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閑話 魔石の献呈

その日も、ガトーツ王国の第一王子クリュス・エワット・ガトーツは朝から忙しかった。降誕祭を挟んでの長い休暇が終わり、学院に戻る日が迫っているのだ。


王城にいる期間は父王の執務の見学や将来に向けた実践的な学習、家族との茶会や貴族達との夜会などの社交に励んできた。明後日学院に戻ったら、今度は二年度生ながら学生会の長として学園生活を束ね、同年代の中から登用する人物を見極めて行かねばならない。

クリュスは昨年も学生会の会長職にあったが、初年度生だったため、最上級年度生に在籍していた宰相の令嬢が補佐してくれた。今年はその、実質会長職を務めてくれた彼女がいない。


その他の学生会執行員のメンバーには幸い卒業生がおらず、彼のための人員がまるまる残されている。しかし、だからといって安心はできない。一年間彼女の仕事を間近で見てきたのだ。失敗せずにこなして当然。

さらに、彼女の働きを見てきた執行員達は自分と彼女を比べるだろう。負ける気はしないが、それなりの緊張感を感じていた。そもそも彼らが信用できるのか否か、見極めなければならない。


今の内に学んでおくことは山ほどあった。学園には12の歳になった子どもから17になり成人初年を迎えた者までが通っている。一人前に成長する過程の最後の仕上げとなる六学年が一堂に会すのだ、自然、トラブルを避けることはできない。


「クリュス兄上、そういえばこの後、父上がウックシ殿と謁見するそうですがご存知でしたか?」


弟のカースモスは来年に入学を控える11歳。まだあどけなさの残る天真爛漫な少年だ。無口で愛想のない、どちらかと言えば父王と同じ強面の部類の自分と違い、カースモスは母似の柔らかい顔立ちをしている。

この子が来年気持ち良く入学できるよう、自分は一層精進しなければと思う。


「ウックシ殿とは『インスペクター』のスキラーだったな。そうか、そろそろ魔石の貯まった頃か」


書物を書き写していた手を止めて、クリュスは何気なく聖堂の方向に顔を向けた。

王城の東の塔は聖堂と呼ばれ、『至高の七人』に関する宝具が置かれている。『インスペクター』の彼が来るのなら、いつも通り聖堂で会うのだろう。


「わたしはまだ一度しかきちんと会ったことはありませんが、美しい女性ですよね」


夢見るような弟の言葉に、クリュスは思わず眉をひそめた。


「カースモス、手が止まっているぞ。それと、『インスペクター』殿が見目麗しい女性に見えるのは同感だが、アレは男だ。あまりにも虚弱故、幼少より女子おなごとして育てられたらしい」


「え……?」


ショックを受けたような弟の顔を見て、クリュスは一つ良いことをした、と思った。このまま知らなければ、カースモスはいずれもっと大きなショックを受けただろう。


「それより、『インスペクター』殿が来たおいうことは魔石が補充されるのだろう。学園に念のため持って行きたいと思っていたのだ。ちょうど良いから貰って来るとしよう。おまえも来るか?」


広い図書室で一緒に学習していた兄弟は、それぞれの従者達を引き連れて仲良く聖堂に向かった。カースモスの元気がないように思えたが、クリュスは仕方のないことと放っておいた。王族に相応しい自制の仕方は結局、自分で覚えるしかないのだから。


「クリュス王子、陛下はまだお越しではないものの、ウックシ殿はいらしているようです。いかがなさいますか?」


聖堂がすぐそこの窓に見えて来た頃、先触れに出していた従者の一人が戻ってきた。


「構わない。聖堂で父上をお待ちしよう」


即座に判断を下したクリュスは、未来の王たるに相応しい、堂々とした足取りで聖堂へと入る。後をちょこまかとついて来るカースモスは、クリュスと違って体格に恵まれないせいか、優雅というには何か足りない。けれど、幼く愛らしい外見の彼が必至に足を動かす姿は、クリュスも含めて見る者の微笑を誘った。


「失礼する、『インスペクター』殿。わたしと弟も同席させてもらって構わぬだろうか」


独特の視覚を持つ『インスペクター』に配慮して、聖堂の中は薄暗かった。いつもの従者を連れて椅子に座っていたウックシが立ち上がって臣下の礼をとる。

改めて見ても、確かにカースモスの言う通り彼は美しい女性に見えた。ふわりと揺れる白銀の髪も、恭しく伏せられた大きな赤い瞳も、白い肌も、到底自分と同じ男だとは思えない。淡い朱色のドレスを纏った姿は、どこからどう見ても麗しい令嬢だ。


「これは『龍王の爪』殿下、お会いできること望外の喜びでございます」


女性貴族として完璧な振る舞いを見せる成人男性。けれどクリュスは知っている。彼が女装している本当の理由は、虚弱だけでないことを。

王国に恭順を示すため、ウックシの父が決めたのだ。大き過ぎる力を持つ彼が万が一にも家督を継ぐことがないように、権力を持つことがないように女として育てる。『インスペクター』のスキラーとして一生を国家に捧げる、それを目に見える形で表したのだ。


そしてクリュスは知っている。その自己犠牲的な忠誠心を、父である国王がことのほか喜んで受け入れたことを。子爵位にあった彼の生家は今、侯爵にまで地位を上げた。


反吐が出る。尊敬できる王ではあるが、そんな形で示されないと忠誠心が感じられないなんて、歪んでいる。


「……ウックシ殿、こんにちは」


「ご機嫌麗しゅう存じます、『龍の涙』殿下」


「座られよ『インスペクター』殿。我々は魔石を見せてもらいに来ただけだ。父上がいらした後は長居せぬ」


「畏まりました、『龍王の爪』殿下」


王の子のスキル名には必ず『龍』が入る。そして龍の王を冠する者が次代の王と決まっていた。

不思議なことに、王を冠する者は一世代につき一人しか生まれない。かつて不慮の事故で次代の王が急逝し、急遽その兄弟が即位した例はあるが、その時代、国が大いに乱れたという。


「先に魔石を見せてもらっても良いだろうか?」


『インスペクター』と正面から向かい合う席は父王のものだ。リュクスとカースモスは左右に分かれ、角を挟むようにして美しい男性と向き合った。


「もちろんでございます」


机に置いた小箱の蓋が、二人の王子に見やすいように開けられる。


「うわぁ! キレイですねぇ」


本心から出たらしい第二王子の賞賛に、ウックシが嬉しそうに頷いた。


スキルを登録した魔石は貴重な資源で、国が厳重に管理している。専用の宝飾具に魔石をセットすれば、ノンスキラーでも魔石のスキルを使えるため、ウックシの献呈してくる魔石は王都を支える動力源と言っても過言ではない。

現にこの部屋や王城のあちこちに配された照明には『発光』の魔石が使われている。魔石は10年ほどでその輝きと効力を無くしてしまうため、国の発展や維持には新しい魔石が欠かせなかった。


「仕切りよりこちら側が以前より登録済みのスキラーのものでございます」


スキラーが希少だとはいえ、全てのスキラーを国が管理することは難しい。現状、スキルに一番詳しい『インスペクター』に魔石の原石を預け、彼が出会うスキラーの情報を国に登録している。いずれ全てのスキラーを管理下におくことが目的だ。


「では、こちら側は新たなスキラーか。既にスキラー情報は宝具に移してあるのだな?」


「はい。あちらの地図に表示されております。今回は植物関連のスキラーが多く見られました」


同じスキルであっても、スキラーによって魔石の色は微妙に違う。壁に飾られた宝具の大きな地図には、魔石と同じ色の輝きが点在している。

よく見れば、確かにその数が増えていた。

こうして『インスペクター』に会ったスキラー達を登録して行くのだ。


「そこの透明な魔石は随分と眩く輝いていますね。すごく美しい光です」


地図を眺めていたクリュスと違い、カースモスは魔石を眺めていたらしい。

言われてみれば、確かに既知のスキラーの魔石の中に一際強い光を放つものがあった。


「それは『聖女』様ですわ」


「『至高の七人』の? それならば納得です! わたしはまだ会ったことがないのですが、やはり『至高の七人』は違うのでしょうね」


「『聖女』様は確か、『龍の涙』殿下と同い年でいらっしゃいます。まだ修行中の身だと公式の場にはお出になられませんが、殿下方は学園でご一緒されることでしょう」


「そうなのですか!? それは楽しみですっ」


……そうか。ならば尚更今年度中に学園を完全掌握せねばな。

クリュスは厄介事を前にした気分で魔石を睨んだ。


「……ソレは?」


ふと、新規登録を終えた魔石の中に気になる物を見た。単色の魔石の中、一つだけ奇妙な石がある。


「兄上、どれのことですか?」


「ソレだ。色が混じったような奇妙な……」


「『メンティー』様の魔石でございましょう」


したり顔の『インスペクター』が丁寧な手つきで一つの魔石を取り出した。


「わあっ! 虹の色と同じですね!」


ソレは確かにカースモスの言う通り、七色の色が混じっていた。見る角度によって色が変わる、不思議な魔石だ。


「本日、国王陛下にご報告する一つに『メンティー』という新たなスキルがございます。これはそのスキラーの魔石です」


新しいスキルが見つかるのは非常に珍しい。クリュスは地図を確認し……


「『聖女』殿の庇護下にあるのか」


ホッと安堵の息をついた。

強力なスキルの保持者は『至高の七人』まではいかずとも監視し、管理している。『王属スキラー』と呼ばれる者達だ。

新たなスキルがどの程度のものかわからないが、『至高の七人』の元にいるのなら間違いはないだろう。『インスペクター』が「様」と呼ぶのは強力なスキラーのみ。『メンティー』を『王属スキラー』とするにしても、調査や検討会、扱いが決まるまでの時間は『聖女』に任せておけば問題ない。


「左様でございます。路頭に迷っていた『メンティー』様を、つい先頃『聖女』様が保護なさったと聞いております」


「え。強力なスキラーが路頭に迷うことなどあるのですか? 彼らは一様に頭角を表すから国として管理しやすい、と習いましたが……」


「後程詳しくご報告致しますが、『メンティー』は自動発動型のスキルです。前例がなく、自分の意志で発動できない難しいスキルのため、市井にあっては理解されなかったものと思われます。それと……『メンティー』様は路上孤児なのです」


「あぁ。『聖女』殿には報奨を与えねばならんな」


路上孤児が劣悪な環境にあることはクリュス達も知っていた。孤児院には限りがあり、そこに入れない孤児は路上で一人生き抜かなければならない。

わかりやすいスキルならまだしも、謎に満ちたスキルを抱えた路上孤児では、生き抜くのは難しいだろう。貴重なスキラーを失うことなく保護した『聖女』を評価しなければならない。


クリュスはふと、そう考えつつも自分の眼が『メンティー』の魔石に吸い寄せられていることに気付いた。鋼の自制心をもって視線を逸らしても、いつの間にか視界のどこかに虹色の魔石を捉えてしまう。

どうにも気になる石だ。ついにはそう認めざるを得なかった。


「『インスペクター』殿。どうにも気になる。『メンティー』のスキラーは男だろうか」


男は地位を欲し、いずれ国家に乱れを呼ぶ。強力なスキラーならば厳重に管理しなければならない。


「……いえ、少女ですわ。ただし、わたくしとは正反対に育っています」


逡巡した気配の後、ウックシは静かに言った。

つまり、この国において権力とは隔絶される性、女であると。ただし、なぜか男装している、と。


「ほぅ。おもしろい話をしているな」


「父上!」


ふいに背後から声がかかった。話し込む息子達に興味を持って、静かに近付いていた父王が、堂々たる威厳と男性美をたたえ、立っていた。


挨拶を交わす王と『インスペクター』を見ながら、クリュスは思考を加速させる。

きっと今日の議題は『メンティー』がメインになるだろう。少女であれば、未来の自分の治世に影響する。監視下で放置しても良いが、どうにも気になるあの魔石──。


「陛下、本日は2つご報告がございます。一つは先程王子殿下方にお話ししていた件。そしてもう一つ。まずは一大事をお耳に」


「ふむ」


威圧感すら感じさせる父の声。『インスペクター』を贔屓し過ぎだと思うが、それでも父王は自分の判断に自信を持って国政を行っている。

自分も、自身の判断を誇れる王になりたい。『インスペクター』『聖女』『ウィズダム』を抱える時代の王に。『傀儡師』は残念ながら代替わり前に寿命が訪れると予想されるが。


「この先、五年以内に『ケイオス』の気配が近付いております」


「何!?」


ガタリ! 王とクリュス、カースモスの3人が同時に腰を浮かせた。


『ケイオス』──扱いをほんの少しでも間違えれば国を滅ぼす至高のスキラー。その反面、正しく扱えば世の秩序の守護者となり、存命の間、神の世を現世うつしよに顕現させる。

40年前に死去したばかりで、向こう200年は不在と言われた『至高の七人』の一人だ。


「確かに五年以内なのだな?」


「はい。気配はすぐそこに」


「わかった」


父王が慌ただしく従者達に指示を出すのを聞きながら、クリュスは拳を固く握りしめた。

数年のうちに『至高の七人』の5人もが一堂に会することになろうとは。歴代でも、最多記録になるだろう。しかも、『ケイオス』。


腕がなる。クリュスが噛み締めるのは喜びだった。

自分の治世を盤石のものとする素材が集まってきているのを感じた。これはチャンスだ。

顔色を失ったカースモスではやはり、王に相応しくなかった。焦りを浮かべる父王も、至高の治世者とは呼べない。自分こそが、至高の龍王になってみせる。


ふつふつと湧き上がる熱いものを心地良く感じながら、クリュスは明晰な頭脳で事態を見通す。まずは……


「父上。まずは『インスペクター』殿の報告を聞いてしまいませんか。手がかりがあるかもしれません。『ケイオス』の気配があるなら、その方向もわかろうというものです」


「……そうだな。ウックシ、報告を」


「畏まりました」


龍王の治世へ向けた一歩が、今、始まった。


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