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女神様の命令は絶対なのです!  作者: 村瀬誠
第一章:気まぐれ悪魔による暇潰しの悪戯
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第七話:フィーリアの切なる願いに立ちはだかる壁

月明かりに照らされた水面は夜空に燦然と輝く星を写したかのように煌き、神妙な面持ちで湖の中を散策するフィーリアを美しく彩る。

その神秘的にも思える光景を目の当たりにしたロイは、息を飲んだままそこに立ち尽くしてしまう。

この光景を己の雑音で汚したくはない…ロイは無自覚の内にそれを強く願い、呼吸を忘れていることにすらしばらくは気が付かなかった。


フィーリア「あれ…ロイ君?」


ロイが静止したといっても、二人の間に遮るものはなく互いに姿を確認できる位置関係にある。

ロイの存在に気が付いたフィーリアは現れたその少年の名をポツリを呟く。

その向けられた視線と言葉でロイはハッと現実に引き戻され、無意識の内に強張っていた体の力が抜ける。


ロイ「すみません、のぞき見るつもりはなかったのですが…。」


罪悪感を抱きつつ謝罪を口にするロイだが、ロイがそこにいるとはっきり認識したフィーリアもまた…見られたくないものを見られてしまったといった風に少し困った様子を見せる。


フィーリア「…あー、うん。気にしなくていいよ。…それより、どうしてここに?もう夜は遅いから早く寝なきゃダメだよ?」


何かを誤魔化すように言葉を紡ぐフィーリア、今自分がここで何をしていたか…いや、ここで何もしていなかったことに対し後ろめたさを感じているのだろうか…自分のことを棚に上げているなと言葉を発しながら心の中で苦笑いをする。


ロイ「レイナ様に教えていただきました。今日の夜、ここに来ればフィーリア様に会えると。」


フィーリア「え…ってことは、レイナ気付いてたの!?…わぁ、私てっきり気付いてないと思って内心ドヤ顔してたのに…。」


心底どうでもいい自信を粉々に打ち砕かれた様子のフィーリア、しかしあのレイナならとっくにこの特訓に気付いていても不思議はない…と、むしろそのことに今まで気が付けなかったことに対して落ち込む。

そうしてフィーリアにとってはある程度衝撃的なことが判明したわけだが、それでもなぜそのことをロイに伝えたのかまでは分からない。

フィーリアは一旦湖から上がり、そのことに対しロイに問いかける。


フィーリア「えっと、それでそれを聞いたロイ君がどうしてここに来たのか…聞いてもいいかな?」


フィーリアの素足はまとわりついている水滴をすっと吸収し、フィーリアは近くに置いてあったソックスと靴を手に取る。

知られてしまったものは仕方がない、自分をよく知っているレイナならば何の問題もない…というか他の女神であっても知られるだけならばいくらでも構わなかったが、出来ればこのロイという少年にだけは自らの弱みを見せたくはなかった。

そこにはレイナの思惑が多分に含まれているのだが…昨夜の出来事を知らないフィーリアはこの時多少の動揺もあり、その意図を汲み取ることは出来なかった。

…まあ、元よりフィーリアがレイナに対し懐疑的になることはない…このことに対しても理由付けをするならば、恐らくまた己のためを思ってのことだろうと判断するのだろう。

それはある意味ではあってはいるが、そこにある真の目的としては全くの見当違いである…が、これも当然の如くフィーリアがそれを知るはずもなく、それは友人であるレイナからのお節介だと受け取るであろうことは明白だった。


ロイ「レイナ様から、大まかな事情はお聞きしました。…私如きがお役に立てるかどうかは分かりませんが、少しでもフィーリア様のお力になれれば…と思いまして。」


ロイの脳内にはもちろん、レイナの『役目』のことが浮かんでいた…どういった言動を行えばフィーリアの感情に訴えかけることができるのか?

その答えはカースナイトの末裔であるロイには到底分かるはずもなく…当面の方針としてはフィーリアの弱点克服を手助けすることとし、レイナの『役目』については特に明かす必要はないと判断する。

レイナのあの口ぶりからして周囲の女神にもその『役目』とやらを隠している節がある…そしてもちろん当の本人であるフィーリア自身にも秘匿するべきことであろう。


フィーリア「いいのいいの、これは私が頑張らなくちゃいけないことだから!ロイ君が無理に付き合う必要はないよ。」


本人はロイを気遣っての発言であろうが、その言葉は彼の為を思うようで彼の存在自体を否定する言葉である。


ロイ「…それは、私が不要ということですか?フィーリア様にとって私は、なんの価値もない…ただの人間ということですか?」


ロイのその言葉を聞いて、フィーリアはハッとする…多少の後ろめたさがあったとは言え、半ば突き放すような物言いになってしまった。

これでは、女神に必要とされないことを何よりも避けようとするロイを真っ向から否定したことになってしまう。

俯き震える声を絞り出すその様子を見て、フィーリアはあの日砂漠で出会った時のことが頭を過る。

そうだ、この少年は女神に否定されることを極端に嫌う…どんな些細な形でも女神のために尽くそうとする。

そうしようとするさまは、たった数日ではあるが共に過ごしてきた中で十分過ぎるほど見てきたではないか…そんなたった一人の人間すらも理解できていなかったのだとフィーリアは自己嫌悪に陥る。


フィーリア「ああ、違うの!そうじゃなくて…なんていうか、レイナから聞いたなら知ってると思うけど…私のこれは、どうにかしようと思ってどうにかなるものじゃないから。…今までに散々解決策がないか試しては見たんだけど、どれも上手くいかなくて…。こうして夜、こっそり練習してるのだって無駄な努力なんだよ。しても意味がない…だから気休めなんだよ、これは。それにロイ君が付き合う必要はないの。」


本当に、無駄なことをしているなと心の中で思う…今日もこうして寮を抜け出して特訓をしているが、それは格好だけで実の所練習をしていたのは最初の十数分だけ。

今日も今日とて何一つ自分が変わっていないことを確認出来たあとは…先程ロイが見ていた時のように、気晴らしと称して水と戯れていたのだ。

変わることのない日常、変わることのない自分…こうしてなにか形だけでもアクションを取っていれば何かが変わるかも知れないという淡い期待を抱きつつも、それが叶わないことが分かっていて…それでもフィーリアは必死に手を伸ばし続ける。

立派な女神になる…そう心に決めた、自分自身の願いのためだけに。


ロイ「…フィーリア様がそう仰るのであればきっと、そうなのでしょうね。ですが、一つだけ訂正させてもらってもよろしいでしょうか。」


フィーリア「何を…?」


ロイ「私は、フィーリアの努力を無駄だとは思えません。例えそれが、なんの益も生まない無意味な行為だとフィーリア様が認識していたとしても…今までそうしてきたをしたこと自体を否定してほしくはないのです。」


ロイ「目に見える結果だけが全てではありません。…そこに至るまでの過程だけが大事とも言いませんが、それでもそうしてなにかに取り組んでいる事そのものに意味がないはずはありません。」


ロイ「フィーリア様は仰っていたではありませんか、立派な女神となって人間を守護する存在になりたいと。こうして夜な夜な特訓をなさっているのも、全てはそのためなのですよね?」


そう、全ては己が決めた目標のため…その夢が諦めきれないからこそ、こうして自分は足掻いているのではないか。

ロイの言葉によってそのことを思い出したフィーリアは、目頭が熱くなっていくのを感じた。


ロイ「ど、どうされましたフィーリア様!?」


フィーリアの目に光るもの見て思わず駆け寄るロイ…フィーリアは込み上げてくる何かを抑えることができずにそのまま肩を震わせ涙を流す。

…ずっと、ずっと認めて欲しかったのかもしれない…こんな未熟な自分を、何の役にも立てない自分を認めてくれる存在を。

何かの…誰かの役に立つのは立派な女神になってからでも遅くはないと思っていたが、その立派な女神になること自体が他の女神と比べて難しいことはフィーリア自身がよく分かっていた…よく知っていた。

分かっていながら…知っていながら、誰かに助けを求める様はことはしなかった…もちろんアドバイスを貰い受けたり直接指導を受けたりもしたが…それでもフィーリアの心に寄り添ってくれる者はいなかった。

いや、いなかったわけではないだろうが…それでもフィーリアからそんな存在を求めることはなかった。

だからこそフィーリアは孤独だった、たった一言『お願い』すれば大抵の女神は首を縦に振っただろう…しかし周囲に引け目を感じているフィーリアにそれをする勇気も、気力も、気概もなかった。

唯一レイナだけはそのことにも気付いていたが、レイナから何かしらのアクションを起こすことはない。

…それはフィーリアが決めなければならないことだから。

フィーリア自身がそれを選択しなければ意味がない…意思により、感情により決めたことを…これまた意思を持って、感情を持って動かなければならない。

レイナとしては、既に最低限の選択を開示している…あとはそれに対しフィーリアがどう答えるか。

…結果としてフィーリアは、救いを求めないという選択をした。

ならば後は静観するだけであった…静かに事の成り行きを見守り、場合によっては首を突っ込み何かしらの刺激を与えるつもりであった。

そうしたら都合の良いことに、女神に対し都合の良い人間が現れたではないか…これは良い刺激になるとレイナは判断し、こうしてロイを引き合わせた。

それがフィーリアにとってプラスとなるかマイナスとなるかは分からないが、それはある意味でどうでも良い話だ。

レイナにとっては、プラスでもマイナスでも構わない…とにかくフィーリアの心が揺れ動くことだけが重要なのだから。

そしてレイナの思惑通り、フィーリアは今ロイの言葉に揺れ動かされ涙を流している。

そのフィーリアの流す涙の意味が分からず、ロイは疑問符を大量に浮かべつつなんとか言葉で宥めようとするが…その瞳からこぼれ落ちる大量の雫が枯れるには少なくない時間を要した。


…。


フィーリア「…えっと、ごめんね。情けないところ見せちゃって。もう落ち着いたから大丈夫。」


ある程度心の余裕を取り戻したフィーリアは近くにあったベンチへと移動し、少し話したいことがあるといってロイを隣に座らせた。


ロイ「いえ、それは構いませんが…それで、私に伝えておきたいこととはなんでしょう?」


フィーリア「うん、えっとね…私がこうやって夜にこっそり魔法の練習しているのは、ただの自主練…ってだけじゃないの。」


ロイ「…と、言いますと?」


フィーリア「実はね…。」


それは、本来ならば決して口にすることはなかったであろう事実…フィーリア自身もまさかこのことをロイに明かすことになるとは思ってもみなかった。

今思えば、これも全て折り込みでレイナが仕組んだことなのかも知れない。

だとすればフィーリア的にはお節介にも程があるが…それでも今は何故か穏やかな気持ちでそれを受け入れられる。

ロイの前で、守るべき存在の人間の前で涙を流したせいだろうか…弱さを曝け出してもなお真摯に女神に尽くそうとするロイの姿を見て、少しだけ気を緩めたくなったのだ。

もし仮に、今ここで起きたことを全て忘れろといえば、ロイはそれに関してなんの疑いも持たず了承するだろう。

しかしそれでは不誠実な気がした…そして何故か、この目の前にいる少年にだけは真実を伝えたいと思えた。

…思えたからこそ伝える、それがどれほど不格好で、無様で、不器用な姿だとしても。


ロイ「定期進級試験のやり直し…ですか。」


フィーリア「うん。…カトラーナ学園では、十年に一度どれだけその女神が成長しているかを確認するための試験があるの。」


フィーリア「そしてその試験に合格した女神は、基本的に次の年から学年が一つ上がるんだけど…。」


フィーリア「えへへ、この前の試験で私やらかしちゃって…不合格になっちゃったんだ。」


フィーリアがカトラーナ学園に通い始めて早十年…初めての進級試験ということでフィーリアは周りの女神よりも数倍気を張っていた。

それも当然だろう…己と周りとの力の差は歴然、ただでさえ魔法の発動が安定しないというのに試験本番でその『当たり』を引き当てた上で実力を発揮しなければならない。

感じるプレッシャーは相当なものだったのだろう…当然今に至るまでに努力を怠ることはなかった、が…その努力が報われることはなかった。

試験当日、獲物を前にしたフィーリアは必死に魔法を放とうとしたが…結果としてそれは不発に終わり、対象を討伐するまでには至らなかったのだ。


ロイ「…どのような試験内容だったのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


フィーリア「試験は二つに分かれてて、一つは筆記…そしてもう一つは実技なんだけど、その実技の方で失敗しちゃって。」


フィーリア「私の課題は『水中での巨大ダコの討伐』だったんだけど、制限時間内に倒しきれなくて失格になっちゃったの。」


カトラーナ学園での実技試験は、その女神の実力に見合った課題が個別に与えられそれをこなしていく必要がある。

筆記の方に関しては普段からきちんと授業に取り組んでいればそうそう落第点を取ることはない、そしてそれは実技に関しても同じ事が言えるのだが…。

魔力操作の不得手なフィーリアだけはその実技試験を突破することができず…学園側もこういったケースが今までになかったため急遽特別に対策を練り、フィーリアのみ後日再試験となった。

学園が上がっていくに連れ試験内容も厳しく難しいものになっていくのだが、二学年に上がるための昇級試験で再度課題に挑戦する事例などなかった。

クリアできて当然、やってのけて当たり前…しかしそれは『普通の女神』だけがそうなのであって、落ちこぼれのフィーリアとってはその『普通』のことができない。

決して侮っていたわけではない、むしろ周囲と比べ何倍もの鍛錬を積み己を高めていった。

周りの成長速度についていけていないのは自覚していた…数年前同じく魔力操作に悩む女神と一緒に特訓をしたこともあった。

しかしその女神はしばらくして魔力操作を見事に会得し魔法を自在に操った…悩める女神が隣にいたとしても、フィーリアのそばにずっと居続ける女神はいなかった。

学園としてもフィーリア自身の努力は高く評価していたため、本来ならば不合格の時点で残留とする所をもう一度チャンスを与えるということで再試験という形をとったのである。


ロイ「なるほど…ちなみに、再試験の内容はどのようなものなのですか?」


フィーリア「課題は特に変更はないかな。また巨大ダコの討伐…三ヶ月後にその再試験があるんだけど、それまでになんとか魔法の成功率を上げないと…。」


魔力操作が苦手といっても、魔法が完全に使えないわけではない…魔法そのものの発動の確率が低いだけであってフィーリアの魔法もそれなりの威力がある。

…が、やはり魔法を発動できないというのは実技試験では致命的となる。


ロイ「…参考程度にお聞きしたいのですが、フィーリア様の魔法の成功率はどの程度なのですか?」


フィーリア「えっと、学園に入る前は十分の一くらいだったけど…そこからなんとか四分の一くらいで成功するようにはなったんだ。」


ロイ「四分の一、つまり二十五パーセントですか…それは厳しいですね。」


フィーリア「学園に十年通ってやっとこれだから、今から成功率を上げようと思っても三ヶ月後の試験には間に合わない…相当運がよければなんとかなるかもしれないけど、それで何とかなったとしてもそれは私の本当の実力じゃない。」


運も実力の内…とは言うが、それはあくまでその運を引き寄せられたらの話であってやはり安定するものではない。

運を確実に引き当てられるほどの幸運の持ち主ならともかくとして、普通の女神や人間ならばまず数字の通りの確率しか引くことはできない。

そういった運を操ることに長けている女神もカトラーナ学園には存在するが、己の力量を測る試験でそのような不正は当然認められるはずがない。


フィーリア「今までしてきたことが無駄だとは思わない…だけど、私がへっぽこなのは今も変わってない…。」


フィーリア「レイナは、こんな私でも見捨てないでずっとそばにいてくれてるけど…でも私としては、レイナはレイナの道をちゃんと進んで欲しい。」


レイナからすればそうすることは当然のことなのだが、その事情を知らないフィーリアはなぜこうもレイナが自分のことを気にかけてくれるのかが分からなかった。

女神の性質の一つとして、自由奔放な性格が多いとされている…これは膨大な力を持っているが故に群れることに対し価値を見出さず、故に群れて行動する集団を見ればそのさまに疑問を持つ。

近年ではその傾向も無くなりつつあり、女神同士でも助け合ったり支え合ったりといった光景は目の当たりにするが…やはりそれでも他の女神に対しそこまで深入りはしない。

その場限りの気まぐれな部分も多分に含まれているため、おおよそ『友情』と言われるような類いの感情が芽生えることは非常に稀である。

そんな周囲の女神たちを常に見てきているのだ…フィーリアからすれば、なぜこんなにもレイナは自分に親しくしてくれるのか。

同情から来るものがあるのかもしれない、しかしそれは長年共に連れ添ったレイナを見ていればそうではないことくらいは流石のフィーリアでも分かる。


フィーリア「でも、私がちゃんとできないとレイナも安心して私から離れることができないと思うから…だから私は、次の試験で合格しなくちゃいけないの。」


レイナがそばに寄り添っていなくても…自分一人でもなんとかなるということを証明すれば、きっとレイナも自分のことばかりを気にかけることもなくなるだろう。

実際はそんなことにはならないのだが、レイナの自立を促すためにはそれしかない…とフィーリアは考えている。


フィーリア「それでね、ロイ君。ロイ君は、初めから私に協力してくれるって言ってくれたけど…改めて私から言わせて欲しいの。」


そしてフィーリアは覚悟を持ってロイに告げる…その覚悟とは、己の弱さを包み隠さず恥を晒すという覚悟だ。

自らの弱点を克服し、来る三ヶ月後に行われる再試験の突破口をなんとしても切り開くために。


フィーリア「私の力になって欲しい。これはロイ君の主人としての命令じゃなくて、私がロイ君を頼りにしたいから。」


フィーリア「今までたくさん失敗してきた…多分、これからもたくさん失敗すると思う…けど今度だけは失敗したくない。」


フィーリア「自分でも凄いわがままなことを言ってると思う…どういう風に言ったとしても、ロイ君は頷いてくれるだろうって心の中で安心してる。」


フィーリア「でももう迷わない。私はどうしても、次の試験に受かりたい…だから!」


願望と欲望は似て非なるものである…いや、言葉の中に…或いは文字の中に『望』という字が使われただけで、その言葉…文字の持つ意味合いはおおよそ変わらない。

純粋な想いから来る願望も、自己中心的な醜い欲望も…見方が違うだけで本質は同じである。

だがそれは、見方を変えれば物事の本質すらも変わるということでもある。

フィーリアの願いは、他者から見れば純然たる願いなのかもしれない…しかしフィーリア本人からしてみればそれは卑しい欲望へと変わる。

既に一回恥を晒しているというのに、この期に及んでまだ恥を晒そうとしているのだ…再試験に必ず合格するという保証はなく、また失態を見せる結果となるだろう。

それに対し同情する者もいるだろう…目にかけて力になってくれる者もいるのかもしれない。

だが他者からの救いを待っているだけで得られるものがあるだろうか?

本当に手に入れたいもの、己の叶えたい真の目的のためならば手段を選ぶ時間すらも惜しい所だ。

故にそれ相応の覚悟を持って救いを求める…例えその者が完全に自分の味方であることを確約してくれていたとしても、それでも叶えたい願いは己のものであり掴み取るのも己でなくてはならない。

そうすることが願いを叶えるための近道と信じて、その欲望を叶えて欲しいと口にする。


ロイ「…フィーリア様は、何も心配なさる必要はありません。」


フィーリアの強い思いは…強く放たれた言葉はロイの発した一言で遮られる。


ロイ「私がフィーリア様の味方をしないはずがありません。フィーリア様が再試験に受からせろと命じれば、私はあらゆる手段を用いてその願いを叶えます。」


ベンチを離れ、輝く星空の映る夜空を見上げながらロイは言葉を続ける。


ロイ「ですが、そうすることをフィーリア様は望んでいない…。ならば私は、フィーリア様のおそばに仕えフィーリア様の力となりましょう。」


そしてフィーリアの方へと振り返り、その眼前に跪き静かに面を上げる。


ロイ「それがフィーリア様の願いならば、私は喜んで引き受けます…フィーリア様が後悔することのないよう、私の全力を持って支援致します。」


まるで従順な騎士が仕える姫君に傅くように、ロイはフィーリアへと忠誠を誓う。

想いの果てにあるもの、欲望の果てにあるものがなんであるか…それを知る術を持つ者はいない。

変えることのできない過去を憂いるよりも、可能性に溢れた未来に価値を見出す者は少なくはない。

そのどこにあるとも知れない『希望』を手にするため、絶望に浸るフィーリアは未来へと縋る。

まだ希望のありかも、掴み取る手段すらもなく暗闇の中から見つけ出さなければならない…だが、そんな途方もない未来を共に歩んでくれる人間がいる。

その人間と共に、必ず希望を掴み取ってみせると…フィーリアは強く、強く願った。

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