神の蛮行
「やはぁ~り……、我らが主に間違いはない……。見つけましたよぉ~、災厄めぇ~……」
人数は五、六人程度。全員が神軍の神官服を身に纏い、一列に並ぶ。そして、その列から一歩前に出た男がニヤリと笑う。
背は他のメンバーより少し大きいがかなりスレンダーな体型、というより骨が見えるかどうかくらいガリガリで、顔も青白く痩せこけている。まるで病人のようだ。目は限界まで大きく見開いており、時折目玉をギョロギョロと動かしている。常に
笑みを浮かべてはいるが、それはいわゆる爽やかな笑みとは程遠い、むしろ不快感を感じさせる邪悪な笑みだ。
男は舌なめずりしながら、口角をさらにつり上げる。
「しかぁ~し……。まさか世界の敵がもう一匹いようとはぁ~……。本命はそこの空色の少女だったのですが、思わぬ収穫でぇ~すねぇ~」
「くっ……」
オルトスは目の前の神軍の男を、ありったけの力を込めて憎々しげに睨み付ける。そんなオルトスの姿を見てより可笑しく感じたのか、男はなおもケラケラと高笑いし続ける。思わず身震いしてしまうほどおぞましい笑いであった。
「しかしなぜにそこの反逆者たる獣人は地べたにお座りしているのでぇ~す? 身体も多少アザがついておりますしぃ~……。まさかぁ~……、あなた方で争っていたのですかぁ~? それはぁ~いけません! 争いはなぁ~んにも産みませんからなぁ~!!! ギャハハ!!!」
「黙れっ! 争いの元凶であるお前たちが何を言う!!」
「うぅ~ん? これは異なことを……。我らは争いを鎮める側でありますぞぉ~? 生きとし生ける全ての尊き存在に無償の愛を捧げ、世界の平和を守る……。それが我らの使命であり、至上の悦びでもありますよぉ~! むしろ、世界の敵たるあなた方のほうが争いの元凶ではありませんかねぇ~?反逆者のオルトスさぁ~ん♪」
神軍の男は笑ったり、悲しんだり、怒ったりと、コロコロ表情を変えながら、まるで演説をするかのように仰々しく喋りだす。時折変なポーズをとりながら話す男の姿に、カルミナたちはある種の滑稽さを感じてしまった。
「オルトスの名前を知ってる……? オルトス、目の前の変人さん知ってるの?」
「なっ……、変人!? 麗しい金髪のお嬢さん、今私のこと、変人とおっしゃいましたかぁ~!?」
「いや、まずその喋り方からして変だし。だぁ~、なんて普通の人はそんな風に語尾伸ばさないよ。あと話すときに変なポーズをとったりもしない」
「なぁ~んですってぇ~? この話し方は我らが主の教えを、より多くの人に確実に、なおかつ鮮烈に伝えるのに最適なぁ~のですよぉ~!!」
「あ~なるほど! つまり演説し過ぎて普段の喋り方も演説口調になっちゃったんだ!!」
「そぉ~言う~ことですぅ~!! 察しの良い方は私、好感が持てますよぉ~!」
「いやあなたに好感持ってもらっても何も嬉しくないな……。話し方も正直鬱陶しい。じゃあそのポーズも相手の記憶にできるだけ残すため?」
「いやこれは、なんか自然と出ます」
「あ、そこは特に意味ないんだ……。やっぱ変人だわ」
カルミナは心底嫌そうな顔をしながら、一歩身を退いた。あまり好き嫌いしないカルミナであるが、どうにも目の前の男とは仲良くしたいと思えない。
「見た目や言動に騙されるな、カルミナ」
「オルトス?」
「奴の名はヴァルス。神軍第一部隊隊長にして、神軍総大将の右腕と言われる男だ」
「え? まじで? あれが??」
にわかには信じられないのだが、オルトスの切迫した様子を見るかぎり、信じざるを得なかった。カルミナはうーんと唸りながら、
「人は見かけによらないものね。全然そう見えないもの」
「奴自身に戦闘力は無いが、この世界で一、二を争う凄腕の錬金術師だ。その卓越した錬金術で数多の武具を開発し、戦闘力増強に一役買っている」
「錬金術師……」
この世界において錬金術師とは、未知を好み、それを知ろうと己の全てを懸けて探究する存在である。その副産として生み出された発明品は、人類を大いに発展させ、人々の暮らしをどんどん豊かにさせていった。錬金術師は、この世界の至るところで活躍する人類の叡智なのだ。
「錬金術師といっても、得意不得意の分野があるからな。ヴァルスの場合は武具の開発が得意だ。奴が軍事面で神軍に果たした貢献は計り知れない……。性格はクズの極みだがな」
「未知の探究は我が人生の主題でありまぁ~す。傲慢ではありますが、いつか全知全能たるあのお方の見ていらっしゃる景色の一端を私も見てみたいものです……。それができた時、未知への探究は極みへと至り、我が人生は満たされるのでぇ~す……」
「ふ~ん、確かにいかにも錬金術師って感じの人だね」
色々と話を聞いてのカルミナの感想はそんなものだった。正直、彼のことについては現時点ではあまり興味がない。問題は……、
(オルトス、さっきから震えてる……。あの男と一体何かあったのかな……)
オルトスは全身を震わせながら、憎悪と恐れが混じったような形相でヴァルスを見つめていた。意識してか、それとも無意識かは分からないが拳を強く握りしめている。あまりにも強く握っているので、赤い血が手から滲み出ていた。カルミナはそんな様子のオルトスに、どこか胸騒ぎを覚えるような不安感に襲われた。
「ふっふっふ……。気になりますかな? 私とこの男の関係」
まるでカルミナの心を見透かしたかのように、ヴァルスは不敵な笑みを浮かべながらカルミナに尋ねた。カルミナはビクッと驚き、ヴァルスの方へ振り向いた。なぜか、開けてはいけない箱を今から開けるような、背徳的感情に陥ってしまう。
「い、いや、別に…」
「せっかくですので教えてあげましょう。あなたはまだ間に合いますからなぁ~。これを聞いて、世界の敵というものがいかにこの世界にとって邪悪なものか知ることでしょう」
「やめろ」
「この男の故郷の村はですねぇ~……」
「やめろってんだろ!!」
「何を隠そう! 事もあろうに我らが主の御魂を狙ったのですよ!! 愚かにも、主にそれがバレましてな。我らが先手を打って、村の人間を全て神の御元に送って差し上げたのです! 他ならぬ!! この私がね!!! ギャハハ!」
「えっ……」
カルミナは、オルトスを見る。オルトスは悔しそうに俯き、しかし目だけはさらに憎悪の感情をむき出しにしながらヴァルスを見ていた。身体も完全に回復したのか、身体をゆっくり立ち上がらせる。アリシアはその話を聞いて想像してしまったのか、思わず手で口元を覆った。
「じゃ、じゃあ……、その村の人たちは……」
「無論、全員粛清でぇ~す!当然ですよねぇ~!? 神への反逆など、どんな理由であれあってはならぬことでぇ~す!! そして、私がその村に派遣されたという訳でぇすなぁ!!」
「何が反逆だ!! 俺たちは、あそこでただ静かに暮らしてただけだ! それをお前たちが適当な理由を付けて不信心者だと断定して!! 村の食糧のほとんどを献上したら許してやるなんて無理難題押し付けて!!! それを断ったら……、神の命を狙う世界の敵だと決めつけた!!」
「神はあなた方に何度も御許しの機会を与えました。それをあなた方は全て、全て拒否したのです!! 我らは全員神からの寵愛を受けています。それを、それを受け取りながらあなた方は報いることをしなかった!!! 罰せられて当然でぇ~す!」
「テメエらの愛なんざ、まやかしだ!! 何が無償の愛だ! テメエらは要するに、自分に都合の悪い奴らを排除して、テメエらを愛してくれる奴らだけ守ってるだけだ! そこらのクズと何も変わらねえ!!」
オルトスは涙を滲ませながら、声の限りヴァルスに噛みつくように叫ぶ。カルミナとアリシアは、信じられないような顔をして二人のやり取りを見ていた。
「反逆者オルトス……。その言葉、神への侮辱ですねぇ……?」
「へっ! 何が神だ。そもそも、オメエらが神と崇めてる奴は元は人間族じゃねえか。俺たちと大して変わらねえ。そんな奴がとても公平な裁きを下せるとは思えねえな!!」
「……神はあのとき、村の子どもたちは生かすようにおっしゃった……。無垢なる子どもに罪はない、と……! だから我らも最初は逃げたお前を追わなかった……。しかし! お前はぁ~、神の慈悲を踏みにじり、あろうことか神の命を狙わんと画策するとは、何たる不敬!! 何たる大罪!! 神の愛を捨てたお前たちを、神は許しても我らは許しませぇ~ん!!」
「はっ、許さねえんならどうするってんだ」
「無論、この場で神の代行として断罪するまで」
そう言った瞬間、ヴァルスの雰囲気が変わった。身体が硬直してしまうほどの冷たい空気が、この場を支配した。ヴァルスは、それまでと打って変わり、まるで死人のような無感情の表情を作りながら、片手をあげて合図をする。瞬間、後ろのヴァルスの部下たちが前に出て来て構えを取る。
「さぁ、そこの金髪の少女よ。あなたにも機会を与えます。我らと共に、そこの二人の世界の敵を滅ぼすのです。それがこの世界を救い、衆生の光となるのでぇ~す。私の部下を殴ったのは今一度水に流しましょう……。さあ、こちらへ来なさい!! それが今のあなたが行える善行なのでぇ~す!!」
カルミナは顔を俯かせる。しばらく沈黙の時が流れた後、
「……私は、アリシアとオルトス、二人の世界の敵と会って思ったことはね……」
カルミナはゆっくりと顔を上げる。その赤い瞳に映すのは、白い服を着た神の御使いーー
「少なくとも私には、二人が世界の敵なんて呼ばれる意味が分からない」
「な、何!?」
「オルトスは今初めて会ったばかりだし、さっきまで戦ってたけどさ、今のあなたの話とオルトスの話、どちらに正義を見出だしたかと聞かれたら、私は迷うことなくオルトスを選ぶ」
「カ、カルミナ……」
「な、何を血迷ったことを……。そいつらは神を滅ぼそうとし、この世界を暗黒に包もうと画策しているのですぞ……! あなたは騙されているだけ……」
「騙されてなんかない!!」
「……っ!!?」
カルミナは声を荒げる。その顔は、ヴァルスたちへの怒りで満ちていた。
「アリシアやオルトスの話には、真実味があった。何より二人の目にはきれいな光が見えた。嘘偽りのない、優しい目。対して、あなたたちの目からは黒くおぞましい闇しか見えない。そのまぶしいくらいの服とは正反対にね」
「なっ、なっ、なっ……!?」
「目は口ほどに物を言う。私のお母さんの教えだけどね。私は、それを信じて今まで生きてきた。そして私は、今回も自分とお母さんの教えを信じて判断したの。二人の味方になるってね」
カルミナはオルトスの隣に立って、ヴァルスたちに対して戦闘態勢をとった。ヴァルスは、怒りに満ちた表情を見せながら、先程のオルトスのようにワナワナと全身を震わせた。
「この、反逆者どもめ……!いいでしょう……、あなたがその気ならば、そこの二人とともにまとめて神の御元に送って差し上げましょう……!」
「やれるもんならやってみなさいな。そもそも私がアリシアを裏切るわけないじゃんって話だし!」
「カルミナ……」
カルミナはアリシアに対して、親指を立てながらにこっと笑いかけた。アリシアは感極まったのか、空色の瞳を潤わせながらカルミナを見つめる。オルトスは、一瞬申し訳なさそうに隣のカルミナを見た後、すぐにフンっと鼻をならした。
「お前らを巻き込むつもりはねえ。隙を見つけたら、さっさと逃げろ」
「いや~、この状況で逃げるのは難しいっしょ。共同戦線はりましょ? お互い、一時休戦ってことで」
「はん! あんな雑魚ども、俺一人で充分だ」
「まあまあ、一人より二人のほうがより確実でしょ?」
「……ふん、好きにしろ」
「ありがと♪ じゃあ、好きにするわね」
「足だけは引っ張ってくれるな」
「それは……、こっちのセリフ!!」
オルトスもまた、首をコキコキ鳴らしながら戦闘態勢をとる。二人は横に並んで、向かいの神軍と対峙した」
「舐められたものですねぇ……。二人だけで我らの相手を……?格の違いを、見せてやりましょう……。お前たち、行きなさぁ~い!!!!」
「来るよ、オルトス! 構えて!」
「俺に指図するな!」
カルミナ・オルトスvs神軍の戦いが、今幕を開けた。




