのまま壁に激突してしまった。
「イタタタ……。相変わらず容赦ないね……」
「正当防衛だ、文句は言わせねえぜカシラ」
「ハイハイ……。もう、少しは僕の気持ちも理解してほしいなぁ……」
「何かおっしゃいましたかね、カシラ?」
「い、いえ、何でもありません……」
背中をさすりながら、シュンと落ち込むリンベル。そう、この男こそが、オルトスが「カシラ」と呼ぶ存在、世界の敵の一人たるリンベルである。
リンベルはそのまま席に戻り、ため息をついてから本題に入ろうと口を開く。
「それで、例の彼女は?」
「ひとまず無事だ。あと、覚醒も果たした」
「……そうか。第一段階はクリアしたようだね」
「ここから神軍のクズどもの動きも活発化するだろう。次は最高戦力たる神子どもがきてもおかしくねえ」
「アズバにとって、彼女は何としても潰したいだろうからね。フフっ、あいつの焦る顔が目に浮かぶよ」
リンベルはクスクスと、子供のように笑う。それにつられて、オルトスもニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「あいつが苦しむだけで、俺の心は満たされるってもんだ。なぁ、カシラ?」
「そうだね、オルトス。君も僕と同じ世界の敵だ。あいつにとっては、君の存在も無視はできない。無論、他の二人もね」
「そういや、巫女と快楽者の動きはどうなんだ?」
「快楽者はいつも通りあっちこっちで暴れてる。巫女に関しては、予想通り動き出したね」
「あの姫さんがついにか……」
「まあ、ようやくお望みのアリシアちゃんが現れたんだ。これからは多少無理をしてでも動いてくると思うよ」
「あんたはどうするんだい?」
「僕は別にあの姫様には何もないから、協力もしないし邪魔もしない。僕は僕なりに動くさ」
リンベルは肩をすくめながらそのように答える。オルトスはその言葉を予想していたかのように、フッと軽く鼻を鳴らす。
「相変わらずカシラは飄々としてるな。まあ、俺はあんたの言うことに従うまでだ」
「じゃあ今度久々に一緒に寝ようよ……」
「そういったエッチなのは無しで」
「ショボーン……」
「明らかに落ち込むなよ気持ち悪い」
「だってそんなあからさまに拒否されると辛いじゃん……」
「はぁ……。これが無ければ、もっと尊敬できるんだけどな…」
「とにかく、オルトスは計画通り動いてくれ。状況が多少変わろうと、やることに変わりは無いからね」
「ああ……。あの邪神は、俺たちが必ず潰す……!」
「無理はしないでねオルトス。君はもう、一人じゃないんだから」
「分かってる……。ありがとう、カシラ」
「礼を言うくらいならぜひ僕と今夜…!」
その後、オルトスの拳が、再びリンベルの顔に飛んできたのは言うまでもない。
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ヒノワ村の大社。ここに、世界の敵の一人たる「姫様」と呼ばれる存在が鎮座している。大社内部、奥の部屋にてーー
「ついに、ついに降臨されました……! 私たちの主が……!」
部屋に敷かれた布団。そこで時折咳き込みながら伏している一人の美しい女性がいた。病人のように顔はやつれ、青白い肌色をしている。付き人たちが、その布団のまわりを囲み、伏している女性の世話をしている。
「姫様……、おめでとうございます! 悲願は間もなく叶いまする!!」
「婆や……、ありがとう……。あと少し、あと少し踏ん張りましょう……。全ては、あのお方のために……!」
「はい……、はい……! 我ら一同、より一層励みます!」
「……私もこんな身体で無ければ……、今すぐにでもお出迎えするというのに…ケホッケホッ!私は、不信心者ですね……」
「姫様」と呼ばれた少女は、自らを責めるかのように唇を噛みながら言う。己の運命を呪うかのように淀んだ顔を見せる。
「何をおっしゃるのです姫様……。あなた様は誰よりも敬虔なお方……! そのことは、ここにいる誰もが知る事実……! どうかご自分を卑下なさいますな」
「婆や……」
「もう少し、もう少しです! あのお方さえ復活なされば、きっと姫様の御体も回復します! もう少しの辛抱ですぞ!」
「そうですね婆や……。もう少し、もう少しですね……」
「姫様」は天井を見つめる。そこには、彼女が信奉して止まないとある人物の顔が映し出された。
「今しばらくお待ち下さい…アリシア様……!」
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とある村の外れの森。そこに、興奮しているのか息を荒げながら何もせずに突っ立っている男がいた。ハァ、ハァ……と肩で息をする。呼吸が安定しない。何故か。それはーー、
「あれえ? もう動かなくなっちゃったあ。もっとこの人に聞きたいこと、あったんだけどなあ、残念残念」
男の目の前には、ひたすらナイフを突き刺している赤髪の少年の姿が映っていたからだ。少年は馬乗りになって、もはや動かなくなった大男にナイフをまだ刺し続ける。何度も何度も刺し続けて、少年の身体は大男の返り血で染まる。血が付着するたび、少年は恍惚そうな笑みを浮かべながらその血をなめた。
ザクッ、グチュ、ザクッ、グチュ、ザクッ、グチュ………
「うん、臭い! でもやっぱりそそるなあ……」
ようやく満足したのか、少年は大男から離れて立ち上がる。付着した血を一滴たりとも残さないようになめ尽くす。
返り血と同じような真紅の髪に野獣のような黄色く鋭い目。まだあどけなさが残る顔つきだった。黒いマントを纏ってはいるが服らしきものは着ておらず、つまるところ、素っ裸の状態だ。
「ほ、ほんとに、殺りやがった……。こんな小さいガキが、あのならず者を……!」
「だから言ったでしょ? ボクに任せておけって!」
少年はまるで正しいことをしたとでも言いたげに胸を張る。その姿は、年相応のものだった。実際その少年がやったことと今の自慢げな姿の落差に、男は吐き気を催すような不快感で満たされる。早く逃げ出したかった。
「ほ、ほら、約束の、金だよ…。さっさと俺の前から消えてくれ、頼むから……!」
「ひどいなあ、その言い草。まあ、貰えるならそれでいいけど」
そう言って、少年は男からひったくるように金のはいった袋を取り、中身を確認する。
「うん、たしかに! 毎度あり~」
少年はニパァ、と無邪気な笑顔を見せる。そして、その場から立ち去ろうとしたその時ーー、
「ま、待ってくれ!最後に一つ聞かせてくれ!」
男が息を荒げながら、その少年を呼び止める。少年は不快そうに男のほうを振り向いた。
「何? ボク急いでるんだけど」
「ま、まだ……。これからも、こんなことを続けるのか?」
「当然! ボクには知りたいことがあるからね!」
「し、知りたい、こと?」
「うん! ボクはこの胸にいつもつっかえているよく分からないものの正体が知りたい! どうしてかは分からないけど、これを続けていたら、いつか分かる気がするんだ!だから、それを知るまではやめないって決めたの!」
少年は再び年相応の笑顔を見せた。男には少年のその笑顔が、得体の知れない化物のように見えたのだった。
「分かった……。俺には止める権利はない……。邪魔してすまなかったな……。妻の仇をとってくれてありがとう……」
「うん、それじゃあねお兄さん! 二度と会うことはないけど!」
そう言って少年は森の奥に消えていった。後には男と、血まみれの死体だけが残った。男は、どこか喪失感を覚えながら死体を眺める。
「あれが……、最も危険な世界の敵か……」
男は、さっきまであれほど恨みを抱いていた大男に、なぜか憐れみを覚えるのだった。
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「さ~て、仕事も終わったしこのまま向かいますか!ウヒヒ」
少年は舌なめずりをしながら夜の森を駆ける。その速さは、およそ人間族とは思えないほどの迅速。電光石火のごとく走り抜ける。
「たしか、さっきまでいた村で神軍のお兄さんが言ってたな……。この近くの大きな街にボクより恐ろしい世界の敵がいるって」
少年はニヤァ、と口角をつり上げる。なおも道なき道を馬より速く駆ける。
「どんな人なんだろう? この前まで最も恐ろしいと言われていたのはこのボクなのに……。こんな短時間で塗り替えるほど恐ろしいって、よほどだよねぇ……。楽しみだなぁ……」
少年はまだ見たことのないその世界の敵に思いを馳せた。再び、少年は舌なめずりをする。
「たしかサマルカン、だっけ……? この先の街……。フフフ、その人ならボクの知りたい答えを知ってるかもね! そうだったら、万々歳だぁ……」
少年の名前は、快楽者マーリル。世界の敵の一人にして、アズバ曰く、最も危険な存在とされている人物であった。




