実は良い人?
「お前には関係無い」
「敗者が勝者に命令する権利はないと思うけど?」
「チッ……」
カルミナがいたずらっ子のような意地の悪い笑みを浮かべながら、オルトスになぜアリシアを狙ったのか尋ねた。
オルトスは悔しそうに唇を噛みながらそっぽを向いた。黒い毛並みで覆われた顔が、紅潮で真っ赤に染まる。身体が満足に動けない今、それが今オルトスのできる精一杯の抵抗であった。そんなオルトスの姿を見て、カルミナはさらにいや~な笑みを浮かべる。
「ふふっ、プイッてしてやんの。可愛い♪ツンツン」
「おい! 頬をつっつくんじゃねえよ!!」
「ねえねえ、あなた年いくつなの? 獣人って見た目じゃ何歳なのか分かんないのよね」
「なんでオメエにそんなこと言わなきゃ……!」
「さっき勝負に負けたのは?」
「くっ………十八」
「あら、私と同い年? じゃあ余計遠慮はいらないわね♪」
「何するつもりだテメエ!!??」
カルミナはケラケラと楽しそうに笑いながら、オルトスをからかい始めた。オルトスもオルトスでいちいちムキになって反応する。それにまた、カルミナが余計に調子づいてしまう。完全にカルミナのおもちゃと化してしまったオルトスであった。オルトスはずーん、と悔しそうにうなだれる。
「く、くそ……、屈辱だ……。こんな人間族の、それも同い年の女に負けるなんて……」
「あなたが油断してくれたのと、最後以外手加減してくれてたからね。最初から全力だったら、勝ち目はなかったと思う。あなたは多分強いから、自信持っていいよ」
「何様でモノを言ってやがる……。確かに今回は負けたけどな、次にやる時は容赦しねえ……。覚悟しとけよ」
「え? 次やるつもりはないんだけど……」
「お前にやる気はなくとも、俺にはあるんだよ」
「嫌だなあ、私あなたの都合に付き合う義理はないし~」
「そこはやるって言う流れだろうが!!」
「別に私、熱血女じゃないもの。私はアリシアがいればそれでいいもんね!ねっ? アリシア」
「………」
「あれ? 華麗にスルー? 私、ショック」
アリシアはカルミナの声に反応せず、オルトスをじっと見つめていた。その視線に気づいたオルトスもまた、アリシアを見返す。空色の澄んだ瞳が、オルトスの荒ぶっていた心を徐々に静めていった。それどころか、自分の身体が制御できないような感覚に襲われ、オルトスの身体は金縛りにあったかのように強張ってしまう。
(な、なんだこいつ……? 一体何をした?)
オルトスはなおも黙ってこちらを見つめてくるアリシアに対し、少しの不気味さを覚えた。オルトスが、緊張から思わずごくりと息を呑んだ瞬間ーー
「……あなた、もしかして私と同じ?」
アリシアは、オルトスに対し静かにそう尋ねた。それを聞いてオルトスは、自分の心臓を突然鷲掴みにされたような気分に陥った。カルミナはアリシアの言葉の意味が分からず、困惑の表情を見せる。
「え? え? アリシアと同じってどういう……?」
「……もしかしたらこの人、私と同じ世界の敵かもしれない」
「ええ!? そうなの? なんで分かったのアリシア?」
「いや何となく……。いまじっと見てたらそう感じただけ。間違っていたらごめんなさい」
「……いや、お前の言う通りだ……。俺もお前と同じ、世界の敵だよ」
「おお、アリシアすごーい! 乙女の勘ってやつだねこれは!」
オルトスはだいぶ回復してきたのか、上半身を起こしてふぅ、と一息ついた。手もいくらか自由に動かせるようになってきた。痛みもほとんど消えている。しかし、いまだオルトスの表情は苦しそうだ。
「……ごめんなさい。嫌なこと、思い出させた?」
「いいや……。その嫌なことは、忘れたくても忘れられねえ。今この瞬間も、頭の中でこびりついたように離れないさ」
「……そう」
オルトスはどこか遠くを見るように、スッと目を細めた。忘れられるものなら、捨てられるものならば今すぐにでも投げ捨てたい。しかしーー
「それに、これを投げ捨てることはしない。決して忘れないように、胸にしっかり刻んでおくのさ」
「どうして……?」
「決まってんだろ……? あの時の怒り、悲しみ、憎しみを糧にして、あの日俺の全てを奪ったあいつらに復讐するためさ……!! 俺は笑って水に流せるほど、強くできちゃいねえからな」
そう言ったオルトスの目には、怒りと悲しみ、そして憎しみが全て入り混じってぐちゃぐちゃにしたような、名状しがたいおぞましい感情が浮かび上がっていた。カルミナとアリシアは、オルトスのその顔を見て思わずたじろぐ。
「あなたは、私が世界の敵だって最初から知ってたの?」
「ああ、知ってたよ。お前が世界の敵の一人、災厄のアリシアだと分かったうえでさらった」
「そうだったんだ……」
「災厄って……。アリシアそんな風に呼ばれてるんだ……」
思い返せば、最初から狙いは定められていた。
なぜあの場にオルトスたちがいたのか。そして、仮に盗賊だとしたらなぜアリシアだけさらい、馬車の方には何もしなかったのか。金品を狙うならば、そのまま馬車にも襲撃をかけるはずだ。しかし、今回オルトスたちはそれをしなかった。
つまり最初から、ターゲットはアリシアただ一人だったのである。
「あなたたちは、私の正体を知っているの?」
「カシラなら知ってるかもしれないが、俺は知らねえ」
「だったら……! そのおカシラさんはどこにいるの? 案内して!」
「ちょ…、アリシア!?」
「おカシラさんなら私のことを知っているんでしょ? 私は知りたいの、自分が何者なのか。何で私は世界の敵なのか。何のために生まれてきたのか。それが分かるまでは死ねない」
アリシアはオルトスの肩を勢いよく掴んで揺さぶる。あまりの迫力にオルトスも言葉が出なかった。さすがにカルミナも見かねたのかーー
「アリシア、落ち着いて! オルトスも困ってるよ!」
「あっ……! ご、ごめんなさい……」
我に返ったアリシアは、慌ててオルトスから離れる。オルトスは頭をポリポリ掻きながら、一呼吸置いて答えた。
「案内するのは結構だが……、行き着く先は同じだぜ」
「え……? どういうこと……?」
「今カシラはお前らが目指してる目的地、ヒノワにいる」
「ええ!? すごい偶然……。なんか仕組まれてるみたい……」
「お前らが歩んでいる道は間違っていない。まあ、小娘の衣装がそもそもあの村の神官の衣装だしな」
ヒノワとは、大陸の南東部にある独自の文化を形成した巨大な村であり、衣装一つとっても、他の村と一風変わっている。また、他の村との交流を避けており、無断でヒノワに入ってきた者には村単位で襲いかかってくるという。また、神軍と唯一敵対している村でもあり、世間では世界で最も危険な場所だと言われている。
「そもそも、あなたのおカシラさんは何でアリシアを狙ったの?」
カルミナが疑問符を浮かべながら、オルトスに尋ねた。
「俺も全てを知っているわけではないが、当初の目的は、アリシアを半ば無理矢理連れていって保護するって話だった。カシラ曰く、お前が俺たちの計画のカギとなり得るらしい。だが、お前が一体何者かまでは聞かされてないんだ、すまねえな」
「い、いえ! 別に大丈夫ですけど……」
オルトスは申し訳なさそうに、カルミナとアリシアに謝った。段々壮大な話になってきて、二人の頭が追いつかない。
「カシラは目的達成のためなら、手段は選ばない人だ。だから、会いにいくのは結構だが、多少の心構えはしておいたほうがいい。そこの金髪も、もう少し鍛えておくことをおすすめするぜ。カシラはヤバいからな」
「そ、そんなに強いの?」
「少なくとも俺は勝ったことがないし、瞬殺される」
「ま、まじですか……」
オルトスの言葉を受け、カルミナはうなだれた。オルトスもけっして弱いわけではない。先述のとおり、オルトスが最初から本気を出していたら、カルミナは危なかった。
そのオルトスが瞬殺されると聞いて、カルミナは身震いした。
「じゃあ何で私たちにそんな情報を教えてくれたんですか?」
アリシアは再び疑問に思ったことを、思いきって訊ねてみた。オルトスはバツが悪そうに俯きながら……、
「そ、それは…」 と言葉を濁したその時。
「そぉこまでですよ~う!!! 化物ども!!!!」
奇っ怪な声が響き渡る。三人が警戒心を顕にして声の方向に振り向くと、
それは、三人が嫌でも目にしてきた真っ白な服を身に纏った……、
「……神軍……!!」
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