お持ち帰り
「遅い……遅すぎる!!」
ドーン村の中心部から少し離れた所、麦畑が広がるエリアにぽつんと、木造の一軒家がある。暖炉には火が焚かれ、家中に、思わずホッとするような優しい暖かさが広がっている。
そこに、一人の大男がウロウロと不安そうに歩き回っていた。毛皮のコートをかぶり、口がどこにあるか分からないくらい、髪の毛と同色の黄金色の髭を伸ばしている。厳つい顔をしているが、小さく丸い瞳からはどこか慈しみが感じられる。
(普段だったらとっくに帰ってきてるはずなのに……何かトラブルでも……? もしそうだとしたら――――! こうしちゃおれん!)
男が急いで剣と弓を取り、家を出ていこうとしたその時――――
「ただいまあ~、お父さん!!」
男にとって、この世で最も大切な人の元気な声が聞こえてきた。その声を聞き、男はホッと一安心する。
「遅かったじゃないか、どこに行っていたんだ! 心配したぞ!」
男はそう言って、勢いよく家のドアを開ける。目の前にいたのは、世界一可愛い自慢の娘と、もう一人。
娘にお人形のように抱きかかえられ、ジタバタと必死にもがいている一人の少女がいた。
「あ、あのカルミナ……カルミナさん? その子は一体……?」
「なんかね! 盗賊みたいな奴らに追われてた所を助けたの! よく見たら身体中傷だらけだし、転んだ拍子で足も挫いちゃったみたいだからひとまず連れてきた! 早く手当てしないと!」
「その割には、なんか必死で逃げようとしてるが……?」
「ダメだよアリシア! あんまり激しく動いちゃダメ! 傷口が開いちゃうから! 大丈夫、なるべく痛くしないよう優しく治してあげるからね! エヘヘ」
「………」(ジタバタジタバタ)
「分かった、もう何も言うなカルミナ。残念だ、お前はそんなことをするやつじゃないと思っていたのに……素直に白状しなさい」
「あれ? ちょっとお父さん、何か誤解してません?」
「………」(ジタバタジタバタ)
なおも女の子はジタバタともがいている。このままでは本当に傷口が開いてしまう。
「本当にダメだよアリシア! 大人しくしてないと! とりあえずお父さん! この子しばらく家に置いていい? いいでしょ!? よし決まり!」
「勝手に決めるんじゃねえ! その子の意思はどうした!?」
「どうでもいいから離してください。苦しい……」
「ダ~メ♪ それは聞けない♪ ムフフフ……♪ ああ、可愛いなあ……(スリスリ)」
「……誰か、助けて……」
「とりあえずカルミナ、色々言いたいことがあるから早く入れ」
男は呆れた顔をしながら、ひとまず二人を中に入れることにした。どちらにせよ、カルミナの拾ってきた女の子もそのままにはしておけない。どういう事情があったのかも知る必要がある――――
~~~~~~
「成る程……つまりその子は、10年くらい前からずっと自分の名前以外分からないままで、さらには誰かに命を狙われている、と……」
「そうそう! ねっ、ほっとけないでしょ!?」
「確かにほっとけないが、お前の今回の蛮行を許した覚えはねえぞカルミナ」
男はアリシアの手当てをしながら、罰として正座させられているカルミナをジロッと睨んだ。普段は優しいだけに、怒ると非常に恐いのだ。
アリシアはカルミナのベッドに寝かせているが、彼女は警戒しているかのように疑心の目で二人の様子を窺っている。
「すまなかったな嬢ちゃん……俺の娘は普段こんな馬鹿な真似はしないんだが……どうも魔が差しちまったらしい」
男はアリシアの傷を、優しくゆっくり治療していく。見た目とは裏腹とても器用にこなす姿に、アリシアは目を丸くした。
「痛くはないか? なるべく響かないようにやってはいるが……」
「は、はい……大丈夫、です……」
「そうか……ならいい。俺はヘンリーという、よろしくな」
「あ、アリシア、です……よろしく、お願いします……」
―――暖かい――――
張り詰めていたモノが、一気にほどけた気がした。ヘンリーは黙々とアリシアの治療を続ける。そこに一切の邪念を感じない。だが――――
(私は、ここにいるべき存在じゃない……早いうちにここを去らないと……)
アリシアにとって、それだけは確実な話であった。ただ記憶を失っているだけならまだいい。だけど自分は追われている身。ここにいることもいずれはバレるだろう。その時、無関係な二人を巻きこむわけにはいかない。
「そういや、嬢ちゃんの服から察するに、嬢ちゃんは南東出身だな?」
「え……? そう、なんですか……?」
「ああ、そうか。記憶失ってるんだったな……昔、世界を旅してた頃に南東の村に行ったことがあるんだが、そこに住んでた奴らがそういった服着ててな。たしか、キモノって言ったかな。まあ、嬢ちゃんの着てるもんはまた特殊なモノっぽいが」
「確か、お母さんも南東系の人だったよね?」
「ああ、そうだ。キモノ着てるときのあいつはこれまた綺麗でなあ……ああいうのをあっちではナデシコって言うらしくてなあ……」
「はいはい、親ののろけ話ほどつまらないものはないから。それよりアリシアは大丈夫?」
カルミナがずいっとアリシアの方に顔を近付けようとするが――――
「……っ!?」
アリシアはビクッと肩を震わせて布団の中に隠れてしまう。
「あ……あれ……?」
「おい、カルミナ……お前この子に何をした? ずいぶん怯えているじゃないか」
「え、えぇ……なんか、悪いことしたかなあ…?」
「いや何かしたから怯えてるんだろうが……まあ何したかはさっきの様子で大体分かったけど」
「え? そうなの? あっ! もしかしてさっき抱いてた力が強すぎたってこと!? ごめんアリシア! そうだよね、アリシア怪我してたのに私何も考えないで……どうしようお父さん、私嫌われちゃったかも!」
「落ち着け。たぶんそれじゃない」
「そ、そう……? そうなの、アリシア?」
アリシアは布団から顔の半分だけ出して、僅かにコクンと首を縦に振った。肯定の証だ。
「ああ~ん、そうやって恥ずかしそうにしているアリシアも可愛いいいいいい!!! ねっ、お父さんもそう思うでしょ!?」
「それだ、それ。カルミナ」
「え?」
「お前は昔から可愛いモノに目がなかったからな……そんな狂気じみた視線向けられたら、この子じゃなくてもビビるぞ。てか俺も今のお前には恐怖を感じる」
「え……? そ、そうなのアリシア?」
再びカルミナはおそるおそるアリシアに尋ねた。アリシアはプイっとそっぽを向いてしまった。そして、一言。
「あなた、恐い」
「はうっ!!??」
どうやら、カルミナの心臓は鋭い長槍に貫かれてしまったらしい。胸を押さえ、全身から力が抜け落ちたかのようにその場に倒れ伏した。
「う、うう……最初のアプローチを間違えてしまった……バッドエンド確定……ううう……」
カルミナはこの世の終わりを見た人間のように項垂れている。よく見たら、目元から涙まで零れ落ちている。
「ち、ちなみに最初のアプローチって何をやったんだ?」
ヘンリーは本気で落ち込んでしまっている娘を慰めようと、優しく尋ねた。
カルミナは項垂れたまま、こう答えた。
「……プロポーズした」
「……はい?」
「結婚してってプロポーズした」
「冗談でか?」
「本気で。てか冗談で初めて会った人にプロポーズしないでしょ」
「………………」
ヘンリーは、生まれて初めて自分の娘が何を言っているのか理解できなかった。
――――え? プロポーズ? え? え? だって目の前のこの子は――――
「どう見ても、女の子のようだが……」
「……は、はい……多分、女です私……」
「カルミナ……お前も女だな」
「そうだね」
「女同士で結婚できないのは知ってるか?」
「知ってる。私も戸惑ってんのよ……なんか、今までの可愛いモノ見たさに、とかじゃないのよ……この子を見てるとね、胸の辺りがギュッと締め付けられるの。それが不思議なくらい心地よくて、キュンと高まるのよ……生まれて初めてなの、こんな気持ち」
――――こ、これは――――
(間違いない……娘は完全に恋をしている!! この雰囲気は――――あいつが俺の求婚を受け入れた時と同じ!!)
「お前……自分が何を言っているのか分かってるんだな?」
「うん、分かってる」
「その上で、なんだな?」
「その上で、この子が好きになったの」
「つまり……」
「一目惚れ、ってやつ」
「一目惚れにしたってお前のあの態度は……」
ヘンリーは頭を抱えた。生まれてから今年で三十五年。色んな危ない目にもあったが、何とか乗り越えてきた。しかし、今回の一件はそのどれと比較しても一番難しく、とても乗り越えられる自信が持てない。
「……いいか、カルミナ。どちらかというと今のお前がこの子に接する態度は、恋する乙女というよりただの変態だ。はっきり言って、滅茶苦茶気持ち悪い」
「そ、そんな……私が、変態……? 怖がらせるつもりはなかったのに……」
「あんなにハアハア息を荒げて顔を近付けてきたら、誰だって怖がるわ……お前、何かに取り憑かれてないよな?」
「お父さんまでそんなこと言う!? うう……違うのにぃ……嫌らしいことするつもり、無いのにぃ……」
カルミナは再びうなだれてしまった。ヘンリーが見る限り、カルミナ自身もかなり混乱しているようだ。初めてのことなのだし、無理もない。
かといって、このままアリシアの意思を無下にはできない。アリシアが本当に嫌であるなら、これ以上二人を近付けてもいけない。
(はぁ……俺たちの娘がまさかこんなことになるとはなぁ……俺はどうすればいい、ヨーコ?)
ヘンリーは部屋の壁にかかっているキモノを見ながら悩む。
彼女ならば、カルミナにどんな言葉をかけるのだろう?たぶん、口より先に拳が飛んでくると思うが…。
その時――――
「あ、あのっ……!」
「うん? どうした?」
ずっとそっぽを向いていたはずのアリシアが、いつの間にかこちらを見ていた。相変わらず顔は上半分しか出ていないが。
「わ、私、別にカルミナさんのこと、嫌ってるわけじゃ、ない……」
「そうなのか?」
「!! ほんと!?」
カルミナは生気を取り戻したかのように、アリシアの方に向いた。
アリシアは驚いたのか、再びビクッと身体を震わせた。
「……見ての通り、俺の娘はどうやらお前さんに惚れちまったらしい。ガチでな。結構暴走すると思うが……それでもいいのか?」
「は、はい……カルミナさんは見ず知らずの私を助けてくれた、命の恩人ですし……だから、悪い人じゃないというのは、分かるから…」
アリシアは時折息を整えながら話を続ける。どうやら恥ずかしいのか、あるいは別の理由からか、緊張しているらしい。
「変なこと、しなければ、そばにいても大丈夫、です……」
「ほ、本当に? 私、あなたとお話とかしてもいいの?」
カルミナは叱られた後の子供のように、アリシアに尋ねる。
「そ、それはまあ……私で良ければ……ろくな話題、持ってないですけど……」
「良かったな、カルミナ。この嬢ちゃんが優しい子でよ」
「あ、あ、あ、ありがどおおお、アリシアああああ」
カルミナは目に溜めていた涙を一気に放出した。そして何度も何度も、アリシアに頭を下げる。
「む、むしろ、お礼を言うのは私のほうです……」
「え?」
「あの時、カルミナさんが助けてくれなかったから、今頃私は殺されていました……だ、だから……その……」
そうして、アリシアは隠していた下半分の顔も出した。白く美しい顔は真っ赤に染まっていて、空色の瞳が暖炉の光に照らされて輝いている。アリシアは、一呼吸吸って緊張からか口をムズムズさせる。そして意を決したのか、息をごくりと飲み込んで――――
「あ、ありがとう」
と照れくさそうに、おずおずとカルミナに伝えた。
それを見たカルミナは、心の奥底から沸き出る熱いナニカを感じた。そして確信する。
――――間違いない、この気持ちは本物なのだ!!
沸き出たナニカはついに全身を駆け巡り、カルミナの身体を無理矢理動かした。赤い瞳をさらに燃やし、そして――――
「わ、わ、わ……」
「わ?」
「私を抱いてええええアリシアああああああ♪♪♪」
カルミナはアリシアに飛び付いて覆い被さろうとした。それを見て、アリシアは恐れをなして再び布団の中に隠れてしまう。
「ヒイイ!!?」
「だからそれをやめろって言ってるだろうがあああああ!!」
――――バキィィィ!!――――
「あ痛ああああああ!??」
ヘンリーがカルミナに鉄拳を食らわしたことで、場を収めた。カルミナは頭に煙を出しながら、地べたにベチャッと倒れる。
(こりゃ、一から、だなあ……)
もう一度カルミナにしっかりと躾をしようと決めた、ヘンリーであった。
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