運命の出会い
一つの大陸と一つの島、そして海から成立する名も無き世界。ここには、人間族をはじめ、多種多様なヒトの形をした種族が暮らしている。
大陸北部の山岳地帯。まるで世界の行き止まりを示すかのように高くそびえる山々。あまりにも高いため、平地からはその頂きを見ることも叶わない。
そんな山脈の麓にあるのどかな村、ドーン村。山から流れる美しい川の水を使ってできる農作物は村の名物であり、ブランド品だ。村人は、日々農作物を耕したり、狩りや山菜採りに勤しみながら平和な時を謳歌していた。
「うーん……! 今日も平和で何より!」
村の近くの山脈寄りの森林地帯。そこに今、一人の少女が山菜を採りに来ていた。肩まで伸びた黄金の髪に、真っ赤に燃える真紅の瞳。凛とした佇まいからは、どこかの王女様を思わせるような気品に満ちた雰囲気を醸し出している。しかし、実際はドーン村に住む一村娘である。
少女の名はカルミナ。ドーン村どころかこの辺りのいくつかある村のなかでは一番だと言われているほどの美少女だ。当然ドーン村での人気は凄まじく、村のアイドルとして祭り上げられている。
「おっ! あったあった、コチの草。お父さん、これ好きだからな~、持って帰ったら喜ぶぞ~♪」
カルミナは目当ての山菜を見つけて上機嫌になる。そして、山菜に感謝の思いを伝えるために手を合わせた。幼い頃に、両親から教わった祈り――――
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『いい、カルミナ? 食べることは命を奪うことなの。私達がどれだけ綺麗事を並べたって、生きていく以上殺生は避けられない。だから、せめて感謝は伝えなさい。それが私たちにできる唯一の善行よ……』
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「……うん、分かっているよ。お母さん」
感謝を伝え終わった後は山菜を必要な分だけ採り、それらを背負っていたかごに入れていく。そして、暗くなる前に早く帰ろうとしたその時。
「――――あれは?」
遠くの方に、素早く動く黒い影が目に入った。木漏れ日のせいではっきりとは見えないため、目を凝らして注視してみると、
「……ヒトだ! しかも一人は……追われてる……!?」
四人の人影のうち、一人は背が最も小さく、しかも残りの三人に追われているようだ。追いかけている三人から、「……待て!」だの「……逃がすか!」などといった、いかにも悪役が吐きそうなセリフが微かに聞こえた。
(もしかしたら、最近この辺で見掛けるという盗賊かも……助けにいかないと!!)
気付いた時には、カルミナは人影の方に向かって走り出していた。
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「はっ、はっ、はっ……!」
「待て!! 忌まわしき世界の敵め!」
ドーン村近辺の森林地帯。その中で三人の男たちは、とある少女を追いかけていた。白いローブを顔がはっきりと見えないように深くかぶり、ローブから覗く瞳には、目一杯の殺意がこもっている。
一方、追われている少女は、時折後ろを確認しながら捕まるまいと必死に逃げていた。しかし、なぜ自分が追われているのかは分からない。
(誰かを殺したわけでも、盗みを働いたわけでもないのに……恐い、恐い、恐い……! 誰か、誰か……!)
自分を目の敵として追いかけてくる男たちに、恐怖の感情を抱きながら少女は必死に逃げる。しかし――――
「……あっ!!」
体力に限界がきたのか、足がもつれて盛大に転んでしまう。もう、逃げることは叶わない。ジワジワと広がっていく痛みに、少女は顔をしかめた。
「ふん……! 悪運尽きたな、神敵め! 安心しろ……苦しまぬよう一撃で滅してくれるわ……」
白ローブの男の一人が、真っ直ぐ綺麗に伸びたロングソードを抜いた。そして、両手でしっかり握りしめて振りかざす。
「……どうして」
「あん?」
「ど、どうして……、私を殺そうとするの……? 私、何も悪いこと、してない……」
少女は震えた声で、おそるおそる男に尋ねた。すると男は高らかに笑いだした。少女はビクッと身体を震わせる。
「あっはっはっは!! 自分が何者か分からぬというのか!! まあいい……貴様が分かろうと分かっていなかろうと我らの態度は変わらん。どんな手段を使っても、貴様を殺す。そうすることで、世界は救われるのだ!」
――――世界が救われる? 何の話をしているの?――――
当然、少女には世界を滅ぼそうとする意思などなかった。そもそも、自分にそんな力があるはずがない。
「ご、誤解です……! 私、世界を滅ぼすつもりなんかこれっぽっちも……!」
「黙れ!! 貴様を殺すと命じたのは、他ならぬ我らが主――――この世界を統べる人間神様なのだ! あのお方に間違いなどない!! これ以上の問答は不要!! 覚悟せよ!!!」
どうにもならなかった。どうやら、自分の人生はこんなところで終わるらしい。自分が何者なのかもわからぬまま――――
人々に災いをもたらす邪悪――――世界の敵だと誤解されたまま!
(い、嫌だ……こんなところで死にたくない……)
「誰か、誰か……助けて……!!」
少女は目をギュッと瞑って祈った。この祈りが誰かに届くことはないだろう。だけど、だけどそれでも……!
男が、持っている剣に力を込めたその時――――
「ちょっと待ったああああああああ!!!!」
木々の中から突然、誰かが甲高い叫び声を上げながら飛び出してきた。そして、少女を庇うように手を広げ、彼女の前に立つ。
突然の事態に、男たちは戸惑いを覚えた。無論、それは少女も同じだ。互いに目を丸くして、飛び出してきた少女を見る。
「な、何者だ貴様は!? 邪魔をするな!!」
「三人で寄ってたかって女の子を追い回すなんて! さては貴方たち、もしかしなくても件の盗賊ね!! この辺りを荒らしている三人組の男たち……、間違いないわ!!」
ビシッと男たちを指差して胸を張る金髪赤眼の少女カルミナは、声高らかにそう告げた。男たちは一瞬ポカンとしたすぐ後に、
「何を言うのだ貴様は! 我らをあんな下賤な輩と見間違えるとは!! 我らはかの人間神に仕えし存在、即ち神軍であるぞ!! さあ、それが分かったのならばさっさとそこをどきたまえ! 我らはその娘を滅ぼさねばならんのだ!」
そう言って残った男たちも剣を抜き、カルミナにジリジリと近付く。
「うわあ……そのセリフ、盗賊が身分を偽るときに使う手口まんまなんですけど。よりにもよって神様の使いに扮するなんて……でも残念だったわね……! 私には通じないわよ!! 大体、こんな所にあなたたちみたいな物騒な神官様がいるわけないじゃない!」
「なっ……! なんだと……?」
カルミナは自信ありげにそう言うと、両腕を前に突き出して戦闘の構えを見せた。男たちはプルプルと震え、あからさまな苛立ちを見せた。
「さあ、かかってきなさい悪党ども! まとめてぶん殴ってやるわ!」
「ぐぬぬ……どうしても邪魔をするならば致し方ない……貴様にも神罰を下してやろう! 行くぞお前たち!!」
「「はっ!!!」」
先に剣を抜いていた先頭の男が合図を出し、一斉にカルミナに斬りかかった。カルミナはその場を動かない。
「あ、危ない!! 逃げて!!!」
少女は悲痛な声をあげる。
「ふん! もらった!!」
三人の男たちの剣が、カルミナを捉えた……はずだった。
「……え?」
「な……なぜ、だ……」
少女は目を逸らすことなく全て見ていたはずだった。
しかし、目の前の事態にどうやってなったのか、全く理解できなかった。
本来、倒れているのは目の前の女の子のはずなのに…。
実際に倒れていたのは、自分を追っていた三人の男たちだった。身体を痙攣させ、うめき声をあげていることから、死んではいないようだ。
カルミナは背筋を伸ばし、眼を瞑り深呼吸をしている。そして――――
「悪は去った!!!」
勝利のガッツポーズをしていた。
~~~~~~
「た、助けてくれてありがとう……」
「良いってことよ! それより、どこか怪我とかない?」
「う、うん……それは、大丈夫……痛っ!」
「全然大丈夫じゃないよ足が腫れちゃってるじゃん! てかよく見なくてもあなたボロボロじゃない!!」
男たちを近くの木に縛りつけ(ちょうど手頃な縄をカルミナが持っていた)、カルミナは改めて女の子の状態を確認していた。先ほど思い切り転んだ際に、足が捻挫してしまったようだ。それでなくても、所々白く綺麗な肌に、擦り傷や切り傷、痣までできている。どれも最近できたものでは無さそうだった。
「あなた、名前は?」
「……アリシア。先に言っておくと、それ以外何も分からない…」
「え? それって記憶喪失?」
「うん……物心ついた時から……」
「物心ついた時からって……記憶を失ってどのくらいになるの?」
「多分……十年くらい」
「じゅっ……!?」
信じられないような言葉が返ってきた。つまり十年間もこの子は、右も左も分からぬまま生きてきたというのか。
「よく無事だったね今まで!」
「それは……自分でも不思議に思ってる……しかも、さっきの男たちみたいな人が、毎日私の命を狙って襲ってくるし……」
そう言った少女、アリシアは無表情であるが、疲れ切ったようにげっそりと死んだ魚ような目をしながら俯いた。
しかしながらカルミナは、先ほどからこの少女が不思議と気になってしょうがないのだ。何故かというと――――
(綺麗……)
ボロボロになっていても、虚ろな表情であっても、アリシアは「綺麗」を体現したような少女であった。清らかで澄みきった空色の髪に、同じ色をした宝石のように輝く瞳。所々怪我をしているが、それを差し引いても透き通るように美しい白い肌。
まるで、絵画の世界から飛び出してきたような少女に、カルミナの心は鷲掴みにされてしまったのだ。
(え、何これ? この子を見てると、すごいドキドキしてくる…。何だろうこの気持ち……ま、まさか……? いやいやそれはないない! だって相手は女の子だよ?)
必死で邪念を振り払おうと首をブンブンと横に振るカルミナ。
そんなカルミナを心配するかのように、アリシアはカルミナにおそるおそる尋ねた。
「だ、大丈夫、ですか……?」
「………」
上目遣いでカルミナの顔を見つめるアリシア。
その姿を見て、カルミナの理性は――――
「ぶはあああああああああああ!!!!」
「!!??!?」
鼻血とともに彼方へ飛んでいった。
アリシアはビクッと再び身体を震わせる。今度は語気を強めにして――――
「だ、大丈夫ですか?」と尋ねた。
「ねえ、アリシアちゃん……初めてあったばかりでなんだけど、お願いがあるの……」
「な、何でしょう……?」
――――これは、運命の出会い――――
「私とね……」
「は、はい……」
――――今思えば、この出会いは必然だったのかもしれない――――
カルミナはアリシアの肩を掴んで、こう叫んだ。
「私と結婚してください!!!!」
「………………はい?」
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