スキルを調べるスキルがあった
「くれぐれも失礼のないようにな」
「かしこまりました、旦那様」
「ではお父様、行って参りますわね」
悪魔の襲来から約三週間が経過した。
オレは鍛錬漬けの毎日を送っていた。お嬢がスキルのせいで悪魔に命を狙われているのだ。今のオレに必要なのは勉学より戦力だろう。
鍛えても鍛えてもヒョロリと弱っちい身体が嫌になるが、指南役のギビドは「子どもの筋力では限度がある」とか「いずれお前に会う戦い方も見つかろう」とか「まずは基礎を養え」とか言って取り合ってくれない。
今日も、旦那とお嬢のお出かけには、オレの他、ギビドとバルナ、その他護衛が5人もついていた。
自分が力不足なのはわかっているが、正直悔しい。むしろ、なんでオレ、ここにいんだろ??? 残って走り込みでもしていた方がイイんじゃないか??
今日の外出の行き先は、隣街にある大きなお屋敷だった。朝も早くから用意し、昼前に出発。途中、止めた馬車内での昼食を挟み、夕方近くになってようやく、目的地に着いた。
遠いっつーの。……とはいえ、街から出ること自体始めてのオレは、それなりに道中楽しめた。どうせならお嬢の隣に座ってるんじゃなく、護衛達と一緒に歩いてみたかった、と思うほどに。
ちなみに、御者の隣にはバルナが乗り、ギビドは馬で警護している。その他の護衛はもちろん徒歩だ。
隣街が遠いっつーより、実は進みが遅かっただけじゃね? と思わなくもないが、お偉いさんの遠出というのは往々にしてそんなものらしい。
「アマネ。道中にも話したけれど、ウックシ様にお目通り叶うことは本当に稀なの。まさに貴重な温室の花よ。温厚な方だけれど、とてもとても繊細な方。大きな音を出すことはまかりなりません」
「かしこまりました」
長く真っ直ぐな廊下をお嬢について歩きながら、オレは大人しく頷いた。
ふふん、この数週間でだいぶ流暢に話せるようになったぜ。いざという場面でつっかえながら喋る、なんてのは命取りだ。身をもって知った。恥も外聞も、悪魔の前じゃ役に立たねぇ。
「恐れ入ります。お名前を頂戴致します」
廊下の突き当たりは槍を構えた二人の衛兵が守る扉だった。
ギビドと同レベルの威圧感を感じる。かなりの厳戒態勢だ。
「ティカーテ・エンム・メディテーラ、並びにワタクシの従者、アマネでございます」
「確認致しました。確かにお約束がございます。御存知の通り、ご入室にあたりましてはこちらの魔石にご登録をお願い致します。ティカーテ・エンム・メディテーラ様におかれましては二度目でいらっしゃいますが、従者殿によるご確認はご必要でしょうか?」
「お心遣い嬉しく存じます。確認は必要ございません。このまま登録させていただきたくお願い申し上げます」
「かしこまりました。では、こちらからどうぞ」
ここに来たのはお嬢とオレの二人だけだ。ご主人達は別室に待機している。
この奥にいるウックシ様とやらは、国の最重要人物の一人なのだそうで、今回はこの人数以上の拝謁許可が出なかったらしい。
つい先程そう説明されたオレの驚きたるや、悪魔に出会った時と同レベルのものだった。そんなおっかない場所行きたくねぇ、と本心から辞退したのに、お嬢と、事前に許可された従者しか同行できないと言われた。なんだソリャ。替え玉対策か? ハァ……。
「アマネもいらっしゃい」
槍の衛兵の対応は丁寧で、返すお嬢もいつにも増してキラキラしい。格式ばったやりとりに、オレは若干引き気味だ。
右側の衛兵が槍を構えたまま指し示したのは、扉の一部。サイズはなかなかなのに色のくすんだ残念な宝石が2つ、嵌まっている。
その一つにお嬢が触れた。途端、正直微妙だった石がキラリと輝き、クリアになった。一気に明度が上がり、高価そうな宝石になる。
どんな仕掛けだ? 恐る恐る、オレも残る一つにそっと触れた。
「ひょ、ぇっ」
「アマネ……」
「申し訳ございません。指先から何か……気力? のような物が抜けて行くのが感じられまして……」
「もう放して大丈夫よ」
「え? あ、はいっ!」
お嬢が触れた石は透明な金剛石のような光を放っている。マジ、高そう。
オレが触った石は、ピカリと一度光った後、見る角度によって色の変わる不思議な宝石になった。……変なの。ニコバー鳩の羽みたいだ。
キレイだけど、今まで見たことがないから、価値のある物なのかどうか、わからない。
「ご無事のご登録、おめでとうございます。こちらの魔石はウックシ様の御名の元、王城に献上するきまりとなっておりますのでご了承くださいませ」
「承知致しました。御心のままに」
「では、ティカーテ・エンム・メディテーラ様並びに従者アマネ殿のご入室をここに宣言致します」
置物のようだったもう一人の衛兵が、空いている手でドアノッカーを五回叩いた。妙なリズムは合図なのかスキル的なものなのか。
内側からリリリと鈴の音を響かせ、扉が開く。
「どうぞお進みください。ウックシ様がお待ちです」
豪邸の奥に暮らしている点はお嬢もウックシ様も同じだ。ドアの前に護衛が立っているのも同様。
けれど、聞いた話しではウックシ様ってのは生まれてこの方、外に出たことがないらしい。でもって、ドアを守る護衛は、王様から派遣された兵士。つまり地位ある貴族。国単位で厳重に守っている、特別な人物なのだそうだ。
貴族の序列ってヤツはよくわからないが、ウックシ様の貢献のおかげでこの家はかなり格を上げた。メディテーラ家が面会を申し込んでから数週間待たされたのは当然で、それでも会えるのだからかなり栄誉なこと、らしい。
「ようこそおいでくださいました」
これ見よがしに広くて豪華な室内に見惚れていると、お嬢に小脇を肘でどつかれた。
ハッとして意識を向ければ、部屋のちょうど中央、窓からの光は当たらないだろう場所に応接セットが置かれ、誰かが腰掛けているのが見えた。
煌々と灯された灯りは、どういうわけか煤が出ない。奥の小さな窓からは西日が淡い光の手を伸ばしているが、確かに、ここは外とは隔絶された場所だと思った。
「ウックシ様、大変ご無沙汰致しておりました。ティカーテ・エンム・メディテーラでございます」
「……まぁ、『聖女』様ですね。お久しゅうございます。その後、お役目には馴染まれましたか?」
一人掛けのソファーに座るウックシ様は、小柄で若い女性だった。お嬢よりちょっとだけ年上に見える。
偉そうな婆さんを予想していたオレは、なんだか拍子抜けした気分になった。
「ありがとうございます。ウックシ様にご助言いただきましたように、許される限り広く世を見て見聞を広めることに努めております」
「そうですか。大天使様が神の使徒であらせられるならば、『聖女』様は天使様方の使徒です。そのお力、正しくお使いくださいませ。あなた様の内なる世界を広げることこそ、善悪を判断するために大切なことなのですから、わたくしのように蟄居するのではなく、ご自分の足で、ぜひ世界を見て回られてくださいませ」
お嬢は金髪碧眼だが、ウックシ様は銀髪赤眼。夢見るような茫洋とした目元が愛らしい、お人形のような人だ。
勧められるままお嬢がウックシ様の正面のソファーに座る。オレはちょっと悩んで、その後ろに立った。
「お言葉、心に刻みたいと存じます。ところで本日ウックシ様にお時間をいただきましたのは、ここにおります従者につきまして……」
「まぁ、なんて珍しいのでしょう。『メンティー』様、ですか……。初めまして『メンティー』様。わたくしは『インスペクター』。鑑識眼の僕です」
なぜかお嬢がオレを紹介してくれようとしたところで、突然ウックシ様がこちらを向いた。
『メンティー』って、オレのスキルだよな? どうも、「メンティー様」ってのはオレのことっぽい。「様」って……。
ウックシ様って、もしかしてスキルが感知できる人……とか? 鑑識眼て、普通に考えれば「いろいろわかる目」ってことだよな?
「さすがウックシ様でございます」
「いえいえ、それはわたくしのセリフです。『聖女』様のまわりには素晴らしいスキラーが集まっていらっしゃいますのね」
ちょっ……これ、オレも喋ってイイかなぁ!? 何この訊きたいことだらけの会話!! お嬢のスキルって『聖女』っての?? 「素晴らしいスキラー」って……???
そういえば以前、お嬢がオレのスキルのこと調べてみた方がイイかも、的なこと言ってたけど……。
「ワタクシ共は恥ずかしながらこの者のスキルを使いこなすことができておりません。ウックシ様のお目のお力で、この者に相応しき生き方を何卒お教えいただけませんでしょうか」
「鑑識眼の僕『インスペクター』は国に囲われる宿命。『聖女』様もまた、国の監視から逃れることのできないお方。わたくし達は共に、スキルのせいで不自由な人生を生きる者。わたくし達はいわば、同士ですもの、『聖女』様のお願いならば当然、尽力させていただきますわ」
スキルのこと……知りたい、けど知りたくない。オレ個人は煮え切らないのに、お嬢はどうしても知りたいらしい。
発動条件とか能力とか、わかるとイイなと思ったことはある。けど、紫梟のじぃさんに言われたことがずっと棘のように刺さって抜けない。そのせいで、黒蜘蛛の親分のように、お嬢だって手のひらを返したくなるかもしれないじゃないか。……それが、怖い。
情けないと思うけど……オレはせっかく手に入れた居場所を失いたくなかった。せっかく前向きに暮らしているのに、またそれを失うことになったら……。
そもそもさ! 滅多に会えない人に会えたってならオレの話しじゃなくお嬢の話しすればイイじゃんっ! 悪魔のこともあったし、なんかお嬢すごそうだしっ!
「あなたは、今年祝福を得たのですね。それではまだ、スキルを使いこなすことは難しいでしょう。わたくしや『聖女』様のような幼少の頃からスキルが国家管理されているスキラーでも、祝福をいただけば勝手が変わりますもの。わたくしは祝福から10年経ちましたが、未だ、発見の毎日です」
ふわふわと長い髪の、等身大のお人形さんは実は20歳だったらしい。オレの予想よりかなり上。びっくりだ。
外に出ないって生活だとそうなるのか? てか、お嬢も国に見張られてんの……?
「まず『メンティー』様にお伝えしておきます。『聖女』様から聞いていることかと思いますが……」
そこからウックシ様が言ったことは、オレはまったく聞かされていないことだった。チラリとお嬢を睨めば、素知らぬ顔。
たぶん、知らせたらオレが逃げると思ったんだろう。今日の外出はお嬢のお供ではなかった、ってことだ。オレのスキルを知るため、オレをウックシ様に会わせるため。それこそが今回の目的。わざわざメディテーラ家の権力をフル活用して、オレのスキルの解明に乗り出した。
……ハァ。正直に言われても別に逃げやしねぇって。まぁ……かなり居心地悪いし、「止めましょう」ぐらいは言ったと思うけど。
お嬢って、無駄に気遣い細かい時あるんだよな……。
ウックシ様の可愛らしい赤い目は、オレ達には見えない世界を見ているそうだ。スキルの世界。代わりに、普通の光景は見えない。
スキルの世界では、例えば家具や食事など、スキルを持たない物は影として、ノンスキラーも動く影として見える。ウックシ様にはっきり見えるのはスキラーのみ。それも、スキルの特性によって光を纏って見えるため、人相なんかはわからないのだそうだ。
ウックシ様がさっき、どうやってお嬢を既知だと判断したかと言えば、その光の色ともう一つ。それこそが『インスペクター』の本領だった。
スキラーを見つめていると、自然とそのスキルを理解できるのです。
ウックシ様はそう言った。相手の顔が見えなくても、慣れた人なら光の色や強さでわかる。久しぶりの人なら、数秒見つめれば相手のスキルが理解できる。
驚いたことに、ウックシ様はお嬢をティカーテ・エンム・メディテーラという貴族としてではく、『聖女』というスキラーとして認識していた。そして、『聖女』のスキラーはこの世に同時に複数人いることはない。
『インスペクター』は鑑識眼の僕。
それはまさに言い得て妙だと思った。鑑識眼に支配された世界に住むウックシ様は、普通の人と同じようには暮らせない。危険だから外にも出れない。
500年に一人と言われる稀少な『インスペクター』。国で保護するのも当然だ。不自由な籠の鳥。けれど、籠から出ると命を落とす。
「その上で、わたくしから『メンティー』様のお力をお話しさせていただきますね」
ちなみに、ウックシ様に見える光は、入り口の魔石の色と似ているらしい。お嬢なら透明な明るい輝き。オレは奇妙な虹色だ。
ごくり、お嬢が息を呑んだのが聞こえた。緊張が高まる。
「結論から申し上げますと、『メンティー』様はこのままでは暗殺か幽閉、または国王か国王妃となられる運命です」