災厄
声が、聞こえるーー
ーーふっふっふ……。遂に目覚めてくれましたねーー
(あなたは、あの時の…)
ーーようやくこの時が来ました。今ある世界を滅し、新たな世界を作る時が!ーー
(そう……。もう、どうでもいい……。好きにすれば、いい……。私にはもう、何もないのだから)
ーーあの娘のことは忘れなさい。あの娘は尊い犠牲となりました。彼女の功績は、これからの新世界にて大きく讃えられることでしょうーー
(………。それで、私をどうするの?)
ーー今は覚醒したばかりなので、まだうまく制御が出来ていません。しかし、まあどうせこの世界は作り変えるのですから、多少破壊されても問題はありません。現在の世界に生きている生命体は全て欠陥品ですからね。丁度良い、目の前の愚者には実験台になってもらいましょうーー
(……そう。後はもう、任せるよ……私は、疲れた……)
ーーええ、今はお休みなさい。もうしばらくしたら、あなたにも使命を遂行してもらいますからね、もう一人の私ーー
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「ウガアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
アリシアだったそれは、まるで獣のような雄叫びをあげた。空色の瞳は白く染まり、口から牙がむき出しになっている。爪も鋭く尖り、髪は稲妻のように発光しながらなびいている。
フゥー、フゥーと息を荒げ、鬼の形相をして眼前の敵を見据える。もはや、穏やかなアリシアの面影などどこにもなかった。
「くっ……。まさか覚醒したのか……? しかし、通常の覚醒にしては変化が異常だ! もはや別の生き物でぇ~す……! しかぁ~し!!」
ヴァルスは目の前の光る生物の迫力に押されながらも、聖獣に攻撃の指示を出す。
「それでもこの聖獣の敵ではなぁ~い!! さあ、本性を現したあの世界の敵を滅ぼすのでぇ~す!!!」
聖獣はヴァルスの指示に従い、先ほどのようにアリシアに対してその剛爪を振り下ろした。そしてーー、
バキィーン……!!
聖獣の三本の分厚い爪が、全て木の枝のようにポッキリ折れた。
「な、なぁっ……!?」
ヴァルスは信じられないといった風に目を見開いた。しかし、どれだけ目を凝らしても聖獣の片足の爪が折れ、跡形もない。
その爪の行方を辿ると、アリシアがその小さな手で三本の爪を握っていた。
「一瞬のうちに掴んだ……!? しかも、それをあろうことか折っただと……!? 鋼すら切り裂く爪だぞ!? あり得なぁ~い!!!」
聖獣も、今自分の身に何が起きたのか分からないのか、爪の失くなった右前足を呆然と見ている。アリシアは握りしめている手にさらに力を込めて、持っている爪をボキンと粉々に砕いた。
それに聖獣が苛立ちを覚えたのか、左前足にさらに力を込めて、さっきよりもさらに速く爪を振り下ろそうとする。しかしーー
ドゴオオオオオン!!!!
いつの間にか、アリシアは聖獣の懐に入ってその腹を蹴り上げた。聖獣の巨体は軽々と吹き飛ばされ、背中から地面に強く叩きつけられてしまう。
ヴァルスは口を大きく開け、もう声すらも出ない。
「ウガアアアアアアアアア!!!!」
アリシアは再び雄叫びをあげて吹き飛ばされた聖獣の所まで一瞬で移動し、無防備に露になっている腹に一撃を与える、与え続ける。
ズガン!ズガン!ズガン!ズガン!ズガンズガンズガン!!!
何度も何度も殴り続ける。聖獣は最初は悲鳴に似た叫びを上げていたが、次第に声を上げなくなり、ついに身体も動かなくなった。口からは赤い血が垂れ流れ、ピクピクと痙攣している。
そうなったのを確認した後、アリシアは片足を聖獣の腹に乗せながら、
「オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
全身に稲妻のような光を纏いながら、月に向かって吼えるのであった。
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「う、う~ん…。いててて…」
時はほんの少しさかのぼって、アリシアが覚醒した頃。アリシア達がいる方向とは反対に飛ばされていたオルトスは、背中をさすりながらむくりと起き上がった。口の中が切れているのか、口元から血が垂れ流れている。鉄臭い味に不快感を覚えながら、オルトスは周囲の状況を確認した。
「たしか……、俺とカルミナがあの化物に吹き飛ばされて……、ってそうだ! カルミナ!? あいつは人間族だから、あの攻撃には耐えられないはず! やべえ!!」
オルトスが急いでカルミナが吹き飛ばされたであろう真向かいの場所を見る。その時、
「な……、何だ、あれは……?」
その場所から、真っ白な光が天に向かって柱のように放たれていた。神々しさと同時に、全てを消し去ってしまうような恐ろしさを感じさせる。オルトスに思わず悪寒が走り抜けた。
その場所には、あの聖獣とヴァルスの姿もあった。どうやら彼らから発せられているものではないらしい。カルミナの姿は、見えない。
やがて、その光が消えていき、そこから現れたのは……、
「なっ……、アリ、シア……?」
姿形が変わってしまっているが、間違いなくそれはアリシアであった。人間族とほとんど変わらないが、背中から白い鳥のような翼を生やし、全身から稲妻のような光を纏わせている。
「ま、まさか…!? 覚醒したのか……!? くそっ! こんな時に……!」
オルトスはおよそ考えられる上で最悪の事態に陥ったことを悟る。しかしーー
「おかしい……。さっきからカルミナが見えない……。もしかしたらあいつももう……。 くそっ!!」
オルトスは悔しそうに地団駄を踏んだ。カルミナとは、特に何か繋がりがあるわけではない。むしろ、ついさっき殴り合っていた関係性だ。しかし、
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『ふふっ、プイッてしてやんの。可愛い♪』
『おい! 頬をつっつくんじゃねえよ!!』
『ねえねえ、あなた年いくつなの? 獣人って見た目じゃ何歳なのか分かんないのよね』
『なんでオメエにそんなこと言わなきゃ…!』
『さっき勝負に負けたのは?』
『くっ………十八』
『あら、私と同い年? じゃあ余計遠慮はいらないわね♪』
『何するつもりだテメエ!!??』
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世界の敵になってから、一度も人として扱われることはなかった。近くの仲良くしてた村の人間も、俺をゴミみたいな目で見て、そして切り捨てた。
『こ、この化物め! やっぱり、俺には分かってた! お前たちはそういう悪いことをするやつだって!!』
『そうよそうよ! 早く天誅が下ればいいのよ!! 神様の命を狙う不届き者はさっさと消え失せてしまえ!!』
『ワシらにいい顔しておいて……、油断させてどうするつもりであった!? 信じておったのに……! 信じていたのに!』
『ごめんなさい、オルトス……。あなたのことを信じたい……。私は分かる、あなたも、村の人たちもそんなことをする人じゃない。でも、ごめんなさい。私にも大切な家族がいるの……。だから、もう二度と姿を見せないで』
ーーお前たちに俺たちの何が分かるというのか。何で俺が、俺たちがこんな目に遭わなければいけないのか。ついこの前まで仲良くしてたのに、何でそこまで手のひらを返せるのかー
(そんなに、そんなにあの神が大事かよ……。顔も見たこともないやつのために、何でそこまで非情になれるんだよ……。俺だって、俺たちだってあんたらを信じてたのに……)
ーーならば、俺もお前たちを信じない。あんな屑に支配されていい気になっている愚か者たちなど、信じてやるものか。そして、俺が神を殺して皆の仇をとって、そして俺たちを見捨てた奴らも絶望させてやる!!ーー
そう、思っていた。だけど、あいつはーー
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『少なくとも私には、二人が世界の敵ナーディルなんて呼ばれる意味が分からない』
『オルトスは今初めて会ったばかりだし、さっきまで戦ってたけどさ、今のあなたの話とオルトスの話、どちらに光を見出だしたかと聞かれたら、私は迷うことなくオルトスを選ぶ』
『目は口ほどに物を言う。私のお母さんの教えだけどね。私は、それを信じて今まで生きてきた。そして私は、今回も自分とお母さんの教えを信じて判断したの。二人の味方になるってね』
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初めてだった。世界の敵になってから、赤の他人に「信じる」という言葉をもらったのは。
初めてだった。世界の敵になってから、自分のことを、普通の人として見てくれる奴に出会ったのは。
だから、だから…
「頼む、生きていてくれ……! カルミナ……!!」
オルトスは速やかにカルミナの元に向かう。幸か不幸か、ヴァルスたちはアリシアの方に視線がいっており、こちらに気付いていなかった。そのまま、アリシアが信じがたいことにあの聖獣をぶっ飛ばしてヴァルスも後を追う。
(よし……。ひとまず、あの辺りにカルミナはいるはずだ……。頼む! 無事でいてくれよ……!!)
オルトスはそのまま、二人と一体が離れた場所に何とかたどり着いた。
そこにはーー
「カルミナっ!! 良かった!」
カルミナは、奇跡的なことに傷一つなくスヤスヤと寝息を立てていた。オルトスは急いで、カルミナを起こそうと身体を激しくゆする。
「おい! おい!!! 起きろ、カルミナ!!!!」
オルトスの声が届いたのか、カルミナはうーん、と顔をしかめた後、ガバッと飛び起きた。まるで悪夢から目覚めたかのように。
「はあっ、はあっ、はあっ……! あ、あれ……? 私……?」
「カルミナ……! 無事だったようだな」
「オ、オルトス……? ってあれ!? 何で私生きてるの? てかあれ? あれ? 身体の傷も治ってる!?」
「何言ってんだおめえ。普通にお前ピンピンしてんじゃねえか。さっきまで気持ち良さそうに寝てたぞ」
「違う、違うの! 私、確かにあの化物に背中から切り裂かれて死んだはず……。ついさっきまで、お花畑みたいなの見えてたし……。お母さんになぐられたし……」
「さっきから訳わかんねえぞお前。頭打ったか?」
「確かに頭は打ったけど……うーん……、ってそうだ!? アリシアは!??」
カルミナは血相を変えてアリシアを探す。オルトスはバツの悪そうな顔をして…
「アリシアなら……、あそこだ……」
「え、どこ……って……う、嘘……あ、あれが、アリシア……?」
カルミナは信じられないような目でアリシアを見る。
そこには、すでに息絶えた聖獣と、ヴァルスの首を掴んで持ち上げている変わり果てたアリシアの姿があった。




