神との対決
カルミナたちが視界を開けた瞬間、そこに広がっていたのは辺り一面眩しいくらいに真っ白な世界だった。建物はおろか、草木一本も存在せず、物寂しさを通り越して空虚さを感じさせる世界だ。
そんな世界に降り立ったのが、カルミナ、リンベル、オルトス、カグヤ、ハルカ、そしてアレイシア神の六人。いまだアリシアの姿をしているアレイシア神は、五人に対し邪悪な笑みを向ける。
「さて、役者は揃いました……フフフ」
「アリシア……」
カルミナは切ない声でアレイシア神の前の人格の名を呼ぶ。その声を聞き、アレイシア神はほくそ笑む。
「どれだけ呼ぼうと無駄ですよ。すでにあの子の意識はありません。私が滅しましたからね」
「あなたがなんと言おうと諦めない。アリシアは必ず取り戻してみせる!」
「愚かな……すでに亡き者にいまだ望みを見るとは……」
そう言った瞬間、アレイシア神の身体から途轍もないオーラのようなものが発せられる。白い大地がビリビリと揺れ、それがカルミナたちの身体に伝わってくる。五人は思わずゴクリと息を呑み、額から冷や汗が流れた。
「ふむ……いまだ本体の構築までにはいささか時間がかかるようですね、仕方ない。しばらくはこの身体で我慢しましょうか……なあに、あなた方のハンデには丁度良いですからね」
そうして、蛇のような鋭い瞳で五人を睨み付けながら、アレイシア神はゆっくりと歩き出した。敵が徐々に迫ってきているというのに、五人は蛙のように動けない。身体の指揮系統が目の前の大いなる存在に奪われてしまったかのような――――
そして、アレイシア神は突如、姿を消した。
「――――!? どこに……?」
「遅すぎる」
次の瞬間、五人は散り散りに吹き飛ばされてしまった。そして、彼女たちがいたところには、アレイシア神が余裕そうに仁王立ちしていた。気楽にも口笛を吹きながら――――
「ぐっ……」
倒れ伏している五人を見て、アレイシア神はつまらなそうにため息をついた。
「他の四人はともかく……リンベル、あなたも弱くなりましたね? いつの間にか片腕まで失ってますし」
「さぁて……年、でしょうかね」
「老いですか、まこと下々の者たちは不便ですねぇ……精神だけでなく、肉体まで不完全とは……やはり早々に滅ぼさなければなりませんね」
そして、リンベルにトドメを刺そうとアレイシア神が動こうとするが――――
不思議なことに、今度はアレイシア神の身体がピクリとも動かない。アレイシア神は慌てること無く、冷静に原因を探るために辺りを見渡す。すると――――
「ほう、あなたですか。やりますね」
アレイシア神の見つめる先――――白亜の瞳を赤く輝かせながら、カグヤが何やら呪文のようなものを唱えている。アレイシア神が硬直しているのは、十中八九彼女の仕業だ。
「皆さん! 今です!!」
カグヤの合図と同時に、カルミナたち四人が一斉にアレイシア神に攻撃を仕掛ける。アレイシア神はカグヤの束縛が解けないのか、全く動かない。そして、四人の渾身の一撃が、アレイシア神に直撃した。しかし――――
「なっ――――!?」
アレイシア神は四人の攻撃全てを受けてもなお、平然と微笑を浮かべていた。ハルカの剣も突き刺さっているにもかかわらず、そこから血の一滴も出ていない。手応えはあったはずなのに、煙を殴ったような違和感。いずれにせよ、四人の攻撃は全て命中したのに、アレイシア神には全く効いていないのだ。
困惑する四人を見て、アレイシア神は高らかに笑う。
「はっはっは! なるほど、あなた方の実力はこの程度でしたか! まさか私の魂に傷をつけることすら出来ないとは! 正直ガッカリですよ」
そう言い終わると、アレイシア神の身体が発光し、全身に稲妻が発生した。その稲妻が、身体に触れている四人に伝播してしまう。
「ぐああああ!!!」
四人は身を焼かれるような痛みに襲われ、その場で悶え苦しみ始める。その姿を見て、アレイシア神はさらに愉快そうな笑みを浮かべた。
「はははは!! 苦しみなさい! そして後悔しなさい! 矮小な身でこの私に挑んだ愚行をね!」
「皆様……!」
カグヤが慌てて四人を援護するために、再び力を行使しようとした途端――――
「おっと、同じ手は通用しませんよ」
いつの間にか、カグヤの目前にアレイシア神が迫っていた。驚く暇も無く、カグヤの身体に痛烈な衝撃が走る。
「か……は……」
カグヤの柔らかな腹に、アレイシア神の拳がめり込んでいた。カグヤは口から思い切り血を吐きながら、その場にうずくまる。ゲホッゲホッと激しく咳き込むカグヤに、アレイシア神はさらに追い打ちをかける。
「あなたのその力、私のものですね? つまりあなたは――――カムイの末裔ですか」
「あ……ぐっ」
「神であるこの私が尋ねているのですがねえ? しっかりと返答するのが礼儀でしょうに……これは、神罰ですねぇ」
アレイシア神はそう言うと、カグヤの腹に蹴りを入れた。可能な限り手加減をしたため、カグヤは吹き飛ぶことも無く、身体が粉々になることもなかった。それでも、意識を失ってしまいそうな痛みがカグヤを襲う。
「が……あ……」
「姫様に……手を、出すなあ!!」
稲妻に焼かれていたハルカが、なんとか力を振り絞ってアレイシア神に切迫するが、それもあっさり避けられてしまい、逆にハルカの脇腹にアレイシア神のカウンター蹴りが炸裂した。
「がふ……」
「遅い遅い。止まって見えますよ、ははは」
ハルカはそのまま、カグヤの隣にドサリと倒れ込んだ。
「ハル……カ……」
カグヤが心配そうにハルカを見つめるなか、アレイシア神はハルカを無視して再びカグヤの元に近づいてきた。
「ヒトの心配をしている場合ではありませんよ。まずは……あなたから、私に牙を向いた罰を与えましょう。覚悟してくださいね?」
そう言って、アレイシア神は楽しそうに舌なめずりをするのだった。




