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恐ろしい一夜

ボーダーで繋がった初めての師、初めての友。しかし、悲しい別れはすぐそばまで来ている。

Face5・nose 恐ろしい一夜


地上にはすべてがある。モート伯爵は傍の女の肩を抱きながらグラスを掲げるとなんども繰り返した。

「さあ、キアラ。欲しいものを言ってごらん。遠慮しないでいいから」

すべてがある。ここには《顔》のすべてがあるとでも言いたいのか。反発したい気持ちが高まっているのに女には術がない。

「キアラ、なぜ黙っている」

モート伯爵の手が動いた。すると、女はその手を払うようにして、

「伯爵、私はもう子どもを産みたくない。これまで、あなたの利益に貢献するために15人もの子を産んできた。そしてどの子も手放して、今どうしているのかもわからない。こんな酷いことがありますか!」

女の怒りは頂点だったが、モート伯爵の苛立ちはそれ以上に恐ろしいものだった。

「お前のその美しい鼻をへしおってやろうか」

退けようにも、大柄な伯爵の体重を載せられたら逃げることはできず、女は横を向くだけだ。

「私がなぜ、お前をブリーダーに選んだかわかるか。え、わかるか? お前のこの鼻だよ。美しい横顔だ、世界一美しいラインだよ。お前の母も持っていた骨格だ。そうだな、おそらくパーツだけでもかなりの高値がつくだろう」

女は目を閉じた。いっそバラバラになって売られたほうがラクになれるかもしれない。覚悟をして待った。

「腕を出せ、キアラ」

女の腕に鋭い痛みが走った。

「顔が美しくなければお前の頬を殴ったところだが、腕で勘弁してやる。私は困っていることがあるなら言えと命令したのだ。意見しろとは言ってない」

モート伯爵は女を床に叩きつけると外に出ていった。監視AIがすぐに作動する。

<キアラさま、なにかお飲み物はいかがですか>

「あなたまでその名前で呼ばないで。ただの女で結構!」

<女、さま、とは言えません。では、奥様。お飲み物は>

「嫌な呼び方・・・。いらないわ。どうせ外には出られないのでしょ」

<確認します・・・はい。外出許可は出ておりません。鍵も預かっておりません。お買い物予定も伺っておりません。ご来客の・・・>

「予定なんてなにもないでしょ。もういいわ! じっとしてろと言うんでしょ、また3ヶ月経ったら私の身体のホルモンを測って、人工授精で子どもを産ませる。その繰り返し、産めなくなるまでずっと」

<奥様・・・>

「あなたも繰り返しね。私はただの女、ブリーダーよ。ただ産むだけのね」

女はどこか遠い目をしている。モート伯爵が執着するその横顔は美しく、地下界で育ち、ボーダー界を通り、まもなく地上界にやって来る少女ととてもよく似ていたが、そのことを“ただの女”は知らなかった。

<奥様!なにかお飲み物はいかがですか>

「・・・まかせるわ」


地上にはすべてがある。そう思われている。ヒガンは旅支度を進めるスカラ、ヘッジ、ロック、リタにゆっくりと言い含めていた。

「ロック、お前がいちばん地上に怒りを抱いているだろうが、功を急いではいけないぞ。まずスカラの出自を確かめるのだ、そうすれば地上界の中枢にたどり着ける」

ロックは岩で作ったナイフを磨きながら言った。

「モートの野郎を倒せば売買はストップできるんだ。絶対にやってやる!」

スカラは鋭い刃先を見ていた。

「ロック、それで誰かを殺すの?」

スカラに見つめられると、血気盛んなロックでも迷いが出てくる。

「悪い奴に、ほどこしは禁物だ。簡単に嘘をつくからな。スカラ、きみの考えは変わらないのか・・・」

ロックは覗き込むようにスカラの手元を見た。スカラの鏡、つまり証明書が輝いている。ハイクラス以上の輝きだから、スカラの両親も、もちろん祖父母もかなり美しかったことだろう。ロックには嫌悪したいことだが、世界はいつからか、美しい者をより美しくする方向へと流れ、《生きた顔》こそを価値ある通貨にまで育ててしまったのだ。

「私も絶対に許さない。おじいちゃんの顔を捨てるなんて。でも、その人を見つけて殺しても、きっと終わらないんだよ」

ヘッジが肯いて言った。


「地上でも、私たちが立ち上がれば賛同する者は出てくるよ」

そう例え少数であっても呼びかけるしかない。ヘッジは覚悟していた。

ヒガンがリタの髪を結びながら続けた。

「“汝のみにひれ伏す空の民に知れ、永遠は地にこそ”。わしの寿命には間に合わんかと思うくらいの遠まわりにはなったが、スカラこそ永遠だ」

「スカラは救世主、スカラは救世主!」

リタが呪文のように繰り返すので、スカラは慎重になってくる。

「リタもロックもかいかぶりすぎ。地上界を動かしている人たちにどうしたら《顔をなんども買い替える》ことをやめてもらえるか、ほんとはわからない。でも、絶対に許せない。ぶつかってみるしかないと思ってる」

スカラのまつ毛がゆっくりと閉じ、開き、強い意志が伝わってきた。そんなスカラを見て、銀髪のヒガンが子どものような笑顔を見せた。

「ヒガン、今の笑顔は格別ですね。まるで“民が急ぎ、やがて境を成し、これぞ永遠だと笑った”ですよ」

長いツノのような帽子を洗ってもらい、身支度を整えたヘッジが言った。

「ハハハ。これはまだまだ続く長吟だぞ、今では暗唱させる家も少なくなったものだ。地下にボーダーに逃れた先祖たちのあまりの苦しみが、代を重ねて吟ずる意義さえ消失させたのだな。ヘッジ、ロック、リタ、お前たちが知る箇所など数ミリであろうか。このババアも大した長さにもならんがなあ・・・」

ヒガンはスカラの前に立った。

「スカラ、お前がすべて、お前こそが永遠とわしが言ったのは・・・」

言い終える途中でヒガンの体が小さくなったので、スカラは思わず天井を見上げた。すると、ボーダー界の上表面を掠りとるようにして何かが動いていた。薄い煙のようなシールド膜が破られ、閃光が一気に刺さってきた。

「みんな、目を閉じろ! 下を見ろ!」

ヘッジが叫んだ。レールガンが高速でヒガンの身体をつらぬいたのだろう、とヘッジは思った。ボーダー界を護っていたシールドが破壊された瞬間だった。破られたシールド膜の断面は、デジタルフェイスをちぎられた痕に似て、地下界の人たちの骸を思わせ、無残に引きちぎられた欠片は岩肌に粉のように降ってきていた。

「まだだ! 目を開けるな!」

地上界が先手を打ったのだ、とヘッジは理解した。花と根と土壌。下から上へ吸い上げられた養分は《生きた顔》だけではない。AIの頭脳も、バイオミミクリーも、先進的な技術はすべて地上界が牛耳り、地下界やボーダー界は時間を戻したかのように退行させられ、置き去りにされている。地上界が察知して先手を打つことは十分に考えられた。

「怖いよお〜、リタはじっとしてられない〜〜」

リタが叫んでいる。

「リタ、動いちゃダメだよ!」

「リタ、俺がそっちに行くから動くな!」

スカラとロックはまだ落ち着いている。リタが危ないとヘッジは思った。閃光がおさまらない間に動けば、地上の嗅覚にキャッチされて、簡単に撃ち抜かれてしまう。匂いや、わずかな音で生き物の狩りを楽しむのは今に始まったことではない。美しすぎる顔を持つ者は残酷な遊戯を愛する。ヘッジはこの定説を疑ったことはない。だからこそ、傷を負っても地下に逃れ、そこで生涯を終えようとしたのだから。

「怖いよお〜まだ開けちゃダメなの〜怖いよお〜」

リタの限界がきている。

「我慢するんだ、リタ! もう少し待つんだ!」

ヘッジが叫ぶ。レールガンに撃ち抜かれたヒガンが這うようにして向かったのはスカラの足元だった。

「スカラ、私の身体をかぶれ」

「え、ヒガン?」

「いかん!目は閉じていろ。開けるな。閉じたままよく聞け。地上界は牛耳るだけでは飽きたようだ。乱し、壊し、打ち消すことこそ極上の遊戯に育ててしまった。スカラ、お前は地上に行き、虫のように殺された多くの民が託した天変を起こさなければいかん。正しき天変を、知略をお前に授けるぞ・・・さあ、わしをかぶり、その生命を守りぬけ〜〜〜〜っ!!」

ヒガンの銀髪が最後の力を振り絞って逆立つと、スカラを包むようにヒガンの身体が空を舞った。蠢く巨大な岩にでも感じたのか、リタはたまらずに目を開けてしまった。

「きゃあああ〜〜」

恐ろしさに岩を裂くほどの声が出る。喉元から漂う、恐怖におかされた声の匂いを地上の狩猟人が見過ごすわけもなく、リタは撃ち抜かれた。ロックは気配でリタの絶命を感じながら、身を隠すために何を我慢しなければならないのか必死に考えた。ヘッジは目を閉じたまま身体を何回か回転させて、ロックの背中にやっとたどり着くと、震える肩に手を置いた。

大きな閃光がボーダーの広場に最後に広がったとき・・・ヘッジは鞄にあった防護シートをロックとともに覆っていた。スカラの上にはヒガンの身体があった。

やがて、岩場に静寂が訪れたとき、リタは消えていた。岩肌に積もっていく欠片に、ほんの少しの温みがあることを確かめる者は、ひとりもいなかった。



Face6へ続く


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