すきキライ
「コラッ! ヒロちゃん、好き嫌いしないのっ!」
「えぇぇぇっ! だって、こんな赤いの気持ち悪いよぉっ」
くるくるパンチパーマのお母さんが、好き嫌いの激しいヒロを叱っている。
「何言ってるの! 赤いから栄養があるんじゃないっ。太陽をさんさん浴びて、ちゃんと育ったのに粗末にするなんて許しません!」
鬼その者の、お母さんの顔を見て、ヒロは嫌々フォークで赤い物を二つにわける。
中からは、どろっと変な物が飛び出してきた。
「だって気持ち悪いじゃんっ! 何っ、このドロドロっ」
ヒロの悲鳴に、お母さんはますます目元をキツくする。
「うるさいわねぇぇぇぇぇっ、そこが栄養なんじゃない! わかったら、さっさと食うっ」
ヒロは、げっそりしながらナイフでそれを一口サイズに切り分けると、フォークで突き刺して口の中へ放り込んだ。
何とも言えない酸味と渋味……ヒロは、うぇっと吐き出したいのをこらえる。
独特の食感が堪らなく気持ち悪い。
もう勘弁して……と上目遣いで見てみても、お母さんはジロリって完食する事を促す。
「もうやだよぉぅっ! お父さんは食べてないじゃんっ」
「お父さんはいいのっ! 寝てるんだからっ」
ヒロの必死の抵抗は、敢えなく丸めこまれた。
「じゃぁさっ、煮ようよっ! 僕、生なんて食べられない!」
ヒロの申し出を聞いたお母さんは、両のコブシでテーブルに衝撃を加えた。
「生がいいんじゃない! 新鮮でっ」
低いお母さんの声に完敗して、ヒロは皿に目を落とす。ヒロがナイフを動かす度に……皿の上の物は、プチャッ、プチャッと音をたてる。
ヒロとお母さんが食事をしているテーブルの横では、テレビをつけっぱなしのお父さんが、ソファーの上で眠っている。
お父さんの目は、開きっぱなしだ。胸の真ん中あたりが、えぐられた様にヘコンでいて、白いシャツを赤く染めたままにしている。
ヒロはよく目が乾かないな、と思いながらお母さんに尋ねる。
「お父さん、いつ起きるの?」