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【完結済】愛し愛される世界へ ~一目惚れした彼女が、この世界の敵でした~  作者: 冬木アルマ
第一章

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ハロルドとアリシア

「サマルカンって所にはどれくらいで着くの?」


 馬車からの景色を眺めながら、アリシアはカルミナに尋ねた。色々な所を逃げまわったアリシアだったが、この辺りは初めて訪れたため、サマルカンのことはよく知らなかったのだ。


「うーんとね、たしか十日ちょいだったかな……? それくらいだよね!? ハロルドおじさん!」


 カルミナが馬車の窓から身を少し乗り出して、運転席にいるハロルドに呼びかける。ハロルドはこちらを向くことなく、


「……ああ、そんくらいだ」


 と軽く答えた。


「ありがと! だってさ」

 

「そうなんだ……近いっていっても結構かかるのね……」

 

「アリシアはこの辺り初めてなんだ?」

 

「うん、私はこっちとは逆方向からドーン村に来たから……多分だけど……」

 

「サマルカンとは逆方向というと……南西の半島の方から来たのかな?」


 そう言いながら、カルミナはヘンリーがくれた地図を広げた。そこには、ヘンリーが手書きで今回の旅の目的地であるヒノワ村や、そこに至るまでのルートが示されていた。

 

「サマルカンはドーン村からこうやって東に向かうから……その逆は西で……そのまま行っちゃうと海だから、南に行くと……」


 カルミナが指した場所は、ドーン村から南西部の半島であった。


「ここから来たことになるね、港湾都市シェリナ」

 

「確かに……最初は海が見えてたかも……」

 

「シェリナかあ……たしか港町の風景がすごくキレイらしいね。行ったことないからよくわかんないけど」

 

「私もあの時はそんな余裕なかったから、よく分かんない」

 

「まあ、そりゃあそうだよねえ……景色なんて楽しむ余裕はないよね……」

 

「…………」


 アリシアは黙り込む。あの時の記憶が、フラッシュバックする。そうだ、私はあそこで――――


「…………!」


 アリシアが何かを思い出そうとしたその時、突如頭の上に何かが乗っかった。それは優しく、アリシアの頭を撫でる。


「大丈夫、アリシア? ごめんね、嫌なこと思い出させた?」


 気が付くと、隣に座っていたカルミナが不安そうにこちらを見つめていた。赤い瞳が、少し潤んでいる。

 慌ててアリシアは首を横に振って――――


「だ、大丈夫……! 別にそこまで気にしてないから……!」

 

「そ、そう? 顔色悪そうだったから……」

 

「カルミナは心配し過ぎ。正直鬱陶しい」

 

「うっと……!うう………私はアリシアが心配なだけで……」

 

 カルミナはいつものようにズズン、と落ち込んでしまう。そんなカルミナの姿を見て、アリシアもさすがに気をまずくしたのか――――

 今度はアリシアがカルミナの頭を撫でた。カルミナはビクッと驚いて、アリシアの方を見た。アリシアは照れくさそうにカルミナの頭を撫でる。


「し、心配してくれたのは、嬉しいから……あ、ありがと……」

 

「あ、アリシアあああ……」


 愛しの人に頭を撫でられ、カルミナは悶えるように身体をクネクネ動かし始めた。


「うへへ、うへへ。アリシアに撫でられたアリシアに撫でられた! ふっふっふ、カルミナ、アリシア籠絡作戦は順調よ……! このままいけばゴールインできる日もそう遠くはないわ……!」

 

「聞こえてんぞ。あと、籠絡されてないしこれからもするつもりないからね。ゴールインはお前だけしてろ」

 

「ふふふ~アリシア~そんな風に言っても~実はもうすでに私の虜になっているんじゃぐほおおお!?」

 

「少しでもあなたに優しくした私がバカだった」


 アリシアは暴走するカルミナの腹に、思い切りの一撃を食らわした。カルミナはそのまま腹を抱え、苦しそうにうずくまってしまう。


「ううう……また失敗した……まだ早かった……」

 

「早いも遅いもない。友達にはなることを許したけど、ケッコンは未来永劫絶対にないし、許さないから。あなたの妄想の世界」

 

「ああ、アリシアがまた冷たく……ヨヨヨ……」


 カルミナはそのままガチ泣きしてしまった。情けをかけるとカルミナはつけあがるため、アリシアはそのままカルミナを放置することにした。相変わらずの変態ぶりに、フゥ、とため息をつく。でも――――


「…………ふふっ」


 それでも、誰かがこうしてそばにいてくれるのは悪くはない。

 いまだにこの人を巻き込んでしまったことに申し訳なさでいっぱいだけれど、カルミナの優しさにあの時自分は救われた。これからも、恐らく身を挺して自分を助けてくれるのだろう。

 だからこそ、自分の記憶を必ず取り戻して、何としてもこの人に受けた恩を返す。

 これはそのための、旅でもあるんだーー

 アリシアは改めてその決意を胸に秘めながら、馬車からの景色を眺めるのであった。




 ――――本当に、そうでしょうか?――――


「――――っ!??」


 何かが、自分の中から聞こえてきた気がした。

 ひどく恐ろしい声。冷たく、憎しみのこもった声。

 アリシアはあわてて胸を押さえるが、何も感じない。


「…………?」


 さっきの妙にはっきり聞こえた声に疑問を感じたものの、アリシアはそれ以上気にすることはなかった。

 

 ~~~~~~~~~~


「おーし、少し休憩だ! 馬を休ませる」


 サマルカンへ向かう道の途中、少し開けた場所でハロルドは馬の休憩のために進行を止めた。二人はそれに了承し、一旦馬車の外に出ることにした。カルミナはうーん、と背伸びをしたあと、


「じゃあ、鍛練がてら見回り行ってくるよ!」

 

「おう、すまねえな」

 

「いいっていいって! これが私の役目だからさ! 少ししたら戻ってくる!」


 そう言って、カルミナは近くの木に軽々と登って、そのまま別の木に飛び移りながら行ってしまった。

 アリシアは何も言わず、少し心配そうな視線を向けていた。ハロルドはそんなアリシアの肩をポンと叩く。


「あいつのことなら心配いらねえ。ああ見えて、村で一番強かったからな。ここらへんであいつに敵うやつなんざいねえよ。山の生き物含めてな」

 

「……それほどの強さだったんですか? 確かに、私もあの人に助けられましたから、強いのは知ってますけど……」

 

「あいつの母ちゃんがこれまた強くてな、そいつからカルミナ嬢はいろいろ武術を教わっててよ。すげえことに教えられたこと、ほとんど吸収して修得しちまってな。あいつの母ちゃん、ヨーコって名前なんだけどよ、よく俺に自慢してたよ。うちの娘は神童だ、ってな」

 

「そうなんですね……」


 アリシアはギュッと、手を握りしめながらもう姿の見えなくなったカルミナが向かった方向を見つめる。ハロルドはそんなアリシアを横目に見ながら、


「さて、こうして二人きりになったことだし、俺もお前さんのことよく知らねえからよ、カルミナ嬢が戻るまで俺の暇潰し相手になってくれねえかい?」

 

「え? そ、それは構いませんが……」


 アリシアはハロルドの突然の提案に、少し驚きながらも同意した。

 ハロルドはその言葉を聞いてニカッと笑いながら――――


「そんじゃまあ、暗い話は無しにしよう。それはお前さんを追い詰めかねないからな。好きなモンとかねえのかい? やっぱカルミナ嬢かい?」

 

「えっ? カルミナは……自分でもよく分かりません。いつも助けてくれることに感謝してるけど、好きかと言われると……まだそうとは決めれないというか……。変態なことしてくるし……」

 

「お、おう……そうか……カルミナ嬢何やってんだ……」

 

「でもそばにいてくれて嬉しいとは思ってます。それは本当です。ただ……やっぱり」

 

「巻き込んでしまったのが申し訳ない、か」

 

「……っ! は、はい……」


 アリシアは俯きながら、弱々しく返事をした。

 アリシアには、カルミナが強引についてきたとはいえ、やはり命の危険を晒してしまうことに後ろめたいものがあるのだ。


「これは私の問題であって、カルミナには何の関係もないから……カルミナはそれでもいいって言ってくれたけど……それで納得は出来てなくて……」

 

「なるほどなあ……」


 ハロルドは顎髭を触りながら、うーん……と唸った。しばしの沈黙の後、


「で、お前さんは結局どうしたいんだ? 今ならまだ間に合う。カルミナに帰ってもらうこともできるんだぜ?」

 

「そ、それは……! その……」

 

「なぜためらう? もしお前さんが心の底から申し訳ないと思ってんなら、ためらう必要はないはずだ、違うかい?」

 

「は、はい……その通りです……」

 

「じゃあ何で帰れって強く言わないんだ?」


 ハロルドは目をスッと細め、アリシアを見た。アリシアという人物を確かめるかのように。アリシアは小さな身体をビクビク震わせながら、


「わ、分かりません……分かりません……! カルミナを巻き込みたくない気持ちも本当なのに、でも独りになりたくないという思いもあって……! そんな思いを持つ自分がいることも嫌で……! でも……!」


 アリシアはたどたどしい言葉を何とかして繋ぐ。ゆっくりと、精一杯の力で――――


「やっぱり……あの人と別れたくない……だと思います……! 私、やっぱり罪深いのでしょうか……」

 

「いいや、これっぽっちも。俺も二人はお似合いだと思ってるからな」

 

「えっ……!?」


 ハロルドは平然とそんなことをアリシアに言う。まるで、アリシアの答えが予想通りだと言わんばかりに。


「申し訳ない気持ちも分かる。自分(テメエ)の問題を一人で片付けられねえから、危ないかもしれないけど一緒に来て、なんてそれで申し訳なさを感じないほうが頭おかしい」

 

「……ハロルドさん」

 

「申し訳ないし、迷惑をたくさんかけるかもしれない。それでも一緒にいたいのならば、別にわざわざ突き放す必要はねえ。カルミナ嬢は嫌々ってわけじゃないんだろ?」

 

「は、はい……むしろ自分から行くって……でも、あの人は優しいから……ヘンリーさんも」

 

「まあそうだな。俺も付き合い長いからよく知ってるが、あの親子は類を見ないほどのバカだ。人を疑うことを知らねえし、困っている奴らがいたら必ず助ける。おかげでヘンリーにどれだけ振り回されたことか……」


 ハロルドはそう言って、顎に手をやりながらため息をつく。だが、嫌そうな雰囲気は感じられなかった。


「だが、それをとっても今回は中々だな。俺も驚いた」

 

「え? 中々というのは……?」

 

「二人のお前さんに対する思いだよ。人助けするのが生き甲斐みたいな連中だが、今回は中々に度が過ぎる。まあ、ヘンリーの野郎はカルミナ嬢第一だから、カルミナ嬢の思いを汲みとっているんだと思うんだが……」


 ハロルドは言葉を続ける。


「まあカルミナ嬢だな。あいつも人当たりがよくて誰にでも好意的に接する奴だが……それを抜きにしてもお前さんに対する思いは抜きん出てる。まさか一緒に旅するなんてな。よほど、お前さんのことが好きなんだろうなあ」

 

「………私は、そこまでの人間じゃないのに……」


 アリシアは辛そうに顔をしかめた。カルミナにそこまで思われていることが、嬉しい反面、自分が彼女を縛り付けているのではないか。その思いに駆られてしまうのだ。

 ハロルドはそんなアリシアの思いを察したのか、アリシアの顔を見ることなく素っ気ない声で、


「思うにな、アリシア嬢。お前さんはもう少し自信を持つべきだ」

 

「自信……?」

 

「まあ今までが今までだったからすぐには無理だろうけどな。少しずつ意識改革していったほうがいい。でなきゃカルミナ嬢も報われねえよ」

 

「……! それはどういう……?」

 

「いいか、カルミナ嬢はお前さんと出会ってどんくらい経った?」

 

「だいたい一ヶ月です……」

 

「そう、わずか一ヶ月だ。この短期間で、カルミナ嬢は命を懸けてでもお前さんのことを守りたいと思うようになった。つまりだな……」


 ハロルドはアリシアのほうに顔を向ける。


「それだけ、お前さんには()()があるってことだ。少なくとも、お前さんはカルミナ嬢の心を動かしたんだよ」

 

「……っ!」


 アリシアは頭を雷に打たれたような衝撃を受ける。今まで自分を追い落とすことばかり考えていたから、そんな風に考えたことなど一度もなかった。


「だからよ、アリシア嬢。お前さんには人の心を動かせる、幸せにする力がある。もっと自信を持ちな。あとはもう少しカルミナ嬢のこと信じてやれ」

 

「は、ハロルド、さん…」

 

「ただ甘えてるだけじゃダメだからな。それじゃあ、カルミナ嬢は本当の意味で幸せにならないし、お前さんも嫌だろう?」

 

「はい……! 私、いつか必ず受けた恩を返します」

 

「分かってるじゃねえか、それで充分だ」


 ハロルドは、アリシアの頭にポンと手を置いた。ヘンリーとは違い、荒っぽいが力強さを感じた。背中を押されている感覚に近い。


「へへっ、そんじゃまあ、あとは頑張りな。俺はあいつらみたいに力がないから直接の手助けは出来ないけどな」

 

「充分です、ハロルドさん。本当にありがとうございます」


 アリシアがハロルドにお礼をしたときだ。


「あ~っ!! なんか二人仲良くなってる!! 何の話してたの~?」


 いつの間にか、カルミナが偵察を終えて戻ってきていた。額から少し汗が出ており、呼吸も少々荒くなっている。


「な~に、ちょっと二人だけの話を、な? アリシア嬢」

 

「うん……。カルミナには、内緒」

 

「ええええ!! 何それ何それ!! 余計気になるじゃん! ね~え、アリシア? 何の話してたの? 教えてよ~、私とアリシアの仲じゃ~ん」

 

「いつからそんな仲になったっけ?」

 

「ゲゲッ、アリシア!? 相変わらず恐ろしい子……」

 

「ふふふっ」

 

「何がおかしいのよ~、もおおお!! うわあああん、ハロルドおじさんがアリシアを奪ったあああ!!」

 

「なんて言い草しやがるてめえ!?」


 カルミナとハロルドはそのまま言い争いに発展してしまう。しかし、二人の間に、黒いものは感じない。

 アリシアは、改めて優しい人に出会えたことに感謝をした。


 しかし一方で――――



 やはり自分の中に、黒いモヤのようなものが大きくなっていくのも感じるのであった。

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