閑話 白の宮殿にて
真っ白な世界にポツンと存在する、神軍本部。
その中の玉座の間にて、二人の男が対面していた。
一人は玉座にもたれかかりながら座り、左手には水晶を持ってそれを眺めている。その顔はどこか不機嫌そうにムスッとしていた。
もう一人は、玉座に座っている男に対して服従を示すかのように顔を伏してひざまずく。その顔からはスーッと冷や汗が流れていた。
「ヴァルスは、失敗したんだね」
玉座に座る男が、穏やかな声音で目の前の男に語りかけた。しかし、その声からは優しさとは程遠い、威圧感が放たれている。ひざまずいている男はそれを感じたのか、身体を小刻みに震わす。
「すまねえ親父……。俺の力不足だ……」
男は悔しそうに、何とか声を絞り出しながら言った。「親父」と呼ばれた男ーー人間神アズバーーはハァ、と大きなため息をついた。持っていた水晶を浮かし、特に意味もなくクルクルと回し始める。
「ガデス、私は別に貴方とヴァルスを責めているわけではないんだよ。貴方たちはよく頑張ったし、責めても状況が変わるわけでは無いからね。私が今日言いたいのはねーー」
ピキッーー、と何かがひび割れたような音がした。同時に、とてつもない圧が目の前の神子の一人、ガデスに直撃する。
「なぜこの場にヴァルス本人がいないのか? それを説明してもらおうか、ガデス? よもや……、この私から逃げたわけでは無いよね?」
「あ、ああ……」
ガデスの震えが止まらない。それどころか、震えはさらに大きくなる。口はガチガチと鳴り、上手くしゃべることができない。全身から脂汗が止まることなく吹き出して、床にポタポタと止めどなく落ちる。
「じ、実、は……、あれから、あいつは戻ってきたんだが……」
「戻ってきたんだが? もっとはっきり話しなさい」
ガデスは一度深呼吸をして、身体を落ち着かせる。震えはまだ止まらないが、口はかろうじて、きちんと動かせるようになった。
「どこかボーッと虚空を見つめたままで、何もしゃべれないし何もできなくなっちまったんだ……! こっちが何聞いても、ああ……ああ……、としか声を出さないし……。そんな状態の奴を親父の前に連れてきたところで……!」
「そうだったのか…、なるほど…。確かに、そんな状態の彼にいろいろ問いただしても、彼には酷だろうし、どうしようもない。よほどひどい目に遭ってきたんだね…」
アズバは事の次第を理解し、再びため息をついた。そして、
両目から、涙を流した。そんなアズバを見て、ガデスは驚きと不安で目を見開いた。
「君やヴァルスには、申し訳ないことをした。よく事情を知りもせずに決めつけて、ヴァルスがここに現れなかったことを非難しようとした。これだ、これが人間の醜い部分なんだ……」
「親父…」
「もう、完全にこの業から断ち切れたと思ったんだけどね……。私の心にも、まだ根深く残っていたようだ……。私は神様失格だね……」
アズバは自分のしてしまったことに後悔したのか、そのまま俯いてしまう。空いた左の手のひらをギュッと握りこぶしを作る。涙は依然、流れたままだ。
ガデスは顔をあげてーー、
「やめてくれ親父。言っただろう? 親父は常に正しい」
「ガデス……」
「親父は確かに神である以前に人間族だ。しかし、そんなことは世界中の誰もが知ってる。にも関わらず、皆親父を神として信仰しているだろう。親父は人間である故に、一番俺たちのことを分かってる。寄り添ってくれる。だから、俺たちは親父に従えるんだよ。あんた、優しいしな」
ガデスはニカッと子供のようにアズバに笑いかけた。それを見たアズバも涙を流しながらもガデスに応えるように笑った。
「そうか……、そうだね……。ありがとう、ガデス。貴方たちにはやっぱり、いつも助けてもらってばかりだね」
「何を言うんだ親父。助けてもらってるのはこっちの方さ。親父がいなかったら、俺たちはとっくに死んでたんだからな。命を救ってもらった恩は必ず返す。そしてーー」
ガデスはスクッと立ち上がってアズバを真っ直ぐに見つめる。嘘偽りの無い、真っ直ぐな思いをぶつけるために。
「親父にしてもらったことを、今度は俺たちが子供達にしてやるんだ。それが、真なる愛って奴だろ親父」
「ああ……、その通りだよガデス……」
アズバはニッコリと笑う。ガデスはその笑みを見て照れくさそうに顔をそらした。
「それで親父、例の世界の敵についてだが……」
「災厄か」
「ああ、サマルカンに入ってしまったし、致し方ないがこうなった以上、サマルカンで捕えるしかない」
「サマルカンの人々を恐怖に陥れてはいけないよ」
「分かってる。多少手荒だが、サマルカンを一旦封鎖する」
「どうやって?」
「要は奴らの最終目的地に行かせなければいい。奴らはヒノワに行く気だ。それは、親父も予想していたことだろう。だから、ヒノワへの道を封鎖する。まあ、どのみちその道はいずれ封鎖する予定だったしな」
「そうだね……。あまり事を荒立てないようにするにはそれが最善か」
「そして奴らが足止め食らった所で、速やかに世界の敵を捕える。サマルカンの首長には、すでに話はしてあるからな。快く引き受けてくれたぜ」
「そうか、もうすでに布石は打ってあるんだね。さすがはガデスだ」
「へへっ! 本来はヴァルスにやってもらいたかったが……、まああいつは回復するのに時間がかかるだろう。今回、あいつの部隊の一つがサマルカンに入っていたからそいつらに指示しておいた」
「よし! 万事抜かりなくだよ、ガデス。貴方もいつ出てもいいように準備しておきなさい。何が起こるかは、分からないからね」
「分かってるって! うちのヴァルスにあんなことしてくれたんだ……。許せねえよ」
ガデスはパン、と拳を合わせて怒りに満ちた表情をする。ビキビキ、と青筋が立っていた。
「ガデス、貴方も気をつけて。昨今、世界の敵の動きがますます活発になっている。奴らも、いずれ私たちに決戦を挑むだろう。奴らの準備が整う前に、一人残らず滅ぼしなさい」
「はいっ! 我が主!」
ガデスはそう言って、フッとその場から姿を消した。
玉座の間には再び、アズバ一人が残される。アズバは水晶を覗き込んだ。
「ガデスは本当に良い子だ……。私の言うことを疑いもせずに素直に聞き入れて、世のため人のために実行する。他の四人も皆良い子に育ってくれた……。ローガス、フィーリス、デイス、エヴァス…。皆美しく、気高い」
アズバは誰に聞かれるでもなく、一人呟く。その表情は儚げで、物憂げだった。
「この世界は本当に美しくなった。そこに住む生き物も、皆魂が綺麗なんだ……。綺麗じゃないのはーー」
水晶を両手で掴み、食い入るように見つめる。水晶に映っているのは、金髪の少女と笑い合う、空色の髪の少女。
「綺麗じゃないのは、私だけなんだよ……。そうだろう、アリシア?」




