人間のお守り
「あー、もうっ この私が人間のお守りをするなんて信じられないわ。あいつと一緒にいると碌な事にならない」
文句を言いながらも、なんだかんだで手伝ってしまう。結局、あの老人と一緒にいるのはイーナ自身の意思によるものだった。
ひょんな事から行動を共にするようになってから、長いこと一緒にいる。それだけ、イーナ自身があの老人を気に入っていた。普段は人種に興味を示さない龍族がだ。
「やーっときた。あいつね、私のお守り対象は」
前方に、肩で息をしながら必死に駆ける、女冒険者の姿があった。
女冒険者はこちらに気づいたのか、必至に何か叫んでいる。
「あんた! こんなとこで何してるんだい! ヘルハウンドの群れが来る! 早く逃げるんだ!!」
「はぁ、人間ってどうして視覚の情報を鵜呑みにするのかしら」
いつもの事ではあるが、イーナの姿を見て、ただのか弱い女だと思う人は少なくなかった。それも仕方ないだろう、イーナはまだ成人してるかどうかといった具合の女性の姿なのだから。
そうは言っても、イーナとしてはそういった相手の対応をするのはウンザリしていた。
「聞こえなかったか? ヘルハウンドの群れだ、何十頭ものヘルハウンドがいるんだぞ?」
「あらそう、多いのかしら?」
イーナにとってヘルハウンドが何頭いようが些末な事であった。
「冗談に聞こえるかもしれないが嘘じゃない!! あんたもあたしと一緒に王国に逃げた方が良い! 王国に行けば閣下がいらっしゃる!」
そんなイーナの態度に、冗談に受け止められたと思ってハナンザは声を荒げる。
「あなた、少し落ち着きなさいな。大丈夫よ、私強いから」
「もういい、忠告はしたからな?」
これ以上何を言っても無駄だと思ったのかハナンザはさっさと立ち去ろうとする。
「お待ちなさいな。不服だけど、私、あなたのお守りしなきゃいけないのよ。ほんと不本意だわ」
しかし、立ち去ろうとするハナンザをイーナが止める。イーナが微動だにしていない事から、何か魔法的な力でハナンザを止めているのは明白だった。
「——ぐっ 何をした!」
「お守りの相手が逃げないようにしただけよ。そこでじっとしていなさいな」
ハナンザはなんとかしてその場を脱しようとするが、一切の身動きがとれず、身じろぎする事も叶わなかった。唯一できるのは顔を顰めることぐらいだ。
「くそ! 離しやがれ!!」
「煩いわね、首から上も縛ってしまおうかしら。あ、でも、人間ってそれだと死んでしまうのだっけ?」
全く面倒だわ、と零しながらイーナはハナンザを見ている。ハナンザはそんなイーナを睨みつけていた。
「あたしは生きて王国に帰んなきゃいけないんだ! あんたの自殺ごっこに付き合ってられないんだよ! あいつの命を無駄にするわけにはいかないんだ!!」
ハナンザの脳裏には覚悟を決めた同僚の姿があった。
「だから落ち着きなさいと言ってるでしょうに。ほら、〝あいつ〟とやらが来たわよ」
激しく喚き散らすハナンザに、イーナはウンザリしながら言う。
「何を言って——」
最初理解ができなかったハナンザだが、その姿を見て目を大きく見開いた。
「はっはっは、その意気だぞハナンザ。で、誰の命を無駄にしないって?」
朗らかに笑いながらその同僚は老人と共に姿を現した。
「イーナさん、おまたせしました」
リクルド達の姿を見たハナンザは大きく目を見開きながら、口をパクパクさせる。
「もっと早く来なさいよ」
イーナはというと、ハナンザが煩くて敵わなかったという風に、そう零すのであった。
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