第六話:世界の全てを敵に回した一族の末裔
そしてその日の深夜、レイナに呼び出されたロイは静まり返った談話室へと足を運んでいた。
そこには足を踏み入れることが躊躇われる程の静寂があり、その中に差し込む月の光は何か神秘的なものに見えた。
レイナ「ごめんなさいね、こんな時間に呼び出して。」
しかしそんなものは、どうやらここに長年住む女神にとっては大した事のないもののようで…。
颯爽と現れた彼女はその場に立ち尽くしているロイの正面を横切り、手近にあったソファにいつものように腰を落ち着ける。
レイナ「…あなたは座らなくていいの?」
呼び出された者と呼び出した本人が揃い、これから話し合いだというのに立ち尽くしたままのロイを見て問い掛けるレイナだが…。
ロイ「いえ…私はこのままで問題ありません。」
レイナ「そう。」
頑なにも見えるそのロイの態度を見て、レイナはマリーから教えてもらった情報の正しさを再確認する。
初めは、『そういうもの』である…という程度の認識しかしてなかったが、マリーからの説明を聞いてその認識を改めることができた。
…最も、その比較となる人間が他にはいないため確実なことは言えないが…それでも、少なくとも今目の前にいる少年に対する意識を変えることはできる。
そう…ロイは使える人間だということを、正しく認識できる。
ロイ「それで、話があるということでしたが…。」
レイナ「…ええ、そうね。最初はあなたに打ち明けるつもりはなかった…けど、マリーさんからあなたの事を聞いて気が変わったの。」
レイナ「いえ、正確には、あなたの一族のことを聞いて…かしら。…マリーさんからそのことを聞いた時は、なんて時代錯誤なんだろうと思ったわ…でもこれまでのあなたの女神に対する言動を見る限り、間違いではなさそうね。」
レイナ「女神のために尽くし、女神のために死ねる一族がいるということに。…その一族の末裔が、ロイ…あなたなんでしょう?」
ロイ「はい…。」
その昔…まだ女神が人間より遥かに上位の存在であった頃、女神を穢したという罪により国を追放された一族がいた。
その一族の名は『カースナイト』…エレメンタリアの中でもカースナイト家は他を圧倒する程の抜きん出た魔法の才を持つ一族であった。
しかしその栄光も、当時領主だったベルラ・カースナイトの代で終わりを告げることとなる。
国を追われることとなった彼は、同じカースナイトの姓を持つ者を引き連れ延々と続く砂漠を越えて…東にある人の少ない村へと身を潜めることとなった。
だが村に越してきたカースナイトの一族は、そこに住む住人からは腫れもののように扱われていた。
それも当然であろう…事情は分からないが、一族総出でこの辺境にある村へとやってきたのだ。
しかもそれが、誰もが一度は耳にしたことがあるかの有名なあのカースナイト家とくれば…その裏にあるものを勘ぐってしまうというもの。
魔力を持たない一般人を大量虐殺したのではないか、他のエレメンタリアの失脚を試みてその悪事が暴かれたのではないか…様々な憶測が近隣の集落にまで伝わるほどであった。
そんな身に覚えのない悪評すらばらまかれる中…村の住人は、王都から出稼ぎに戻ってきたある一人の男からことを真相を知ることなる。
『カースナイト家は女神を穢した一族として王都を追放された。』
その内容のあまりの衝撃に村の住人は震え上がり…そして同時にこの村に住み着いているカースナイト家に対し猛烈な怒りを覚えた。
いや、怒りというよりは最早憎しみや殺意といったものであったのかもしれない。
それまでは曲がりなりにも同じ村に住む住人として、快くとまではいかないもののある程度の距離を持って…節度を持って接してきた。
しかし、我々人間を守護する存在の女神を汚されたともなれば話は別である。
噂を耳にした住人はカースナイト家を陰湿な方法で追い詰めていった。
買い出しに来たベルラの妻には物を売らず、川で水遊びをしていたベルラの子供たちに石を投げ無理やり追い返し、現役を退き年老いたベルラの父の杖を奪い取り目の前で二つにへし折った。
それだけならばまだ良かったのかもしれない…住人の悪意は更にエスカレートしていき、ある日ベルラが狩猟から帰ると…そこにはぼうぼうと火の手が上がる我が家があった。
これ以上はもう限界だと、ベルラはすっかり生気をなくした一族を連れて深い森へと入っていった。
どこまでも広がるその緑の景色をただひたすらに突き進み…そしてベルラは村の住人ですら足を踏み入れないほどの深さまで辿り着いた。
そこに至るまでに父が死に、途中で墓を作ったが…その墓に手を合わせに行くことはただの一度もなかった。
すっかり疲弊したカースナイト家の面々であったが、そこで息絶えるわけにもいかず必死に生をもぎ取ろうとした。
周辺の木々を伐採し小さいながらにもまた家を建て、食料を調達するべく動けるものは男女子供問わず狩りへと赴き…そうして生きることに執着し死へと抗った。
…最後に見た、メルローズのあの切なげな表情を思い出しながら…それが胸に刻まれていることを、常に確かめながら。
『醜く這いつくばれ、かつての栄光は捨てろ…我々はそれだけの罪を犯した。…だがその罪を理由に自ら死ぬことは許さん。それをしてしまったら我々は、本当に女神様を裏切ったことになってしまう。』
ベルラの放ったその言葉を受けて、生き残ったカースナイトの一族は全員…己を奮い立たせ必死に生きた。
ただひたすらに、生きることのみを全ての事柄から優先させ実行してきた。
…それが時に、人としての道から外れることをしたとしても…それでも生きなければならなかった。
『全ては女神様のために。』…これが、ベルラが死に様に放った最期の言葉であった。
女神以外の全てを持って女神に忠誠を誓うと約束した一族、カースナイト。
かつての栄光は、時の流れと共に薄れていき…今やその名を知る者は極僅か。
今レイナの目の前にいる少年ロイは、そのカースナイトの生き残り…であるならば、この話を聞かされたレイナがロイに協力を求めようとすることはごく自然なことである。
レイナ「…ならあなたは、私にとってはこれ以上ないほど都合のいい人間なのだけど…そんな風にあなたを評価する私に、協力してくれる?」
ロイ「どのような事情があって、レイナ様がそのことを打ち明けてくれたかは私には判りかねますが…レイナ様が遠慮なさることはありません。どのようなご要望でも叶えてみせましょう…女神様に全てを捧げるために、私はここにいるのですから。」
己を一方的に利用すると宣言したレイナ相手に…ロイはその協力の内容を確かめるでもなく、協力を求めてきたレイナの意図を探ろうともせず…一切の躊躇もなくそれに応じる。
まるで初めから、ロイがこの提案に乗ってくるとレイナが確信していたかのように…。
しかしそれは事実として目の前で証明された…だがそれも、結局はマリーから得た情報の裏付け程度にしか過ぎない。
そう、これはあくまでも確認に過ぎない…例え信頼できる女神からの情報といえども、己の中で都合よく解釈してはならない。
なればこそ、その己の仮定が間違っていないかを他の誰でもない己自身で確かめる必要がある…そしてその仮定は物の見事に的中した。
元から勝率の高い賭けではあったが、それでも万一があってはならない。
…もし仮にその仮定が間違っていたとしても、まあなんら問題ない…ここで見聞きしたことをフィーリアに漏らさないよう口止めをすればいいだけのこと。
そしてその口止めは、仮定の証明の是非に関わらず行うつもりであった…ならばこうして本心を包み隠さず打ち明けることのリスクはさほどないと言える。
レイナ「そう、ありがとう。…けど、協力といっても何か具体的なものがあるわけじゃないの。」
ロイ「…と、言いますと?」
レイナ「…私がいつもフィーリアの側にいることに、疑問を持ったことはない?」
ロイ「いえ…私の主観ではありますが、お二方の関係はとても良好のように思えます。…ですがレイナ様がそう仰るということは、お二方はただの友人同士ではないということですか?」
レイナ「そうね。…簡単に言ってしまえば、私はあの子を監視しているの。あの子の状態を出来うる限り間近で観察し、感情の揺れ幅を確認するために。」
ロイ「…なぜそのようなことをなさるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
レイナ「…ごめんなさい、これ以上は口止めされているの。私にこれを命じた女神から、あなたの協力を仰ぐ許可は取り付けてあるけど…私が話せるのはここまで。」
自らの立場も、そしてなぜそれを行っているのかという目的すらも明かす気がないレイナ…しかしそれはロイにとってレイナのことを訝しむ理由にはならない。
ロイ「分かりました、レイナ様がそう仰るのであればこれ以上の詮索は致しません。」
レイナ「ありがとう。…それで、協力の内容だけど…フィーリアの力になって欲しいの。」
ロイ「フィーリア様の…?」
レイナ「あの子が一人前の女神を目指しているのは知っているわよね。」
ロイ「ええ、度々そのことは口にしておられますね。…協力とは、その手助けをする…といった具合でしょうか?」
レイナ「…昔からフィーリアは、魔力制御が覚束なくて上手く魔法を使えないの。本人もその自覚があるから、それをなんとかしようとはしてるみたいだけど…。」
レイナ「あまり上手くいっていないみたいで、教師や他の女神からも積極的に意見を求めて実践してはいるんだけど…どれも効果は今一つ。」
レイナ「だから、エレメンタリアのあなたなら、何か取っ掛りを見い出せるんじゃないかと思って。」
エレメンタリア…魔力を有する人間を指す通称であり、全人類のおよそ二十分の一程度の人口がこれに当てはまる。
魔法を扱えるということは、ただそれだけのことが人間の世界の中では特別な影響力を持つようで…エレメンタリアのそのほとんどが裕福な家柄の出である。
つまりその者がエレメンタリアであるかどうかは遺伝的な要因が大半を占めており、血縁に一人でもエレメンタリアが存在するならばその血を引く者もまたエレメンタリアである可能性は高い。
そしてそんなエレメンタリアを『女神と同じ力を持つ特別な存在』と認識している人間も少なからずいるようで、女神が絡むことなく人間同士での宗教関係も成り立っているほど。
とは言え、人間とは比べ物にならないほどの膨大な魔力を有する女神とエレメンタリアを同一視することはタブーとされており、人間の世界では幼少の頃からそれを周囲の大人に教わり学んでいく。
…それが『この世界における認識』であり、『覆ることのない真実』なのである。
ロイ「…レイナ様のその期待に応えることができるのであれば、どのような協力も惜しまないつもりですが…。」
レイナ「…何か問題でも?」
ロイ「いえ…単純に、私はエレメンタリアの中では落ちこぼれの部類に入るので、魔法に関することでお役に立てることはないかと…。」
レイナ「でもあなた、数少ないエレメンタリアの中でも魔法の扱いに一際長けたあのカースナイトの末裔なんでしょう?…なら。」
ロイ「はい、推察の通り、私の魔力保有量は平均的なエレメンタリアを優に超えていると思われます。…しかし私はどうも魔法の扱いに不慣れなようでして、自力では魔法を使用することができないのです。」
レイナ「…魔力があるのに、魔法を使えない…そんなことがあり得るの?」
それはレイナにとっては信じられないことであった…いや、ロイのその発言を聞いたならば誰もがそれを疑うであろう。
魔力を有する者は、人間女神問わず何らかの魔法を扱うことができる。
それぞれに得意不得意があったり、フィーリアのように魔力操作を苦手とする者もいるが…それでも魔力を有していながら魔法を扱うことのできない者は存在しない。
…いや、正確には存在しないと思い込んでいた…だが今目の前にいるロイはそれができないと断言している。
しかしそれは例外中の例外のはず…恐らくこのロイという少年のみがエレメンタリアの中で唯一自力で魔法を扱うことができないのだろう。
今までに一度たりとも魔法を使おうとしなかった、ということもないはずである…己の境遇がどうあれ、普通ならば一度は魔法が使えないかと模索するはず。
それこそ、魔力を持たない子供が憧れのエレメンタリアを真似てごっこ遊びをするように…ロイもその例に漏れず幾度となく魔法を放ってみようとあれこれ画策したが、碌な進歩は見られなかった。
だが、見られなかったのは進歩だけであり…ロイは魔法を扱う術を独自に開発し、それを我がものとすることができていた。
ロイ「私の言葉だけで、それを信じて頂くことは難しいと思います。エレメンタリアであれば誰でも魔法を扱うことができる…それは世界のどこに行っても変わらない普遍の事実なのですから。」
レイナ「…俄かに信じられないのは本当、でもあなたが嘘をついていないことも確かよね…だってあなたは、女神に対し不誠実であるわけにはいかないのだから。」
ロイ「ええ、その通りです。私は女神様に対し何一つ偽りを見せることはありません。…なので、不要かとは思いますが私が持つ私が魔法を扱う手段をレイナ様にお見せしましょう。」
レイナ「それは…?」
ロイは、ベルトに括りつけられたホルダーから何かの基盤のようにも見える半透明のカードを、触れる箇所を間違わないよう慎重に取り出しレイナに見せる。
ロイ「これはそれぞれが別の魔法に対応しているカードで、私が独自に作り出したものです。この銀色の部分に一定時間触れ魔力を吸収させることで、一度だけそのカードに対応した魔法を放つことができます。」
目の前に広げられたそのカードは一枚一枚淵の絵柄が異なってはいるが、共通している点と言えばロイが先程言った銀色の箇所である。
カードの上部分およそ五分の一程度が鉄のような光沢のない銀色をしており、ロイは魔法が誤爆しないようあえてカードを上下逆さまに持ち説明する。
レイナ「…見たことも聞いたこともないわね。魔法を使用する際は、イメージをより強固にするために詠唱を挟んだり…杖や剣といった無機物を用いることでより精度を高めたりすることはあるけど、魔法そのものを発動させるために媒介を必要とすることはない…。」
レイナ「魔力を吸収させるということは、魔法を放つためにあなた自身が何かをする必要はないのね?」
ロイ「はい、この銀色の部分に触れて魔力が吸収されたのを確認したあとは、カードから指を離すだけで魔法が発動します。」
ロイは広げたカードの中から一枚赤い色のカードを抜き取ると、銀色の箇所に触れ己の魔力を吸収させていく。
時間にしておよそ一秒…銀色の箇所からカード全体に魔力が行き渡るのと同じくして、カード自体も微かに光を放つ。
そしてそのままピッ、とロイがカードを放り投げると…そのカードは形を失いながら瞬時に手の平サイズの炎の塊となり薄暗い談話室を仄かに赤く照らす。
ロイ「今手持ちにあるのは護身用のカードだけなので威力はそれほどありませんが、獣一匹を追い払う程度には役立つでしょう。」
宙を舞う火の玉は数秒ほどでその熱量を失い消滅…通常起こり得る魔法の現象としては極有り触れたものだが、やはりカードを介した魔法の発動はレイナの目からはとても奇妙に見えた。
しかしそれを、レイナは異端のものとして受け入れることはなく…むしろなぜ、ロイが最初『自力では魔法を使えない』と言ったのか…そのことの方が気になっていた。
レイナ「…少し考えてみたのだけど、今のそれをフィーリアの手助けとしてではなく自らの力の証明として使用したのは…それがフィーリアの苦手を克服するきっかけにはならないから、かしら。」
ロイ「ええ、ご推察の通り…私はこれが、フィーリア様の弱点克服に繋がるとは思っていません。…何かの希望を見出すことは、もしかしからできるのかもしれませんが…それでもやはり根本的解決とはならないでしょうね。」
ロイ「私が開発したこのカードは、私の魔力にしか反応しないのです。この銀色で出来た部分は純魔鉱石を溶かして、私の魔力のみに反応するように加工しています。」
魔力を自動的に吸収して魔法を発動する…その言葉だけを聞けば、それは魔法が上手く扱えない者にとっては喉から手が出るほど欲しいアイテムであろう。
しかしロイの持つそれは、ロイが扱うためにロイが開発したもの…そのカードに他者の魔力を吸収させる理由はなく、己の魔力を如何に効率よく吸収させるかを考えて作られた代物。
レイナも一瞬、もしかしたら…との考えが頭を過ぎったが、それならそもそもロイがカードの存在をもっとアピールしたはず。
それをせず単なるマジックショーのためだけに使ったとなれば、それはフィーリアにとっては役に立たない可能性が高いと…レイナはロイの性格も考慮した上でそう結論付けた。
レイナ「…そう、やっぱりダメみたいね。私は少し、あなたに期待を寄せすぎていたのかもしれない…そう都合よく、何もかもが上手くいくわけじゃないのに。」
ロイ「すみません…せめて私が、もう少し魔法に精通していれば何かご助言できることがあったのかもしれません。」
レイナ「いえ、あなたが謝る必要はないわ。淡い期待を勝手に抱いて、いざそれが叶わないと分かると当り散らすような子供でもないし…それにあの子の弱点克服が解決できなくても、あなたにこれから頼むことは変わらないわ。」
ロイ「変わらないとは、どういうことでしょうか?…私はてっきり、そのフィーリア様の弱点を克服するためにこうして私に協力を申し込んできたものとばかり…。」
レイナ「…元々あなたには、フィーリアの特訓に付き合ってもらうつもりだったの。」
ロイ「特訓…?」
話を聞けば、フィーリアは前々から魔力操作を向上させるための基礎訓練をこっそり一人で行っていたようで…レイナはそれに同行して欲しいのだという。
別段隠すようなことでもないとは思うのだが、あえてレイナにも声をかけず時折夜中に起きて特訓をしているようなので…レイナもフィーリアの気持ちを汲み取りそれについて深く言及はしていないらしい。
レイナ「多分あの子は、先の見えない…目に見える成果が期待できるわけでもない特訓に私を付き合わせることを申し訳ないと思っているんじゃないかしら。…私としては特訓に同行しても構わないのだけど、フィーリアの意思を尊重して…とでも言えば聞こえはいいかしら。」
ロイ「ですが、それならなぜ私にフィーリア様の特訓に同行するよう命じるのですか?同じ女神様であるレイナ様の方が、フィーリア様のことをより深く理解していらっしゃると思うのですが…。」
レイナ「…逆よ、理解しすぎているからこそ、もう私に解決の糸口は見い出せないの。けれどあなたとフィーリアが接することで何かが変わるかも知れない。」
レイナ「それに特訓に同行して欲しい理由は、何もフィーリアの弱点克服のきっかけを期待してだけのことじゃないもの。」
ロイ「他に意図があるのですか?」
レイナ「…単純に、あの子の側にいて欲しいのよ。あなたがいればフィーリアは揺らぐ、女神に恥をかかせた罪を償おうとするあなたがいるだけで…それだけであの子は色々な事を思うでしょうね。」
ロイ「…。」
レイナ「そして、それが大事なのよ。…それだけが重要と言っても過言ではない、あの子には常に何かしらの感情を抱いておいて欲しいの。」
ロイ「それが私の役目…レイナの願いなのですか?」
レイナ「…ええ、けどそれは願いじゃないわ。あなたと同じ、私に与えられた果たさなければならない私の役目…ただそれだけのために、私は存在しているのだから。」
ロイを見据えるその目は放った言葉が偽りでないことを確かに示していた。
そしてレイナは『…明日の深夜、寮の裏手の森を抜けた所に行ってみて頂戴。…そこにフィーリアがいるはずよ。』とだけ告げ、もう寝息を立ててスヤスヤ寝ているであろうフィーリアのいる自室へと帰っていくのであった。
一人残されたロイは、明日に備えて魔法に関する何かしらを調べようかとも思ったが…付け焼刃に過ぎない知識を得て知ったかぶることもないと判断し、ロイもまた静かに談話室を去っていった。
…。
フィーリア「よーしっ、それじゃあ今日こそ色々見て回ろうー!!!」
翌日の放課後、今度こそはと張り切るフィーリアはロイを迎えに行くために一旦寮まで引き返し…私服に着替えレイナとロイを引き連れ町まで繰り出していた。
荷物持ちとしてロイを同行させるという建前などもうすっかり忘れており、今はただロイに女神が住むこの国を堪能してもらうことしか頭になかった。
『…今日はどこに寄るつもりなの?』とレイナが尋ねると、フィーリアは興奮を隠しきれない様子でいくつかの娯楽施設や観光スポットを挙げていったが…その数を数えるとどう考えても全てを回りきることはできない。
ため息混じりに、今日は大人しく近くのショッピングセンターに行きましょうとレイナが提案し…フィーリアの提案した娯楽施設巡りはまた今度まとまった時間の取れる休日にでもという話になり、三人はフィーリアたちも普段からよく利用しているショッピングセンターへと向かうこととなった。
そこに初めて訪れたロイはそこに広がる光景を目の当たりにし思わず息を飲んでしまう。
おおよそ商業施設とは思えない程ゆとりのある敷地内…施設同士が隣接しているかと思いきや、一軒一軒家が間を開けて立ち並んでおり…そこにはその広々とした空間を自由気ままに飛び回る女神や、地面を凍りつかせてその上を滑る女神…髪の色が異なる親子らしき女神たちが手を繋いで歩いていたりなど、実に女神の国らしい光景が広がっていた。
そこはショッピングセンターではなく街だと言われても信じてしまう程に規模が大きく、ライドケイターを使用して移動している女神も少なくなはなかった。
フィーリアはいくつか店の名前を挙げてロイに行きたい所はないかと尋ねたが、案の定ロイは自分の希望よりフィーリアの希望…といった感じで特に意見を決めることもなく、結局はフィーリアの采配で各店を回ることに。
小物を取り扱っている店をいくつか見て回り、途中近くにあったカフェで休憩を挟みつつ施設内をぐるっと一周…そうして施設を一通り案内し終わる頃には日が傾き辺りが暗くなり始めてきたため、遅くなってマリーさんに心配をかける前にと三人は談笑しながら寮へと帰宅するのであった。
そして深夜、ロイは静まり返った寮をこっそりと抜け出し…レイナに言われた通り裏手にある森へと向かう。
木々が生い茂る中舗装された一本道を月明かりに照らされながら歩いていくと、視界の先に大きな湖があるのが見えてくる。
広大な森林の中にぽつんと佇むその湖に近付くに連れ、ロイは時折パシャ…パシャ…と、水音が鳴っていることに気が付く。
完全に視界が開け湖を一望すると…そこにはスカートを持ち上げ素足で静かに水と戯れるフィーリアの姿があった。




