愛憎①
【アレイシア】
自分がいつこうして意識を持ち、肉体を持つようになったかは覚えていない。気付いたときにはこの姿になっていた。下々の民みたいに、親などという者はもちろんわからないし、そもそもこの世界は最初、私独りだけだった。
自分は何者なのか? なぜ生まれてきたのか? ここは――――一体どこなのか?
答えなど当然返ってくるはずも無く、あの時の私はただひたすらに呆然と白い水平線を眺めていた。
しばらく経ったある日、ふと脳裏によぎった。
――――自分以外に、同じような存在がいるのだろうか? と――――
気になった途端、行動せずにはいられなかった。私は世界の各地を巡り、探し回った。しかし、どれだけ世界の果てに赴こうと、そういった存在どころか、形あるものすらありはしない。ただひたすらに、真っ白な空間しかなかった。
何というつまらない世界――――ここで、私は何をすればいいのだ? そもそも、私にすべきことなどあるのか? しかし、無いのならば……、私はなぜ生まれてきたのだろう?
私は、再び自問自答を繰り返し、暇をつぶした――――
さらに時が経った。そもそも、時が経ったという感覚すらない。目の前の世界が、全く変わり映えしないのだから――――
そんな世界に、歪みがあったことに気付いたのはそんな時だった。たまたま、そう、本当に偶然だった。ブラブラと何の気なしに彷徨っていた時、空間が微かに波紋状に揺れ動いている場所を発見した。知らなかった、意外と近くにあった。
「何でしょうこれ……?」
触れると死ぬやつだろうか。痛いのかな……? でも、こんな退屈な世界でようやく見つけた変化――――何かが、あるのかも。この現状を打破してくれる何かが。
私は意を決し、その歪みに触れる。すると、私の身体は突然粒子状の姿になってその歪みに吸い込まれるのだった――――
気がつくと、私の眼前に広がっていたのは、先ほどまでの真っ白な世界とは真逆のものだった。
「何……これ……」
そこは、見渡す限りの緑の世界だった。上を見上げれば、水色の空間に白い煙のような物体がプカプカ浮かんでいる。そして、至る所で音が聞こえるが、そこに不快さはなく、むしろ心が癒やされる。
それまで色の無い、退屈な世界を見続けてきた私にとって、そこは天国のような美しい世界であった。空虚で乾いた私に一粒の雫が落ち、それが私を一瞬で満たしていった。
あまりの美しさに私が呆然としていると――――
「○×△□……」
「え?」
ふと、下の方から声が聞こえた。驚きながら振り向く。そこにいたのは――――
自分と違い、二本の足で突っ立っている頭部だけ毛並みの生えている存在。何やらお互いに話し合っているようだが、意味がよくわからない。しかし、身体を布で隠したり、武器なのか先が鋭く尖った棒切れを持っているあたり、多少の知恵はありそうだ。彼らは改めて私の方を向くと、棒切れをおいてひれ伏してしまった。
「え、ええ……」
結局何がしたいのかわからない。何だ? 彼らは私をどうしようとしているのだ? 棒切れを置いたあたり敵対するわけじゃないみたいだけど……
コミュニケーションが取れない以上、こちらも身動きが取れない。黙ったままなのも良くないと思い、私は声をかけてみることにした。すると、私の声を聞いた瞬間、彼らはさらに頭を下げて何やら唱え出した。やがて、同種なのか同じような二足歩行の生き物が続々とわいてきて、私の足元に集まってくる。そして、皆同じようにひれ伏す。その行動の意味がわからず、さらに困惑する私。
結局、彼らはその場で賑やかにパーティーを始めてしまった。そして、私の前にも、彼らが食べているものより一段と豪華な物が置かれた。
――――もしかして、くれるの?
見る限り悪意は無さそうだし、私はそれを口に入れてみることにした。小っちゃいため、一口で全部入ってしまう。しかし、何やら濃厚な満足感が私を包んだ。思わず、私は笑顔になる。すると、私のその姿を見た彼らはさらに騒ぎ出した。皆、楽しそうにグルグル回ったり、互いに手をつないだり、歌を歌っている者もいた。
そして、パーティーが終わると、皆は再び私に対してひれ伏した。それを見た私に、とある推測が浮かび上がる。
これ、もしかして……
私のこと、何かすごいものだとかなにか思ってる? 神様とか……
試しに、さっき彼らが私に出してくれたものと同じものを、何も無いところから創って見せた。瞬間、彼らは一斉に天にで届きそうな雄叫びを上げる。唐突な様変わりに私が一瞬警戒したのもつかの間、彼らは再びひれ伏した。何なの一体?
やっぱり、私のこと、神様か何かだと思ってるんだ……そんなんじゃないのに――――
これが私と、後にヒト族と呼ばれる生物の始まりの出会いだった。
~~~~~~
それから、私はこの世界で暮らすようになった。彼らは毎日私に食事を運んでくれて、そのお礼に私は自分の力を余すこと無く発揮し、知っている知識を与え続けた。最初は全くできなかったコミュニケーションも、彼らの音とパターンを考えて解読できた。
やっぱり、彼らは私のことを世界を創造した神様か何かかと思っており、私が怪我していると思っていたらしい。実際はそんなことないのだが、私を気遣う心に胸打たれるのだった。私はますます嬉しくなり、彼らの生活がさらに良くなるように力を貸し、自分たちで何とかできるように知恵も授けた。結果、彼らヒト族はさらに繁栄していくことになる。
しかし、このときはまだ知らなかった。私のヒト族に対するこの行動が、私を追い詰める結果になってしまうとは――――




