消された輪郭
美しい顔がほしいですか。あの子の。それはなぜですか。欲望を消すためにスカラが発したのは・・・。
Face8・temple 消された輪郭
《sale》の文字が点滅する。鼻、口、目、眉、額、頬、顎・・・顔のパーツで自信ある箇所を光らせ、パーツ売人は買い手を探して歩く。成立すればその場で買われ、あっけなくデジタルパーツと入れ替わる。値段によりランクは分かれるが、かなりの数の売人が集まっていた。
<本日中に売買成立をご希望の方は1番ブースへどうぞ>
アナウンスは淡々と進行を知らせるだけだ。感情が次第に薄まるのもこういう仕掛けが効いているせいかもしれない。物見遊山に高台から眺めているのはモート伯爵だ。伯爵は右往左往する者を見物するのが大好物だった。
「伯爵、今夜は奥様はご一緒では?」
「キアラはまだ体調が悪いと言ってね」
「まあ、次のご出産もありますから無理は禁物でしょう」
キアラは特に美しい子を産むブリーダーとしても人気がある。選抜された精子で人工受精させ出産を繰り返してきた。
「期待を裏切らない奥様だけに鼻が高いですな」
「実は、キアラ以外にも適任者が見つかるかもしれません」
「ほお、興味深い」
「新しく住人として住むようでしてね」
闇夜の商談は明け方まで続くはずだった。
その夜、ゲストハウスを出たスカラ、ロック、ヘッジはモート伯爵家の敷地に入り、キアラが暮らす待つ奥屋敷までやってきた。
「ロック、もし私が失敗したときにはロックがそのナイフでやっつけて」
「もちろん!なんなら最初から俺が」
スカラは首をふった。
「ロック、それはあくまで失敗したら、だからね」
ヘッジは長いツノのような帽子を整え、すっかり仕事のモードだ。
「ヘッジ、大丈夫だ。ものすごくうまくいく予感しかしない」
「ほんとうに?ほんとうに天変なんて起こせるのか」
ヘッジは確信していた。ヒガンが語った“スカラは救世主”の意味はとても深く、酷い面も持つ。だが、地上界ではスカラの唯一無二の美しさこそが正解になる、とヘッジもわかっていた。
「みなさん、ようこそ。こちらへどうぞ」
黒いドレスに着替えたキアラが手招きしている。キアラにも積年の思いがある。
生まれ変わったようにみなぎっている情熱は、スカラとの再会が呼び起こしたものだろう。
「明かりを落としてちょうだい」
邸内のAIが照明をおとした。ここでもAIが召使のようだ。
「よくしつけられてるな」
ロックが笑った。
「明かりはね、私が指定できる要件に設定されてるの。伯爵は狡猾な人よ、嫌になるくらいに」
暗がりの中を4人は進んでいき、伯爵が信頼を置いているマスターAIテンプルの部屋まで侵入した。部屋には大きな鏡があり、そこにキアラの姿が映ったと思うと、鉛のような色へと変わり、部屋全体が心臓のように動きだした。
「ゲッ! 気色悪いな、床が泥水みたいになってる!」
<フハハ。お前の感覚に話しかけているだけだぜ。小僧>
「なんだと!」
ロックが鏡を見ると、そこにはもうひとりのロックがいる。ロックvsロック。
「まじかよ、これは新種の魔法か?」
「ロック、姿はきみの姿だが声が違うだろう。声はモート伯爵のもので、すべてAIが見せている幻想だ。踊らされるな」
<賢い化粧師がいるな。ふん。お前は謀反人クレの子孫だな>
「ああ、そうだ。このツノ帽子でわかるだろ」
ふっと歪んだと思うと、鏡にはヘッジの曽祖父のクレが映った。悔恨の思いをテンプルは見事について鏡に映して惑わそうとするらしい。
スカラはキアラの手をギュっと握ってから、ゆっくりと鏡の前に進んだ。
「私はどう見えますか、テンプル。伯爵じゃなくて、あなたが考えてから私に教えてください」
鏡の前でスカラは美しい顔で迫った。ヒガンに教わった通りにふるまおう、とスカラは決意していた。
「さあ、テンプル。私はまだ鏡になにも見えない。私にはなにを見せる?」
部屋全体の鼓動の中にいた。スカラはまっすぐ鏡を見ている。
<永遠に地に咲く者と知れ、汝のみにひれ伏す空の民に知れ、永遠は地にこそ。民が目覚め、民が急ぎ、やがて境を成し、これぞ永遠だと笑ったとき、空の民は身を消滅させんと神殿を壊し、自らの崩壊させ、平地に新しき希望を捧げる。捧げる。捧げる>
キアラの姿が鏡にぼんやりと映った。
「あ、見えたわ。これは私・・・でも、おじいちゃんだわ。キアラだわ。会いたい人に会えるって、鏡は素敵。美しい顔を見るためだけの鏡なら、鏡なんていらない。私はおじいちゃん、おばあちゃん、おとうさん、おかあさん、キアラに会えたら嬉しいもの」
AIテンプルが腹を抱えて爆笑する声が地上界に轟いた。AIが鏡に映しだす姿を完璧に無視し、誠実な対話に結びつけたソアラの無垢な感覚は、テンプルがとうの昔に消去してしまった異物だった。美しいソアラから見せつけられたら、地上界では無視できない。しかし、削除したものを最上だと認めなければならないテンプルは、初めて混乱し、錯乱し、AIとして産声をあげた当時に刻み込まれた一節に頼るしかなくなった。もちろん、その後の行動においても吟じられたままを忠実になぞることしかできなくなって———。
<モート伯爵を確保します
モート伯爵を確保しました
・・・・・放出
放出0秒
経過5秒
経過10秒
経過15秒
経過20秒
落下確認。地下に着地。放出完了しました>
AIテンプルは自らを餌付けしたモート伯爵を外に放出した。まっさらな新しい世界へ生まれ変わらせるために動き出さなければ未来はない———と判断した。
「部屋が止まった。鏡が黒くなってくぞ」
ロックが驚いている。
「ただの鏡に戻ったんだろう。AIテンプルが再起動するんだ」
<永遠をくださったご主人さま。ご主人さまに捧げます。あなたの意向をお聴かせください>
「待っているのよ、スカラの指示を」
キアラがスカラを見た。スカラは歌うように答える。
「正しき天変を。暗黒の通貨は中止してください。傷つけあう人間なんていらない」
<・・・・・・>
「地上界もボーダー界も地下もないほうがいい」
<・・・・・・>
<世界を確認します。
世界を確認しました。
・ ・・・・・放出まで5秒
4
3
2
1
0>
END