絆
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ーー声が、聞こえる。私を呼ぶ、女の子の声。
何度も何度も私を呼ぶ。今にもかすれそうだ。それでも、声を張り上げて私を呼ぶ……。
誰? 誰なの? 私の名前を呼んでくれる人なんて、この世界にはいないはずなのにーー
ーーいや、一人、いた。そう、初めて私の名前を呼んでくれた人、私を可愛いと言ってくれた人、そしてーー
私を守るって、言ってくれた人。
正直、最初は嘘だと思ってた。世界の敵云々以前に、会って間もない私なんかのためにそこまでしてくれるとは思わなかった。皆、自分が大切だから。あの人の気持ちは何となく伝わってきたし嬉しかったけど、いざという時は私を置いていくのではという気持ちもどこかにあった。もちろん、その時がきたらそうして欲しかった。
なのに……
あの人はあの時、宣言通り命を懸けて私を守ってくれた。あの人の想いが真実だと分かった時、もう手遅れだった。
ごめんなさい、って謝りたかった。ありがとう、って伝えたかった。
でも、それももう叶わない。あの時、あの人は私を庇って死んでしまったのだから。
そのはずだったのに……。
「間違いない……、この声は……!!」
どうしてか、なんてどうでもいい。今は、今はあの人に伝えなくちゃいけないことがある!!!
「カルミナ!!!!」
私は、見えない扉を開けた。そこに映っていたのは…、
私の手が、カルミナの首を絞めている映像だった。カルミナの苦痛で歪んだ表情が私の眼前に迫っている。意味が分からなかった。目をこすって再度見てみたが、やはりその手は私のものだった。
「これは……、一体……?」
私は訳が分からなくなって、辺りをキョロキョロと見渡した。するとー、
ーーあら?起きたのですか?ーー
姿は見えない。しかし、声だけが自分の隣から聞こえる。それは最近私に語りかけてくる、どこか懐かしく感じる声。
「あなた……何をしたの!?」
私は、語気を強めながら姿の見えない誰かに話しかけた。声の主は、何を今さらと言わんばかりにさらりと答える。
ーー何をって、あなたが望んだのでしょう? この状況を。私は、あなたがついに目覚めてくれて非情に喜ばしく思っているのですよーー
「今すぐカルミナを放して! そもそも、何でカルミナは生きているの?」
ーー私たちが覚醒したとき、気にあてられたのでしょう。運が良い娘ですね……。しかし、残念ながらこの娘も生かしておくわけにはいきませんーー
「どうして!? この人は悪い人じゃない! それどころか、私を助けてくれたんだよ!?」
ーーそのことについては、大義でした。しかしこの娘もまた、この世界を汚す種の一員。残念ながら、世界のためには全てを滅ぼさなければなりませんーー
「だめ!! お願い、この人は、この人だけはやめて!」
ーーその言い分ですと、他の方はどうなっても良いみたいな言い草ですね?ーー
「………!?」
ーーその考えは直しなさい。私たちは新しい世界においては、全てを愛さなければなりません。特定の誰かだけを愛するなど、それこそあなたを傷付けてきたあの愚か者どもと同じですよーー
「それは……」
ーー何度も言いますが、あなたは見てきたはずです。その考えが、別の誰かの幸福を奪うという、不幸につながる。そして、今の生命体はそうしなければ、生きていけない。明日を生きるために誰かを食べたり、自分が属する共同体の維持のために、たとえ同族だろうと別の共同体を滅ぼそうとする。不完全なのです、彼らはーー
「わ、私は……私は……」
ーー覚悟を決めなさい。あなたは世界を救うのです。そのためには、今の世界に未練などあってはなりません。今の世界に、あなたの味方などおりません。あなたの味方は、次の世界で作ればよいのですーー
カルミナを絞める力が強くなっている。カルミナは苦しそうに呻き声をあげる。もう少ししたら、今度こそカルミナの命は絶たれるだろう。時間はない。私は俯いた顔を上げ、そしてーー
「カルミナ、カルミナ!! 私はここだよ!! 私は大丈夫だよ!!」
カルミナに気付いてもらえるように、カルミナが映っている場所まで走り寄る。見えない壁にぶつかってしまう。しかし私は構わずその壁を砕こうと何度も何度も叩き続ける。
ーーな、何をしているのです!? やめなさい! あなたにはーー
「黙って!!!!」
ーー!?ーー
「あなたの言うとおり、私は自分のことしか考えてない、わがままな人かもしれない。この世界も、あなたの言うように不完全かもしれない。でも、カルミナやヘンリーさん、ハロルドさんにオルトスさん! 皆、皆必死で生きていた! 皆それぞれに異なる尊い想いを持っていた! 誰一人、消していい命なんかじゃない!!」
ーーそのわずかな者達のために、あなたは自分の使命を、生まれた意味を捨てるというのですか!?ーー
「生まれた意味は、これから自分で探す! あなたに指図されたくはない!」
ーーあの愚か者たちは、あなたを絶対に許容しない! 必ずあなたを排除する! あなたに敵意がなくとも、あなたの存在が彼らに恐怖を与える! なぜなら、彼らは気付いているからです……。自らの醜さ、不完全さに! それでもなおその事実を認めようとしない! そんな輩が蔓延る世界を選ぶというのですかあなたは!目の前の少女一人のために!!ーー
「あの人のいない世界になんて行きたくない! あの人は、泣いている私に寄り添ってくれた。私が拒絶しても、抱き締めてくれた……。私はあの人の想いに応えたい!! いや、応えるの!! あの人となら、カルミナとなら……!」
私の求める何かを、掴める気がするから!!!
私は力一杯見えない壁を叩き続ける。叩く手に激痛が走る。痣ができ、血がにじみ出る。
痛い!! でもこのくらいの痛みがなんだ!! カルミナが苦しんでる……。。愛しいあの人が、傷付いている!!
カルミナが私を守るなら……、私もカルミナを守る!!!!
その時、パリィーンと何かが割れた気がした。
声だけの存在から、驚きと焦りの声が漏れ出していたがそんなの気にしない。気にしている暇はない!!
私は手を伸ばした。それに応えるかのように、カルミナもまた、私に向かって震えながら手を伸ばしてきた。
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「アリシア……あなた……」
アリシアから滝のように止めどなく流れる涙を見て、カルミナは驚きと同時に、キッと覚悟を決めたかのように歯をくいしばった。そして、
「アリシア……!」
カルミナは、アリシアに向かって手を伸ばす。それに気付いたのか、アリシアの姿をしている何者かはカルミナを絞める力を強める。
「ぐ……ぐふっ……」
まるで肺そのものを握りつぶされているような圧迫感。頭が重くなり、今にも意識が飛びそうになる。それでも、カルミナは最後の力を振り絞り、アリシアに向かって手を伸ばす。
「か……返し……て……」
苦しい。さっきまでとは比べ物にならない苦しみ。それでも、不思議とどこからか力が湧いてきた。今ここで踏ん張らなくて、どこで踏ん張るというのか!!
「アリシアを……返せ!!!!」
かすれていた、しかし尋常ならぬ迫力のこもった声に思わず目の前の存在が怯む。絞める力が、一瞬弱まった。
「届け……届いて……!! アリシアああああああああ!!!!」
カルミナはラストスパートをかける。もう少し、もう少しで届く!! 距離は数センチ、数ミリと小さくなる!! そしてーー、
カルミナの手が、ふわりとアリシアの頬に届いた。カルミナは柔らかい布で拭き取るように、優しくアリシアの涙を拭う。
その瞬間、二人の手がしっかりと握られた。
「帰ろう、アリシア」
「うん…うん!カルミナ!!」
カルミナは掴んだその手をしっかりと握り締め、掬い上げるように引っ張ったのだった。




