表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

正義の味方の屋敷に暮らす。

「アマネ、用意はイイな? 来い」


デカい屋敷に連れて来られ、1ヶ月が経った。

はっきり言って毎日、混乱と困惑の連続だ。それは今でも続いている。


オレの指南役を仰せつかったというギビドに連れられて向かったのは、鍛錬場だ。庭にある広い建物で、中は100人くらい入れそうながらんどうになっている。


ギビドがいつもの通り、ポイッと木刀を投げて寄越した。


「いつでもイイぞ」


屋敷に連れてこられて、まず教え込まれたのは礼儀作法。それから言葉遣い。そしてここ数日は格闘のすべ

筋がイイ。誉めて伸ばす方針なのか、久しぶりに聞くその言葉をあらゆる場面で言われながら、オレはギビドに厳しく躾られた。


「ハッ!」


小さく息を吐いて間合いを詰める。上段からの打ち込みはあっさり防がれたが、間髪入れず蹴りに移った。


「そうだ! 腕に頼らず全身を緊張させろ、小回りを活かせ!」


オレの連撃は届かない。けれど、スキル『メンティー』が発動しているのが感じられた。

体が素直に反応する。言われた通り、全身が緊張し、バネのように機敏に動く。


紫梟のじぃさんの前、あの大事な場面でまったく反応しなかったスキルだが、ここに連れて来られてからは頻繁に発動しているように感じられた。

相変わらず自分の意志では動かせない、謎のスキル。自動発動型なのだろう、ということは段々わかってきたが、未だにどんな時に反応するのかまではわからなかった。


「ふぅ。今日はこんなところか。筋は良いのだが、如何せんまだ鍛錬が足りんな」


くそっ! こっちは疲れ果てて床に座り込んでるってのに、涼しい顔しやがって、この筋肉マニアが! 打たれた手首、マジで痛ぇよ。


「ありがとうございましたっ」


なのに、オレの口から出たのは修練をつけてくれたことへの感謝の言葉だった。

理由は簡単。そう教え込まれたから、だ。


昔から何となくわかっていた。オレはちょっとでも自分が納得してしまった「教え」に逆らえない。大天使様の祝福を受けた今、それが一層顕著になった。


「自分の習得した貴重な技術を教えてくれるのだから、指導役には常に感謝し、敬意を払いなさい」


お嬢がそうさとして来た時、不覚にもオレは、「教えて欲しいなんて言った覚えはねぇが、まぁ、貴重な技術ってのはわかるよな」と思ってしまった。それが、すべての運の尽き。

それ以来、どんなに疲れていようが、内心腹を立てていようが、感謝の言葉が口をつく。感謝の言葉しか、出なくなった。

我ながら、心底めんどくせぇ性格だと思うよ、マジで。オレだって迷惑だもん。


「む。裾がほつれてしまったな。バルナに言って直し方を教えてもらうとイイ」


「えー、イイ……ですよ」


ハァ。「イイよ」と言おうとしたところで一瞬声が出なくなった。よくわからないものの、スキルが関係してるっぽい。ふざけんな、って感じだ。

オレの意志に関わらず、教え込まれた敬語じゃないと、声がちゃんと出なくなる。これ、マジでめんどくさい。


黒蜘蛛の親分とか偉い人を相手に覚えたから、オレは一応、敬語が使える。けど、ここのヤツらの使う言葉はもっと気取ってて、なんつーか、ただの敬語より複雑なんだよ。


「いや、ダメだ。メディテーラ家に仕える者として服装の乱れは許されない。昼飯の前にバルナを見つけて頼んで来い」


「……っ……はい」


ったくけったいな返事させやがって! 返事なんて「っす」で十分じゃねぇか。


これもスキルのせいだろうか。強面屈強な指南役になぜか逆らえないオレは、仕方なく言われたとおり広い庭でバルナを探した。

バルナは若手メイドの束ね役で、メイド長の娘だ。この時間帯なら庭で若手メイド達に花壇作りを教えて込んでいることだろう。


オレを拾ったお嬢の家は、言うなれば悪党の敵、正義の味方の本拠地だった。

メディテーラって言えばオレでも知ってる。この街の警邏隊の親玉だ。


街を代表する悪党の一団・黒蜘蛛の一党の下っ端として生きてきたオレが、今や街の平和を守る警邏隊の下っ端。なんだその早変わり。意味がわからん。

悪党の末路、縛り首の危険がなくなったのはありがたいが、あっちとこっちじゃ教え込まれる価値観が180度違い過ぎて、マジ、パニック。大天使様の祝福のせいで、オレの人生は予想だにしなかった急展開を迎えていた。


「そうです。寄せ植えの組み合わせは……」


庭の片隅でようやく、目当ての人物に巡り会えた。案の定、5人のメイドに何かをせっせと教えている。

泥のついたシャベルを片手に持っているのに、純白のエプロンにはシミ一つない。彼女の技術力が窺えた。


以前教えられた通り、木陰に立ってバルナから声をかけられるのを待つ。

しばらくして5人に実習を申し付けると、彼女は感情の薄い瞳をオレに向けた。


「覚えていたようですね。それで? 何のご用でしょう?」


自分より身分が上の者に声をかけてはならない。用事があるなら相手が声をかけてくれるのを待て。

そうオレに仕込んだのはバルナだ。


「……ギビド、様、から、裾の直し方を、教えて、もらって来いと……」


普段通りに喋ろうとするオレと、敬語を使わせようとするスキルのせめぎ合い。そのせいで、言葉がブツブツと変に途切れる。

悔しいことに、オレはスキルに勝てたことが一度もなかった。だけど、心底覚えようと思ってるわけじゃない言葉遣いなんて、そうそう身につくもんじゃない。周りにはこの喋り方で諦めてもらうしかないと思ってる。


「わかりました。では当面、就寝前の読書の時間を裁縫の練習に充てましょう。間もなく昼食ですから、まずは着替えていらっしゃい」


「(げっ!)……かしこまりました」


くっそ! 『メンティー』め!! オレ、言いたいこと、9割がた言えてねぇじゃんっ!! このイライラを貴重な読書タイムで昇華してたのにどうしてくれんだ!


文字の読み書きは親分の所で一通り教えられた。街角の掲示板に貼られる「お触れ」が読めないと不利だからだ。

親分のとこには本なんてなかったし、興味を持ったこともなかったが、ここ最近は唯一の楽しみになっている。

本相手なら喋んないで済むしさ。貴重な知識を教えてくれてんのに、従う必要がないからな。寝てる時間の次にストレスフリーだ。


その大切な読書の時間がなくなるなんて……この怒り、いかで晴らさん!

くそ……午後は語学だったな。あのショボ教師で憂さを晴らすか。足りねぇけど。


「おやアマネ。まだそんな格好をしていたのですか。お嬢様方をお待たせすることはなりません。急ぎなさい」


「(うげっ!)……ロンダー様、ご、機嫌よう」


ツイてないことは重なると言うが、まさかここで家令に会うとは。隙のない出で立ちの壮年の家令は、メイド長と並び「めんどくさいトップ2」だ。


「お辞儀の角度があと4度足りません。頭を上げるのも1秒早いですね。精進しなさい」


「(細けぇよ!)……ご、指導、ありがとうございます」


「では急ぐように。あぁ、ただし、当然ながら走ることは禁じます。品と優雅さを忘れてはなりません」


「(うっせぇ!)……かしこまりました」



……ハァ。オレ、何してんだろ、マジで。


寝床と飯、服までくれるんだから、感謝してる。生きても死んでもイイ無価値なオレに「生きろ」と道を示してくれたお嬢には、感謝しきれないくらい感謝してる。

けど、よくわかんねぇんだよな。なんのために生きてんのか。


つい1ヶ月前までのオレには、「親分に認められたい」「上の地位につきたい」「うまい飯を腹一杯食ってみたい」「寒くない家で寝たい」っていう望みがあった。

今は、親分には見放されたし、上も下もよくわからねぇし、うまい飯は出てくるし、寒くない部屋をもらってる。ある意味、望みは叶ってしまった。

悪党の子飼いの孤児が、金持ちのお嬢の子飼いになったんだ。とんでもない幸運だと捉えるべきなんだろう。オレだって、これが他人事だったらおもしろくねぇと思ったはずだ。


…………ハァ。

なのに溜め息ばっかり湧いてくる。自由がねぇんだよな、ここには。


与えられた自室で、支給された服を着替える。「清潔で動きやすい立派な服」から「清潔で品位ある立派な服」へ。

そういうものだと習ったが、この着替えの必要性も理解できない。贅沢過ぎて、呆れることしかできなかった。


オレの感覚で言う「一張羅を超えた一張羅」を着て、昼食の場に向かう。途中確認した時計から、頃合いだとわかっていた。

ノックをして重い扉を開け、壁際のメイド長の様子を窺う。オレを認め、視線だけで全身チェック。小さな頷きを寄越すのを確認してから、一番端の席に着いた。


お嬢のワガママで、オレは飯をメディテーラ家の面子と食べる。

普通は、使用人は別室で食べるのに、だ。「めんどくさいトップ2」に見張られながら身分の高い方々と一緒に食事をするなんて、正直キツい。いくら、使用人食堂では出ない高級なメニューが並ぼうとも、ごめん被る。

……まぁ、実際は断りきれず逃げきれないから、こうして座ってるんだけどな。ハァ。


チリーンとベルの音がして扉が開いた。お嬢の弟君のご到着だ。オレは席を立ち、跪いてそれを迎えた。


「なんだアマネ。その服、似合ってないよ? 残念だなぁ」


「(オメェにゃ関係ねぇだろ)……恐縮でございます」


今年8歳になったばかりだという弟君は生意気盛り。相手になんかしてられない。


チリリーン

弟君が席に着いた頃、今度はお嬢の到着を知らせるベルが鳴った。


「あら、ランジオ。早いわね。体調はいかが?」


「ありがとうございます姉上。今日はかなり好調です。ところで姉上!」


姉弟であっても、上の者が先に声をかけるまでは黙っていなければならない。一度会話が成立してしまえば、後は自由だ。


「アマネのあの格好は姉上の趣味ですか?」


「格好? どこかおかしいかしら?」


オレはずっと跪いて控えている。この後、当主夫妻が来るからだ。当主の許しがなければ、オレはこのまま。

そういうはっきりわかりやすいのは好きだ。親分のところでも上下関係は仕込まれた。


「おかしいですよ! なぜ貴族男子の服なのですか!?」


オレは弟君より格の落ちる、けれど似た作りの服を着せられていた。入室した時にメイド長チェックでOKをもらったのだ、着こなしに間違いはないはずだった。


「そういうことなの。仕方ないでしょう、アマネに似合うのだから」


きっちりした上下関係が生まれるはずのお嬢達が、こうしてオレに些細なことで構ってくるのが、この屋敷に来て以来常に抱える違和感の原因だ。

ドレスコードさえ満たせば、オレがどんな服装をしていようが関係なかろうに。少なくとも、教わった中にはない行動。混乱する。


「それを言うなら! ボクが選んだ服だって似合いますっ!」


「そうでしょうね。けれど、まだ時期ではないわ」


よくわからない言い合いを続ける姉弟。

それは、チ・チリリンとベルを鳴らして夫人が入ってくるまで続いた。


「揃っているようね。お父様は本日、王城でお仕事をされています。ですから、ワタクシが代わりにこのお食事の主人となりましょう」


気の強そうなお嬢をさらにキツく、美人にしたのが奥様だ。はっきり言って近寄りたくない。

あーゆー顔した女はプライドの塊だから面倒なんだ。お嬢も育ち方間違えるとあーなるぞ?


「ティカーテ、学院の予習は進んでいて?」


「はい、順調ですわ、お母様」


「ランジオ、午前中はどのような本を読んだのかしら?」


「『黄昏王の夜明け』です、お母様」


「二人とも、よくお勉強しているようね。母は嬉しいわ。きっとお父様もお喜びになるでしょう。……アマネ」


「はっ!」


旦那様がお出かけだとは、がっかりだ。旦那様の鷹揚さを少し奥様にも分けてあげりゃイイのに。夫婦って奇妙だ。


「ギビドに一太刀入れることはできたのかしら?」


「未だ未熟に、て、申し訳、ございません」


「パーサ、ガンナ・ツァイ先生をお呼びなさい。聞き苦しくてたまらないわ」


「かしこまりました、奥様。すぐに手配致します」


「ひと月もあったのにまだこの状態よ? 本当にモノになるのかしら。ティカーテのワガママにも困ったこと。

あぁ、アマネ、もうイイわ。お座りなさい」


このババア、いっつもネチネチネチネチ言いやがって。素直に「悪党出身の孤児なんかと一緒に食べたくない」って言やぁイイじゃねぇか。そうすりゃオレだってアンタの顔を見なくて済むんだ、万々歳だね。マジでウゼェ。


腐れ奥様の指示で取り分けられる豪勢な食事。オレには「ウマい」で十分なのに、またあの女が


「このローストビーフはどこの産地のものかわかって?」


とか


「キャビアの産地と言えば当然どこかわかるわよね?」


とか余計なことを訊いてくる。オレじゃなくお子様方に訊きやがれ。マジなんなのコイツ。こんなの無視無視! ……といきたいのに、このくそスキルめっ……「一層、精進、し、ご期待、に添え、るよう、努力します」じゃねー!!


どこに入ったのかよくわからない昼食を終え、自室で筆記用具を用意する。午後は毎日勉強だ。お嬢が勉強してる横で一緒に勉強する。もちろん、やってる内容は別だけど。

勉強は嫌いじゃない。むしろ、勉強できる環境なんてのは悪ガキからすりゃ憧れだ。素直に嬉しい。

……たださ、長いことひたすら座ってるってのは、拷問の仲間だと思うんだよな。背筋がウズウズしてくるって言うか、頭が痛くなってくるっつーか、さ。


紙を束ねたノートとペン、インクを抱え、廊下に出た。その時だった。


ブビーーーーーーッ! ブビーーーーーーッ! ブビーーーーーーッ!


異常に大きな音が響いた。思わずビクリと体が震えるレベルの轟音。

……警報、だよな?


不快な和音にそう思う。……思った瞬間、オレは走った。手に持っていたあれこれをブチまいて最短距離を全速力で駆ける。

これは警報だ。初めて聞くけど間違いない。


「警報が鳴ったら何を置いてもお嬢様の元に駆けつけろ。身を挺してお嬢様をお守りするんだ。お前の命はお嬢様のものなのだから」


屋敷に連れて来られた初日から、ギビドに繰り返し、そう教えられた。

お嬢の身に何かが起こっているのか、それとも屋敷に賊でも入ったか、オレには一切判断つかない。それでも、走る。この時間お嬢がいるだろう、お嬢の部屋に向かって。屋敷の奥まった場所にある、常に護衛の立つ部屋に向かって。

教えられたから。そうだ。勝手に体が動くんだ。……いや、違う。オレは本気で焦っている。心から必死に走っている。だって……。


お嬢に何かあったら、オレはまた生きる意味のすべてを失う。


黒蜘蛛の親分に捨てられて感じたあの、空虚さ。何もない、恐ろしさ。無力な子どもなんだって、現実を突きつけられた。

冷たい地面だけが、隔絶してしまった世界にあった。それだけ。ツラかった。


もうあそこには戻りたくない。

……贅沢は言わねぇ。奥様の嫌みも家令達の細かさも、我慢する。だから無事で……


「ティカーテ様っ!!」



努力は報われる。それがチート!!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ