噂の盗賊たち?
「う~ん……。あ、やば、少し寝過ごしたかな……」
真夜中の馬車。カルミナは大きなあくびをしながら目を覚ます。ドーン村を出発して三日が過ぎた。ドーン村から交易都市サマルカンまでは宿が無いため、野宿で夜を過ごすしかない。
そこでカルミナは、アリシアとハロルドが寝ている夜中に周囲の見張りを行っていた。三人の中で満足に戦えるのはカルミナだけのため、カルミナが見張りをするのは自然の流れだった。というより、するなと言われてもやるつもりであった。
上半身だけ起こしたカルミナは、早速アリシアの寝顔を見ようとウキウキしながらアリシアの方を向く。ここ三日、アリシアの寝顔を誰の邪魔も入らずに見れるのが、カルミナの楽しみであった。
(ムッフッフ~……、今日はどんな顔をしているのか……な……え?)
しかし、いつもの場所にアリシアはいなかった。それどころか、辺りを見回しても馬車の中のどこにもいない。カルミナの脳裏に嫌な予想がよぎった。しかし……、
(きっと用足しだよね……? ひとまず、辺りを探して―――)
カルミナはすぐに馬車の外に出て近くの木に登った。もし用足しであるならば、そんなに遠くにはいかないはず。しかし……、
(……いない!!! アリシア……!!)
嫌な予感が的中してしまった。一瞬で血の気が引いていくのを感じる。顔は青ざめ、全身の嫌な震えが止まらない。考え得る限りのありとあらゆる悪い事態が頭の中に濁流のように押し寄せてくる。
(落ち着け……、落ち着け!! 大丈夫、まだ間に合うはず……! 今この状況を何とかできるのは私だけなんだから……! 落ち着いて、落ち着いて……)
カルミナは平静を取り戻すために深呼吸をする。そして、すぐさまアリシアの痕跡を探し始めた。
(この辺りの土は比較的柔らかいから、足跡がついてるかもしれない……! まずはそれに賭ける……!)
カルミナは直ぐに木から降り、四つん這いに近い姿で足跡が無いかを入念に調べる。そして……、
(良かった、あった!! まずはこれを辿って……!)
小さな足跡を見失わないよう、目に力を入れながら辿っていく。そして、森の入口にあたるところで……、
(足跡が……、増えた…!!)
アリシアの足跡より、一回り大きな足跡が三人分、現れた。そしてそれは、そのまま森の奥へと続いている。ドクン、と心臓が脈を打ったのを感じる。
(まさか、神軍がここまで嗅ぎ付けたというの!? あまりにも早すぎる! でも、もしそうだとしたら……)
心臓の鼓動が早くなる。カルミナの頭に、最悪の結末が映し出された。神軍の手にかかり血まみれになったアリシアの姿ーー
「………させない! お願い、アリシア! 無事でいて……!!」
後悔と反省は、後でいい。今は何としてもアリシアを助ける!!
カルミナは、再び足跡を見失わないように最大限のスピードで駆け出した。
~~~~~~~~~~~
一方、その頃ーー
森のなかの少し開けた場所。木々がその場所を避けるように、周りを囲んでいる。そこに、気を失って担がれているアリシアと、三人組の黒いボロ布を被った人影があった。
三人組の一人が、担いでいたアリシアを乱暴に下ろす。ドサッと地面に強めに着く音がした。
「案外簡単に手に入りましたね、アニキ」
三人組のうち、最も身体の大きい人物が声を発した。低くこもった声だった。
「まさか一人で馬車から出てくるなんてな!引き離す手間が省けたってもんだぜ、なあアニキ!」
今度はアリシアとほぼ背丈の変わらない、三人組の中で最も小さい存在が嬉しそうに早口で話し出した。こちらは比較的声が高く、聞く者の頭をキンキンさせる。
「ああ……、そうだな。だが最後まで油断するな。抜かりなくいくぞ」
最後に残った一人が、二人に鋭い目を向けながら、獣の唸り声のような声をあげる。そして、顔にかかっていたボロ布を鬱陶しそうに取った。
二足歩行で立っているが、その顔はまさしく黒豹であった。全身を黒毛で覆い、頭上には丸く小さい耳、口には鋭く尖った牙。そして、喧嘩を売ってきたら噛み殺すと言わんばかりの威圧的な眼光。
残りの二人もまた、黒い布を取る。体つきに多少の違いはあるものの同じ黒豹の顔をしていた。獣が二足歩行で、しかも人の言葉をしゃべっている。
「しっかし見た目普通ですぜ? いや超がつくほど可愛いけどよ、てか近くで見たらますます可愛いなこいつ……」
「なんだバンク、惚れたか? でもダメだぞ。そいつにはやってもらわなくちゃいけないことがあるんだからな」
「わ、わかってるよ! 計画のほうが大事だからな。女にうつつを抜かしたりしねえ」
「……そうだ。あの忌々しい神軍の野郎をぶっ潰す。それが俺たちの使命だからな」
三人組獣人のリーダー格が、拳にぐっと力を込める。
その目には、抑えきれない憎悪の感情が剥き出しになっていた。
「まあ、こいつが何者なんざどうでもいい……。とにかく目的のもんは手には入った。神軍がこっちに向かってる情報もある。さっさとズラかるぞ」
「「へい」」
二人の子分の黒豹獣人が、急いでこの場を離れる準備をする。そして、リーダー格の男が再びアリシアを担ごうとした次の瞬間……、
「ちょっっっっと待ったああああああ!!!!!」
甲高い、女の声が響き渡る。三人は臨戦態勢を整えて声がした方向を向く。
「だ、誰だ!?」
三人組が見た先にいたのは……、
「アリシアを……、返せ!!」
フゥー、フゥーと息を荒げ、鬼の形相でこちらを睨み付ける、独特な黒い衣装を身に纏った金髪赤眼の女が立っていた。
「てめえ……、確かこいつと一緒にいた……」
「三人組の、背丈がバラバラで、フードをかぶってる男たち……。もしかして、最近ここらで騒がれている盗賊たちってあなたたち!? アリシアをどうするつもりなの!?」
「へっ、てめえには関係の無い話だ。死にたくなければ引っ込みな」
「イヤだね!! あなたたちなんかに、アリシアは渡さない!!」
「随分とご執心のようだな……。まあ、良い……。邪魔をするなら……!」
「おっと。ここは俺たちに任せてくれ、アニキ」
そう言って、子分格の獣人二人がアリシアを担いでいるリーダー格の獣人の前に立った。
「お前ら……」
「早く行ってくれ、アニキ。俺たちの野望のために!」
「すまん……、無理はするなよ!」
そう言ってリーダー格の獣人は、そのままアリシアを担いで行ってしまう。あっという間に獣人の姿は見えなくなってしまった。
「ま、待ちなさい……っ!!」
カルミナがその獣人を追おうとするが、二人組の獣人がそれを阻む。
「おっと、ここからさきは行かせねえぜ嬢ちゃん」
「アニキの邪魔は、させねえよ!!」
「くっ……、どけえええええ!!!!」
カルミナは咆哮に似た声をあげながら、二人組の獣人に向かって突撃していくのだった。
~~~~~~~~~~
「よし、ここまで来れば大丈夫だろう」
リーダー格の獣人は、森を抜けた先の草原地帯に降り立った。全力で走ったし、そもそもあの二人が足止めしてくれているからまず追い付くことはないはずだ。問題なのは……、
「神軍どもだな……。奴らがどこまで来ているのか……」
神軍。神の代行者にして、世間では厚い信仰を受けているこの世界の支配者。だが……、
「何が神だ……! あんな奴ら、ただの独裁者だ……!」
あの日の出来事を思い出すだけで、体内から怒りと憎しみが迸る。沸々と煮え、今にも体が破裂しそうになる。
「俺は絶対に成し遂げる……! そのためにこの道を選んだんだからな……」
そう呟き、再び獣人はアリシアを見つめた。アリシアはまだ気を失っている。うなされているのか、時折ウンウン唸りながら顔をしかめている。
「……お前も憐れなもんだな……。神軍の奴らに追われ、俺たちにも追われ……。だが……」
獣人は、ふとアリシアから一筋の涙がこぼれていることに気付く。獣人はアリシアに近づいて、その涙を黒い手で優しく拭き取った。
「俺たちはお前を悪いようにはしない……。今は我慢してくれ……。全ては、あの偽りの神を倒すために……」
アリシアにはその声は届かない。しかし、今はそれでいい。今はまだ、知らなくていいことだ。
「時が来たら、こいつにも俺たちの計画言わなくちゃな……」
そして、そろそろ出発するために再度アリシアを担ごうとしたその時のこと。
「見つけたあああああああああ!!!!!」
「!?何だと!?」
聞き覚えのある女の叫び声が聞こえた。それと同時に、獣人に向かって先ほどの女がそのまま飛び蹴りを放つ。
予想外の事態に、獣人は回避することができず、慌てて受け身を取る。女の蹴りが、獣人の右腕に激しく直撃した。
「ぐおっ!?」
獣人は、勢いを殺し切れずそのまま吹き飛ばされてしまう。そして、先ほどまで自分がいた場所、つまりアリシアの側にその女がいた。
「アリシア!? アリシア!! 大丈夫、しっかりして!!」
カルミナは獣人には目もくれず、真っ先にアリシアの安否を確かめ、意識を戻そうとアリシアをユサユサと揺らした。すると、
「うっ、うーん……。あれ、カルミナ……? ここ、は……?」
アリシアは意識を回復させ、瞼をゆっくりと開けた。頭が痛いのか、辛そうに自分の頭を押さえてブンブン横に振る。ひとまず無事であることを確認し、カルミナはほっと安堵した息をもらす。そのまま、アリシアを強く抱き締めた。
「よ、良かった……! ほんとに良かった……! アリシア……!」
「カルミナ……? ちょ、苦しいよ……」
「目が覚めたらいなくて、近くを見回してもどこにもいなくて! 本当に、本当にごめんね、アリシア……! あなたを守るって、約束したのに……!」
「カルミナ……。来てくれたのね……、私は、大丈夫だから。大丈夫……」
カルミナは涙を流しながらアリシアに何度も謝る。アリシアは、そんなカルミナを安心させるように、優しく彼女の頭を撫でた。
「ありがとう、カルミナ。私を助けてくれて」
「アリシアっ……!」
「それだけで嬉しかった。私をちゃんと助けてくれた人、あなたが初めてだから」
「当たり前じゃない……! あなたは私の大切な人なんだから……!」
「カルミナ……」
二人で抱き締め合い、互いの思いを再確認する。そんな時……、
「やってくれたな、テメエ……」
「!? あなた……」
首をコキコキ鳴らしながら、黒豹の獣人がこちらに近づいてくる。カルミナは、アリシアを後ろにやって臨戦態勢をとる。
「アリシア、下がって!」
「う、うん……」
アリシアは心配そうな目でカルミナを見つめる。カルミナはそんなアリシアを安心させるように、
「大丈夫! 今度はあなたを守るから! 私も負けないしね! 一緒に、笑って帰ろう!」
「う、うん!気をつけてね……、カルミナ!」
カルミナはアリシアに親指を立てて、了解の意を示した。そして、そのまま獣人に歩いて近づいていく。
「俺のツレはどうした?」
「鍛練が足りないね。一撃で沈むのはさすがに早すぎるよ」
「チッ……! 後ろの女を渡せ。別に悪いようにはしない」
「何でアリシアを狙うの?あなた、神軍じゃないでしょ?」
「あんな屑どもと一緒にするな……。俺たちの計画のためには、どうしてもそいつが必要なんだよ……」
「計画……? それはどういうこと? アリシアをどうするつもり? あなたたちはただの盗賊じゃないの?」
「おしゃべりはここまでだ。これ以上のことはお前には関係ない。さっさと引け」
「お断りよ。何もしないって言うけど、アリシアの意思を無視して無理矢理連れていこうとした奴らの言うことなんて信用できないもん!」
「……そうか。ならば仕方ない……。お前に恨みは無いが、力ずくでいかせてもらう」
「……上等!」
互いに構えを作る。辺り一帯が、嵐の前触れのように静まり返る。アリシアは息を呑んで、カルミナの無事を祈った。
「……あなた、名前は?」
「あん?」
不意に、カルミナが獣人に話しかけた。
「折角こうして一騎打ちするんだから、名前くらい知っておくのが礼儀じゃない? あなたとか、獣人さんとか呼びづらいし。私はカルミナ、あなたは?」
「……オルトスだ」
「へえ、良い名前じゃない」
「そいつはどうも」
「私の名前への感想は無いの?」
「何も思わなかったから無い」
「そんなんじゃモテないわよ」
「どうでもいい、女を作る暇もないしな。それより、始めるぞ……」
「ええ……、いつでも……」
二人は、全身の力を込める。そして…、
「「いざっ!!!」」
同じタイミングで、動き出すのだった。




