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顔のない街

少女スカラの身におこったことはすべて、私たちの世界とつながっている。

Face1・ ear  顔のない街


けだるい朝だった。新しい1日の始まりを歓迎する者などひとりもいない廃墟のような街に、ひとりの少女が現れるまでは。

「おはよう、ドクター!」

少女の名はスカラ。スカラはまるでスポットライトを浴びたように輝いて美しく、通りすがりの老人までが、水飲み場に急いでいることも忘れてスカラを振り返った。活き活きしたスカラの表情をずっと見ていたいと誰もが思った。

「おばあちゃんの調子が悪いの。痛み止めを処方してもらえる?飲みやすいように煎じてね。すぐにおばあちゃんに飲ませたいの」

病院の前でスカラの声が響いたとき、周囲の人々は涙していたが、人々がスカラに希望を託したくなったのは不思議なことではない。この街にはスカラにしか《顔がなかった》。年齢や性別に関わらず、人々はサングラスとマスクをつけている。サングラスは両耳につるをかけるタイプのものではなく、両目からこめかみにかけて埋め込むタイプの新型モデル、人工皮膚のようなものでかけっぱなしでも疲れない。マスクは不識布やガーゼ製ではなく、特殊フィルムをつかった貼り付けるタイプで、軽くて丈夫でずれ落ちない。顔から取れないサングラスとマスクがいかに不気味で無表情のものか、実際にご覧いただけるといいのだが・・・かなり奇妙な風貌だと思っていただいて構わない。


2100年代、この街になぜ、目も鼻も口も覆った人間ばかりが集っているのか。その理由は・・・すぐにおわかりになるだろう。


薄暗い街に、一輪の花のように現れたスカラは、美しい顔をあらわにして病院までたどり着いた。

「往診に行けなくてすまないね、スカラ」

サングラスとマスクをしたドクターが扉越しに出てきてそう言った。

「あれ? ドクターも具合が悪かったの?」

スカラはドクターの声に不調を感じたようだった。

「ああ、少しね・・・。おばちゃんはだいぶつらそうかな?」

「ずっと泣いてるの。顔が痛いって両手で押さえて泣いてるの」

白衣を着たドクターはすでになす術がないことを知っていたが、

「よく効く薬を持ってくるよ」

とスカラに言った。

「おばあちゃんね、どこが痛いのか見せてといっても、サングラスもマスクもとれないでしょ、痛みをうまく説明もできないと言って泣いているの」

孫娘のスカラに伝えられない祖母の痛みの苦しさは、ドクターにも想像できた。サングラスとマスクで覆われた顔はひどく無表情に見えるものだ。痛みはもちろん、悲しみも、また喜びも伝えることはできない。スカラに出会った街の人々が、どんなにスカラに感動して涙を流していても、傍目からはまったくわからないのと同じことだ。もしも、隣りにいる人も自分と同じようにスカラに感動しているのだと気づけたら、人々は互いに手を取り合えるかもしれない。いや、それには互いが《顔を持って》いなければならないから、そもそも難しいのだ、この街では特に。

一家を前から知るドクターも、スカラの祖父母への愛情はわかっているし、なんとか良い状態にしてあげたいと願っていたが、サングラスとマスクのドクターはスカラには冷たい医者にしか見えなかった。

「ねえ、ドクター、お薬を飲んでほんとうにおばあちゃんは治るの?」

「おばあちゃんは泣くくらい痛むんだね。この薬が効くといいのだけどね」

ドクターの慰めもこれが精一杯だ。

「ドクター、ほんとうに、おばあちゃんはほんとうに元気になるの?」

スカラは美しいだけでなく、賢い少女である。無言のドクターにスカラも次の言葉を諦めた方がいいと感づいて、薬の瓶をカバンにしまうと「さようなら」と歩きだした。すると、人々の視線が一斉にスカラに集まる。スカラと人々の距離はなんとなく近くなっている。

「あなたも痛いの?」

ふと、スカラが道端にいる人に声をかけたのは、おばあちゃんと同じように両手で顔を覆うようにして呻いているのがわかったからだ。そこで、スカラは周囲を見回した。廃墟のような街の、重くけだるい空気がスカラに救いを求めて向かってくる感じが、初めてしたのだ! 15の少女にとって、これは巨大すぎて、背中から追撃されるような恐怖に変わっていく。

「みんな、痛いの!? みんな泣いているの!?」

病院までの道は決して変えてはいけない。おじいちゃんとの約束を忘れて、恐ろしくなったスカラは必死に走っていた。


スカラが街のはずれのゴミ捨て場のような一角に迷い込んだのは偶然だ。家と反対方向に走り出したのは失敗だったとスカラは後で気がついた。

「きみは誰だ!?」

ゴミ置場のボロ布が突然に動き出し、スカラの前まで歩いてくると、中から目玉が飛び出してきた。

「ううわあ!!!」

スカラは絶叫した。大きなボロ布がしゃべった!と思ったら、男の顔だった。

ボロ布をまとった男だったのである。

「驚きだな! きみはこの街に住んでいる人間か?」

ボロ布の男もびっくりした様子でスカラに迫ってきた。お互いに腰をぬかさんばかりに驚いていたのである。

「サングラスもマスクもない大人なんて初めて見た!ちょっと、よく見せてもらっていい・・・たぶん、目ね、鼻ね、口ね、そう、そう! おじいちゃんたちに見せてもらった写真と同じ、大昔の図鑑と同じだ!!」

奇妙なセリフに思われただろうか。なにせ、特殊なサングラスとマスクの顔しか知らない少女だということを忘れないでいただきたい。

「おかしいのはきみだよ」

ボロ布男も不思議そうにスカラを見ている。

「この街はサングラスとマスクをつけなければみんな死んでしまうはずだろう。きみはなんで素顔のままでいられるんだ? そうか、きみはどこも顔を売っていない・・・売人ではないのかな?」

ボロ布男の言っている意味もわからず、スカラはただじっと男を観察した。初めて見る《顔を持っている》人はよくしゃべる人だと思った。

「これはなんですか」

ボロ布男の頬には縄を縫い込んだような赤い線があった。

「ああ、昔ね、ケンカをして。傷なんだ」

「これが傷。おじさんは、ほんとうに顔を持っている人なんだ・・・」

「きみはいくつ?」

「15です」

「家族は?」

「おじいちゃんとおばあちゃん」

「3人か。ずっとこの街で暮らしてるのか? 両親は?」

「たぶん生まれたときから。お父さんとお母さんは会ったこともない」

ボロ布男はかぶっていた長いツノのような帽子を脱いで、

「私はヘッジ。きみと会うべきではなかったかもしれないね」

と静かに言った。

「どういうことですか」

「私が見たところ、きみは地上界の人間だ。この街の人間ではないね」

「地上界? 意味わからないよ、どういうこと?」

「きみとよく似た顔の人間に私は会ったことがあるんだ。おそらく、きみはなにかの原因でこの街に来てしまったんだろうが」

「別の街があるんですか!?」

「ある。きみの頭の上に、この空のずっと上に」

スカラは笑って言った。

「わかった! おじさんは噂に聞く顔面調査隊の人でしょ! 私を騙そうとしてるんだ。私がサングラスとマスクをしてないから嵌めにきたんだ」

ボロ布男ヘッジがスカラに手を伸ばした。耳の付け根から額の生え際、顎のラインから頬骨まで、感触をたしかめるように触わるので、スカラはくすぐったかったが、いよいよサングラスとマスクをもらえる、と思って我慢した。

「間違いない。きみは素顔だ。となると、家のどこかに、出生証明書があるはずなんだ。きみがここで暮らしているということは、かなりの確率で、おじいさんとおばあさんは顔を売っている。きみを連れ出すときに証明書だけは持ってきたはずだが」

スカラは動揺した。

「嘘だ。作り話なんて信じない」

「嘘じゃない」

「だって、そんなこと聞いたことないし」

「証明書は裏面が鏡になっている。鏡面はどれだけ時間が経っても錆びない、汚れない特殊な鏡になってる。手のひらほどの大きさだ。探せば必ずあるはずだよ」

「鏡だって? 鏡なんてそんなもの見たこともないし、どこにもないよ」

「探すんだ。必ずどこかにある」

スカラは耳がじんじんしてきた。初めて聞くことばかり。それも信じられないようなことばかりで熱くなってくる。

「そこまで言うなら、いっしょに来て探してよ。もし、おじいちゃんとおばあちゃんがなにかを隠しているなら、それは私も、隠してほしくないから・・・」

ボロ布男ヘッジは長いツノのような帽子を被りなおした。

「わかった。私、ヘッジがお供させていただこう。」

《顔を持った》人間が2人になった。廃墟のような街で《顔を持っていない》者ばかりの街で歩きだした。

スカラとヘッジの地獄のような時間が始まっていた。 


Face2へ続く


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