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天上の影を喰らう者

顔の美しさで分断された世界。ボーダーでは、捨てられた顔が降ってくるという。

Face4・lips 天上の影を喰らう者


ヒガンが飲み干したグラスの中身について、スカラは知りたいと思わなかった。おばあちゃんが飲んでいた痛み止めの薬。まさしくそれと同じ印象を持ったからだ。

「さてと・・・」

舌なめずりをすると、ヒガンの唇が光ってきた。栄養を含んだ若々しい唇になり、準備万端といった感じだ。リタもロックも、そしてヘッジも、身構えてヒガンの言葉を待っている。

「この世は真っ二つに分かれている。地上界を独占しているのは金持ち、地下界は恐ろしいほど金のない貧乏人。わかりやすい構図だ。だが、ほんとうの問題はそこじゃない。スカラ、お前はサングラスとマスクの街が世界のすべてだと思っていたんだろう。それくらい単純に見えている間はまだマシなんだよ。始末におえなくなるのは絡まってきてからだ。地上か地下か、それでは片付かない問題から逃げるために出来上がったのがボーダー。真っ二つの境目、このボーダーだ」

「ボーダー・・・」

「地下しか知らないお前には、太陽も風も、月も雨も雪も、おかしな人工物でしかないだろう。実際は地上界が占有している素晴らしい自然だ。ここでも風はめったに吹かない。岩ばかりの世界だ。おかげで生きていることも忘れそうになるくらいにねえ」

ヒガンは空中でくるりと腕をまわし、そこに一輪の花を映し出した。

「例えるなら、これだよ。地上界を支えている根にあたるのが地下界、花や実をとって栄えるのが地上界、間の土壌がボーダー。三つの層が混ざることはないんだ」

ヒガンが写した空中スクリーンで、花は毒々しい色で咲き輝いた。根の部分はやがて枯れ、土壌は色あせる。花弁だけが養分を吸って輝いているのだ。

スカラは首をひねって見ていた。

「ボーダーには多勢の人がいるの?」

「いるさ、たくさんいる。スカラが見ようとすれば見えるだろう。ここはそういう世界だ。入り込む者には、なによりも覚悟を問うてくる場所だ。わしが白黒を決めて動かしているわけじゃないのさ」

ヒガンは面白そうに笑うと、キュッと目を細めた。

「難しい話をしたが、実はもっと簡単なことがある」

「簡単なこと?」

「顔だ。地下、ボーダー、地上はすべて《顔を持つかどうか》で分かれる。地下には顔を売って無くした者が集まってくる」

「・・・デジタルフェイス?」

「ああ、そうだ。そう呼ぶ。サングラスとマスクはその象徴だ。しかし、出来にはピンからキリまであって、粗雑なサングラスやマスクで仕上げられた者は痛みでも見た目でも後々苦労している」

スカラはそこで目を伏せた。そして、ヒガンに訊いた。

「なんでそんなことになったの? なんで分けられてしまったの?」

「いい質問だが・・・」

スカラは起き上がり、ヒガンを見た。銀髪が顔を隠しているが、ヒガンの目だけは鋭く光っている。

「地上界があるから。言えることはそれだけだ」

「地上界。聞いたこともなかったし、おじいちゃんおばあちゃんも言ってなかったけど、ほんとうにあるんですね・・・そんなところが」

ロックが弾むようにスカラの前にいき、

「スカラ、俺は地上界が大嫌いなんだ。地上界があるから、ボーダーも、地下の人も苦労ばかりしてるんだ!」

興奮気味に言った。

「ロック、落ち着け。お前は急ぎすぎるのが悪い癖だ」

「苦労って、どんなこと?」

ヘッジはまじまじとスカラを見て思った。スカラの祖父母は、スカラの無垢な心、純真さをも守っていたのだと。祖父母を殺され、知らない世界を知るに連れて大量のデータがスカラの中へ流れていっている。ヒガンが語る真実もまた、スカラを上書きして強くしていくものになるだろうか。

「ボーダーには悲しい意味もある。地下と地上の境目だけでなく顔と顔の境目という意味でな」

「顔の境目・・・」

「ボーダーの住人には、顔の部分売りをして地上界から逃げてきた者がいちばん多い。目だけ、耳だけ、鼻だけを売る。顔の売買を嫌ってなんとか逃げてきた者、パーツ売りを何度か繰り返し、すべてを売りきる前に逃れた者も少なくない」

「リタの親もパーツ売りなんだよ」

リタが歌うように答えた。

「パパは鼻を、ママは唇を売った。そこだけデジタル部品なの。ママはおしゃべりだから話にくいって文句を言ってる。貧しかったから売るものが顔しかない人たちだと、地上では顔がいちばん強い通貨になるからね。ちょっと綺麗とか形が美しいだけで、嘘みたいな値段で売れるんだよ」

「でもデジタル部品だって高いだろ?」

「うん。ママのデジタルリップは型落ちだったし古いの。安いからすぐ取れて厄介なの。最新リップマシンは設定次第で色も変わるし、ママは欲しいなあ〜って言ってるよ」

「そんなもん、地上に行かなきゃ買えねえぜ」

「知ってるよ。なんでも良いものは地上だもんねえ」

スカラが深いため息をついた。

「私のおじいちゃんとおばあちゃんも顔を売ってたの。私はずうっとデジタルフェイスを見て育ってきたから、それがふつうだと思っていたけれど、ヘッジさんを見て《顔を持ってる》ことってこういうことなんだと初めてわかった」

スカラはヘッジ、ロック、リタを(ヒガンの顔はほぼ銀髪で隠れているので、さしあたって顔のわかる3人を)見た。

「そう、ヘッジさん、頬に傷があるんですよね。ロックは若い感じ? 眉毛?が太い。リタ、すごく目が可愛い感じ。そう、これは目でいいのよね?」

「そうだ、スカラ。きみは今、人間の顔を見ている。きみは顔で人を認識できることを覚えていくだろう。地下ではおそらく、声で判別していたんだろうね」

地下の街では人々はサングラスとマスクなので外見は大した違いがない。ボーダーでは個人の顔が現れてくる。人々は《顔を持っている》。

「とても不思議な感じ。首から上がこれほど違うなんて驚き」

スカラがしみじみ言うので、誰もが神妙な面持ちで互いを見た。

「そうだ、地上にはどんな人たちがいるの?」

「どんな人なんて言えるかよ! ひどい野郎ばかりだぜ」

「ロック、軽々しく怒りを使うんじゃない。正しきときに動かせなくなるぞ」

「ババア、俺はそんな祈りや念力は使わないんだ。地上を攻めるのに、そんななまぬるい武器じゃ闘えねえって」

「ロックはほんとに嫌いなんだよ、地上の金持ちが。だって、せっかく買った顔を捨てるんだよ。ゴミみたいに簡単にポイって」

「捨てる? ポイって?」

「ほら、また落ちてきたぜ。広場の北側は地上界の捨て沼の真下だから見てればすぐに落ちてくる。飽きると違う顔を買って、なんどでも顔替えするんだ」

流れ星のように、すっと視界に入ってきた落下線がスカラの琴線に触れた。

「ああ、落ちてきた・・・あれ、あれは」

スカラは降ってきた流れ星を追いかけて走りだした。美しい光のように見えたものは、ロックが話したように地上界の誰かがむげに捨てた《売られた顔》だった。剥がされて捨てられてもデスマスクにしか見えない。頭から丸ごと被り、すっぽりとセットして使う《生の顔》は、今にも目を開け、口を開け、鼻をしかめてしゃべりそうな気配がある。美しいだけに、捨てられることが惨めで、無残で、不気味だった。

「待つんだ、スカラ!」

ヘッジが駆けてきた。化粧師ヘッジは、ウィルスや腐食を警戒していた。

「ちょっと見せてくれ。うん・・・大丈夫そうだ《生の顔》の品質に問題があったわけじゃないな」

スカラは手にとってみた。

「ヒガン、あの子、手で触ってるよ!怖くないのかな?」

リタはびっくりした。流れ星の顔にはめったに触れたことがなかったからだ。

「ババア、いいのか。地上からの落し物を拾って、あの子の特別な磁場が崩れたりしないか」

「大丈夫だ。問題ない。あれはな・・・晴れて、対面しているんだ」


スカラはしばらくじっと、地上から降ってきた顔を見ていた。《生きた顔》と会話し、胸の奥を震わせているように見えた。

ヘッジもスカラが持ち上げた《生の顔》に気づいたようだった。

「もしかして・・・」

スカラの瞳から涙が流れている。

「私のおじいちゃん。おじいちゃんの前の顔」

一度か二度しか見ていない祖父の顔をスカラはとても美しいと思った。ヘッジは、スカラの横顔を見て、祖父から受け継いだ美しいラインが生きていると感じた。とても残酷な気づきだ。しかし、何かがスカラを突き動かした。

「おじいちゃんの顔を買って、捨てた人に訊きたいよ。なんで、大事に使ってくれないの、顔を売ったおじいちゃんの気持ちを考えないのって!!」

地上には《生の顔》を買っては付け替えを繰り返す者がいる。通貨のように顔を売り買いし、最後まで顔を買い漁って意のままに捨てる者がいる。

「許せない、許せない、許せない、絶対に!!」

スカラは立ち上がった。

「ボーダーには墓地はありますか。おじいちゃんにきちんとお別れができなかったけど、ボーダーに葬ってあげたいんです」

岩場の階段を上がると、かすかに風が通る平地があった。そこに重ねられた石板は、捨てられた顔パーツの、飽きられた《生の顔》たちの墓だった。スカラは一つの墓碑を選び、祖父の前の顔を眠らせることにした。

「おじいちゃん・・・永遠に地に咲く者と知れ、汝のみにひれ伏す空の民に知れ、永遠は地にこそ」

スカラがつぶやくと、ヒガンは小さく叫んだ。

「ババア、なんだ、妙な声だして」

ロックが見過ごすはずもない声だった。ヒガンはスカラに言った。

「スカラ、その一節をなんで知っている?」

「え?」

「今、祖父の顔に捧げた一節だよ」

「よくおじいちゃんから聞いてたから、家の門にも書いてあるの。おじいちゃんが好きだったのか、よく聞かされていたの」

ヒガンの瞳が潤んでいる。

「スカラ、スカラ、ほんとうにお前・・・民が急ぎ、やがて境を成し、これぞ永遠だと笑ったとき」

「ああ、それはこの続きでしょ。ヒガンさんも知ってる有名な歌なのかな?」

ロックがスカラの手を握って言った。

「ババアの代わりに教えてやる。スカラは救世主だ。俺が探してた地上界を塗り替えることができる救世主なんだ!」


Face5へ続く


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