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暗黒を越えて

スカラたちが踏み出した一歩は、地上界へ続く。AIのゲートをくくりぬけて。

Face6・eye 暗黒を越えて


猶予はない。ロックはポケットの中のナイフを何度も握り返している。

「ロック・・・」

隣りのヘッジは小さな声で呼んだ。

「今にも飛び掛かりそうな顔をしているぞ。ここは地上界に納得しているふりをしないと通れない。つくり笑いでも頼むぞ」

「わかってるさ」

ロックは攻撃を受けたときに痛めた膝を撫でながら言った。ヘッジの防護シートがなければ一発で仕留められていたかもしれない。

「ほんとにバレずに入れるのか」

「スカラの証明書が頼りだが、ロックも私もパーツで売れるくらいはイケてるところもある。美しい者には甘いのが地上の入国ゲートだからな、挙動不審にさえならなければまず大丈夫だろう」

「ほんとの意味で顔パスってわけだ」

「あと2キロ歩けばゲートだぞ」

道脇の水路で顔を洗っていたスカラが戻ってきた。

「おまたせ」

汚れを落としたスカラの顔はさらに美しかった。スカラはヒガンのガウンの袖の切れ端で髪を束ねている。ヒガンはスカラの美しい顔を覆うように息絶えていた。

「それ、ババアのガウンだろ・・・」

「うん。これはお守り。絶対に引き下がらない証だから。行こう」


<入国をご希望の方ですか>

ゲートの前でスキャンされながら質問にも答えるのが入国審査のようだ。

「はい」

<1歩、前にお願いします>

ライトがスカラに当たる。美しい顔が浮かび上がると、AIでもため息をもらしたようだった。

<たいへん結構です。異質物の持ち込みがないかスキャンします>

スキャンが終わると、スカラが言った。

「他に2人連れがいます。2人とも私と同じ入国希望です」

<お連れの方もスキャンします>

スカラはとっさにロックの持っているナイフを受け取った。

「申請します。ナイフです。髪を切るために使います」

スカラはそう言うと、サイドの髪を少しだけ握り、すっぱりと切って見せた。

後ろで束ねたヒガンのガウンの切れ端が揺れている。

<みなさん、結構です>

「ありがとう」

<あなたのお生まれは?>

「地上界です」

<証明はできますか?>

「はい」

スカラは証明書を出してみせた。鏡面が磨かれ、光が反射している。キラキラはねた光が、すぐ近くの高層ビルに映り、地上界の人々はすぐに特別な光に気づき、望遠レンズや自前の拡大レンズを使って覗きだした。なんといってもゲートに来た者が《生きた顔》を持っているならば、その顔を吟味して、美しければ美しいほど自分で欲しくなってしまう人たちばかりなのだ。

<証明書、確認しました。入国許可します>

背後でヘッジもロックも安堵の息を漏らした。もし偽造だと言われたら、すぐにでも命が危なくなるだろう。

<地上界に滞在希望ですか。住人希望ですか>

「もちろん住人です。私たちくらい美しく、ふさわしい者はいないですよ」

スカラはカメラ(AIの目)に向かって自信たっぷりに微笑んで見せた。ロックもヘッジも黙って後ろに控えている。主役スカラにすべてを委ねて。

「地上界では、美しいことが最上だと聞いています。もし、私たちの住人番号がなければ、在住の住人の中でいちばんふさわしくない人が外に出て、私たちに譲っていただけると聞いています」


「面白いことを言う者が来たな」

モート伯爵はふいに顔を上げ、監視画面をズームした。

「この娘はなんと美しい・・・」


ただ美しいだけならば、他にいくらでも用意はできる。しかし、画面に映る娘には、どこにもない輝きがあった。モート伯爵には、娘が持っている強い意思や芯の強さの価値はまったくわからなかったから、ただこの娘が《特別に美しい顔を持っているから心を奪われる》のだと考えた。そして、近くにそっくりな女をはべらせていることにも気づかなかった。


監視AIはスカラの質問———地上国がどのようにして住人の空きをつくるか。という問いは無視して、手続きだけに集中していた。

<ただいま住人希望の空きは2名ございます>

「2人だけ? 私が3番目だから、男性2名が先に入国します」

スカラはヘッジとロックの背中を押して、先にゲートの中に入れた。

「スカラ、無茶するなよ」

「スカラ、きみが先に入らないと・・・」

「これで地上界がどうでるか。ほんとうにわかると思う。私は話しか聞いていない。ヒガンの話しか聞いていない。しっかり見ないと自分で判断できない」

<2名、入国しました>

地上国のAIは、地上国で最も優位とされる者にこそ従順な働きをするように成長している。入国を管理するゲートでも同じことで、最初に認めたスカラがあまりに美しかったために、スカラの提案はほぼ<イエスでよい>と判断した。美は永遠。それに勝る考えは封じられている。ヒガンも口にしていた、地下やボーダーの民たちが吟じてきた実際が、地上界のAIによって叶えられているのは皮肉に思えた。

「私は入国できないですか?」

スカラは周囲をうかがいながら尋ねた。

<お待ちください。1名を除外します。お待ちください>

ヘッジとロックも警戒している。入国したものの、次の瞬間に<あなたを除外する>と判断されることもあるからだ。目をこらすと、はるか漆黒の闇の下に、ヒガンがリタが倒れたボーダーが、スカラの祖父母が眠っている地下が沈んでいくように感じた。やがて、地上界からはなにも見えなくなるのだ。

「ヘッジ、本気で1名選んで捨てるのか?」

「ああ、そうだ。すべての顔を登録しているから選ぶんだ。《生きた顔》を買い換えても、つけた瞬間から管理データも上書きされていくから、どう判断するのかはAI次第なんだ」

そう言いながら待っている間にも、ボーダーに降っていく流れ星のような捨て顔が落下していくのが見えた。線香花火のような光が、ぽつ、ぽつ、と闇に呑まれていくのだ。そのあまりの多さにおののくばかりだ。

<1名を確認しました>

確かにそう聞こえたが、スカラたちの周囲ではなにも起こっていない。

<1名を確保しました

・・・・・放出

放出0秒

経過5秒

経過10秒

経過15秒

経過20秒

落下確認。地下に着地。放出完了しました>

たった20秒で、スカラたちが10日間をかけて登ってきた高低を越えたようだ。そして、放り出された者が誰なのかはまったくわからなかった。


<住人希望1名、入国できます。お入りになりますか>

「はい」

スカラはゲートを通過した。



Face7へ続く


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