EPISODE1 紫炎覚醒 編 その1
初投稿です。令和元年に投稿しようと思いましたが、自分の書いた小説を改めて読み返したら、誤字脱字だらけだったので、0:00時丁度に投稿出来ませんでした。悔し‼︎ …… 。
ただ!… 一応確認はしましたが、まだ、自分が気づいていないだけで、見落とし箇所が他にもあったのならそのとは大変読み辛いと思いますが、申し訳ありません。
内容はスターウォーズ風の作風ですが!…
まぁ〜 話し言葉が長いです。下手をしたら原稿用紙2〜3枚分ぐらい会話で終わっている所もあります。
小説も相当読みにくいかも知れません。それ以前に面白いろいかどうかも分かりません!… 。
でも、それでも自分はこう言う話を書いて見たいと思い、こうやって小説家になろうさんで投稿して見ようと思いました。
どれだけの人がこれを面白いと思うかはわかりませんが、成るべく多くの方に喜んで頂ける様な内容を作れたらなと思います。
「赤ちゃんができたの…」
突然の一言に驚いた。 母親が妊娠していたらしい…
それだけなら特別驚く事もなく、むしろ喜ばしい事だと思う。
そういう事をする相手がいたのかと少し関心したぐらいだ。
母はとても美しい女性だった。
息子の自分が言うのもなんだが、本当に美人な人だった。そして、そうとうモテタ。
沢山の男性から言い寄られる事はしばしばあった。
彼氏と思わしき人を時々家に連れてくる事は有ったが、特定の一人と付き合う事はなかった。
くっついては離れ又くっついては離れを繰り返していた。
中には別れた後つきまといなどが発生するんじゃないかとも思えたが、そんな事は一度もなかった。
母ほどの美人なら独占したいと思いそうだが、そんな事もなく、お付き合いした全員とは円満に別れていたんだと、その時の自分は勝手に思っていた。
周りからは貞操がないなど陰口めいた事も言われていたが、母は特に気にしてはいなかった。
自分も母の好きなように生きればいいと思っていたし、そんな母のお陰で今の自分がいるのだから、それについてとやかく言うのはおごがましいと事だと思ったからだ。
だから、母が妊娠したと聞いた時本気で好きな人ができたんだと心の中で喜んだ。
同時に少し寂しかった…
自分はマザコンである。しかもかなり重度の・・・
だから本音を言えば母には誰とも付き合って欲しくないし、ましてや結婚なんて論外だ。
でも、そんな事とても口には出せないし、悟られてもいけない。そして、僕には子が親に絶対に抱いてはいけない感情すら自分にはある。
だから僕はこの不貞な思いを心の一番奥底にしまい、母の妊娠を聞いたこの瞬間から一生出さない事を自分自身に誓い、母に満面の笑みでこう言うのだ。
「母さん本音におめでとう。僕も嬉しいよ。」
少し笑顔が引きつったかもしれないがちゃんと心を込めて言えたと思う。
母は何も返して来なかった。
そういえば母が自分に妊娠の報告してからどことなく顔が暗い気がした。
全ての女性が妊娠したからといって素直に喜べるかと言うと、そうじゃないのかもしれないと自分は思っている。
将来の不安や周りの反応、生活環境だって左右される。
正直な所 自分の家はあまり裕福ではない。
母は妊娠した事によるこれからの生活の不安と一人息子である自分がどんな反応をするのかで、心配になっているのでないかと考えた。
しかし、今さっきおめでとうと笑顔で返答したのだから、少なくても自分は母が身籠った事に関して不快感はないとある程度示したと思ったが、気持ちが足りなかったのか?
母の方見た。見た瞬間自分は「えっと‼︎」声に出してしまった。
さっきはどことなく表情が暗い程度たったが、今は明らかに青い。
母はあまり病気にかかった事はないが、風邪をひいた時ですらここまで青くなる事はなかった。
母は顔が青白くなっていくにつれ、身体が小刻みに震えだし、顔を手で覆ってとうとう膝から崩れ落ちるように、しゃがみこんだ。
手で覆った顔から何か音が聞こえてきた。震えてしゃがみこむ母に、少し怖気付きながらも近寄った。
音の正体は母の呼吸音だった。しかし、聞こえくるのは「スッ、スッ、スッ、スッ」という連続した音だけで、音と音と間隔がやたらと狭く聞こえる。
息を吐いているような音がしない…
自分はその時「はっ」とした。まさか、過呼吸になっているのではないのか?
こう言う時は、袋か何かを相手の口につけるのがいいと何かで読んだ事があるが、いざ身内がそんな状態になってしまったら、テンパってあたふたとしてしまった。
それにいざその行動に移そうとしてもそれが本音に正しいのか、ふと、頭の中をよぎってしまい、さらにテンパる。
スマホで調べればいいだけなのだが、母のこんな状態が初めてという事もあり、動揺してそんな当たり前の事すら出来なくなってしまっている。
自分の方があたふたしていると急に母が大きい声をだした…
その瞬間手で顔を覆ってしゃがみこんでいた母が、床に倒れこむようにうつ伏せになった。
「・・・母さん。」声をかけた。すると返事の代わりに、呻き声のようなものが聞こえきた。
呻き声は次第に大きくなり、やがてそれは泣き声へと変わった。
大の大人が産まれたばかりの赤子のように泣きわめき、伏せた顔と床の間には鼻水の柱が垂れていた。
そんな母をただ見つめる事しかできず、何と声をかけていいかも分からなかった。
元々根が小心者の自分にはこんな事態に対する備えもなく、そもそもが、こんな姿の母を一度も見た事がないため、輪をかけて取り乱してしまった。
母は泣きやむ事はなかった。ただ泣き声だったのがある一つの言葉に変わった。
ごめんさい、ごめんさい、ごめんさい。母はひたすら謝罪していた…
何故?誰に?戸惑いながら頭の中でそんな考えが一瞬よぎったが、そんな事より早く何か母に声をかけなければいけないと思い喋ろうと声を発しようとしたとき。
「ごめんなさい、【縁】君…」
出そうとした言葉が引っ込んだ。母は僕の名前を言った…
どうし僕に誤る必要があるのか?自分の名前なんて出されて謝罪なんてされたら、さらにテンパるだろうと思ったが、そうはならなかった。
むしろさっきより冷静になれた…
いや、違う。冷静になったんではなく、母の突然の挙動に対する戸惑いや恐怖ではなく、怒りだった。
怒りのせいで恐怖心が中和され、冷静そうに見えているだけだ。
当たり前だが怒っているのは母に対してではない。母をこんな状態にしたやつにだ…
。
普通に考えれば妊娠したからといって、それがお互い愛し合った形で、成された結果なのかといえばそうじゃない事など多々有るだろう。
考えたくもないが、母の今の状態を見る限り、望んで身籠った訳ではないと思う。
僕にわざわざ号泣してまで誤るぐらいなんだから、僕に対して母は何か後ろめたい何かがあったと感じたから、今こんな事態になったんだろう。
正直、母自体が何かをした所で僕はそれについて、意見もしなければ、間違いを正す事もしない。
例え、それが第三者にとって最悪な事でも僕は迷わず、母の方を擁護する。
言っている事はもちろん滅茶苦茶で、稚拙だが、自分にとっては母の幸せこそが、第一なのである。
この人は、あえて僕には言わないだけで、自分を育てるにあたって、相当無理をさせてきたと思っている。
母は端から見れば男を取っ替え引っ替えしている、貞操のない女性と思われがちだが、そんな事はない。
母は全て計算してやっている…
この人は美人だが、同時に頭も相当良い。どんな質問をしても全て答えていた。
クイズ番組を見ていても演者が答えるよりも先に全て解いていた。
勉強も学校で教わるより、母に教えてもらった方が、頭に入った。
それに今まで僕に紹介していた男性も、社会的地位が高い人達ばかりだった。
後で調べてたら連れて来て全員が、有名な会社の社長や医者、大学教授、政治家なんかもいた。
そんな人達と付き合っていくには、ただ見た目が良いだけは話しにならない。
普通の人よりも高い教養が必要だと思う。
だからといって母は、彼らから必要以上に金銭や何らかの特別な支援を受けていた訳ではない。
ほんの少し困った時に助けてもらうだけで、男性からプレゼントを贈られても、基本的には受け取らないし、僕に彼氏側からお小遣いと称して、現金を渡されそうになった時も、母はそれを静止していた。
たぶん母は、必要以上に個人と密な関係は築きたくはなかったのかもしれない。
それでも男女が付き合うのだから、口に出しづらい行為も有ったはず。
それでも今まで、男女間のトラブルは僕が知る限りはなかった。
でも、そんな上手くやれていただろう母は、今の姿を見る限り、初めてしくじったんだと思う。
人間なんだから全てが成功するなんて事はない。
どんな事でつまずくかは分からない…
それでも、自分は母に対してこの人なら全て完璧に、物事をやりとげられる人だと勝手に思っていた。
そんな自分勝手な幻想を託した人は今、自分の目の前で泣き崩れている。
脅されのか強姦されたのかは分からないが、少なくても、この人をもってしても対応出来ない事態になった。だから、泣く事しか出来ないんだと思う。
母からまだ、詳しい事情は聞ていないから懐妊した事そのものが、母が悲しんでいる原因かはまだ分からない。
でも、妊娠した事を僕に報告した後、謝罪して泣くのだから少なくても、望んだ形で身籠った訳ではない…
母には悪いが、引きずり出してでも産婦人科に連れて行く。
お腹の様子を見る限り、膨れているようには見うけられないから、まだ間に合うとは思う。
もし、中絶出来る期間が過ぎているなら、その時は………
僕が殺す。
順序で言うならまずは警察に相談するのが、専決なんだと思う。
しかし、病院に行って法的に処置できなければ、最悪の事もしなければいけなくなる。
でも、 本当にそんな事をすれば結果一番迷惑を被るのは母親である。
事情を知らない人達からは今まで以上の心無い言葉がかけられるかも分からない。
だから隠す…
警察だけには絶対に言わない。
お腹の子供には罪はない。ないが、母を悲しませてまで出来た子の面倒など見たくはない。
仮にこのまま産んでも、いつか自分が何かしてしまうかもしれない。
それならいっそ命が出来上がる前に処置した方がいい。
身勝手で異常だが、大切な母を無理矢理孕ませたかも分からない男の子供など、愛せる自身がない。
母がもしお腹の子供に哀れみを感じ、産むと言っても自分は拒絶する。例えその事で母と決別しても…
この想いに母の感情はまったく介していない。
結局自分は母をこんな状態にしたやつと対して変わらないのかもしれない。
でも、その時の自分は冷静さを装っていたが、実際は泣いている母を無理矢理にでも問い詰めて、こんな事をした者に制裁をしてやろうとしか考えていなかった。
母は悲しんでいるのだから例え上辺でも、励ましの言葉一つかけてあげるのが正解だったのかもしれない。
だが、その時の自分はそんな事さえ気付かずに、母に怒声を含んだ言葉を投げかけようとしていた。
僕は母に「母さん」と少しきつめに言いかけた時に、母が急に顔を上げた。
言葉に反応して顔を上げたのかと思ったがどうも違う。
あれだけ流していた涙も止まった。
鼻水が鼻から口にかけて氷柱のように伸びていた。
美人が台無しだ…そんな事をふと心の中で思った。
さっきまで泣き続けていたから、瞼は赤く腫れていた。
母は泣くのを止めた変わりになぜか、険しい表情をしていた。
眉間にシワを寄せ何か考え込んでいるようだった。
僕は母が泣き止んだのなら、これで詳しい説明が聞けると思い、もう一度母に言葉をかけようと口を開きかけた時に…
「ああああああああーー」と母が悲鳴を上げた。
頭を搔きむしり、悲鳴を上げ続ける。
今度はなんだと母の方に駆け寄る。
母は駆け寄ってきた僕を上目使いで見据え、両腕をいきなり掴んできた。
母の瞳孔は完全に開ききっており、眼球が上下左右に小刻みに動いていた。
掴まれた腕も、とても女性が握っているとは思えないほど力が強く、ふり払おうにも出来なかった。
正直なにが起こったのか分からず、さっきまで湧いていた怒りは何処かへ吹き飛び、とても正常とは思えない母の有様に、恐怖すら感じてしまった。
捕まれ腕を何とか解こうとジタバタ動かした。
動かしていたら、腕を下の子に勢いよく引かれ、腰が落ちた。
母と僕の目線が丁度同じぐらいの高さになった。
母は掴んでいた腕を離し、僕の両頬に手を当て、そして…「早くにげっ」
「➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖➖」
いきなりだった。とてつもなく大きい音が響いた。
船の警笛のような感じだが、もっと音域が高く、パトカーや救急車のサイレンのような音も混じって聴こえた。
音はまだ続いている。音と共に強烈な振動もくる。
天井から塵が砂時計のようにサラサラ落ちていた。
凄まじい音と指導のせいで、心臓に直接打撃を与えられるような、連続した痛みが襲った。
立っていられない…
僕はその場に膝を着いて倒れた。
鼓膜もこの強烈な重音のせいで限界が近づいていた…
音が止んだ。
さっきまで鳴り響いていた音が急に止まった。
僕は母の方を振り向き叫んだ。
叫んだ時驚いた、 何も聴こえない…
周りの音も自分の声さえも…
あの凄まじい音のせいで完全に鼓膜がやられてしまっている。
母もあの音と振動のせいで倒れ込んでいた。
意識はあるようだが耳を押さえ苦しんでいる表情だった。
母の側に行こうと立ち上がろうとすると、上手く立てない。足元がフラフラ千鳥足になる。
数分間激しい音にさらされ続けた鼓膜はその機能を失い人から平衡感覚を奪っていた。
少し周りや自分の声が聞こえ始めた時に今度は強烈な耳鳴りが頭の中に響いた。
鐘のような音が途切れることもなく、頭蓋骨全体を包み込むように鳴り響く。
正直さっきよりこちらの方がきつい。吐きそうになる。
口を押さえ喉の奥から込み上げてくるものを、もう一度胃の方に流し込んだ。
気分が悪くなり、その場にまた倒れ込んでしまった。
涎と少しの吐瀉物の混じった咳が何度もでた。
うなだれていると母が目の前に立っていた。
さっきまで伏せていたのにもう立ち上がれるのかと思った。
母の顔は何故か焦っているようだった。
急に母が僕の右腕を掴み勢いよく引いた。無理矢理そんな事をされたので、足をよろめきながら立ち上がった。
母は何も言わず玄関の方に僕の腕を引いて走り出した。
狭い室内を急いで移動した為、机の角や引き戸のレールにおもいきり、腹や肘、足先などをぶつけた。
痛くて足を止めそうになったが母は僕の方を振り向く事もなく、腕を引っ張って強引にでも進ませた。
さっきから何が起こっているのかも分からず、今の異常な状況に身を置く状態は、自分自身の許容出来る処理速度を超えてしまっている。
僕は「母さん」と大声で叫んだ。母が振り向いた。
母の目は血走って、とても正常な判断をしてるいるとは思えなかった。
とりあえず歩みを止めてくれたが、母は僕の両方の二の腕を握り潰すかのような勢いで掴み、暴力でもふるわれたかのような苦悶の表情で。
「いい、縁君、今だけは何も聞かず黙って私と一緒ににげっ・・・・・・・・・・・・・・・・・」
また大きい音が響いた。それと同時に眩い閃光が走った。
室内にもかかわらず、目に直接車のライト数十台分の光を一切に点灯したかのような明かりが、眼球に差し込んだ。
強烈な 光りを目に浴び視界が一面真っ白になった。
そしてそれと同じ瞬間、てつもない衝撃がきた…
本当に一瞬だった。例え目が見えていても何が起こったか分からなかったと思う。
ただ、身体が浮いたような感覚があった。その瞬間はどちらが上か下かはっきりしなかった。
時間にしたら5〜6秒だったと思う。その後、背中の方から物凄い衝撃がきた。
僕はそのまま気を失った…
「熱い」目覚めて最初に出た言葉がそれだった。
頭頂部の辺りが異様に熱い。熱くて手で頭皮を押さえた。
押さえた瞬間手の方が今度は熱くなった。
慌てて手を引っ込め、起き上がろうとするが立ち上がらない。
身体に力を入れようとすると全身に痛みが走った。
首だけは少し痛むぐらいでかろうじて動いた。
さっきの閃光のせいでまだ視界はぼやけているが、大体の像は確認出来る。
首を限界まで後ろに傾け熱さの正体を調べた。
自分の頭上10センチくらいの距離で何が燃えいた。
炎は風に煽られ僕の頭皮に少しずつ火の粉を撒いていた。
目に火の粉が飛んで来そうになって、慌てて顔を前に下げた。
何故?家の中で物が燃えいるのか。そのときになってやっと気付いた。
自分が屋外に放り出されている事に…
よく見ると瓦礫の山のような所で自分は寝そべっていた。
少しずつだが視力が戻り身体も動かせるようになった。
一番最初に被害を受けた聴覚は完全に元に戻っていた。
直ぐに立とうとすると痛みが走るので、ゆっくりとゆっくりと、なるべく全身の神経を刺激しないようにして起き上がった。
起き上がり周りを見渡した。
自分は愕然とした…
戻りつつある視力が映したのは、辺り一面がさら地のようになっている光景だ…
遠くの方では巨大な火柱が天高く上がっていた。
自分が倒れていた場所はたまたま火災や瓦礫の下に埋まるなどの被害は免れていた。
目覚めたときも瓦礫の上で横たわり、火災も小さな焚き火程度のものが、自分の寝ていた頭上数センチの所で燃えていたぐらいで、大した被害はない。
身体の方も衝撃によるあざや切り傷があるが、それ以上の損傷は見受けられなかった。
自分は幸運な方だと思った。僕が住んでいたで在ろうアパートはその原型を留めていなかった。
この有り様なら、ここに住んでいた他の住居者は瓦礫の下に埋もれていても不思議ではない。
本当についていたと思う。他の住人にはかわいそうと思うが…“他の住人”…顔が青ざめた。必死に辺りをもう一度見渡した。
衝撃的な事態が起こり過ぎて自分以外の事を考えいなかった。
他の事など切り捨ててでも絶対に忘れてはいけない確認を怠っていた。
母がいない…
視界が捉えられる範囲では、母の姿は確認できなかった。
焦った…自分が倒れていた周辺の瓦礫を手当たり次第漁った。
中には木材がささくれて剣山のように尖った物や、薄く刃物のように切れやすくなった鉄板などが散乱していた。
軍手などしていない剝き身の手は立ち所に血だらけになった。
爪の間に尖った木屑が何本も刺さり、鉄板やガラスの破片が奥まで漁ろうとする指を容赦なくズダズダに切り裂く。痛みで涙が流れ出た。
場所を変えては瓦礫をどかし、また場所を変えては瓦礫の山を漁った。
指先に伝わる痛みで何度も漁るのを止めようと思った。思ったが、止めなかった。
激痛に耐え、溢れ出る涙にも気に留めず探した母を…
どれだけ経ったか分からない。もしかしたら自分が思っているよりも、時間は経過していないのかもしれない。
数分なのか数時間なのか探した。探して、探して、探し続けた。見つからなかった。
いや、見つかる訳がない…
人一人が出来る事なんてたかが知れている。中には巨大な瓦礫も散らばっている。こんなのを自分一人で撤去出来る訳がない。
それでなくても、瓦礫を漁り続けた両手はボロボロになり、少しでも指を動かそうものなら、静電気を数倍酷くしたかのような、刺激と痛覚が襲ってくる。
もう指は動かない…
意気消沈とした。この瓦礫の山に母が埋まっているかも知れない。 瓦礫の底で苦しんでいるかも分からない…
助けたい…でも、今の自分の力では母を救い出す事が出来ない。
物を持とうにも、持った瞬間痛みが走る。こんなの事で探せなくなるのか。
情けなくて涙が溢れた…
最初は数滴涙が出る程度だったが、次第に感情が高ぶり、自分でも制御出来ないくらいに涙が滝のように溢れ出た。
僕は泣きながら叫んだ…「助けてください。誰かぁーーー 母さんを助けてください。」
何度も同じ言葉を叫んだ。叫んで、叫んで、叫んだ。
「ごっげぅっお…ごほっ」何度も何度も叫ぶ事で気管が燥き、嗚咽感を伴う咳が出る。
それでも喉を押さえ声がかすれても叫んだ。誰かが来てくれるまで…
20歳を向かえた大の男が、屋外で鼻水を垂らし、号泣しながら大声で誰かに助けを呼ぶ。側から見れば何と滑稽な姿だろう。
しばらく叫び続けたが、返答はなかった。聞こえくるのは、遠くの方で聞こえくる爆発音と風が吹く音だけ。それ以外は聞こえてこない。
僕は叫ぶのを止めた。いくら叫んでも人はこない。そもそも、もう、声が出なかった。
手も使えない。声も出さない。今使えるのは足だけ。誰も来てくれないなら、自分から探しに行った方がいいのかもしれない。
でも、この場を離れたくない…
もし、もしもだ、僕が離れている間に瓦礫の下で気絶していた母が目を覚まし助けを求めたら直ぐに助け出せない…
分かっている・・・仮に母が埋まっている場所がわかっても、今の自分では助け出せない。
絶対に複数人の力が必要だ…
自分に都合に良い言い訳をしてただ離れたくないだけ。
今までの人生で、自分は母に甘えまくっていた。何をするにも母がやってくれていた。
言葉や態度では鬱陶しがったが、母は僕の世話をするのが嬉しそうだったし、自分も内心楽をしたかったから、自分の方から自発的に何か行動を起こす事はなかった。
今だってそう、本当は怖いし、何もしたくない。
この場に母がいたのなら、全て彼女に任せていたかもしれない…
母が泣き出したとき、自分はお腹の子を殺すかもしれないと大層な事を考えたが、今になって思えば、本当にそんな事が自分に出来るとは思えなかった。
怒りが治れば結局は母に解決させたに違いない。考えるだけで行動しない自堕落な自分、それが、僕『藍田 縁』の本質だ…
さっきから必死に母を助けようとするのも、もし、いなくなたっら僕一人では何も出来ないのが分かっているから…それが不安でしょうがないから彼女を探す。
どこまでも自分本意で身勝手、でも、今母が無事でこの場にいたならこうやって自分を見つめ直すなんてしない。
テレビや新聞では毎日沢山の不幸な情報を目にする。
でも、そんなのは一緒自分とは無関係で母はとは何だかんだ平和に暮らしいけると思っていたから。
いつかは母だって死ね、それは人であろうがなかろうが、産まれた物には絶対に逃れなれないものだから…だけど、正直そんな事を考えた事はこの瞬間までなかった。
自分が忘れているだけで本当はそんな事も考えていたのかもしれないが見ないフリをしていた。
近い将来訪れるであろう母との別れも、今この瞬間さえ幸せならそれで良く、仮に訪れても、その時になったら考えればいいじゃないかと、ここでも甘ったれた思い違いをしていた。
だから、こんなの事になるなんて微塵も考えてこなかった。
その場に膝を着いて、動く事も考える事もイヤになった…
数分間沈黙した。しばらくして立ち上がり、かつて自分と母が住んでいたであろう今は瓦礫の残骸と化した、アパートを横に見据え、その場からゆっくりと歩き出した。
どこかに向かう訳でもない。母を助けてくれる人を探しに行く訳でもない。
一刻早くこの場所から立ち去りたいから…
さっきは母が助けを求めかもしれないから、この場所を離れたくないとぬかしたが、これはあくまで生きている前提での話しだ。
助けを呼ぶ為に叫んでいた時から薄々は感づいていた。人の声が全くしない事に…
地震なのか何かの爆発なのかは分からないが、これだけの規模の災害なら、沢山の人が犠牲にはなっているとは思う。
でも、こうして無事な自分もいるのだから、負傷はしていても、他の生存者だって確認出来るはず…なのに、人の気配が全くしない。
これだけの惨状、悲鳴の一つや二つ聞こえて来てもおかしくないのに、人の声が響いてこない…
もう、結論はついている。自分はたまたま無事だっただけで、この一帯の住人は死んだんだと…母も含めて…
今より遠くの場所に行けば生存者はいるかもしれない。しかし、少なくとも自分の視界に映る範囲では、人間どころか生物すら確認出来ない。
大袈裟だが、この世界に自分一人だけが取り残された様な孤独と不安感が、込み上げてきた。
空を見上げた…酷く曇っていた。灰色より黒色に近い、肉眼でさえ判る分厚い雲が広がっていた。
曇天の向こうから大きい光が点滅していた。雷が光っているんだろう…
今日は朝から晴れで、母が僕に妊娠の報告をした時は、丁度お昼ぐらいだった。天気予報でも、一日中快晴で降水確率0と言っていたが、嘘じゃねーかと思った。
雲の奥から漏れ出る光りの回数が多くなってきた。もうすぐ雷雨になる。
ため息が出てきた。ただでさえ焦燥感と不安で心が押しつぶされそなのに、さらに、雨にも打たれるか…
重症を負っている訳ではないが負傷はしている。 まだ、身体の隅々は痛いままだ…こんな状態で雨が降れば体温が低下し、残り少ない体力がさらに奪われる。
「最悪だ…」 僕は小声で嫌味を吐き、拳を握り締め、つま先で地面を蹴った。
辺りを見渡して見た。雨宿り出来そうな場所はない。自分が住んでいたアパートは瓦礫の山。
いちよう人一人が入れそうな隙間があるが、たかが雨をしのぐ為だけに、いつ崩れるかもしれない瓦礫の間に自分から進んで入って行くのは、自殺行為だ。
嫌、いっその事死んでしまった方が良いのかもしれない…
細く筒状になった先端が鋭利な鉄板が、瓦礫の隙間から飛び出していた…僕は歩き出しそれを引き抜いた。
表面は荒い砥石のように凸凹しており、引き抜くときに手の平の皮がめくれた。
痛みで一瞬眉間に皺が寄ったが、爪が剥がれ、深い傷だらけの手は、いまさら負傷した所でそこまで痛感を感じなかった。
最初は引き抜けないかと思ったが、力を入れて引き抜いたらあっさり取れた。長さも40センチぐらいだ。
僕は先端が一番尖っている方を自分身体に向け、首の高さに合わせた…喉元の左横辺りに鉄板を押し当てた…
首の皮が破れ血が出てきた。かまわず力を込めた…痛みが走る。
深く刺さるに連れ痛みもます…それでも歯をくいしばり襲ってくる痛感に耐え、ゆっくりではあるが、確実に深く突き刺さっている。
痛みが走る…でも、今この瞬間さえ耐えれば後は楽になる…痛みも感じず、恐怖も孤独も焦燥感さえ感じないそんな世界にいける。死ねば…
死ぬのは怖くない。母のいない世界でこれから一人で生きて行く事に比べれば自殺する事など怖くわない。一瞬で終わってしまうのだから…
鉄板がかなり奥まで刺さった。後一押しすれば、動脈に届き大出血で死ぬ。
あの世があるかは分からないし、死んだ人間の魂が同じ場所で出会うかも定かではないが、僕は希望も込めて「母さん待ってて…」心の中でそう呟いた。その時…「縁」頭の中で母が自分を呼ぶ声がした…
僕の名を呼んだ母はとても笑顔だった。
「はっ」として僕は首元に当てていた鉄板は話した。首には縦一直線の傷ができそこから血が流れ出していた。
後少し深く突き刺せば動脈を突き破り、出血死していた。
急に恐怖が込み上げてきた。それと同時にさっきまでかろうじて耐える事が出来た痛みも、悶えるほどの激痛に変わった。
自分で自傷した傷口を首の皮膚が引きちぎる勢いで掴んだ。
さっきは自分でも気づかない内に、アドレナリンがどばどば脳内に放出され、痛感が若干麻痺していたからあそこまで痛みに耐えて突き刺す事が出来たんだろう。
しかし、今は「痛い、痛い、痛い、痛い」それしか感想が出てこなかった。そして、情けなかった…
死ぬとあれだけイキがっていたくせに、頭の中で母の顔がちらついた瞬間に止めてしまった。
あれだって自分自身が見せているもの…昔、母の教えで死ぬなと言われたのなら、それを思い出し自制するかもしれない。
でも、母からはそんな事を言われた記憶がない。だから、この場合母は関係ない。
結局自分は無意識の内に心の中でブレーキをかけてしまったのだ…何故か?怖いからだ、本当は死ぬのが嫌だからだ。
つくづく惨めになった。自分は母なしじゃ一人で生きいけない。でも、だからと言って一人で死ね勇気もなかった。
遥か頭上の空はまだ、たえず光っていた。自分の力で自殺出来ないならいっその事、雷でも落ちて感電死できないだろうか…
「フッ」乾いた笑が出た。例え鉄の棒を持って空に掲げていても、そうそう落雷は落ちない。
そうじゃなくても、この曇天は光るだけで雷の音さえしない。あくまで、雲の中で光っているだけ、いつまで待てば雷雨になるかさえ分からない。
だったらこのまま何もせず衰弱するのを待った方がいい。でも、どうせ自殺しようとした時のように、母を引き合いに出して自分は生きようとするんだろう。
考えれば考えるほど自分が嫌になった。そして、そんな自分を客観視できなかった今までの自分を悔んだ。
人は痛い目を見なければ考え方を改めない。本当にそうだとこの状況になってやっと気付いた。あまりにも遅すぎたが…
首の刺し傷は出血が止まり血が固まり始めていた。まだかなり痛いが、激痛を伴うほどではない。
首をずっと押さえいたから手の平と首の皮膚が血でくっついてしまった。
首から手を剥がすとき傷口のかさぶたが少しめくれ、そこから血が一筋に垂れた。
手の平は、固まった血で赤紫色に染まっていた。
両手の手の平を擦り合わせ、乾いた血を下に落とした。
擦り合わせた手の平の隙間から固まった血の欠片が風に煽られて、どこか彼方に飛んでゆく。
手の平の血をはらい僕は適当の所に腰をかけた。
腰をかけた瞬間溜まっていた疲れが決壊した河川の如く、身体中に押し寄せて来た。
疲れた…あの得体のしれない轟音と衝撃がしてからどれだけ経っただろう…自分の感覚ではかなり時間が経過したように感じる。
どれだけ経ったか確認したかったが、時計の類いは持ち合わせていなかった。
ズボンのポケットに携帯が入っていないか探したが持っていなかった…
携帯は自分の机の上に充電したままだった。その机も今は瓦礫の残骸と化したアパートの中だが…
ふいに、目覚めて最初の事を思い出した。自分は瓦礫の山で目を覚まし、寝ていた頭上数センチで火が燃えていた。危うく頭が火傷をするかと思った。
周囲を見渡せば、遠くの方で火柱が上がり、自分のアパートと意外はほぼ残骸のないさら地とかし…さら地?
僕は立ち上がりもう一度周囲を見回した。なんで気づかなかったんだろう。明らかに周りの状態がおかしい事に…
嫌、気づいてはいたが、母やこれからの自分事を考えるのに精一杯で、周囲の異常さにまで、思慮を配る事が出来なかった。
仮にこの事態が地震によるものなら他の家屋も、自分が住んでいたアパート同様瓦礫の残骸があるはず。なのに、それがほとんど見当たらない。綺麗すぎるのだ。
それに、この自分が暮らしてアパートの潰れ方も冷静に見ればおかしい。
地震で家が倒壊したなら一階部分がドミノ倒しのように横か前後にひしゃげて潰れるはず。
僕が住んでいたのは二階だったから、二階立ての家なら二階部分は比較的残るものだが、このアパートの壊れ方は倒壊と言うより粉砕に近い。
この異変の最初はあの鼓膜を破壊する様な轟音だが、音による振動はきても大地を揺さぶる様な強烈な揺れは感じなかった。
少なくても地震によってこうなった訳ではなさそうだ。
爆破の可能性も考えた。実際あの音が止んだとき数秒挟んでから閃光と衝撃がきた。爆発の可能性を疑わな余地はない。
爆破の衝撃で瓦礫が粉々に爆砕してしまい、周囲の建物がなくなったので、この不可思議な光景になってしまったのではと考えた。
それなら家屋の残骸が周囲にあまり残っていないのもうなずける。
でも、そうなると別の違和感が発生した。周囲にはほとんど家屋の残骸はない。なのに自分の家は原型はとどめていなくても、ちゃんとそれなりの量の瓦礫が存在する。
そんな事を考えていると、ようやく自分がこの光景を見た時に感じた本当の違和感が判った。
周りがさら地の様になっているのがおかしいのではなく、自分の住んでいたアパート以外全てがさら地の様になっている事に…
昼から続く理解出来ない事態に頭を抱え、髪を両手でかきむしった。
「・・・ハァ〜なぁんだよこれ…」ため息混じりの小言が口から漏れ出した。
さっきから爆破の可能性を示唆したが、冷静に考えればそれも最初考えた地震同様違うと思う。
ごく稀に工場が爆発して周りに被害が及んだとニュースで取り上げられているのを見るが、そもそもこの周囲に大爆発を起こす様な工業施設は存在しない。
隣国がとうとうミサイルでも撃ち込んで来たのかとも考えだが、もし本当にそうならそれこそニュースや地区の防災無線でいち早く注意喚起を行うはず…
だから、この理由も違う。それに、爆破や地震どうこうの前に結局あの最初の轟音は何だったのか?解明されていない。
爆破で生じた音なら光と衝撃がくる前に響のはおかしい…普通は同時にくると思う。
この事態の不可思議さはまだある。閃光を浴びて、何かの衝撃で家ごと宙を舞っていた時、僕は強い光や衝撃を感じても“熱”は感じなかった。
この場所から遠い所で何かが爆発し、爆破な衝撃だけが来たのなら、熱を感じなくてもおかしくはない。
しかし、僕は室内にいてさえ閃光が走ったのを確認した。そのせいで視界が完全にホワイトアウトしてしまった。
激しい光が漏れ出すと言う事は、少なくて自分の住んでいた近くで、爆発の様なものが起こったと考える。
でも、それなら高温に近い熱が生じてもいいはず。自分は火傷の類はしている様に思えないし、瓦礫を見ても火で煤けた様な痕跡ものなかった。
目覚めたとき火は燃えてはいたが、せいぜい火起こしに使う種火程度のものが、点々とついてるだけである。
もし、この事態の原因が爆発なら、規模に対して、燃えている炎が小さい種火程度は考えにくい。
点々と燃えている火も、大きくても焚き火ほどの大きさしかない… 考えれば考えるほど分からなくなった。
数分前に自傷した首の痛みなど、この不可思議な惨状を考えるのに必死で、感じなくなっていた。
遠くの方ではまだ、火柱が上がっていた。
目覚めた時ここら一帯がさら地になっている事に驚愕したが、雲の高さまで伸びている火柱にも驚いた。
「火柱らってあんなに伸びんのか?」そんな事も周囲のさら地化同様不思議に思えて来た。
かなり離れた距離から火柱を見ている為、あれが本当に火柱かは分からない。生で見たのも今回が初めてだ。
地面から雲まで綺麗に一直線に伸びる火柱は、まるで曇天の中に吸い込まれている様な感じさえした。
元が炎なのだから、多少揺らめいてもおかしくはないのだが、大地に根をおろす大樹の様に綺麗で真っ直ぐだった。
上がっている火柱は一つだけだった。あの上がっている周辺だけが特別火災が多いのかと思った?
火柱を眺めているとさっきから光っていた雲が急に光らなくなった。結局落雷は起きず音さえしなかった。
‼︎・・・自分の立っている後方から一瞬激しい光が漏れ出した。
僕は振り返えようとしたが一度強烈な閃光で目をやられたのが若干のトラウマになり、直ぐには振り向けなかった。
ゆっくりと後方に身体を向け、目は閉じたまま、後ろを向いた。
またいきなり視界に光を浴びるのは恐怖だったので、少しずつ瞼を上げた。
何も無かった…
僕は一体何なんだと思い、光った方向に向かって歩き出そうとした。
でも、歩き出した瞬間歩みを止めた…
何が光ったのか確認したかったが、あの光った場所に行って果たして大丈夫なのかと、好奇心よりも不安感の方が勝った。
行こうか行かないか頭をかきむしってその場で思案していると…
‼︎・・・微かだが女性の笑い声がした。光った方向からだ。
自分は安堵した。他に生存者がいたんだと。
笑い声がする方向に走り出した。走り出すと全身が静電気を帯びたような痛みが走った。
まだ、完全に回復はしていないが、自分以外の声を聞いた事に嬉しさを感じ、痛みなど一瞬で感じなくなった。
走り出すに連れ、前から聞こえくる笑い声も大きくなる。
近づいている。そう思うと胸が高鳴った。
自分もいつの間にか笑みを浮かべいた。
この訳の分からない惨状で自分の表情は死んでいたと思う。でも、今走り出す方向に人がいる。それを考えるだけで口角が上を向く。
こんな状態で不謹慎かと思うが僕は、欲しいオモチャを見つけ買ってもらった時のような、多幸感に震えていた。
笑い声は続いている。さっきよりも大きくはっきり聞こえる。
‼︎・・・走るのを止めた。
僕は棒立ちになった。さっきは他者の笑い声がした事に歓喜していた為、女性が笑っていると言う以外他に考える事はしなかった。
だから、今笑っている女性の声質など気にも留めなかったが、近づくに連れその女性の笑っている声に聞き覚えがあった。
間違っているかもしれない。それでもこの声は聞いた事がある。
走るのを止めた。声をよく確認する為にゆっくり歩き出した…
一歩、一歩少しずつ歩みを進める度に、疑心が確信に変わり、そして涙がでて来た。
悲しや憤りではなく嬉しさと感謝で…
歩くのを止めて勢いよく駆け出した。全身の痛みなど気にしない。早くこの笑い声のする場所に行きたいから…
心の底から神様なんているとは信じてはいなかったが、今回ばかりは本当に神の存在を信じてしまうかもしれない。
神様が起こした奇跡とでしか説明が出来ない、それだけの事柄がもう直ぐ僕の目の前で起こるかもしれない。
これだけの惨状にもかかわらずあの人は生きていた。
何度聴いた事のある声。直ぐ分からなかった自分を少し恥じたが、もうそんな事はどうでもいい。
生きていたんだ母が…
向こうの方に人影らしきものを見つけた。
声のする方向をたよりにただ走っていただけなので、本当にこの方向であっていたのか不安があたったが、どうやら間違ってはいなかったようだ。
まだ、笑い声は続いていた。何がそんなに可笑しいのかと自分も笑えてきた。
目覚めて最初周りの光景を見た時絶望感が湧いた。何故、どうして、そんな考えばかりが脳裏をよぎり、とても心の底から笑える様な状態ではなかった。
だから、こうして今向かって行く方向から聞こえくる笑い声は、沈んでいた自分の表情や身体、心を、再び生きる事に奮い立たせた。
しかし、よく笑う。まるでお笑い番組を見ているかの様にゲラゲラ笑う。僕ならこんな惨状でとても笑うな気など…
・・・・・急に走るのは止めた。母のいる場所に着いた訳ではない。疲れて立ち止まった訳でもない。怖くなったのだこの笑い声に…
何故、ここまで笑う事が出来る?
不謹慎なぐらい大爆笑している。周りはある意味地獄絵図のような光景である。
今の所死体を一つも見ていないのがせめてもの救いぐらいだ。
何がそんなに可笑しい?何か嬉しい事でもあたったのかこんな惨状で…
かなり近づいた。間違いなく人が立っている。着ている服装、声からして母だとは思う?
母は後ろを向いていた。後方から近づいてくる僕には気づいていない。
僕はなるべく足音を立てない様にして歩いた。
普通なら今すぐにでも後ろから抱きついてお互い無事だった事を感謝しあいたい所だが、心のどこかでそれを拒絶する自分がいた。
母はこんな笑い方をしただろうか?
母が大笑いするような場面は僕が知る限りでは見た事がなかった。
笑っても微笑むぐらいで声を荒げてまで笑う様な事はなかった。
母は言葉使い仕草どれをとっても全てに品性を感じさせる人だった。
でも、今僕の目の前で聞こえる母の笑い声には品性どころか、人間性まで感じなかった。
人違いか?そんな疑問が脳裏をよぎる…
後ろ姿は間違いなく母ではある。しかし、顔を前から見ていない為他人の空似と言う事もある。
母が生きていたと思った。でも、自分の勘違いだったのか…
胸に湧いた希望にもやがかかる様な感じがした。
母らしき人が笑うのを止めた…
ようやく笑わなくなかったかと思い、及び腰ではあったがとりあえず声をかけようとした。
‼︎…僕は気づかなかった。さっきから母とおもしき人物ばかりに目がいき、彼女の足元にある物を…
何が倒れていた。まだこの位置からではよく見えないが黒い布の塊の様に見える。
立っていた母がしゃがみこみその黒い物体を触った。
母が触った瞬間黒い布の様な物が動いた。
動く?…僕は動揺した。
最初動物でも入っているのかと思ったが、今動いたいるあれはどうも人間臭さがある。
そんな自問自答を頭の中でしていると、黒い布はまるで、寝返りを打つ人の様にゴソゴソ動き初めてた。
黒い布と地面の接地面の間から何か長細い物が伸びた。目を細めそれを凝視した。
腕か?…黒い布から出てきた物は人間の腕の様な形をしていた。
腕の先端が動いた。手だ…腕も手の部分も黒く覆われていた。黒い手袋に黒い長袖を着込んでいるんだと思われる。
顔を見ようとしたが分からない。黒い布が頭と思われる部分に覆い被さっている。
あの黒い布の塊は人間なのは間違いない。
何故あの様な全身黒ずくめの恰好をしているか不思議には感じたが、少なくとも地面に伏して倒れているのだから、どこか身体が優れないのかと思った。
僕は助けようかどうか考え迷ったが、ふと、頭の中で可笑しい事に気付いた。
どうして目の前で倒れている人を母は助けようとしないのか、どうして倒れている人のそばであれだけゲラゲラ笑っていられるのか…
考えれば考えるほど分からなくなった。本当に今目の前いる人は母か?
さっき母の笑い方に品性を感じ得ないと思ったが、今は母のする行動に品性どころか人としての思いやりさえ感じなくなってきている。
しゃがみこんでいた母が立ち上がり、右腕を胸を高さまで持って行き何かを取り出す様な仕草をした。
胸の辺りから何かを取りだした母は、右手に金色の筒の様な物を持っていた。
長さは多分20〜30㎝ぐらいで、そこそこ長い。
あんな物を胸のどこにしまっていたのかと思ったが、母が胸の辺りから金色の筒を取りだした瞬間、母の足元で倒れている全身黒ずくめの人物に母は背中の辺りに激しい蹴りを入れた。
目を疑った。何をしている‼︎…全く予期していなかった行動を母が取った為、身がすくみ思考が考える事を一瞬止めた。
母は何度も倒れている人物に向かって蹴りを入れ続ける。
蹴りを何度も入れられたび、黒い外套の奥から顔が見えず共も、動き方で苦しそうにしているのは見て取れた。
止めなきゃ…
僕はすくんで動かなくなった思考と身体を元に戻す為、頭を左に勢い良く振り、右手で自分の腹を強く叩いた。
「うっ」思いのほか強く叩きすぎ痛みが走ったがそんな事はどうでもいい。早くあの行動を止めないといけない。
母がどうしてあの様な行動をしているかは分からないし、もしかしたら母とは別人でやばい奴かもしれない、でも、だからと言って無抵抗の相手を必要以上に傷つける様を黙って見過ごすほど自分は人間として腐ってはいない。
僕は走り出し母に手を伸ばせば届く距離まで近づいた。
そして、叫んだ。「やめっ…………………」
背後からいきなり叫んだ為、身体全体をひねる様にして彼女は振り返った。 別人ではなった間違いなく母だった。
母が振り返った瞬間 紫色をした光の線が自分の右腕辺りを横に薙いだ様な気がした…
何かが自分の右側面の視界を横切った。
何かが横切った瞬間右腕に今まで感じた事のない激痛が走った。
自殺しようと自分でつけた首の傷など可愛く思えてくるほどの痛みが走る。
走っていた自分は右腕にいきなりきた痛みに全身の神経が耐えかね足元からバランスを崩し顔から地面に突っ込んだ。
地面に勢いよく突っ込んで本来なら痛みで顔を押さえるが、顔の痛など気にしていられないほど右腕の方が痛い。
右腕を押さえようと左手をかざしたら、焼ける様な痛みが手のひらにきた。手のひらを見ると赤くただれて焦げた様な跡もあった。
なんだ……右腕の方に目をやると二の腕の先がなかった。
切り口から煙が出ており皮膚が火を点けた炭の様に赤く発光している。
「ああああああああ……」それしか言葉が出てこなかった。
切り口に触れない様に右腕を押さえた。押さえるが痛い。意識が飛ぶ…
「うぐぁっ……」右横腹に蹴りを入れられたような衝撃がきた。反動でうつ伏せに倒れていた自分は仰向けになった。
急に来た衝撃で飛びかけていた意識が再び元に戻った。しかし、右腕の傷みはおさまらずこのまま意識がなくなった方が良かったと思った。
不意に視界を右側に向けた。自分の倒れている少し向こうに何かが地面に落ちていた……
肌色でくの字に曲がって一部分が赤く光って‼︎…………目を背けた。何が落ちているのか分かったからだ。
人間の腕が地面に落ちていた。手の向きからして右腕だと思う。
自分に残っている二の腕の切断面と地面に落ちている腕の切断面が両方共赤く光り煙がでている。
最悪だ……たぶんあの地面に転がっている腕は自分の右腕だと思う…何故?切断されたかは分からないが、いくらさっきまで自分についていた物とはいえ見て気分の良いものではない。
気分が悪くなり息が途切れ途切れになった。息使いが変になろうとも、切断された右腕の痛みは絶えず続いていた。
「なんだ、お前……」自分に話しかけてくる声がした。
目を細めて開けると母が立っていた…酷く怯えた様な表情をしていた。
痛みを我慢する為に歯をくいしばり、目をつぶっていたから最初誰が喋ったかと思った。
声を聞いても分からなかったのは全神経が右腕の痛みに集中するような感じがして声を聞いても聴覚が母なのか別人なのか判別できなかった。
しかし、僕は絶えず駆け巡る電流のような痛みをこらえながらも母が倒れている自分に語りかけた言葉の意味に違和感を覚えた。
どうして母は自分に対して他人行儀な言葉を言うのか?
ここに来るまではこの人の後ろ姿しか見ていなかったから本人かどうか判別できなかった。
しかし、今自分を見据えている人は他人の空似などではなく間違いなく母だ…母なのにどうして僕に対してそんなに怯えと不快そうな視線向けるのか分からなかった。
それと何故、腕を切られ痛みで悶絶する自分を助けてくれないのか…何故黙って見ているだけなのか?
なるべく思考を巡らせ右腕の痛みをなるべく意識しない様にした。
不意に視線を母の手元の方に向けた。母の顔ばかりを見ていた為自分は母の全体まで意識を集中して見ていなかった。彼女の右手には僕が右腕を無くす前に見た金色の筒のような物を握りしめていた。
‼︎……その金色の筒を眺めていると母が急に僕の顔を左足で踏みつけて来た。
いきなりの事で思考がパッニックを起こした。訳が分からなかった…どうして母はこんな酷い事をするのか?
足先に少しずつ体重がかかり顔が地面にめり込んでいく。
僕は左手で踏みつけられている足を掴み顔から離そうとした。
「っう……離せ……」母が僕にそう言い放つと足を掴んだいる左手の手首辺りを右足で勢いよく蹴られた。
蹴られた反動で手首の骨が外れ左腕は叩きつけられる様に地面に倒れてた。
母は手首の外れた左手を顔同様踏みつけて来た。
手首の骨が外れ皮膚でしか繋がっていない左手は、上からかかる圧力でどんどんへっこんでいきひし餅のように平たくなっていった。
顔を踏みつけられ、右腕は失い、左手は手首が外れ動かず、上左右からくる痛みにただ目をつぶり歯をくいしばる事しかできなかった。
だが、一番辛いのはそれをしているのが他でもない母だと言う事がなにより悲しかった…
僕が呻くだけで何も話さないでいると頭を踏みつけていた足をどかし、僕の胸倉を左手で掴み無理矢理立ち上がらせた。
痛みと焦燥感で意識が朦朧としていたがなんとか最後の悪あがきで、頭と心のスイッチをOFFにしないように絶えていた。
母はまだ右手に金色の棒の様な物を持っていた。よく見ると先端がうずまき型に広がって真ん中に穴が開いてい、上の部分が少し筒状に出っ張っている。
見た目はでかいペロペロキャンディーのような形をしている。
母は右手に持っていた金色の筒を勢いよく振った。
振った瞬間うずまきの出っ張っり部分が警棒の様に先端が伸びて長い杖の様な形状になった。
伸びきった瞬間…伸びた根元から瞬時に紫色の光りが伸びた部分を包むように下から上に光りの線が駆け上がった。
霞む視界でその異様な光景に目を奪われていると母がその光る棒を僕の左側面の顎に当てて来た。
当てられた瞬間皮膚の表面が赤く発熱し煙を上げた…
だが、 昼から続く理解しがたい出来事の数々にもう自分の心と感覚は完全に麻痺し、焼印を押されいる様な状態なのに、痛みも熱さも感じる事ができなかった。
口を半開きにし虚ろな目で何も言わず怯える事さえなくなすがままにされている僕に母は苛立ったのか掴んでいた胸倉を離した。
離され途端僕は糸が切れた人形の様に膝から地面に崩れる様に後ろに倒れた。
母はそんな僕を侮蔑のこもった瞳で見つめ何回も歯ぎしりをしていた。
母は紫色に光る棒を倒れている僕に突き立てた。
「…お前は何だ……何でお前がいる……お前がいる訳がないんだ……」
母が僕に話しかけてきた。自分は一瞬何を言われているのか理解できなかった。
お前は何だと聞かれているのにお前がいる訳がないと言う質問は、お前の事は知らないけど知っているぞと言う意味に聞こえ、質問の意味としては成立していないだろうと思った。
…こいつは母なのか……?
僕の目の前にいる女は間違いなく母の顔をしている。着ていた服装も最後に会ったときと同じだ。
仮にこの母が他人の空似であったとしても着ていた服装まで全て被るのは確率的に考えにく
い。
そもそもここまで自分の母親と瓜二つの顔をした他人がいるのか…
消えそうな意識の中そんな事自分の中で自問自答していると…ドン……母が僕の腹を踏みつけて来た。
「……かぁっぁう」いきなり腹を踏みつけて来たため下から斗流物が上がりそうになった。
母は踏みつけた腹をグリグリ体重をかけながら僕をこれまで以上の鋭い眼光で睨みつけ……
「まだお黙りか……何でお前がいる…なぁー何でだよ…何でここにお前がいるんだよ……なぁー」
質問の意味が分からない。この女はさっきから何を言っているんだ…さっきは僕の事を知らないそぶりだったのに今は僕の事を知っているていで話している…何なんだ……
母が腹を踏みつけていた足をどかした…母はしゃがみ込み僕の顔の前で左手を広げ、手のひらを少しずつ僕の顔に近づけた。
母は眉間に皺を寄せ目をつぶった。そのときは何故自分がそう思ったかは分からなかったが、何だか何かを念じている様に感じた。
顔の前に手のひらをかざす…何が起こるんだと思ったが特に何か起こる様子もなく、母はただ黙って僕の顔の前に左手を目を閉じてかざすだけだった。
時間にして1分ぐらい経ったとき手をかざしていた母がかざすのを止めて立ち上がり、長い髪を左手で前から後ろにかいた…
母は左手で顏を押さえ身体をプルプル震わせながらニヤけ顏になりくすくす笑い始めた。
母が後ろを振り返った。振り返るとそこには黒い布に覆われた物があった。
‼︎……そうだ、一連の出来事であの存在を忘れていた…あれは人だった…母があれに暴行していたのを止めようとしたが為に今自分はこんな事になっている……
正直あの黒ずくめには少し恨めしい気持ちになった…
彼なのか彼女なのかは分からないが少なくてもただ倒れていただけたらあの黒ずくめは何も悪くは無い。
無抵抗な人間を何度も踏みつけた母が一番悪い…悪いが……自分にある無駄な正義感を晒してあれを助けようと母を止めなければ自分は傷つく事はなかったという醜い考えをする自分も確かに心の中にいた…
結局あれは誰でなんなんだ…?そんな事を疑問に思っていると母が再びあの全身黒い布に覆われている人物に近づいた。
近づいて腰を前にかがめ倒れている黒ずくめの首根っこ辺りを左手で掴み、片手の力のみで自分の方に投げて来た。
投げ飛ばされた衝撃で顔までかかっていた黒い布がはだけた…
はだけた隙間から見えたのは女性の顔だった…多分外人だと思う、肌は血が通っていないのかと思うほど薄白く、髪はゆるいウェーブのかかった長い金髪をしていた。
呆然と黒ずくめの中身を見ているとくすくす笑っていた母が突然大笑いを始めた。
この笑い声を聞いて自分はここまで来た。今思うと凄く下卑て不快の笑い方をしていた…絶対母はこんな笑い方をしない…まして倒れている人間を必要以上に蹴り続けるような事もしない…
やっぱりこいつは母じゃない同じ顔をしているが別人だ…この突然切り落とされた腕もあの女が持っている紫色に光る棒のようなもので切ったんだろう…切られる前に自分は右腕に紫色の閃光が腕を横切るのを見た、その瞬間腕が吹き飛んだんだから少なくてもあれが原因だと考えられる。
普通に考えれば荒唐無稽な話しだが、昼間から続いた理解しがたい現象を垣間見れば今自分に降りかかっている状態も特に不思議に思う事はなかった。
あの女が手に持っていた光る棒が瞬時に元の長さに勝手に戻った。
あの女が笑うのをこらえる為口元に手を当ててこちらに近寄ってくる
笑いはこらえているが終始ニタニタした表情を浮かべており、自分はたまらなくその笑顔に怒りとそれと…何故か殺意まで感じた。
あの女が自分と、この倒れている黒ずくめの女性の真ん前に立ち尽くし侮蔑のこもった瞳で自分とこの女性に話しかけた…
「お前らマジか、マジで頭可笑しいな…よくそんなキモい事して生きてられるな…もう一周回って笑えてくるぞ……」
あの女はまた意味の分からない事を言っている…しかし、何故…《お前ら》なのか?この黒ずくめの女性と僕があたかも知り合い見たいな言い方に聞こえるのだが…
訝しげな表情であの女を見ていると「お前、何が何なんだか分からないって顔してるな…まぁー無理も無いか、だってお前《1度元に戻ってんだもんな》……」
《 元に戻る》…どういう事だ。自分の何をこの女は知っていると言うのだ…ただ、何故かこの一文を聞いたとき心の片隅でこれ以上はこの女の話しを聞いてはいけないと思う自分がいた…
僕と黒ずくめ女性を下卑た笑顔で見捨ていたあの女が履いているスカートのポケットに左手を入れ、小さく黒い色をした球形状の物体を取り出した。
取り出したその黒い球形状の物体にあの女が話しかけた…
あの女が黒い玉に喋っている言語は明らかに日本語ではなかったが、だからと言って他国の言語とも違う何だか発音に違和感を感じる喋り方をしていた。
そんな事を考えていると女が喋りかけていた黒い球形状の物体が突然光り出した。
光り出すとそれに呼応するかの様に空一面に広がる曇天が眩く光った…
雷のような間隔を空けての光り方ではなくずっと明るいままで、目を開けているのも辛いほどの光量が地表に降り注ぐ。
…光りが急に消えた…消えたと思ったら曇天の向こう側から突き破る様に一筋の光が舞台に上がる演者を照らすスポットライトの様にあの女を照らした。
照らした瞬間、空一面を覆っていた曇天が石を投げ入れた水面の如く波紋状に雲が一瞬で吹き飛び、開けた空からとてつもなく巨大な物体が現れた。
自分は呆然とした…開いた口が塞がらない。
いくら何でもこれはもう自分の許容できる理解の範疇を超えている…
陽はすでに暮れかけていた…空を覆い尽くさんばかりの巨大飛行物体は少しずつ地表に高度を下げた。
巨大飛行物体が自分と今だ意識のないこの黒ずくめの女性の頭上50メートルぐらいの所で制止した。
制止すると巨大飛行物体が縦一直線に開いた。
開いた隙間には蜂の巣を模した様な六角形の凹凸が幾重にも重なっていた。
その凹凸の一つが手前にせり上がってきた。
せり上がってきた凹凸はそれ一つも巨大な形をしており、よく見ると表明に無数の電子回路の様なものが張り付いている。
‼︎…凹凸の表明の電子回路がミミズが這う様な感じでゴソゴソ動き出き形を変え六角形の一面が空洞になった。
空洞の奥から何かが飛んできた…見た目は砲身とキャタピラがない戦車の様な形でこれ自体もかなり巨大だった。
自分達が倒れている10メートルぐらいの所にその空飛ぶ戦車が着地した。
戦車の頭の方が上下に開き中から何のコスプレだと言わんばかりの全身赤い光沢のある甲冑の様な姿をした集団が二列に並んで出てきた。
赤い甲冑の集団はメットの様なものをかぶっていたが、透けている部分も覗き穴らしきものも無く、誰一人として顔を確認出来る者がいなかった。
手元には自身らと同じ光沢みのある赤色で先が二股に別れている自動小銃の様なものを携えていた。
その赤い甲冑集団が二列で全員出てくると戦車の奥から道着の様な服装で赤いマントを着け、服の上からでも判るほど筋肉が隆起した体躯を持つ白人男性が降りてきた。
顔も体ゴツく大きくゴリラのような見た目をしている。
赤い甲冑集団は二列で行進していたが赤マントの男が出てくるとその場で止まり、左右に広がって隙間を作り男の歩みを邪魔しない様にしていた。
赤マントの男が自分と黒ずくめの女性が倒れている側を横切りあの女の前に近づいた。
赤マントが横切るとき一瞬だけ目が合ったが見つめた瞬間に心臓を握り潰されるかの様な圧迫感を胸に感じた。
赤マントがあの女の真ん前に立ち尽くした。そして、男は女の前で片膝のつき彼女の手を両手で取り左手の甲にキスをした。
男は手の甲にキスをすると膝を上げ後ろを振り向き大声で何かを喋っていた。
あの女が黒い玉に話しかけていたとき同様・赤マントの男も何語を話しているのか分からなかった。
赤マントが大声で何か言うと男の後方で待機していた赤い甲冑集団が行進を始め、自分と黒ずくめの女性を取り囲む様にその場に止まった。
彼らは手に持っていた銃らしき物体を自分達の方に向けた。
取り囲んでいた集団の一角が隙間を開けそこからあの女とその後を追うように赤マントの男が輪の中に入ってきた。
母と同じ顔をしたあの女が何か思いにふける様な表情で夕焼けの空を見上げた。
見上げた女の顔から涙が溢れていた。赤マントの男は道着の袖からハンカチを取り出し、女の涙をそっと拭いた。
空を見上げていた女が自分の方を見た。
女は足早に自分の方に駆け寄り自分の前でしゃがみこんだかと思うと僕の頭髪を鷲掴みにしてきた。
女は鷲掴みにした頭髪を右に左に振る。ブチブチと音を立てながら髪の毛が抜けて行く。
女はこれまで以上の醜く下卑た表情で…「なぁーやっとだ、やっと手に入ったんだ…なぁー分かるか、この気持ち…ずっと、ずっと、ずっと捜したんだ…」
「何十年も捜した…やっとだ、そして見つめた、手に入れた…凄く、凄く、凄くたまらないよ…最高の気分だ」
「まぁ〜最初お前を見たときはどうしようと思ったが…まさかそんな状態にされてるだなんて思わないよなー全然…」
女が横たわっている黒ずくめ女性を見た。「あいつ可笑しいは…イヤ、マジで〜こんな事普通しないぞ…」
女が再び自分の方を見る。
「まぁっ、そのおかげで思いがけない福産品を手に入るだからむしろあんたには感謝しなくちゃな…」
女は掴んでいた髪の毛を離した。急に離したので頭を地面に打ち付けた。
この時点出て切り落とされた右腕の痛みなど感じなくなっていた。
突然自然災害に見舞われたかと思えば、母と瓜二つな別人に空飛ぶ巨大飛行物体、SF作品に出てきそうな兵隊とその士官らしき人物……
ハァ〜深い溜息が出てきた…
自分と母がどうなったとか、この黒ずくめ女性は何者なのか、今この周囲全体で何が起こっているのとかいちいち考える事が嫌になった。
もう…どうでもいい、考える事を止めよう。それが一番いい…元々自分はそんなに賢い人間ではない。
足りない頭をフル活動させた所で何にもならない。
事態を好転させる様なひらめきが浮かぶ事もない。
自分は無駄な考えをする事によってこの理解しがたい状況を少しでも見ない様したかっただけだ…だけだったが、これは余りにも滅茶苦茶過ぎて頭を使う事そのものがバカらしくなる…
どうせこの後もさらなる苦痛と地獄を味わう事になるのかもしれないのだから、もういい…もうどうにでなれ…… 自分は完全に自暴自棄になり考える事を放棄した。
陽が暮れ空は橙色から濃紺に変わっていた。建物がなくなった町からは光りが消え、辺りは先の見えない黒い空間でしかなかった。
ただ、地上から放たれる光りがなくなったので空に輝く星がいつもより美しく見えた気がした。
虚ろな瞳で夜空を見上げいると、あの女がまた違う言語で何か言っていた。
女が何か言うと、赤い甲冑の集団の四人ほどが隊から抜け自分達に近づいて来た。
その四人は人物と今だ目覚める事のない黒ずくめ女性の脇を抱えて無理矢理立ち上がらせ、僕達の足を引きずりながらどこかに運ぼうとした。
自分はこの時いよいよ人生最後の瞬間だと思った。拷問されるのか、はたまた直ぐに殺されてしまうのか…でも、これだけは確実に分かる。絶対に碌な目に遭わない事を……
自分と黒ずくめを脇に抱えて運ぶ赤甲冑達は、僕達を彼らが乗って来た戦車型の飛行艇に乗せようとしていた。
あれに乗ったらもう二度帰れないんだろうか…
不意に後ろを振り返った…あの女はこちらの方を絶えず殴りたく様な下卑た表情でニタニタ笑っていた。
自分は顔を前に向き直しそっと目を閉じた…そして、悟った…もう、母と暮らした幸せだった日々は二度と訪れないんだと…
涙は出なかった。それでいい…流す理由などどこにもないのだから………………
赤甲冑達が乗って来た船に押し込まれる様に乗せられた。
船内は外から見るよりも奥域がある。しかし、椅子の様なものはなく、自分は勝手に旅客船の様なものを想像していたがどちらかと言えば、貨物船の様な感じだった。
僕と黒ずくめの女性は船内右側の壁際に並んで立たせれた。
赤甲冑が、黒ずくめの両手と両足に手錠の様なものをはめた。だが、手錠は輪っかの部分しか無く、鎖で輪っか同士を繋いではいなかった。
赤甲冑が僕にも同じ手錠を左手と両足、そして切り落とされた右腕の残っている二の腕部分にはめた。
僕が手錠を着け終わった瞬間に手錠を着けた右腕、右手、両足が吸い付く様に船内の壁に張り付いた。
黒ずくめの女性も僕と同じように壁に張り付いていた。
僕達が壁に張り付いて両手、両足の自由を奪われると、外で待機していた残りの赤い甲冑集団達と赤マントそしてあの母と同じ顔をした女が乗り込んで来た。
女は僕と黒ずくめの女性を互いに見捨え、またもやニタニタ笑っていた。
あの女が壁に張り付き身動きの取れない僕に近づいて耳元で囁いた。
「…大丈夫、私がお前達を上手く使ってあげるから…だから、何にも心配しなくていい………」
女をそう囁き笑みを浮かべながら、船内の奥に進んでいった…
船内にバザードランプの様なものが点灯し飛行艇のハッチが閉まって行く。
完全にハッチが閉まるとバザードランプが消え、一瞬暗闇になったが直ぐに明かりがついた。ただ…ついた明かりが赤い光りだった為、船内全体が暗く、赤い光りが醸し出す陰影が、異様に相手の恐怖心を煽る様な感じがした。
船内が揺れた。二列に並ぶ赤い甲冑の集団はそんな揺れにも微動だにせず、置き物の様に静かに立っていた。
体が浮くような感じがした。外からはエンジンを吹かす様な音が船内を伝っている。
あぁ〜いよいよか……自分はそう思った。
これからどんな酷い目に遭うのか…そもそも自分は何故連れて行かれるのか?
今さっき考えるのを止めるなんて心の中でそう思ったが、いざ飛行艇に乗せられてどこえともしれない所に連れて行かれそうになると、頭の隅で隠れていた不安が再び姿を現し、頭や心の中をマイナス事ばかりで埋め尽くした。
嫌な事ばかりを考えていたら無性に気分が悪くなり吐きそになった。
嗚咽を我慢しているとそんな姿を見た赤甲冑の一人が自分に近づいてきた。
赤甲冑の左太腿に装着しているプロテクターの真ん中辺りが少しせり出し上にスライドして開いた。
開いた中から小型のネイルガンの様なものを取り出した。
自分は嫌な予感がした。赤甲冑は僕の頭を右手で押さえ、口元にそのネイルガンの様なものを押し当ててきた。
最初は釘で口を塞がれるのかと思ったがネイルガンの先端からは釘ではなく液体が出てきた。
赤甲冑は口紅を塗る様に上下の唇にその液体を塗りたくった。
塗り終わると赤甲冑は再び自分の元いた列に戻った。
赤甲冑が何をしたかったのか考えていると、液体を塗られた唇が異様に熱く感じた。
どんどん熱く感じ唇に着いた液体を手でぬぐおうとしたが、手が壁に張り付いてにぬぐえない…
僕は上下の唇を擦り合わせて少しでも熱さを和らげようとした。
しばらく擦り合わせていると熱さは感じなくなった。
ほっと、一瞬安心したが、それもつかの間だった。擦り合わせていた上下の唇が離れない。
口が開かない。焦った…声を上げたが口が開かないので呻き声の様な声しか出ない。
それでも声を出したすると自分の唇に謎の液体を塗ったあの赤甲冑が再び自分の元に近づいた。
僕は開かない口で必死に訴えかけたが、素顔の見えない赤甲冑は何を考えているのか分からず、自分の訴えは届いているのかと思った。
赤甲冑がいきなり僕の腹部を殴った。殴られた衝撃で吐瀉物が出そうになったが、口を塞がれている為ゲロが口内にとどまった。
口を開けられないので口内にとどまっているゲロをもう一度喉に流し込んだ。
舌と喉がピリピリ痺れ、苦くなんとも言えない味が口内に充満した。
そのときになってようやく赤甲冑が何をしたかったのか分かった。
あいつは気分が悪く吐きそうになっていた僕を心配した訳でも介抱した訳でもなく、船内が汚物で汚されたくなかったから口を塞いで吐けない様にしたんだと…あと、単純に喋らさない事も口を塞いだ目的の一つだったんだと思う。
赤甲冑はそんな僕の様子をただ見ていた。しばらくすると再び自分の列に戻った。
顔が見えないから何を考えているのか分からない。
あの女の様に目に見える悪意なら分かりやすいが、こうも、感情が読み取れない悪意は背筋が凍る様なじわじわ迫ってくる恐怖心すら感じる。
船が動き出した…動き出すと思ったほど揺れなかった。
船は上昇しているように感じた…
母となもう二度と会えないと考えてたが、そもそも、ここにもう一度帰って来れるのか?
どこへ連れて行くのだろう…宇宙か、別の星はたまた違う世界…
開かない口で溜め息を出した…開かないから鼻の方から息を出す。惨めだ……
頭を垂れうなだれているといきなり警報音の様なものが船内に響き渡った。
二列に並んで立っていた赤甲冑達もお互い顔を向けあったり、中には辺りをキョロキョロ見渡したりと彼ら自身何が起こっているのか分かっていない様だった。
船が大きく揺れた…赤甲冑の集団は転倒しない様に踏ん張っていたが、持ち手などないこの倉庫のような船内では、大きく傾けば自身のバランスを取るのは難しく大の字で倒れる者もいた。
彼らが倒れるたびお互いが身に着けているプロテクターが当たり、至る所でガチャガチャと音を立てていた。
揺れはさらに大きくなりとうとう船内の上下が逆さまになった。
天と地が何回もひっくり返り船内が回っている。自分は上下が逆さまになるたび腹から口にゲロが上がる。
そんなことを繰り返していたら、とうとう鼻の穴から吐瀉物が出てしまった。
若干酸味と焦げた様な感じがするアンモニア臭が鼻腔を刺激してそれだけ頭がおかしくなりそうだった…
回るたびに赤甲冑の集団が床や天井に体をぶつけている。何人かは壁の方に飛んで来て壁に張り付いている自分にぶつかりそうになる…危ない。
船が回転しなくなった。ほっと一安心したが、今度は船が下に傾き船体が完全に真下を向いた。
赤甲冑の集団は船内の下に詰まっていた。今まで声を一切出さなかった赤甲冑達から呻き声や怒声の様なものが聞こえてきた。
だが、彼らもあの女同様僕の知らない言語で話していた。
船が落下し始めた…落下し始めて数秒たったぐらいで、下に詰まっていた赤甲冑達が浮いてきた。
浮いたという事は彼らが身に着けていたプロテクターはとかなり軽いんだと思った。
自分は船体が回ったときも、今こうして落ちているときも、足と手が壁に張り付いているから体が飛ばされる事も浮く事もないが、それでもキツイ…
そもそも自分は絶叫系の乗り物はあまり得意ではない。
いつまでも続くジェットコースターの回転ループがやっと終了したと思ったら、今度はいつまでも落ち続けるフリーフォールに休みなく乗せられている感じた。
船は落ち続ける…赤甲冑の何人かは浮く体を固定する為に僕にしがみつく者もいた。
長く感じた…まだ地上に着かないのかと。
でも、地上に着いた所で待ち受けるのは死だ…
こんな速度で地面に叩きつけられれば船は間違いなく大破する。
壁に張り付く様に固定されている自分は運良く船の外に投げ出される様な事もないから、地上に着けば船と一緒に潰されるのは目に見えている。
奇跡は起きない…イヤ、どの道この船でどこへとも知れない所へ連れて行かれ、そこで自分はどんな目に合っていたのかも分からないのだから、むしろ分かりきった死が確定しているこの状況は自分にとっては幸運なのかも知れない。
そもそも自分は最初自殺しようとしたのだから、あの時死ねか今死ねかだけの違いである。
潰される瞬間はとてつなく痛いのかも知れないがそれも一瞬だと思う。
現に、この切り落とされ右腕ももうほとんど痛みを感じない。なんだかんだ人間は痛みに強いのかも知れない。
だから、大丈夫。きっと痛みもそして恐怖心すらも直ぐに感じなくる…………………………………
…………………………………………………………………
辺りは墜落した船の残骸が無数に散らばっていた。
炎上し、中乗っていた乗員達は皆ほとんど原型をとどめていない死体に成り代わっていた。
中には生きている者もいたが、大火傷に体の欠損、仮に救助が来ても彼らがそれまでの時間に持ちこたえられる者はいなかった。
彼らが身に着けていた赤い甲冑は着用者の肉片ごと至る所に散らばり、地面にまるで巨大な血しぶきをかけた様だった。
空に浮かんでいた巨大飛行物体も何故か至る所で爆破が起こり水平を維持できずにいた。
巨大飛行物体は大きく横に傾いたまま地上に落下した。
落ちた瞬間振動が土煙を巻いて同心円状に広がり、その大きさ故に船は自重で根元から折れた。
折れた所を中心に大きな爆破が起こり、爆風が起こす衝撃波で離れた場所に点在していた赤甲冑達の死体も風邪に舞う風船の様に、簡単に吹き飛んだ。
そんな、衝撃と粉塵が舞う中を誰がが歩いてくる。
歩いていたのは女性だった… 足取りは千鳥足でいつ転倒してもおかしくない。
彼女は全身から血を流している。だか、その顔は痛みや苦痛に歪むのではなく怒りに満ちている。
彼女は怒りのあまり何度も地団駄を踏んだ。
何度も何度も何度も、それだけ彼女は怒っていた。
全てが上手くいった。思いがけない副産物も手に入れた。なのに…どうして、最後の最後でこうなる…
彼女がその場でうなだれていると、後ろから慌てた様子で誰かが走り寄ってきた…近づいたのは彼女の手の甲に口付けをしたあの赤マントの男だった。
彼は彼女より軽傷だったが、全身から血を流す彼女の姿に彼は動揺した。
彼女は自分の事を心配する彼に鬱陶しそうな視線を向け、怒鳴りつける様に彼に自分の状態を言い聞かせた…「いちいち慌てるな、見た目ほど大きい怪我はしていない、むしろ私はお前のその態度がカンに触るぞ…」
彼女の発言に赤マントの男は納得はいってはいない様子だったが、とりあえず彼女が無事だった事に対しては自分の中で不本意ではあるが、良しとしようと思った。
赤マントの男は彼女の目の前に片膝をついて頭を垂れた。
「よくぞ、ご無事で…この度の不手際…誠に…」
「《グローリアス》お前の謝罪なんてどうでもいい、あいつらはどうなった…」彼女は語気を強めに言い放った。
「はい、女の方はこちらで回収済みです。」
「負傷したか…」
「いいえ、傷一つついていません。」
「そうか…」
「何か、ご不満でも…」
「いいや、別に…まぁ〜無傷だろうな。」彼女は渇いた笑みを浮かべた。そして、どこか悔しそうにも感じた。
グローリアスは報告を続けた…
「女の方は確保ができましたが男の方は未だ発見できておらず、人員を増やしてさらに捜索範囲を広げ…」
「男の方はどうでもいい…捜索は中止しろ、時間の無駄だ…」彼女はグローリアスの報告を遮る様に言い放った。
「よろしいのですか…」グローリアスは少し萎縮気味に彼女に尋ねた。
「女の方が無事ならまぁ問題はない。男の確保は本来の予定にはなかったのだから、元の計画に戻っただけだ…」
「しかし、万が一生きていてたらこちらの障害になりえる可能性があるのでは?」
彼女はその発言を聞くと笑みを浮かべた。
「それはない、今のあいつはかつての“あいつ”
とは違う…仮に無事でも何もできない、まぁ〜そもそも今のあいつの状態なら無事かどうかも怪しいけど…」
「彼は、あの力を持っていないのですか?」グローリアスが彼女に尋ねる。
「持ってたら、今ごろ私もお前もただじゃすまない…でもな、だからこそ《セレハ》には、感謝してる。」
「セレハ……あぁ〜我々が回収した“中身”の方のお名前ですか…」
「そうだ、あの女には感謝してるよ…だってあの男から“シエン”を奪ってくれたんだからな……」
女はさぞ嬉しいのか身振り手振りを交えて赤マントに喋っていた。
「“シエン”……彼女が彼から奪い今の貴方に継承されたのですか?」グローリアスが女に尋ねた。
「イヤ、違う…能力そのものはあの男が与えたものだ…あいつからあの力が消えたのはもっと別の理由だ…」
「それはなんなのですか…」グローリアスが食い気味に尋ねる。
女は笑みを浮かべいたが少しすると不快感を表した様な表情をとった。
その様子を見たグローリアスは「はっ、不愉快な発言、誠に申し訳ありません…」グローリアスは垂れていた頭をさらに下げ、自分がまずい事を聞いたと思い彼女に謝罪した。
彼女は何も答えなかった。数秒間だけ彼女は沈黙した。そして、再び話し始めた。
「別にお前は何も悪くない…ただ…今この“身体”はわたしの物だ…それであいつがあんな事をしたと思うと…おぞましく感じただけだ……それよりも、船の確保はできているのか?」
「できております。直ぐにでもこちらに救援艇が到着いたします。」
「その割にはずいぶん遅いな…大気圏外に五隻は待機させてあるはずだぞ…救援艇一つだすのにそんなにかかるのか?」彼女は怪訝な顔をした。
「申し訳ありません。先ほど墜落した一隻と残りの五隻全てを落とされました。」
この報告に彼女は眉間にしわを寄せ不快そうなな顔をした。
グローリアスの額からとめどなく汗が流れた。それでも彼は報告を続けた。
「今こちらに代わりの船を大至急向かわせているところです。このたびの不手際、全て私の予測の甘さが招いた原因、責任は私一人に…」
「誰にやられた…」彼女はグローリアスの報告を遮り言葉を発した…彼女は怒るでもなく無表情だった。
彼はその言葉を聞くと苦々しい表情を浮かべ、拳を強く握りしめた。
「分かりません…どこから攻撃を加えられたのかも検討がつかないのです、我が鑑の索敵空間は堅牢のはず、それでもこちらに一切探知されずに攻撃を仕掛けるなど通常は不可能な事、できる限り隊を割いて、人海戦術で賊の行方を捜索中です……」彼は、続きを話す事すら憚かるほど、かすれる様な声でそう言った。
彼女はその発言を聞くと彼を責める訳でもなくどこか達観した表情で空を見上げた。
「多分あいつだろうな…」彼女はぼっそと疲れた様な声でつぶやいた。
はぁ〜彼女は深いため息をつき頭を下げ自身の髪の毛をかきむしった。
「セレハのやつまさか“あっちのあいつ”とも連絡とってたのかよ…ちっ、あのジジイとは仲悪かったじゃないのかよ…」
彼女はその場にしゃがみこんだ。
「大丈夫ですか《ヴァイサーチェル様》」グローリアスはしゃがみこんだ彼女を見て急いで立ち上がり介抱しようとした。
「鬱陶しい…いちいち騒ぐな…」彼女はそんな彼の行動に怒気のこもった声で戒めた。
「申し訳ありません。ヴァイサーチェル様…しかし、貴方様は我々の様に“適応値”を満たさないままこの星にご自身御一人で降り立ちました…それに加えその御身体の負傷、本来なら立っているのもそうとうなご負担のはず…」
「お前が心配する事じゃない…お前は損失した隊の再編成でも考えていろ…」彼女は苛立ちを交えながら、彼の言葉をさえぎった。
彼はそんな彼女を見つめどこか哀れむ様な表情をした。
「なんだ、その顔…」彼の態度に彼女はさらに苛立った…
グローリアスは叱責を覚悟で彼女に諭す様に発言した。「私はただヴァイサーチェル様、貴方が心配なのです…心配で、心配で…それでなくても貴方様は“無理な入れ替え”をなさって身体にどのよう変調を来たすかも分からない状態、心配するなと言う方が難しくございます…」
終始イラついて彼女だが、彼の悲痛のこもった訴えに、何故か笑みをこぼした…
「何故、笑われるのですか?」グローリアスは不思議そうに彼女に問いかけた。
「イヤ、お前の言動はまるで…口うるさっかた私の父親とそっくりだと思ってな…」彼女は少しはにかんではいるが憂いも帯びた表情でそう答えた。
その発言に彼は一瞬戸惑った。何故か…それは、彼女の“過去”を自分は知っているから…
知っているからこそ…彼女にこの発言をさせてしまった事に彼は…己を恥じ、自分自身を殴ってやりたい思った。
しばらくお互いに沈黙が続いた…その沈黙を破る様に、西の空から一隻の救援艇がエンジン音を唸らせ、二人のいる場所に近づいてきた。
辺りが暗い為、救援艇はサーチライトを四方八方に照らし、彼らが立っている10メートルぐらいの所で着陸した。
救援艇から出るエンジン音でその周辺は轟音が響いている。
救援艇の横のハッチが上に開くと中からあの時とは違う黒い甲冑の様なプロテクターに全身覆われた人物が四人ほど降りてくる。
彼らは一人ずつ左右、前後ろに銃の様な物を構え、辺りに警戒しながら二人の前に近寄ってきた。
黒甲冑らが二人が立っている1メートルぐらいの距離まで近づくと、前で銃を構えていた一人が銃を下げた。
銃を下げた黒甲冑は、腰のベルトにつけてあるポーチ状の小さい箱からボールペンの様な物を取り出した。
ボールペンの上部を押すと先端から青色の光が線上になって出てきた。黒甲冑はそのボールペン状の物を真っ直ぐに構えて、先端から出る光を彼女の瞳に当てた。
彼女の瞳に光を当てるとボールペンの真ん中辺りが緑色に光った。
彼女の瞳に光を当て終わると今度は赤マントの男にも同じ事をした。彼女同様、赤マントじも瞳に光を当てるとボールペンの中央部分が緑色に光る。
「本人確認終了…」光を当てた黒甲冑がマスクごしからこもった声でそう言った。
「申し訳ありません、ヴァイサーチェル様…グローリアス様…一応念のためでして…」黒甲冑が彼女に謝罪する。
彼女は自分達に謝罪してきた黒甲冑に叱る様に返答した。「かまわない、むしろしない方が問題だ…そうじゃなくても今の私は“身体が違う”いくら生体認証をこの身体様に登録し直したとはいえ元は違う人物、本当に私かどうか確認するのは当たり前だ…」
彼女がそう言うと黒甲冑は大きい声で「はい」と言い、後ろに少し下がり、腰を曲げて頭を下げた。
頭を上げた黒甲冑は、彼女達の右側に立ち右斜めに銃を向けた。
残りの三人も彼女達を囲む様に立ち、一人は前に銃を左斜に構え、もう二人は後ろに行き、前と同じ様に、右斜め、左斜めに一人ずつ銃を構えた。
彼女達が歩き出すと黒甲冑は小刻みに頭や銃を動かし、周囲に警戒しながら、自分達の乗ってきた救援艇に誘導した。
救援艇に近づくとハッチから身を乗り出して待機していた黒甲冑が彼女らに話しかけた。「ヴァイサーチェル様、グローリアス様ご無事なりよりです…治癒剤の投与も直ぐにできます…」
救援艇から出るエンジン音で船の間近くは轟音が響き、それでなくても顔全体を覆うマスクのせいで、声がこもってしまう黒甲冑は、必要以上にかなり大きい声で喋っていた。
「薬の投与はいい、見た目ほど対してケガはない…血も止まっている。それよりも隊の再編成はどうだ…」 彼女も黒甲冑同様、周りの轟音に声がかき消されない様に叫ぶ様に喋った。
「はい、出来ております。変わりの母船も大気圏外にて到着済みです…」
「そうか………鑑周辺の警備はどうだ…」
「問題ありません。先程とは違い、母船周辺に小型の感知機を大量に撒いてあります…ほぼ隙間なく撒いているので、たとえ姿や音、熱を感知できなくとも、物体がそこを通れば、感知機に接触してその反動で、今度こそ姿を確認する事ができます。」
「その感知機は余計な物まで感知しないだろうな…」彼女は少し疑いの眼差しで黒甲冑に質問した。
「宇宙ゴミや隕石の類は感知しない様に設定しています。」
「その中に潜んでいる可能性はないのか?」
「本来感知機には隠れている物体のわずかな熱や音を感知する機能も備わっているのですが…鑑を襲撃した対象物はそれらを一切出しません。なので、鑑の最終警戒域を越えれば、何も無いゴミでも全て攻撃します。」説明をする黒甲冑の声は申し訳なさそうだった。
その説明を聞いた彼女は眉間にしわを寄せ険しい顔をした。
「母艦めがけて一斉にゴミや隕石群を大量に放たれた場合はどうする…その中のどれに潜んでいるかも分からないだ、いくら我が鑑でも一つ残らず撃ち落とせるのか?最悪撃ち漏らした一つにでも潜んでいろ、近づかれ挙句に攻撃され、たちまちさっきの二の前だぞ…そこまでちゃんと考えたのか?」
「その様な事が出来るのですか…⁈」黒甲冑は恐る恐る彼女に尋ねた。
「絶対に出来ないと誰が決めた…我々がその方法を知らないだけで、向こうは、それをするだけの技術と力があるのかも知れないのだぞ…」
彼女のこの問いに黒甲冑は直ぐに答える事ができなかった…
黒甲冑は頭の先からつま先まで全身黒いプロテクターに覆われて感情が読み取れないが、体の微妙な揺れや手遊びで、明らかに動揺しているのは誰が見ても分かった。
「まぁ、実際私もどういった方法で敵が仕掛けてくるのか全て把握している訳ではない…だから君だけに問いただすのは間違いなのかもな…」先程は語気を強めに発言していた彼女だが、今は自分の発言でおろおろしている黒甲冑をなだめる様な言い方をした。
最後に彼女は黒甲冑に自分の持ち場に戻る様にだけ指示を出してた。
黒甲冑は肩を落とし、意気消沈と言った感じでトボトボと救援艇の奥に戻って行った。
そんな黒甲冑の姿を無言で見ていたグローリアスが彼女ヴァイサーチェルに謝罪した。
「よく謝る男だ、それでなくても彼はお前の直接の部下でもなんでも無いのだろ…」
「同じ組織にいる以上、下の者が起こした責任は、どの隊にかかわらず、上に立つ者が取るものと私は考えております。」
「その理屈だと私もそうしなければいけないのか…」ヴァイサーチェルは少し嫌気を含んだ言い方をした。
「貴方様はもう十分に上立つ者の使命を果たしております。」グローリアスは微笑んでそう返した。
「ふん、……知った様な口を聞くな…」ヴァイサーチェルは小声を言うと口元を手で隠した。彼女の頰は紅潮していた。
そんな彼女の照れ隠しにグローリアスは幼な子を見るかの様な微笑ましい気持ちになった。
ヴァイサーチェルは頭を振り、気持ちを切り替えた。彼女の顔は再び何かを思い詰める様な険しい表情に戻った。
彼女は救援艇の中に足をかけ、グローリアスの方を向いた。「グローリアス、これからが始まりだ…そして、これが我々の願いを成就させる力だ…」彼女は彼にそう言うと、胸元から金色をした筒状の棒を取り出した。
胸元から棒を取り出すと、彼女はそれをいきよいよく下に振った。
振ると先端が伸び、伸びた部分が紫色に発光した。彼女は腕を前に伸ばし、切っ先をグローリアスの眉間あたりに向けた。
「この力はお前さえ傷つけてしまうかもしれない、それでもお前は私についてくるか、引くなら今の内だぞ…」ヴァイサーチェルが、グローリアスに問いた。
グローリアスはこの問いかけに答えなかった。ただ、先程の様な不安や焦りは感じさせない、自信に満ちた男の顔をしていた。
その表情を見るや、ヴァイサーチェルは、グローリアスの目の前に向けていた光る棒を下ろし、伸びていた部分も自動で元の長さに戻った。
彼女はグローリアスに背を向けた、振り向きざまにどこか口角が上がっている様に思えた。
ヴァイサーチェルは、救援艇に入ると中で待機していた黒甲冑達が全員彼女の方を向いて、頭を下げた。
ヴァイサーチェルはそれを見ると彼女の方も黒甲冑達に頭を下げ、謝罪の言葉をかけた。「心配をかけてすまなかった。今回の失態は私の計画の甘さが招いたものだ、その所為で多くの仲間の命を奪う結果となってしまった。本当にすまない。」彼女はもう一度頭を下げた。
彼女は頭を上げると先程とは違う、申し訳なさそうな顔から、決意に満ちた表情になり、黒甲冑達に問う様に話しかけた。
「先程私は君達に謝罪をしたが、私はこれからも君達の尊厳や命を無下にしてしまうかもしれない…それでも、こんな不出来で未熟な私でも、君達は私、ヴァイサーチェル・アカントに着いて来るか……」
彼女のこの発言に黒甲冑達は何か返答する訳でもなく皆、示し合わせた様に全員が片膝をつき、頭を下げた。ヴァイサーチェルの後ろで待機していたグローリアスも膝をつき、頭を下げた。
彼らは一切言葉を話さなかった。話さずとも彼らの今している行動そのものが、彼女の問いかけに対する彼らなりの答えそのものだからである。
その光景を見たヴァイサーチェルは何も答えなかったが、顔からは笑みがこぼれていた。
ヴァイサーチェルは頭を垂れ片膝をついていた隊に起立を命じて持ち場に戻る様に指示を出した。
彼女は救援艇の奥に進んだ、その跡を追う様に、グローリアスが続いて歩く。
グローリアスはヴァイサーチェルの後ろを歩きながら話しかけた。「ヴァイサーチェル様、先程貴方様がおっしゃていた通り、賊は何をしでかすかわかりません…今の我々にはあの力に対する備えがまだ十分ではありません…例え“母星”の警備が手薄になっても、こちらにまとまった部隊を差し向けた方がよろしいのではないのでしょうか…それに仮に我々の本拠地が隊の留守中に襲撃を受けても、あそこには
“あのお方”がいます、やはりこちらに部隊を集結させた方が得策なのでは……」
「ダメだ、例えこちらがどれだけの損害を受けても、本拠地の警備を軽視する事は出来ない、敵は今ここにいる奴だけではない、我々は色々な所から恨まれているからな…それにだ、私はあまりあのお方の力は借りたくはない……あのお方は確かに強い、しかし、彼は本来私達の仲間ではない、お互いの利害がたまたま一致しているから協力しあっているが、私達を不要と見なせばいつでも私達を裏切り、殺す事もいとわないだろう……」
ヴァイサーチェルは言葉を濁す様に発言した。それを聞いたグローリアスもそれ以上進言はしなかった。
艦内通路の左右の壁に等間隔で備えつけてあるバザードランプが点灯し、艦内アナウンスが流れた。「とう艦は間も無く離陸の準備に入る。屋外に退出している乗員は速やかに船内に戻られたし、繰り返す……」
船内アナウンスが流れ終わるとバザードランプの点灯が止まり、船が揺れ出して動き始めているのが分かった。
救援艇は左右の羽に二個ずつ着いているブースターを真下に向けた。ブースターから青白い炎が一直線に噴出し、船は上昇を始めた。
ヴァイサーチェルは廊下の右側にある小さい丸窓から外の様子をうかがった。
雲が上から下へと流れていく、しばらく上昇を続けると成層圏を抜け、大気圏外へと出た。丸窓の外はもう宇宙だった。
体が軽くなった。人工重力を発生させている為、体が完全に浮く事はないが、それでも重力のある星に比べたら救援艇内の方がはるかに体にかかる重力は少ない。
ヴァイサーチェルがこの星に降り立ってまだ、二時間ぐらいしか経っていないが、それでも彼女はやっと自分の戻るべき所に帰って来たと言う安堵にも似た感覚を覚えた。
宇宙空間にはタンカーの様な形をした巨大な飛行艇が一隻浮いていた。
巨大飛行艇から赤色に光るレーザーポインターが救援艇に向かって伸びた。
レーザーポインターは救援艇の正面部分に着いているソーラーパネル状の板にあたった。
板にレーザーポインターが当たると救援艇の向こうで浮いている飛行艇の船体が緑色に光り出し、飛行艇から小型の宇宙船が何隻も、救援艇めがけて飛んで来た。
地上にいた時はうるさいぐらい至る所から音が聞こえていたが、今は本当に静かだ、艦内は音が響くが、普段聞き慣れているのもあるが、地上の雑多に比べたらむしろ心地良ささえ感じる。
小型の宇宙船は救援艇の側まで来ると、速度を落としその場で静止した。
宇宙船は救援艇から少し離れた位置で止まり、救援艇を球形状に取り囲こむ様に配置した。すると、それを待っていたかの様に、向こうから巨大飛行艇が救援艇に向かってゆっくりと進んで来た。
飛行艇は救援艇の真上に来ると、底部を大きく開き、救援艇を飲み込む様に格納した。
巨大飛行艇の中に入いると、救援艇を取り囲んでいた小型の宇宙船は散らばり、救援艇から離れた。
小型船が離れた救援艇はそのまま真っ直ぐに鑑の中を進み、500メートルほど進んだ所で止まった。
止まると救援艇は左側の船体を壁にくっつけた。くっつけた先は飛行艇の通販と繋がり、本来行き止まりで壁しかない通販が開き、そこからヴァイサーチェルとグローリアスが出てきた。
「わざわざ無駄な事を…」ヴァイサーチェルは不満そうな表情をして小言を吐いた。
「念の為ですヴァイサーチェル様…いつ賊はこの船を襲うかもわかりません、貴方様が乗るこの船を守るのは至極当然だと思われますが…」
「この母艦ごと攻撃されれば同じだろ…」彼女はグローリアスに皮肉を込めた言い方をした。
「同じではありません…この母艦は先に破壊された五隻とは違い、最強の硬度と全ての衝撃を吸収、分散させることのできる特殊な金属で船全体を覆った、防御力に特化した特別仕様の護衛艦であります。」
「防御力に全ての機能を割いたせいで攻撃手段が絞られた前線にも出られない哀れな船と聞いていたがな…」
「この護衛艦の役目は船そのものが盾となす事、相手方の攻撃手段など元から考えておりません…」
「そんな事を自信を持って言うな…グローリアス……こんな何も出来ない鉄の塊なんて予算の無駄だろ……」ヴァイサーチェルはさらに皮肉を込めて言い放った。
「貴方様を守る為です。貴方さえ生きていれば例え私達が全滅しても勝ちなのです…」
ヴァイサーチェルは自分に対するグローリアスのこの妄信にも違い考え方に呆れたが、同時にそれだけ自分に対して信頼と期待を持たせてしまっていると言う罪悪感にも近い感情が込み上げて来た。
本来自分は大勢の仲間を引き連れて何かを成すなど出来ない方だと思っていた。
…イヤ、今でも思っている。自分に誰かを統率する力などない。
元々一人で色々な事をやって来た。今の自分の立ち位置もほとんど流されるがままここまで来てしまったものもある。
今こうやって自分に付き従っているグローリアスも、本来ならこんなところで私の嫌味や小声を聞いて頭を下げるべき人間ではない。
自分なんかよりよっぽど上に立つ者の資格と覚悟がある。
だが、今こうやって自分の思い通りに事が運んでいるのもこの立場にいるからだ、そうじゃなければこの力は手に入らなかった。
しかし、そのせいで関係のない者まで危険にさらし、そして…命まで奪っている。
私には使命も野望もないただ…「ヴァイサーチェル様どうかなさいましたか…」グローリアスが話しかけて来た。 彼は心配そうな表情をしていた。
ヴァイサーチェルはその様子を見ると慌てて返答した。「イヤ、なんでもない。会話の途中で黙ってすまなかった…」
「いえ、こちらこそ考え事の最中に不躾に話しかけたりして申し訳ありません…ただ、この鑑はもう時期“平行跳躍”に入りますので、早く司令室にお戻りになられた方が良かろうかと…」
「あぁ…そおだな、すまない。こんな所で立ち話をしている暇はなかった。」
「いえ、ヴァイサーチェル様…貴方様がそうやって考え込むのも無理はありませ…結局、賊の襲撃は防げず、確保出来たのも女の方だけ…貴方様が命を賭けて先陣を切ってくれたのに我々はこの有様です…謝罪の言葉しかありません。」
グローリアスは酷く落ち込んだ様子だった。それを見かねたヴァイサーチェルは諭す様に彼に話しかけた。
「お前はいつも良くやっくれてるよ…失敗は後で取り返せばいい…そもそも失敗した原因は私の方にあると思うがな…」
「そんなことは…」グローリアスは直様ヴァイサーチェルの発言を訂正しかけたが、彼女は彼の言葉を遮る様に発言を続けた。
「イヤ、私のせいだ…だからこれ以上謝罪はするな、いいな…それにもし自分に何か非があると思うなら行動で示せ…まぁ、それは私にも言える事だかな…だから私は言葉ではなく行動で示す、それが私のあさましい願望のせいで死んでいった仲間達への私なりの誠意だと思っている。」
グローリアスまだ納得していない表情をしていた。それにヴァイサーチェルは嫌立ちを感じた。
「なんだ、まだ謝罪したりないのか…」ヴァイサーチェルは平坦に話しいるが、その声には静かな怒りが感じられた。
「……いいえ、ヴァイサーチェル様、今回の作戦における失敗はもう何も悔いてはいません。ただ……」
「ただ、なんだ…」ヴァイサーチェルは眉をひそめて聞いた。
「ここまでする必要があったのかと……」
「ここまでとはどこまでだ…」
「…………」、一瞬の沈黙あとグローリアスは、意を決した気持ちで口を開いた。
「何故、彼らとは関係のないこの星の住人まで傷つけ、星そのものまで破壊する必要があるのですか……?」
その発言にヴァイサーチェルの顔が曇り、顔を伏せた。
「申し訳ありません、ヴァイサーチェル様、私はまた……」
「お前の言う通りだよグローリアス……本当にその通りだ……だが、すまない…これは、あのお方の直々の命令なんだ、私にも理由はわからない、本当にすまない……」
ヴァイサーチェルの顔はさらに曇り、自分の身内でも死んだ時の様な悲痛で哀しそうな表情をしていた。
グローリアスはまた自分の発言が彼女を苦してしまったと深く憤った。
いつもそうだ、何故自分はこうも最後の所で配慮に欠ける……どうして、彼女顔を曇らせてしまう……自分が腹立たしい…
ヴァイサーチェルとグローリアスはその場で黙り込んでしまった…するとその沈黙を破る様に船内アナウンスが流れた。
何か言っているが今の二人にはちゃんと内容は聴こえてはいなかった。
突然ヴァイサーチェルが廊下の壁に寄り掛かる様に座り出した。
「どおなさいましたか!、ヴァイサーチェル様…」グローリアスは少し慌てた様子で尋ねた。
「さっきの放送、並行跳躍開始の合図だろ…もう司令室に行く時間もない、跳躍が過ぎるまでここで待っていよう……それに立ってると危ないだろ…」
それを聞いたグローリアスは何も言わず、ヴァイサーチェルの隣に腰を下ろした。
彼は腰を下ろすと胸元から黒い球形状の物体を取り出し何かブツブツ喋っていた。
「部下への報告か?……」ヴァイサーチェルが流し目で尋ねた。
「はい、我々が中々来なければ、向こうも心配すると思いまして…どこにいるかだけ報告をしていました……」
「将が中々来なくて向こうは慌てないか?……」
「それでいちいち取り乱す様な者達ではありませんよ……それに指揮官がいないから何もできないでは、この隊でやって行くなど出来ませんよ……彼らはちゃんと個人個人が考えて行動出来る者だと思っております……」グローリアスは得意げな様子で喋っていた……
「そうだな……」それに対し、ヴァイサーチェルも納得した様な表情で返答した。
「ヴァイサーチェル様…先程は……」
「また謝罪か……」ヴァイサーチェルは嫌立ちを隠し切れない感じで喋った。
「いえ、違います…謝罪ではありません。先程私はこの星を滅ぼす必要があるのかと尋ねましたが、あれは撤回します。この星の住人、あとこの星は…地球と言いましたか、地球は滅ぼすべきだと思います…」
「…えっ、何故だ、何故そう思う……」グローリアスのこの発言にヴァイサーチェルは少し驚いた。
敵であっても礼節と義を重んじて対応する男が、敵でもなんでも無い者の命を軽んじる様な発言は今までした事が無かった。たがらこそ驚いた……
ヴァイサーチェルが不信な顔で彼を見つめしばらく黙るとグローリアスもいたたまれない顔つきになった。しかし、それでも彼は自分の考えを彼女に述べた。
「もし、この星に彼ら以外の血族が潜んでいて今の我々にはそれを見つける手段がなければ、今は無害でもいつかその中から我らに対抗しうる存在が産まれ可能性があります…それは脅威です。」
「その為に星一つ破壊して大勢の人を殺す事になってもか?…」ヴァイサーチェルはグローリアスをどこか試す様な言い方をした。
「はい、殺すべきです…今は貴方様の身体になっている、その女性…セレハと言いましたか、発見出来たのもヴァイサーチェルが過去に彼女の身体に貴方様が命を賭けて“印”を着けていてくれた為、時間はかかりましたが探す事が出来ました…それがなければ我々では見つける事すら困難でした……」
「遠い昔の事だ……」そう返答するヴァイサーチェルの顔はどこか哀しく、瞳にも覇気を感じなかった。
「ヴァイサーチェル様、我々のしている事は間違いなく正義ではありません……無垢の命を奪い、それを踏み越えて己の目的の糧にする、やっている事は外道のそれと変わらないのかもしれませ……しかし、我々にはもうこの道しかないのです、引き返す事など……」
「引き返すか……」憂いていたヴァイサーチェルの声と表情に覇気が戻った。
「引き返すつもりなど元からない…例え最後に裁かれる運命でも私は私自身が考え決断した事に絶対に後悔はしない。」
「ヴァイサーチェル様………」
「すまなかったな、グローリアス…お前の言う通りだ、私は心のどこかでは関係のない命を奪う事に抵抗があったのかもしれない…それはきっと自分がいい人間であり続けたいと言う身勝手な私の最後の願いだったのかもしれない…だから最初、あのお方の命令にも疑問を持った……だが、結局最終的に結論を出し実行したのはこの私だ、私は自分のして来た事に悔いは無いと言った、この虐殺に近い行為も本来なら必要有るべき行為、悔いの無い行為だ……なのに、あのお方を引き合いに出して自分は悪く無いと思う……あさましいな私は…」
「そんな事は……」グローリアスはヴァイサーチェルの肩に触れた…
「なぁ、グローリアス…私はもう迷わないよ…イヤ、迷う事すら私にはおかしい表現なんだ、だから進もう…それが例え我々の滅びの道でも、“次の世代”が幸福に暮らせるならそれは、我々にとっての幸福なのだから…」
「はい…」グローリアスは今まで以上の力と決意を含んだ声で返事をした。
「うるさい…耳元で余り大きい声を出すな。」グローリアスの大声に苦言をていしたヴァイサーチェルだったが彼女の顔はどこかほころんでいた。
!……「グローリアス…お前、返事はたいそうなのに顔はまだ何か思い詰めてるのか?……」
「……女の方は確保しました、しかし…取り逃がした男の方が少々気がかりで……」
「特に心配する事でも無い、セレハを確保するのが本来の計画だ、男の方はたまたま居合わせただけで私もいるのは想定外だった…だから別にあいつを確保できなくても差して問題無いし、死んでいても別に構わない…まあ、死んでくれた方がこっちには都合がいいがな……」
「死んでいますか?、彼女が無事だったのなら男の方も生きている可能性があるのでは…」
「セレハの“今の身体”なら早々の事で傷つく様な事は無い…無事な理由もお前なら分かるだろグローリアス…」
「はい、ヴァイサーチェル様、あのお身体に傷を着けるなど容易には出来ません……」
「まあ、今あいつがあの身体を使っていると思うと虫酸も走るが、それは仕方の無い事か…殺す訳には行かない、少なくても目的を果たすまでは……」ヴァイサーチェルは苦々しい顔で答えた。
「ヴァイサーチェル様…話しが逸れましたが、男の方は結局良いのですか…もし、生きていれば後々厄介になるのでは…」
「生きていたとしてももう直ぐこの星…地球は無くなるんだ、星と一緒に死にゆく運命だろ…」
「もう…この星にいなければどうします…」グローリアスのこの一言にヴァイサーチェルは少しの間、黙った……そして、考えがまとまったのか再び口を開いた……
「…私は、地上でお前とこうやって話していた時も、今この瞬間もあの男は死んでいるかも知れないと言ったが、これはほとんど私の願望でしか無い……ハァ〜」ヴァイサーチェルは深い溜息を吐くと、怪訝な顔で続きを話し始めた…
「多分生きているだろうな…そうじゃなきゃ、あのジジイが危険をかえりみずわざわざ一人で我々の相手をする理由が無い…」
「一人‼︎…一人で賊は五関の母艦を沈めたと言うのですか‼︎……」グローリアスは驚きの余りヴァイサーチェルが喋っているのにもかかわらず、それを遮って叫んでしまった……
「…さっきも言ったが、耳元で叫ぶな……」ヴァイサーチェルはまた耳元で叫ばれても嫌だったので、両手で自分の耳を塞いで話し始めた。
「私とお前が救援艇が来るまでの間話しをしていた内容は大体覚えているか…」
「はぁ…大体は…」グローリアスは少し自信のなさ気な表情で答えた。
「私があの時“あのジジイ”と喋ったのは覚えているか?…」
「そう言えば今もその様な事をヴァイサーチェル様は言っておられましたね…しかし、私はその人物はどこかの隊に所属する一個人の者だと思いました…」
「どういう事だ…」ヴァイサーチェルはグローリアスの言った事が分からず聞き返した…
「はい、我々を攻撃したのは複数人、又は我々の様にある程度の隊を保有しており、それらを指揮した一人の者をヴァイサーチェル様は苦々しく感じ、あのジジイと悪態をついたと思いました…」
「つまり…敵側にお前見たいな優れた将がいて私はそいつの采配に嫉妬して悪態をついたと思っているのか?……」
「いえ、その様な事は……」グローリアスは慌てると同時に何故か恥ずかしい気持ちになり顔が赤くなった……
「謙遜するな、お前が優れているのは事実だ…だか、あのジジイは違う、あいつは自分の事しか考え無いクソだ…お前見たいな優れた将ならまだ幾分かの敬意は払った……」考えるだけでも腹立たしかったのか、耳を手で塞いでいたヴァイサーチェルは耳を握り潰すのかと思われるぐらい、強く握っていた……
その様子を見たグローリアスは耳を今にも潰しそうなヴァイサーチェルの手を無理矢理解き、解いた手をグローリアスは優しく握った……
何も言わずただ手を握るグローリアスにヴァイサーチェルはむず痒いものを感じ、手を振り払った。
「すまない……」ヴァイサーチェルは顔を下に向けたままグローリアスに謝罪した……
「いえ、こちらこそ……」グローリアスも今になって彼女の手を握ったのが急に恥ずかしくなりヴァイサーチェルから目を逸らし、黙ってしまった……
また、二人の間に沈黙が続いた…だが、それに耐えきれなくなったヴァイサーチェルが根負けして先に口を開いた……
「いつも私は話しが脇道に逸れるな…すまない……」
彼女のこの発言にグローリアスが微笑んだ…それに対してヴァイサーチェルは何故、笑ったのかと思った……
「何か可笑しい事を言ったか?……」
「いえ、ヴァイサーチェル様は私によく謝罪する男だと言われましたが今は…貴方様の方がよく謝られるので、それで……」グローリアスは少し口をつぐんだ言い方をしていた。
「そおだな、本来にその通りだ…」ヴァイサーチェルはグローリアスのこの発言に怒るでもなく、ただ何となく可笑しいな気持ちになった……
「話しを戻そうグローリアス……お前の懸念通り確保しかねたあの男は多分生きてる、助けたのはあのジジイだ…」
「 ヴァイサーチェル様…気になったのですが、あのジジイとは一体、誰なの…………⁈」
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「何だ…」船体が大きく揺れ、グローリアスが声をあげた……
「まさか、襲撃か?……」グローリアスは立ち上がろうとしたが出来なかった…ヴァイサーチェルが彼の袖を強く握っていたからだ…
「落ち着け、グローリアス…これは大丈夫な方だ……」袖を引くヴァイサーチェルは彼の顔を一切見ず前を見つめていた…
「しかし、ヴァイサーチェル様、仮に平行跳躍をしたとしてもこれほど揺れはしません……」
「何かの襲撃なら船内放送がかからないのはおかしいだろ…それが無いって事は大丈夫だって事だ…」
「では、一体先ほどの揺れは?……」
「“星が死んだんだろう”…一つの星が無くなるんだから、これだけ巨大な船でも揺れるさ……」それを淡々と答えるヴァイサーチェルの声は、平然を装いながらもどこか哀しみさえ感じる何かがあった……
「星が死ぬなら…放送の一つあってもよろしいかと……」グローリアスはヴァイサーチェルよりも、哀しみを表した声と表情で彼女に投げかけた…
「襲撃ならともかく…これからどんどんこんな事が増えていくかもしれない…いちいち星が一つ死んだぐらいで船内放送をかける必要も無いだろう……」
ヴァイサーチェルは何事も無いかの様に淡々と喋っているが、自分が何か言うたび、掴んだままのグローリアスの袖を強く握っていた……
グローリアスは自分袖を強く握りしめるヴァイサーチェルに…例え口では勇ましく発言しても、彼女もまた、自分が感じているのと同じ葛藤や苦しを完全には消し去る事は出来ないんだと思った……
「グローリアス…先ほどお前が私に訊ねた質問答えよう…」
「先ほどとは、いつの質問ですか?…」グローリアスは一瞬どの事を言われているのか迷った表情をした…
「あのジジイの事だ…」
「あぁ、先ほど聞きそびれた人物ですか…」グローリアスはさっきの突然の揺れのせいでその事を忘れていた……
「奴もあいつと同じで“シエン”を使う…」ヴァイサーチェルは苦々しい様子でそう答えた……
「その者も“シエン”を使うのですか⁈……だったら、その人物こそ我々の一番の脅威では‼︎……」グローリアスは焦った様子でヴァイサーチェルに叫んだ…
「…また耳元で………まぁーもういい、あぁ~そうだ我々の脅威だが今一番の脅威では無い…奴はどんなに凄かろうが一人、たった一人で私達全員と戦おうとは奴もしない、そこまであいつもバカじゃない、当面は逃げるだけだろ……」
「何故?、逃げると思われるのですか⁈…元にその人物はたった一人で我々に攻撃を仕掛けてきたのに⁈…」グローリアスはヴァイサーチェルの言葉にどこか半信半疑の様なものを感じた……
「……あいつは…多分逃げるさ、増やさなきゃ駄目だからな……」
「増やす何をですか?……」グローリアスは食い気味に訊ねた…
「最初に誰がそう呼んだかは私も知らない
?……でも、私が手に入れた力“シエン”を扱う者はかつてこう呼ばれていた……」
ヴァイサーチェルは一瞬黙り、大きく息を吸ってもったいぶった様子で答えた……
「《シエンジャ》……」
「“シエンジャ”それが増やさなければいけないものですか?……」グローリアスは険しい顔でヴァイサーチェルを見つめた……
「そうだ…いずれ我々の前に相対するだろう者達だ…」そう言い放つヴァイサーチェルの身体はプルプル震えていた…それは、恐怖から来る震えでは無く、怒りから来る震えだとグローリアス直様分かった……
「ヴァイサーチェル様、者達と言われてましたが、そのシエンジャと言うのは複数いるのですか?……」グローリアス怒りで震えるヴァイサーチェルに恐る恐る訊ねた……
「二人だ…今はな……だから、急がなくてはならない……」
「急ぐ…何を……」グローリアスは続きを言いかけた時に…「失礼しますヴァイサーチェル様、グローリアス様…並行跳躍に入り艦が安定しましたので、お迎えに参ります……」彼の発言を遮る様に艦内放送が流れた……
「さすが無駄に最新鋭、跳躍に入った事する分からなければ、揺れ一つ無いんだな……」そう言うとヴァイサーチェルは立ち上がり、グローリアスの袖を引っ張って進む様に促した……
「行くぞ、わざわざ部下に来させるのも悪いだろ……」彼女は何気無く喋っていた…だが、グローリアスは感じた、自分に背を向けける彼女の背中から不安と焦りを醸し出しているのを……
ヴァイサーチェルとグローリアスは無機質な金属で出来た廊下を再び歩き始めた…
最初ここに来た時よりもヴァイサーチェルは小走り気味になっていた…後ろを歩くグローリアスを置いて行く勢いで…
「あのジジイ…シエンジャでしか?…この艦を襲いませんでしたね……」グローリアスが小走りで歩く彼女に彼も小走りになりながら話しかけた…
「目的は果たしたんだ…それ以上する事も無い…」グローリアスの問いかけに対してヴァイサーチェルは気だるそうに答えた…
グローリアスは彼女の声の反応からもうこれ以上話さない方が彼女の為にもよいと思い口を閉じた…
「例えもう一人、シエンジャが増えた所で二人だけで何が出来る…私は、お前達よりも得るものを得ている……」
ヴァイサーチェルは聞こえるかどうかのくらいの小声で何かを言った…後ろを歩くグローリアスにもその声は聞こえていない…彼女の一人言はまるで側から見れば自分自身を鼓舞している様にも見え、焦りと不安を必死で隠しいる臆病者の様な印象さえ感じさせた……
廊下の向かい角から彼らを迎えに来た部下三名が現れた…ヴァイサーチェル達は立ち止まり、部下達も立ち止まった……
廊下で迎え合わせになった部下達は皆、濃紺の軍服の様な物に身を包み、地上でヴァイサーチェル達を迎えに来たあの赤や黒い甲冑を模したかの様なデザインの兵とは装いが違った…
部下の一人が軍服の胸ポケットから、ボールペンの様な物を取り出し、上部をカチッと押した…押すと先端が青色に光り、その光った先をヴァイサーチェルとグローリアスの瞳に交互に向けた…
向けるとボールペンの中央部分が緑色に光り、緑色に光った事を確認すると、部下はそのボールペンを軍服の胸ポケットにしまった…
「ヴァイサーチェル達、グローリアス様、お手数をかけ、申し訳ありません…御二人の到着が遅れましたので、もしもの事と思い本人確認をさせていただきました…艦内にてこの様な失礼な事をするのをお許しください……」ボールペン状の器具を彼女らに向けた部下が謝罪の言葉を述べると、今度は三人全員で頭を下げてた…
「頭を上げろ、君達は何も悪く無い…遅れたのはこっちが無駄話をしてたからだ……」ヴァイサーチェルは部下達に頭を上げて、謝罪は不要と促したが、内心は地上に降り立った先行部隊と一緒で船内勤務の連中も律儀で堅苦しい奴らだと思った…でも、だからこそ、自身が身を預けるのに値する、信頼も出来る仲間なんだとも思った…
「皆すまない…余計な手間をかけて…」
「いえ、ヴァイサーチェル様…私達ごときに謝罪の言葉など不要です……」部下三名がまるで合わせたかの様に、同時に返答した……
「気持ち悪いな…そんな所で合わせる必要無いだろ……」ヴァイサーチェルはこの部下達の自分対する信仰にも似た敬意の表れに、少し引いた……
「まぁいい…君達がそうなのは、変えようが無いんだからな……」ヴァイサーチェルは呆れた様子でそう答えた…それを彼女の後ろから眺めていたグローリアスは微笑ましい気持ちになった…
ヴァイサーチェルは背後からむず痒いものを感じたが、あえて黙っておく事にした…
「…グローリアス行くぞ、道草が過ぎた…」
「はい、ヴァイサーチェル様」グローリアスは静かに返答した…
……!グローリアスはふいに何かを思い出したのか、部下三名を呼び、何か指示を出していた…指示を聞いた三人はヴァイサーチェルらに一礼すると彼らが来た廊下の反対方向に小走りで進んでいった…
「なんだ……」ヴァイサーチェルがグローリアスに訊ねた…
「いえ、大した事ではありません…必要ならお話ししますが…」
「イヤ、今はいい…また長くなる…早く司令室に戻ろう、色々各方面に報告しなければいけない事もあるしな…」
「はい…」彼のその返事を最後にヴァイサーチェルとグローリアスは一言も喋らず、彼らは司令室まで続く、長く冷たく薄暗い廊下を再び歩き始めた………
〈1〉
遠く離れた宇宙の隅で他の星よりも輝く星があった…
凄まじい光りを放ち、太陽よりも輝いているのではと思うほど、その星は光り輝いた…
だが、その光りは星が放つ光りとは系統が違った…
その光りはまるで夜空に咲き一瞬で消え、無くなる、花火の様だった…
一隻の船が宇宙に漂っていた…ヴァイサーチェル達が乗っていた宇宙船よりも小型で、水車に着いている歯車の様な物が、小型の宇宙船を囲む様に備え付けてあり、側から見ると随分と歪な形をしていた…
その歪な形の船内の窓から誰かが外を見つめていた…見ている先にはあの太陽よりも輝いているのではと思うほど光り輝く星?があった…
光りを見つめている人物は、頭からつま先まで白いローブに身を包み、右手には白く表面が少し凸凹している杖をついていた。
「お前は、星一つ破壊してでも、そこまでして憎いのか?……《炎 えん》」その声は静かな口調ではあるが、必死に怒りを抑えている様にも聞こえた…
光りを見ていた白いローブの人物は、窓に背を向けた…これ以上見続ける事は、その人には苦痛でしかなかったからだ……
船内には、白いローブの人物の他に、ベッドに一人男が眠っていた…
男はシーツをかけられて寝かされていた…
シーツは薄いのか、身体のラインがはっきりと出ていたが、右腕にあたるところだけ布が不自然に垂れていた…
白いローブの人物はベッドに横たわっている男を、ただ、ジッと見つめていた……
背を向けた窓の外から死に行く星の光が、燦々(さんさん)と彼の背後で今も輝いていた…
その光りは、星自身がここにいた事を忘れ無いで欲しいと願う、最後の足掻きの様にも感じた……………… 。
読んで頂いた皆様ありがとう御座います。
多分この作品を読んだ皆様の感想は、長ーなぁ!、読みづらいなぁー! 、意味分かんねーなぁ、だと思われます。
私も出来るだけ分かりやすく書おと思っているのですが!… これが私の限界です!… 。
何を削って何がいるのか全く分かりません。
ただ!… こうやって最後まで読んで下さった皆様には感謝しています。
皆様の大切な時間を使って私の作品を読んで頂いた事は本当にありがい事です。
この作品は読んで頂いたなら解りますが、まだ話は途中です。
なので不定期ではありますが、その都度続きを投稿したいと思います。
では!… 、改めて。このELPISと言う作品を読んで頂いた皆様。改めてありがとうございます。