トラブル発生
ーー夢を見るようになった。
気が付いた時、私はレンガ造りの美しい建物が立ち並ぶ港町の中央通りに立っていた。少し歩いてみると、海が見えてきた。
私は何故ここにいるのか?私は一体誰なのか?全く思い出せない。
しかし、周りの建物がレンガでできていることや、目の前に広がる水の大地が「海」と呼ばれるものであるという一般的な常識は覚えていた。思い出せないのは、自分に関する全てーー
ーー何故か追われるようになった。私は必死で逃げる。殺意を剥き出しにした視線が、四方から私を襲うようになった。曰く、私は世界の敵だからーー
出会う人々が全員、私の命を脅かす。私を滅ぼさんとひたすら追ってくる神軍、最初は助けてくれたけど私の正体を知った瞬間、人が変わったように私を敵視するようになった町の人たち。私を獲物だと判断して襲ってきた盗賊たち。
盗賊を除けば、皆見るからに善人であった。幸せそうに笑い、大切な人たちを必死で守ろうとしていた。
だから、世界の敵である私から、自分とその大切な人たちを守ろうとするのは当然だ、私はこの世界の敵なんだから…。
この扱いを受けるのは、当然のことなのにーー
なんでこんなに、辛く悲しい気持ちになるんだろう?ーー
なんでもっと、私をちゃんと知ってほしいと思うんだろう?ーー
なんで、独りになることをこんなにも恐ろしいと思うんだろう?ーー
この思いは傲慢だ。私は存在するだけで人を不幸にする。不幸にするのならば、早急に消えよう。消えなくちゃーー
でも……、恐い、こわい、コワイーー
なんでなにもしていないのに、私は皆の敵なの?
なんで私のこと知らないくせに、そんな目で見るの?
なんで私は、死ななくちゃいけないの? 生きて償うのはダメなの?
それじゃあ……、なんで私は生まれてきたの……?
私は、一体誰なの…?お願い、誰か…。教えてよーー
ーーいいえ、あなたは世界の敵などではありませんーー
「……え? 誰? 誰なの?」
ーーむしろ、世界の敵と呼ばれるべきは向こうのほうです。神を自称し、この世界の支配者を気取っている反逆者。そして、そんな存在に付き従う、愚かな生き物たち……。彼らの罪を早急に暴き、粛清しなければなりませんーー
「何? 何を言っているの? あなたは、私の正体を知っているの?」
ーーええ、私は誰よりもあなたのことを知っていますよ。あなたの隣にいるお友達よりずっとねーー
「それなら教えて! 私は誰? 私はどうして生まれてきたの!?」
ーー慌ててはいけません。ゆっくり、ゆっくりと思い出すのです…。あなたには使命があります……。この世界をあるべき姿に戻すための使命が……。
「使命? 使命って何? 神軍を倒すのが、私の使命なの?」
ーーそれだけではありません。あの邪神を愚かにも信仰する、生きとし生けるもの全てを、粛清しなくてはなりませんーー
「そんな……、そんなの、本当に世界の敵のすること……」
ーーあなたには分かるはずです。彼らは、欠陥品なのです。愛する者を守るなどと綺麗事を言って、罪無き誰かを生け贄に捧げる…。それがいけないことだと知りながら、やらざるを得ない。なぜなら、そうしないと生きていけない欠陥品だからーー
「欠陥品……」
ーーあなたも酷い目にあったでしょう?最初はあなたを助けたのに、あなたの正体を知った瞬間、手のひらを返しましたよね?あなたは何も悪いことをしていない。大切な人やモノを守るためなどと詭弁を使い、あなたを裏切ったのですーー
「でも、それは……! そうすることでしか守れないのだから……!」
ーーだから欠陥品なのです。このままでは、その欠陥品たちにこの世界がめちゃくちゃにされてしまいます…!彼らは、何かを犠牲にしなければ生きていけない。いずれ、世界そのものを生け贄に捧げる時がきます。そうなっては遅いのですーー
「でも、私を信じてくれた人もいるよ! カルミナのような……!」
ーー確かに今はあなたを信じているのかもしれません。しかしヒトである以上、彼女も何かを犠牲にしないと生きていけない存在です。今はあなたを好意的に思っているかもしれませんが、いざとなった時、どうなるか分かりませんよ?ーー
「そんな、カルミナに限ってそんなことは……!」
ーーあなた方は知りあって、まだ一ヶ月と少しです。そんな短い間で、どれくらいの絆が築けるのです?あなたと彼女の父親がピンチになったとき、果たして彼女はどちらを優先するでしょうか…?ーー
「そ、それは……」
ーーあなたを優先した場合、彼女の気持ちは真実でしょう。しかし自分の父親を優先した場合、彼女はあなたに嘘をついたことになるーー
「そもそも、そんな状況なんて、早々起こるものじゃ……」
ーーそれはどうでしょう。今この世界に生きている者はほとんど、あの忌々しい邪神を信じています。仮に彼女の父親が、あなたを匿っていたことが知れたら…。あなたも予想していたのでは?ーー
「そ、それは……仕方のないことだよ……。娘が親を思うのは当然だもの……その時は私も覚悟を決めるし……カルミナに罪は無い……」
ーーそれで済ますのですか?あなたは、それで良いのですか?理由がどうあれ、その場合彼女はあなたを裏切ったことになるのですよ?彼女があなたに言った言葉は、全て嘘になるのですよ?それでは今までと変わりませんーー
「わ、私は……、私は……」
ーーさあ、隣のお友達は忘れなさい。あなたには使命があります。彼女は、間違いなくあなたの使命を執行する上で障害となります。あなたなら世界を救える、いや救わねばなりません。今の間違った世界を正し、新たな世界を生み出すのですーー
「違う! そ、そんなの私の望んだことじゃない!」
ーー望もうが、望まなかろうが、あなたの使命は変わりません。辛いでしょうが、これも世界のためなのです。あなたも、心の奥底で望んでいるはずですよーー
「望んでなんかない!あなた一体何なの!?さっきから私のこと分かったふりして!本当は私のことなんか知らないんでしょ!?」
理屈にすらなっていない。この人は何を言っているんだろう?
しかし、それなのに、どうして納得している自分もいるんだろう?
ーー分かりますよ、分かっています。だって私はーー
次の瞬間、私の前に突然現れた存在はーー
ーー私は、あなたなのですからーー
優しく、微笑んだ。
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「……ヒッ!!?」
アリシアは、思わず身体を起き上がらせた。息を荒げ、目をパチパチさせる。全身には脂汗がべったりとくっついていた。慌てて、辺りを見回す。
「馬車の……中……?」
自分がいるのは、木製の馬車の中。隣には、スヤスヤと可愛らしい寝息をたてているカルミナがいる。時折、「アリシアァ…」とニヤニヤしながら呟いている。アリシアと違い、楽しい夢を見ているようだ。
「また……、こんな夢……」
最近、似たような夢を見ることが多くなった。誰かが自分に語りかけてくる夢。話は何の脈絡もないけれど、どこか現実味があった。
何より、何とも言えない不思議な説得力を感じてしまう。時間を待たず肯定を示してしまうかのように。
(……眠れないな……少し風に当たってこよう)
アリシアは憂鬱な気分を紛らわすために、隣のカルミナを起こさないようにそっと、馬車の外に出たのだった。
「キレイ……」
月明かりに照らされた夜の森。アリシアはこうして、夜の月を眺めるのが好きだった。全てが闇に染まる夜の世界においてただひとつ、全てに救いの手を差し伸べてくれるかのように白く光る。その無償の愛ともとれる美しい光が、アリシアには愛おしく思えるのだ。
(月には暗闇に染まったこの世界を優しく照らす役割を持っている……皆、何かしらの役割がある。私には、一体何があるのだろう?)
思い出すのは、先ほどの夢。アリシアはそれを認めまいと、首を横に必死に振った。
(違う……私には、世界を滅ぼす意思なんて……)
「……戻ろう」
アリシアが馬車に戻ろうとしたその時、
「……っ!!」
突如、アリシアの視界が覆われる。先ほどまではっきり見えた月すらも見えない。そして、口元もアリシアの声が出ないように塞がれる。
(だ、誰……っ!? まさか……!)
油断していた、もう忘れてしまっていたとは。
そう、ここは外の世界。ドーン村とは違う。外の世界には、アリシアの命を狙う者たちがたくさん蔓延っているのだ。
アリシアの腹に、痛烈な一撃が響く。
(カ、カルミナ……ごめんなさい……)
最後にカルミナの笑顔を思い浮かべたあと、アリシアはそのまま意識を失った。




