改めて、二人で
お待たせしました。
アリシアの姿が元に戻っていく。黒く鈍く光っていた空色の瞳は、元の明るい色に戻っていた。
カルミナはようやく解放され、その場に倒れそうになった彼女をアリシアがそうはさせまいと強く抱き締めた。
「カルミナ! カルミナ!! 大丈夫!?」
「アリシア……ケホッ、元に、戻ったんだね……。良かった……。私は、大丈夫だよ」
「ごめんなさい……、ごめんなさい……! 私、あなたにひどいことを……!」
「そんなこと……気にしなくていいよ……。私が、したいだけ……」
「ううん! 言わせて、カルミナ! 私は……あの時あなたが庇ってくれるまで、あなたを心の底から信じることができなかった……! 自分の命が危険になった時は、私を置いて逃げるんじゃないかって思った……。でも、あなたはそうしなかった! あなたの言葉に、嘘はなかった……! 私の迷いが、あなたをあんな目に、遭わせてしまった……!」
アリシアから涙が止めどなく溢れる。気持ちを抑えられず、止まることなく表に出てくる。嗚咽を漏らしながらも、言葉を何とか紡いでいく。
「本当に、ごめんなさい……!」
「……やっぱり、そうだったんだね…」
「え……?」
「何となくだけど、分かってた……。あなたがまだどこかで、私たちを怖がっていたのは……。だけどね、アリシア……。私はあなたを守りたいから守るの。だって……」
カルミナは震えた手でアリシアの涙を拭う。そして、いつものように優しい笑顔をアリシアに見せた。その笑顔は、今までで一番、まぶしかった。
「私は、あなたを愛しているから」
「ーー!! カルミナ……」
「こんなに可愛くて優しいあなたが……、愛されないなんておかしいもの……。誰もあなたを愛さないのなら、私だけでもあなたを愛したい。私にとって……、命を懸けれるくらい、かけがえのない人だから…」
「……私、これからも迷惑かけるかもしれないし、あなたを今回みたいに危険に、晒すかもしれない……。それでも……、いいの?」
アリシアのその言葉に、カルミナは、ぶはっ、と吹き出した。
「あはは……! アリシア、それ最初にも言ってたじゃ~ん」
「あ、あれ……? そうだっけ…?」
「そうだよ~。それで私はこう言ったよ、大丈夫だって」
「カルミナ……」
「私は今、幸せなの。自分のやりたいことをやってるんだから。まあ、さっきお花畑が見えたけど、なんか無事みたいだし、終わり良ければ全て良しってことで!」
「カルミナ……、本当にありがとう……」
「とにかく……無事で良かったよ、アリシア」
「あなたもね、カルミナ」
二人は互いに笑い合った。困難は始まったばかり。しかし、今この瞬間、こうしてお互い無事に乗り越えたことを喜ばしく思ったのだ。
カルミナは改めて、手を差し出した。
アリシアはそれに悩むことなくすぐに応える。
「今度こそ改めて、だね」
「うん。まずは友達以上恋人未満から」
「え?そこ恋人じゃないの?」
「それはなりません」
「そ、そんなあ~、アリシアぁ~」
「ふふふっ」
まだまだ先は長いけれど、二人なら乗り越えられる。
今日このとき、アリシアはようやくそれを実感することができたのだった。
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「上手く……、いったみてぇだな……」
「オルトスさん……、ごめんなさい! あなたにもひどいことを……」
「あー、そういうのいいから。お前は納得しないだろうが、俺は気にしていない。覚醒したばかりにはよくある話だ。それに」
「それに?」
「どうせ俺たちは世界の敵なんだ。迷惑かけてなんぼだろうがよ」
そう言ってオルトスは、初めてニカッと清々しい笑みをアリシアに向けた。アリシアは思わず顔をそらしてしまう。カルミナはむうっと顔を膨れさせながら、
「ちょっと~、私のアリシアに色目使わないでよ。アリシアと添い遂げるのは私なんだからね~」
「添い遂げないし、いつから私があなたのものになった?」
「え? さっきの抱き合いは、てっきりそういうことかと……」
「そういうことって何? さっき言ったでしょうが恋人未満だって」
「分かってる、分かってるよアリシア……。そんな風にツンケンな態度をとって実は私に惹かれぐはああああ!??」
アリシアは先ほどの戦闘でダメージを受けたカルミナに容赦ない一撃をいれた。アリシアに腹を殴られ、カルミナはその場でうずくまる。オルトスは少し青ざめた顔をしながら、一歩引いて眺めていた。
「お前ら……もしかして仲悪いの?」
「「いや、これが平常運転」」
「訂正。仲良いわ」
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三人は息絶えて動かなくなった聖獣の近くにいた。ヴァルスは、いつの間にか姿を消していた。あまりにも見事な逃げ足の早さに、カルミナたちは逆に感心した。
カルミナたちは、物憂げな表情で憐れな姿と成り果てた白き獣を見つめた。
「こいつらは……、楽になれたかね……」
オルトスがボソリと独り言のように呟いた。アリシアは自分が止めを刺してしまった故か、今にも泣きそうな顔をしていた。
「本当に、この子たちの意志で私たちを襲ったのかな…」
カルミナが続いてボソリと呟く。オルトスが、それに反応した。
「どうだかな。それを知る術はねえよ。俺たちには他者の心を読む力なんざ無いんだからな」
「そう、だね……」
カルミナはそう言うと、両手を胸の辺りに持っていって、手のひらを組んで目を瞑った。そして、少し身体を前に傾ける。
「何してんだ?」
オルトスが怪訝そうに尋ねた。カルミナは目を瞑ったまま、
「お母さんが教えてくれたの。死者を弔うときはこうして祈りを捧げるのが良いんだって。誰か一人でも、見送ってくれる人がいてくれたら安心して逝けるからって…」
「あのくそ神に祈るのかよ」
「神様はそれ以前に人間じゃない?だから違うと思う。何て言うか、もっと大きな……、万物そのものに祈る感じ。よくわかんないけど」
「何じゃそりゃ」
カルミナは少し苦笑したあと、目を閉じて静かに祈り始めた。声をかけるのは野暮だと判断したのか、オルトスは黙ってその様子を見つめる。
すると、アリシアがカルミナの隣に立って同じようなポーズを取って目を瞑り、祈りを始めた。そうしてカルミナ同様、そのまま微動だにしなくなる。
二人のその姿は、周囲の景色と合わさって一種の美を形成していた。暗く静かな夜の森に、お日様とお月様のような光を照らす二対の人物。
あまりのその美しさに、オルトスも思わず見惚れてしまう。
そんな、時だったーー
パアッーーー
突然、聖獣の身体が眩い光の粒となって四散した。そしてそのまま二人の周囲を回りだした。急な異常事態に不意を突かれたオルトスは慌てて身構える。しかしーー
(害は、感じない……?)
獣人の卓越した勘というべきか、オルトスにはその光たちが邪悪なものには見えなかった。むしろ、どこか温もりを感じるような…。
二人は気付いていないのか、祈りを止めない。やがて、光たちは二人を優しく包み込んだ。そこでようやく二人は祈りを止め、周りの真っ白な景色に驚く。
「え、え? 何これ何これ??」
「カ、カルミナ…」
二人はお互いに寄り添いながら、戸惑いの色を浮かべる。するとーー
ーーありがとうーー
無邪気な子供のような、声だった。二人の耳に、焼き付けるように響いた。
「だ、誰……!?」
思わずカルミナはその声の主に尋ねる。しかし、その声が聞こえてくることはなくーー
光たちは、地面や周りの木々に同化していった。
二人は、しばらく呆然とそのまま立ち尽くした。オルトスが駆け寄る。
「おい!大丈夫か!?何があったんだ!?」
アリシアは呆けたまま、
「……声が、聞こえたの」 と一言。
「声?」
「うん……。無邪気な子供の声。誰、だったんだろう?」
カルミナも、あまりにも不可思議な現象に直面し、頭が真っ白になっていた。
聖獣の肉体は、跡形もなく消えていた。
「……きっと、あの子たちの声だったんじゃない?だとしたら、嬉しいかな」
アリシアが静かに笑いながら、さっきまで聖獣の身体があった場所を見つめる。少し、涙ぐんでいた。
カルミナもまた、それに応えるように笑う。
「うん、きっとそうだよ…」
しばらくして、朝日が昇り始める。暗い世界を照らすように、ゆっくりと昇っていく。
三人は、こうして再び朝日を拝めたことに、この上ない幸せを感じるのだった。




