秘密の「オレの命運」会議
「暗殺か幽閉、または国王か国王妃となられる運命です」
「…………は?」
そうウックシ様が言った。ちょっと……マジで意味がわからない。
従卒の身で口を挟むのはいけないことだが、思わず間抜けな疑問符が洩れてしまった。そのくらい、謎発言だ。両極端過ぎねぇ?
「スキル『メンティー』の能力は成長です。被育成と言い換えることも可能です。そうですね……ごく端的に言うと、『メンティー』のスキラーは、他のスキラーからの教育を受けることによって、それらのスキルを身につけることができるのです」
「……つまり、ワタクシが指南役となれば、『聖女』となれる、と?」
「その通りです。もちろん、一朝一夕では無理でしょう。勉学と同じで、少しずつの積み重ねが大切なのです。スキル『メンティー』の特性上、一度指導を受けたことは忘れませんから、例えば今ここで『メンティー』様に高等数術の一部をお教えすれば『メンティー』様は今後その計算ができるようになります。けれど、理論や基礎をお教えしていないので、応用したり説明したりすることはできません」
ウックシ様の言葉に思い当たることがあるのか、お嬢は考え込むように黙った。
小さな窓の外を夜闇が覆っても、この部屋の明るさは変わらない。ウックシ様の穏やかな声だけが流れる。
「そしてもう一つ、スキル『メンティー』の特性がございます。これこそが、わたくしが過激な結論に至った所以です。スキル『メンティー』は育成者の能力を超えて成長することがあります。師を超える弟子というものが世にはおりますでしょう? 『メンティー』様も一つの道に邁進すれば、師たるスキラーを超越する日が必ず訪れます。『聖女』の道を志せば『聖女』様以上の『聖女』に、『インスペクター』の道を志せばわたくし以上の『インスペクター』に」
「それは……っ!」
思考の海に浸っていたお嬢が帰って来た。と思ったら、オレに禁じたはずの大声を自分で出す。仕方ないので、諫めるべくお嬢の、前のめりになった体にそっと触れた。
「……こほん。失礼致しました。まさか『メンティー』がそこまでの能力だとは思わず……。もしや、稀少なスキルなのではありませんか?」
「過去には存在が確認できません。『メンティー』様が史上初の保持者となります」
「え」
思わずオレも声を出してしまった。
紫梟のじぃさんが知らないはずだ。正体不明のスキル。じぃさん、大当たり。
「稀少なスキルを守りたい者に『メンティー』様のお力が広く知られれば、恐れた相手に暗殺される危険があります。守ろうとすれば幽閉するしかないでしょう。逆に野心を持って使えば一分野においては大天使様に比肩する存在になるかもしれません。また、忠誠を尽くそうとすれば国王陛下の影武者として重宝されますし、『メンティー』様は女性ですから、国母となることも可能です」
…………すげーなこの人。スキル云々もそうだけど、オレが女だって見抜きやがった。むしろ、服装とか普通のことが見えないからか? お嬢だって、拾ったオレを水洗いしようとひん剥いたギビドが絶句して報告するまで、女だって気づかなかったのに。
小悪党として生きるには、男の格好の方が都合良かった。娼婦や愛妾を目指すつもりはなかったし、一旗上げるのに女の姿じゃかっこつかない。黒蜘蛛の一党でも上の数人しか、オレの性別は知らないはずだ。今だって、動きやすさ重視で男装してる。
……てか、そうか。オレが掏摸やら錠開けやら、仲間内でやけにうまかったのはやっぱりスキルのせいか。『メンティー』が習得しちまってたんだな。大天使様の祝福のあとも続けてたら、数年で名だたる悪党に成長してたかもしんねぇ。
「すべて本人の選択次第、ということですのね」
「そうです。……あの、それで一つご提案が」
滔々と語っていたウックシ様が、突然歯切れ悪くモジモジとし始めた。何事? お嬢に先を促され、
「『メンティー』様、『聖女』と『インスペクター』、その他諸々……国の管理下にあるスキルを全て、覚えてみませんか?」
ウサギのような愛らしさでようやく口にしたのは、予想外のことだった。
「先程申し上げたのは、一つのことを極めた場合です。いかに『メンティー』様といえど、習得するスキルが多ければ一つあたりは浅くなり、師を超えることはありません」
器用貧乏ってヤツか。……うん、なんか、オレにぴったり。
「現在国が管理しているスキルは7つ。これらはスキル自体にマーキングが施され、そのスキラーが新たに誕生した場合、王城にある至宝に示されます。ですので、『聖女』様もわたくしも、生まれた瞬間から国に把握されていました。『メンティー』というスキルも、今後間違いなく管理下におかれるでしょう」
『鑑識眼』
『聖女』
『使徒』
『叡智』
『混沌』
『魔導師』
『傀儡師』の7つ。
『使徒』は『聖女』の男版で、人間の身でありながら神通力を得ることができる。
『ウィズダム』は生まれた瞬間から知識を蓄え始め、読む本、聞く話、忘れることがない。
『ケイオス』は正しく育てれば規律の守護者となるが、間違えれば世を滅ぼす力となる。
木火土金水それぞれを操るスキルは珍しくないものの、『魔導師』はそれ全てを一人で操ってしまう。
『傀儡師』は人心掌握のカリスマ性に優れ、民衆操作はお手の物だ。
そして『インスペクター』。スキル能力を見通す者。
どれも、個人で扱うには大き過ぎる力だ。説明されれば、国家が管理に乗り出すことにも納得できる。そして、国家が厳重にこれらのスキルの情報統制を敷いているのも。
今現在、『使徒』『ウィズダム』『ケイオス』は誕生が確認されていない。『魔導師』はまだ2歳、逆に『傀儡師』は187歳と高齢だ。
平均寿命60歳のノンスキラーに対し、スキラーの平均寿命は120歳前後。国家管理内のスキラー『至高の七人』においてはさらに、200歳くらいまで伸びるそうだ。
「『魔導師』様にはまだ教えを受けることができませんが、いずれ成長なされば問題ありません。たかが10年程度のことです。『傀儡師』様は好奇心旺盛な方ですから、話にのってくださるでしょう。わたくしはもちろんお教えしたいと思いますし、それは『聖女』様もご一緒ではございませんか? 『メンティー』というスキルに対する純粋な好奇心もございますが、それだけではありませんもの」
4つの至高のスキルをオレが覚える。
『使徒』は『聖女』でカバーできるし、『ケイオス』は特殊過ぎて覚えても仕方ない。頑張って読書したり学者の元に通えば、『ウィズダム』ほどでなくとも近い能力が得られるだろう。そうすれば、実質6人分だ。
ウックシ様の提案は、オレを『至高の七人』の劣化版、スペアに仕立てるものだった。
「確かに……ワタクシ達はその特性から代えがききません。特にウックシ様はワタクシ以上に陛下の監視下にいらっしゃられますから、その孤独と不自由は拝察に余るものかと存じます。
アマネの指南役となればワタクシ達の心は休まるでしょう。けれど、アマネには荷が勝ちすぎるのではないでしょうか……。陛下に隠し通せるとも思えませんし……」
なんか『メンティー』って、謎スキルとはいえ悪いモンじゃなさそうでホッとした。ただ、暗殺とかは絶対御免だ。国家管理下になるのも嫌だなぁ……。
ウックシ様はスキルの特性上室内に籠もってるんだとは思うけど、国家管理なんてなったら自由が半減しちゃいそう。お嬢だって、弟君と比べたら不自由な生活してると思うんだよ。
「陛下方にはわたくしからスキル『メンティー』についてお話し致します。その際に、至高のスキルの習得までにはかなりの時間が必要であると思われる、ということや本物の至高のスキラーには及ばないだろう、ということをお伝え致します。人は、理解できないものを畏れます。『メンティー』様が悪に傾くことなく、成長の方向性をこちらで誘導できると認識すれば、陛下の『メンティー』様に対する警戒は薄れることでしょう。それに……恐らく、この先五年以内に、『ケイオス』のスキラーが誕生します。そのことも合わせてお伝えすれば、国家として『ケイオス』のスキラーを最優先としますから、『メンティー』様への監視は緩やかなものになるでしょう。
先程スキルを魔石に登録してここにいる以上、隠しきることは不可能ですし、隠すこと自体、得策ではありません」
『メンティー』がいかにレアであれ、突然至高のスキルに数えられることはない。ウックシ様はそう言い切った。そして、ウックシ様に会いに来てしまった以上、オレのスキルを国に隠すことは不可能だ、とも。
『メンティー』が至高のスキルに準ずる扱いになることは間違いないが、オレがもし本当に至高のスキラーの元に身を寄せ教育を受けるなら、今の生活とそう大きく変わることはないはずだ。
そう言われて心が動いた。
……そっか。言われてみりゃ、オレ、既にお嬢っていう至高のスキラーのとこにいるんだもんな。お嬢とセットで動くことが増えるかもしれないけど、その程度。それで暗殺やら幽閉やらの危険がなくなるなら、アリじゃないか? てか、ありがたいよな? 国家の首輪がつくのは面倒だけど、ウックシ様がいろいろ手を回してくれるって言ってるし……。
「わたくし達『至高の七人』は有事の際、国家の平定に協力することが義務付けられています。その代わり、経済的な支援や優遇も受けています。『メンティー』様にも多少の義務と、悠に生涯を送れるだけの支援が与えられるでしょう。
正直に申し上げて、万が一の時に代理となれる者がいればわたくしは本当に助かるのです。……外にも出てみたいですし、いずれ代替わりを経て本来の自分に戻れるかもしれませんもの」
ウックシ様の言葉の後半は、小さ過ぎて良く聞き取れなかった。
「『聖女』様も決められた道以外を覗いてみたい時がありますでしょう?」
「…………そうですね」
オレは小声の遣り取りより、「悠に生涯を送れるだけの支援」という言葉に呆然となっていた。だって、スキルで金儲けすることは考えれど、支援を得られるほどの大事だとは思わなかった。
命の保証がされるうえに、金がもらえる? スキル使って学ぶだけで?? ……あれ? 国家の管理に入るのって、案外悪くないんじゃね? 有事なんて、そうそう起こると思えないし。
今だって2ヶ月前に比べれば天国だ。理不尽に殴られることも腹を空かせることもない。
……それが、一生保証される? 多少の不自由……ってか、監視がつくだけで? 考えてみりゃ、黄蟷螂の兄貴達はいつだってオレらを監視してた。んでもって、巻き上げるんだ。それに比べりゃ……。
「やります!!」
お嬢様2人がコショコショと話してるところに、オレは割って入った。
この話を受けなかった場合どうなるかを考えれば、自然、道は決まろうというもの。
「まぁ、嬉しいわ」
「アマネ、本当にイイの? あなた、自分のスキルが自分で操れないことに変わりはないのよ? 本当にワタクシ達に任せて良いのね?」
……あ、そっか。お嬢達が何を教えてくれるかによって、オレの成長先は変わってくるのか。
「構いません」
ま、黒蜘蛛の親分のとこで悪事の手解き受けるよりひどいことにゃなんねぇだろ。オレは独り立ちできる地位を夢見てただけで、悪事を極めようなんて思ったこともなかったし。選択肢が多いなら、それに越したことはないと思う。
「そう。ではウックシ様。恐れ入りますが王城関係はお任せしてもよろしいでしょうか? ワタクシはこの者を陛下の御前に出せるよう、急ぎで教育せねばなりません」
陛下の御前!? え、オレ!?
「承知致しました。ついでに『傀儡師』様にもわたくしからご連絡致しましょう。生活の変化は緩やかなものとなるように、最初のスキルも『聖女』様にご指南いただいてよろしくて?」
「畏まりました。その後、ウックシ様の元に送り届けるように致します。そうですね……まずは3ヶ月交代でいかがでしょう。一つを深めるのではなく、広く手がけさせるのだということを強調できますから」
「素敵なお考えです。では、『メンティー』様、また3ヶ月後を楽しみにしておりますね」
「へ? ……あ、はいっ」
トントン拍子で進む話に目を白黒させているうちに、お嬢達は別れの挨拶を済ませていた。
お嬢に追い立てられるように部屋を辞し、引きずられるような勢いで控え室に戻る。
「さぁ忙しくなるわよ。
お父様! 今夜の宿は防音スキラーのいるところに変更して頂戴!」
ここまてでプロローグ、とお考えください<(_ _)>