カルミナVSオルトス
二人は同時に走りだし、拳が思い切りぶつかり合う。ガキンと、互いに鈍い音を出した。激しくぶつかったことで、双方の身体にジーンとした痛みが広がっていく。
「中々いい拳もってるじゃない……!」
「お前こそ……、女の人間族にしちゃあ、かなり重いぜ……!」
「それはどうも!!」
カルミナは身を翻し、今度はオルトスの顔を狙って側面から蹴りを入れる。オルトスはそれを右手で受ける。
(こいつ……! さっきから一撃一撃が重い…! どんな鍛え方したらこんなに重くできんだよ……!)
オルトスは空いている左手で、お返しと言わんばかりにカルミナの顔を目掛けて拳を繰り出す。カルミナは蹴りであげていた足を即座に引き戻し、その勢いを使って身体を回しながら後方に下がった。
「チッ!ちょこまかと動く奴だぜ……!」
「それが私の戦い方だからね……!行くよ!!」
再びカルミナはオルトスに向かって走り出す。オルトスは真正面から迎え討とうと、両足を広げて力を込める。しかしーー、
「なっ…!」
カルミナは、一瞬にしてオルトスの懐にまで間合いを詰める。そしてーー
「八拳」
目にも止まらぬ早さで、休むことなくオルトスの腹に拳を与え続けた。一度に八発の衝撃を多段式に受けたことで、さすがのオルトスも耐えきれず身体を崩してしまう。
「がふっ……! く、くそがあああ!!」
しかしオルトスは獣人族。持ち前の耐久力ですぐに態勢を立て直し、カルミナを掴もうとするが、これも空を切ってしまう。その後も何度も掴みかかるが、カルミナはその全てを紙一重で避ける。避けられる度に、オルトスの苛立ちはますます募っていく。
(くそっ……! なんで、当たらねえんだ……! まるでこっちの動きが全部読まれてるみたいだ……!)
確実にダメージを受けているのはオルトスの方。何か反撃に転じなければ、ジリ貧になってしまう。しかし、目の前の女に与え得る有効打が思い付かない……。
カルミナは、時に飛んだり、時に身体を回転させたりしてオルトスの猛攻を全て避けていく。その姿は、まるで舞を舞っているかのような美しいものであった。衣装もさらに、カルミナの舞の美しさを際立たせる。
舞道。それが、カルミナが戦闘時に操る武術であり、かつてそれをマスターしたカルミナの母親であるヨーコに教わった戦闘術である。
(す、すごい……)
アリシアは、遠くから二人の戦いを呆然と眺めていた。正直、何が起こっているのかを全て理解することは不可能だったが、カルミナがオルトスを圧しているのは分かった。カルミナは蝶のようにヒラヒラと身軽に避けながらも、オルトスに隙ができた瞬間、すかさず攻撃を加えているようだ。その証拠に、オルトスの身体からあちこちに血が滲み出始めている。
(つ、強いのは何となく分かってたけど……、まさかここまでなんて……。一体どんな修行をしたらあんな動きが出来るんだろう?)
大前提として、様々な人型種族のうち、獣人族は最も強靭な肉体を持ち、こと肉弾戦に関しては他種族を圧倒できる。
カルミナは人間族の女の子、対してオルトスは獣人族の男。しかもオルトスの身体は、獣人族の中でもかなり鍛え抜かれているほうだ。普通ならば、カルミナに万に一つの勝ち目などない、はずだった。
(バカな……。肉弾戦で俺は一度も負けたことがねえ……! 同族相手だって、俺の力で悉くねじ伏せてきた! それが……!)
「こんな人間族の女に圧されるなんざ、あってはならねえことなんだよおおおおお!!!!」
ついにオルトスの怒りは頂点に達し、全力のこもった一撃を繰り出そうと大きく振りかぶる。
「面白れえぜお前! 人間族のくせにここまでやるとはな! お礼に本気の一撃を与えてやるよお!!!」
先ほどよりも何倍も速いオルトスの拳がカルミナを襲う。
カルミナはーー、避ける気配がない。それどころか、オルトスの拳に視点を合わせてすらいない。
(追いついてねえ!! 捉えた!!!)
オルトスはニヤリと一瞬笑い、そのまま勢いに任せて拳を振り下ろした。
ズガアアアアアアン!!!!!
地響きとともに、オルトスとカルミナの周囲に土煙が起こる。土煙は、そのまま二人を飲み込んでしまった。
「カ、カルミナ……!!」
二人の姿が見えなくなり、アリシアは悲痛な声で叫んだ。アリシアから見ても、カルミナは今のオルトスの一撃を避けたようには思えなかった。あの一撃を食らっていたら、さすがのカルミナもひとたまりもない。アリシアはカルミナの無事を祈りつつ、視界が明けるのを待った。
そして、煙がおさまり、アリシアの目に映ったのはーー、
「………カルミナ!!」
右手を高らかにあげ、こちらを笑顔で見つめている、カルミナの姿であった。
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オルトスが勝負を決めるために、渾身の力で殴りかかったとき、オルトスは確実にとらえたと思っていた。しかしーー、
「………!? いねえ! どこだ!?」
目の前にいるはずのカルミナはおらず、オルトスの一撃は地面にぶち当たり、小さなクレーターを形成していた。慌ててカルミナを探すオルトス。
「ま、まさか…!」
気付いた時には遅かった。すでに空を舞っていた。カルミナは得意の蹴りのモーションに入っている。身体をさらに回転させ、徐々にそのスピードを上げていく。
「ちょっと激しいのいくから、死なないでよね……!」
回転の勢いを殺さないまま、カルミナはオルトスの側頭部に己の足をヒットさせる。その衝撃で頭を思い切り揺さぶられ、オルトスの巨体はその場で崩れ落ちたのだった。
「飛車」
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「アリシア……、勝ったよ……、へへへ……」
「カルミナ!!」
アリシアはカルミナの元に急いで駆け寄る。カルミナも向かおうとするが、突如膝からその場に崩れ落ちた。
「カルミナ!だ、大丈夫?」
「あっはは……、平気平気……。ちょっと身体を無理させちゃったみたい……」
カルミナのほうも、全く無傷というわけではなかったのだ。オルトスの攻撃を紙一重で避けていたように見えて、完全に避け切れてはいなかった。その証拠に、身体のあちこちに擦り傷や切り傷が見える。
「あの人が油断してくれたから上手くいったようなもんだよ。危なかった……」
カルミナは腕を擦りながら、今回の自分の戦いを振り返る。まだまだ改善すべき点がいっぱいある。本当に、オルトスが油断していなかったら倒れ伏していたのは自分だったかもしれない。
(まだまだ、お母さんのようにはいかないな……)
カルミナは、母親の舞道を思い出す。一つ一つの動きが洗練され、見ている側もその美しさに思わず我を忘れてしまうほど。それくらい彼女の母、ヨーコの動きは人並外れていたのだ。ひいき目に見なくても、彼女は強く、綺麗だった。
「とにかく、無事でよかった……、カルミナ……」
「アリシア……、ありがとう」
アリシアの言葉を受け、カルミナは笑顔でアリシアに向き合う。改めて、二人は互いの無事を祝うように互いの身体を抱き締め合うのだった。
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「う、うう……。お、俺は一体……」
「あっ、起きた! さすが獣人族だねえ、回復が早い」
「なっ……! て、てめえっ……、あぐっ……!」
「ほらほら、頑丈だからといって頭に回し蹴り食らったんだから、安静にしとかないと」
あまり時間が経たないうちに、カルミナによって気絶させられていたオルトスが目を覚ました。カルミナはオルトスが目を覚ますと同時に、オルトスに近づく。オルトスは訝しげにカルミナを見た。
「何をやってる?」
「見てわからない? 応急処置」
「それはわかる。なんでお前が俺に応急処置してんだ。俺はてめえの連れを狙ったんだぞ」
「そうだけど、だからといってそのまま放置もできないし、ちょっとあなたに聞きたかったこともあったしね」
遠くでは、アリシアが警戒心を顕にしながらこちらを見ていた。岩陰に身体を隠しつつ顔だけを覗かせる。オルトスはそんなアリシアを遠目で静かに見据えた。アリシアに対し、何か含むものがあるかのように。
「………」
「やっぱり気になるの、アリシアのこと?」
「……別に、そんなんじゃねえよ」
「あらそう?」
「……それで、聞きたいことってのは何だ?」
「ああ、そうだったわね……。おほん」
カルミナは一度咳払いで雰囲気を整え、話を切り出すことにした。
「あなた、なんでアリシアを狙ったの?」




