偽りの愛
「グオオオオオオオオオ!!!!!!」
聖獣と呼ばれたそれは、大地を震わせるほどの雄叫びを放つ。真夜中にもかかわらず、近く眠っていた森の生き物たちは皆飛び起き、一目散に逃げ出した。
カルミナたちも、目の前の存在からのプレッシャーに押し潰されそうになる。身体が、思うように動かない。
「こ、こいつは一体……」
オルトスがどうにかして声を絞り出す。彼もまた、目の前の生物に圧倒されてしまったようだ。今にも噛みつきそうな顔をしながらも、足が小刻みに震え、どこか及び腰だ。
「ギャハハハハハハハハ!!! いかがです!? 私と主の共同で生み出された聖獣は!? 美しいでしょう? 神々しいでしょう!? これぞ、愛と正義の象徴たり得る真なる愛の体現者なのですよぉ~!!!」
ヴァルスは、再び耳を塞ぎたくなるなるようなけたたましい笑い声をあげて聖獣と呼ばれた生物の素晴らしさを力説する。そんなヴァルスの話を聞きながら、カルミナたちは改めて顔を上げて聖獣を見る。
「聖獣…? これが…?」
それは、カルミナたちにとっては聖獣とはかけはなれた、一言で言えば醜悪な化物であった。身体と足は巨大な白い狼、首は二つに分かれており、左は赤い毛並みと黄色い巨大な目をした名も知らぬ鳥の顔、右は身体と同じ白色で、長いたてがみを携えた獅子の顔を持っていた。そして、背中にはコウモリのような黒い一対の翼が伸びている。
まるで、様々な動物を一度分解してめちゃくちゃにくっつけたような冒涜的な外観。そのあまりにも無残な姿に、もはや痛々しさすら感じてしまう。
「こんなもん……、一体どうやって……」
いまにも飛びかかっていきそうな勢いではあるが、聖獣はヨダレを垂らしながらもヴァルスの「待て」の命令に忠実に従っている。
「フッフッフ……、こいつはですねぇ……。不幸にもお亡くなりになってしまった尊い魂たちを、神の御力で一つに統合し、私が作った新たな肉体にその魂を入れたのでぇ~す!! いわばこれは、私と主の愛の結晶!! 魂も、新たな姿に生まれ変わり、神にお仕えすることができてさぞ喜んでいることでしょうなあ!!!」
ヴァルスは、恍惚な表情をしながら祈りのポーズをとる。その間、ひたすらヴァルスの神への愛を独り言のように休み暇なく呪文のように話し始めた。
「ヴァルス……。つまりあなたは……、生物に対して錬金術を行ったというの!? 禁忌とされている行為を!! しかもよりにもよって神様まで!! あなたたち、自分が何をしたのか分かってるの!?」
「何を言うのです……。彼らは幸福を感じているのですよぉ~……。不幸に見舞われ既存の肉体を崩壊させてしまった憐れな魂たちに、神は愛を与えたのです……! そう! これこそが愛!! これこそが救いなのです!! これは神がこの憐れで美しい魂たちに与え給うた、祝福なのですよぉ!!!」
「祝福……? ふざけないで! この子たちの意志はどうなるの!? あんたたちはこの異形な姿になるのを、この子たちが望んだとでも思ってるの!?」
「しかぁ~り」
「!?」
ヴァルスの即答ぶりに、カルミナは一瞬たじろいでしまう。ヴァルスは仰々しく両手を広げ、天を仰ぎ見た。
「我らが神はこの憐れな魂たちと対話をなさったのです……。このまま御魂として送るには忍びない。ならば、自分の元で暗闇から世界を救わないかと説いたのです……。そして、その呼び掛けに彼らは応えた!! その結果がいま、こうした形として顕現したのですよぅ~!!!」
「そ、そんな……」
「この世界に生きる存在は、例え会話のできない獣たちであろうと全て、全てが神の寵愛を受け、皆はそれに応える……。これが真なる愛なのでぇ~す! お前たちがいかに異端で、愚かで、浅はかで、悪であることか!!! これでわかったでしょ~う?」
ーーギャハハハハハハハハハハハ!!!!ーー
再び、ヴァルスは高笑いをはじめた。
カルミナは、頭をガンと殴られたような衝撃を受ける。
話せば分かると思っていた。アリシアが何者であるかを突き止め、アリシアが普通の女の子であると神に直接訴えれば解決すると思っていた。
しかし、目の前のイカれた男に、聖獣などとのたまう化物。そしてオルトスの話……。
神軍に関する話を聞くたびにますます、神様自身に問題があるのでは、と思ってしまう。ならば、自分たちは今まで何を信じてきたのか。そして今も世界中の人々は、何を信じ込まれているのか。
「……やっぱり、おかしいよ」
「……何ですって?」
カルミナはぐっと拳を握り、眼前の存在に力一杯の視線をぶつけた。赤い瞳が、灼熱の業火のようにメラメラ燃えていた。ふつふつと、浮きあがってくるものがあった。
「仮に動物たちが望んだとしても……、神様だったら普通止めるんじゃないの……? それが何? 止めずに勝手に命を作り変えて生まれ変わらせる? 命を与える……? 冗談じゃないわよ!!!」
カルミナは、おそらく彼女の人生で今まで感じたことのないような、頭の血管がぶち切れるほどの怒りに染まっていた。アリシアは、普段とはまるで別人のような形相をしているカルミナに驚きの目を向けた。
「神様だったら何してもいいって言うの!? 神様だったら、本来あるべき姿をいじくって、自分好みの奴隷にしていいって言うの!? オルトスの件もそう! 人々を愛してると言うなら、何で最後まで話し合わなかったの!? 何で力で黙らせたの!? 神様だったら、正義を盾にして自分の身を守るために、気に入らない奴らを殺していいって言うの!?」
カルミナは止まらない。止まるわけにはいかない。涙ぐみながら、カルミナはぐつぐつと膨れ上がる思いをヴァルスにぶつけた。
「そういうのはさ……、神様だからこそ最もやっちゃいけないことでしょ!? 愛を説きたいなら自分が率先して行動する!! あんたたちが言っている愛はね……、オルトスが言うように自分勝手だよ!! 神様が持つべき愛ってのはね、どんな人にも慈しみを持つ愛のことだよ!! この世界には世界の敵なんていない!! 世界の敵は、あんたたちが勝手に作った妄想じゃないの!!!」
「なっ……、なっ……、なあっ!?」
カルミナは大きく息を吸う。そしてーー
「断言できるわ……。あんたたちの言う愛は、真なる愛なんかじゃない……! そんなもの、偽りの愛だ!!!!」
高らかに宣言するように叫んだ。カルミナは全力を出したのか息を荒げ、しかしヴァルスを力いっぱい睨み付けている。
「……よくも言ってくれましたねぇ……、こぉの背徳者がああああ!!! あろうことか、神の愛を! 我らの愛を偽りだと!!! そう言ったのか貴様はああああ!??? 侮辱!! 不敬!! 悪徳!! 万死に値する!!! もう容赦はしませんよぉ……。貴様の身体は、塵ひとつ残らずバラバラにしてくれる!!!」
ヴァルスは、まるで悪鬼のような顔になる。目を血走らせ、歯をギシギシ鳴らしている。相当お怒りのようだった。
「はっ! 本性出しやがったな、あの野郎」
「オルトス……。どうやら、神様には一発ぶん殴らないといけないみたいだね。初めてだよ、こんな気持ち」
「生ぬるいな。二度と神などと名乗れないように潰す。それだけだ」
「それは……、私は反対だけど、まあ今議論することじゃないね。今は目の前の敵から生きて帰れる手段を考えなくちゃ」
「ああ……、そうだな!」
二人は、さっきと同様に構え、気合いを入れ直したその瞬間ーー
気付いたら、二人の身体は左右にふきとばされていた。飛ばされた先にあった木に背中を激しくぶつける。
そしてーー
さっきまで二人がいた場所には、あの聖獣が立っているのだった。




