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女神様の命令は絶対なのです!  作者: 村瀬誠
第一章:気まぐれ悪魔による暇潰しの悪戯
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第十四話:果たすべき使命

クレンキット「そういえば君は、地上でユティーナ君を見たことはあるのかい?地方での公演も少なくないと聞いているが。」


深夜、一旦休憩を挟もうとベンチに並んで腰掛けるクレンキットとロイ。

こうして毎晩のように二人で稽古をしていると、自然のその距離も縮まる…はずなのだが、やはりロイは女神に対し一歩引いた態度を崩さなかった。

そのロイの気持ちを汲み取るべきかとも思ったが、休憩の度に沈黙が生まれることに耐え切れなくなったクレンキットは無理のない範囲で気軽に接して欲しいとロイに告げる。

少々難しい顔をするロイだったが、ここで女神の要望に応えないロイではない…言葉遣いなどは直せないが、無意識に入る肩の力を抜こうと心掛けることに。

そうすることで自然と会話も増え、今では何気ない雑談程度ならば苦にならなくなった。


ロイ「いえ、村でお名前を聞くことはありましたが、お姿を拝見したことはないですね。」


クレンキット「そうなのか。…んー、それなら今は都合がいいとも思ったが、あの様子では無理だな。」


ロイ「度々女神様の集団を目撃しますが…あれはやはり?」


クレンキット「多分その中にユティーナ君がいるんだろうな。彼女は元々学園内での人気も高かったんだが…ここしばらくは活動に専念していたようだから、学園へ戻ってきて皆はしゃいでいるのだろう。」


ロイ「…ユティーナ様は、まだ学園生…なのですよね?」


クレンキット「ん?ああ、その通りだが…それがどうかしたか?」


ロイ「いえ、フィーリア様からのお話を聞いた限りでは、地上で活動する為にカトラーナの卒業資格が必要なのだと思っていたのですが…。」


クレンキット「そうか、君はその辺りの事情を知らないのか。」


ロイ「…?」


首を傾げるロイに、クレンキットはその疑問に対する解を示す。

基本的にはロイの言った通り、地上での活動を行うためにはカトラーナ学園の卒業資格が必要となる。

地上で活動を許されるのは、ある一定以上の力を有する女神だけ…つまり女神の育成を主としているカトラーナを卒業することが一つの目安となるのだ。

他にも地上で活動を行うためにはいくつかの規定をクリアしなければならないが…その中でもカトラーナの卒業資格は絶対と言っていいほど不可欠なのだ。

しかしユティーナ・クリアレットという女神はその限りではない。

彼女はその有する能力を学園長に見込まれ…本人の希望もあって、アイドルグループ『メリアンロッド』の結成までこぎつけた。

カトラーナの卒業資格を持たない女神が地上に降り立つなど前代未聞ではあったが、学園長の尽力もあってユティーナの地上での活動が認められた。


クレンキット「学園長が彼女を推薦したのが何よりも大きいとは思うが、それでもその学園長が太鼓判を押すほどの実力を彼女は持っていたということだ。」


ロイ「なるほど…。しかし、それほど地上での生活が長くなっているのでしたら、もう学園に通う理由はないのでは?」


クレンキット「うーん、その辺りに関する事情までは流石に把握していないな…。本人に直接聞くことができれば良いが、今はそうもいかないしな。」


クレンキット「…そういえば、今はフィーリアのために武器を作っているという話だったが、何か進展はあったか?」


ロイ「…いえ、フィーリア様の魔力を出力できるように純魔鉱石を加工しているのですが、その作業が思っていたより難航しておりまして…。」


クレンキット「そうか…。僕にも何か手伝えることがあればいいのだが、生憎と魔鉱石の特性には疎くてね。どういった形の武器にするかは決めているのか?」


ロイ「はい、無難に扱いやすい長剣にしようと思っています。形状や重量に関しては、まだこれからですね。…というのも、実技試験は水中で行われるということなので、できればその点も考慮したいので。」


功績採掘を一時中断し武器作成に取り掛かったロイ。

過去に魔法を扱えるカードを作り出した経験があったため、魔力を流すための回路を組むこと自体は容易にできる。

しかしそれはカードとしての完成品を生み出すまでに膨大な時間がかかっており、そう安安とできるものはない。

純魔鉱石は触れた対象の魔力を貯蓄しておける鉱石だが、この時純魔鉱石に移動した魔力はその性質を変える。

魔力というものは本来所有する者それぞれに性質が異なるものなのだが、純魔鉱石はその吸収した魔力の性質を統一してしまう。

その魔力をそのまま用いることもできるが、自分の持つ魔力と異なる性質の魔力を扱うとなるとどうしても使用に制限がかかる。

己の手足のように自在に操るためには、やはり自分の魔力をそのまま使うのが一番。

そしてそうするためには、純魔鉱石をその対象の魔力と同じ波長を受け取れるよう加工しなければならない。

だが加工するにはその者の魔力の波長を把握しなければならないのだが…現在ロイはこの工程に苦戦している。

フィーリアの魔力の波長がどんなものであるか…現段階ではそれを感覚でしか把握できておらず、今はそれを図式として書き起こそうとしている。

…が、思いの外複雑な波長だったためその書き起こし作業に手間取っている…という訳である。


クレンキット「そうだね、水中では水の抵抗も考慮しなければならないし…それを逆手に取るという方法もある。」


クレンキット「フィーリアには今基礎トレーニングを主にやらせているが、武器が完成したら水中での戦いに慣れるための訓練をしなければな…。」


クレンキット「そのためにも、ぜひ君には頑張ってもらいたいところではあるが…だからと言って無茶はするなよ。君が倒れてしまったらその武器を作れる者がいなくなってしまう。」


試作、及び武器作成のための鉱石集めに加えその設計図作り…そして現在はクレンキットとの稽古もある。

日中に学園へ行かなければならないこともあってそれぞれに割ける時間は限られている。

たった三ヶ月という短い期間にこれだけのことを熟さなければならないため当然焦りはある…けれどそれで無茶をして体を壊しては元も子もない。

余裕を持って作業に取り掛かれる時間はないが、その中でも自愛することを忘れてはならない。


ロイ「はい、分かっています。…それに、私が倒れてしまってはまたフィーリア様が私を気遣ってしまいますので。そうならないよう、体調には気を付けます。」


クレンキット「…やはり君ならそう答えるか。」


ロイ「…?どうかされました?」


クレンキット「いや、いい。気にするほどのことではないさ。…さて、ではそろそろ再開するとしようか。」


クレンキットの呼びかけにより稽古を再開する二人。

ここ数日間…短い間ではあるが、クレンキットとの特訓を経て直実に力を付けていると実感するロイ。

まだまだクレンキットには遠く及ばないものの、対人戦を繰り返すおかげで戦いの中でどう動けば有効的かを探れるようになってきた。

それを感覚的に行うことができるようになるのが一番だが、そこに至るまでにはやはり経験が圧倒的に足りない。

今日も今日とてレベルアップを目指すべく、その手に握り締めた木刀を振るう。

そして、そんな様子を隠れてみている女神が一名…いや、二名ほどいた。


…。


レイナ「…大体の察しは付くのだけど、一応あなたがここに来た理由を聞いてもいいかしら?」


レイナがこの二人の特訓を見つけることができたのは本当に偶然である。

毎日のように筋肉痛と格闘しているフィーリアは、入浴を済ませるとすぐさまポータランに潜り込むことが多くなった。

暇を持て余したレイナはロイに武器制作の進捗を聞こうと部屋を訪ねたが、いくら扉をノックをしても返事が返ってこない。

不審に思ったレイナはロイの『生』の気配を辿っていくと、そこには放課後に見た光景とよく似た光景が広がっていた。

木刀を握り締め対峙するクレンキットとロイ…以前この二人は争った経験があったために止めに入ろうかとも思ったが、あの時のように殺気立っている様子はない。

しばらく打ち合った後に休息を取るためベンチへ移動する二人を見て、これはただの稽古なのだと安堵する。

だが、なぜこんな時間に二人で?という疑問は当然のように浮かぶわけで…。

良くないことだとは思いつつも、休憩中の二人の会話を盗み聞いてみると…どうやらロイの方から頼んだことのようだ。

ならば問題はないなと思いつつも、やはりクレンキットへの疑念が拭えないレイナはこうして度々二人を見張ることに。

しかし今日はそこに現れた女神が他にもいた。

…そう、ユティーナ・クリアレットである。


ユティーナ「いえ、私もホントはこんなこそこそと覗き見るようなことをするつもりはなかったんですけど、昼間は他の女神の目もありますから。」


レイナ「…はぁ、もう次から次へと。…それじゃあ今回の勧誘の対象は彼というわけ?」


大きくため息を付いたレイナはユティーナに対し分かりきった質問を投げかける。

彼女がこの場に姿を現したことによって、それに対する疑問と彼女の帰還の理由は明白であった。

帰還に関しては、自分の預かり知らぬところで何かしらのやり取りがあって一時的にメリアンロッドの活動を休止したのかとも思ったのだが…。

帰還したタイミングとロイがこのアスケイドにやってきたタイミングを考えると、とても偶然とは思えなかった。

恐らくメルローズはこちらの事情などは全て把握しているだろうから、もしかしたらユティーナがこちらに接触してくるのではないかとも考えたが…まさかこんな形で接触をしてくるとは想定外だった。


ユティーナ「ええ、休養のためにアスケイドに戻ってきたというのも嘘ではないですけど、彼の勧誘が優先ではあります。」


ある程度想定していたとは言え、これはレイナにとって非常に都合の悪い状況である。

ユティーナが人間の男性を勧誘すること、そのこと自体は何ら問題ない…むしろそれがユティーナに課せられた使命であるのだからその責務を全うすることに異論を挟むことはない。

しかし今回はその対象となっている人物が問題なのだ。

ロイは今現在フィーリアが再試験を突破できるよう専用の武器を作成している最中。

早々にこれが完成していればまだ良かったのかもしれないが、生憎とまだ試作品すらも出来上がっていないような状況。

こんな時にユティーナに勧誘でもされてしまったらもうロイの力を借りることはできない。

かと言ってユティーナの任務を意図的に妨害するわけにもいかない…恐らくロイを勧誘することは学園長からの支持であるため、それに逆らう事などできない。

なんとかして勧誘を先延ばしにしてもらいたいというのがレイナの本心だが…次に聞かされた言葉を聞いて、レイナは胸を撫で下ろすと同時に焦燥にも似た疑問を感じることとなる。


レイナ「そう…まあそれは構わないのだけど、今は少し待ってもらえないかしら。今彼にいなくなられるとこちらとしても都合が悪いの。」


ユティーナ「ああ、その点に関しては大丈夫ですよ。三ヶ月以内に勧誘できればいいので、今すぐ彼をどうこうというということはありませんから。」


レイナ「…三ヶ月以内?」


ユティーナ「はい、そうですけど…?」


レイナ「ちょっと待って、ロイはアスケイドに一ヶ月しか滞在しないことになっているのだけど…学園長から聞いてないの?」


ユティーナ「…いえ、私はむしろ学園長から直接、三ヶ月以内に彼を勧誘しなさい…と指示されたのですけど…。」


レイナ「…。」


これは一体どう言うことなのだろう。

ロイとフィーリアの間に交わされた契約は『一ヶ月間使用人としてフィーリアに仕えること。』である。

つまり一ヶ月が経てばロイは役目を終えて地上に戻ってしまう。

しかしその事情を把握している学園長がユティーナに対し『三ヶ月以内にロイを勧誘しろ』と命じた。

あと二週間ほど経過すればロイはこのアスケイドから去ってしまうというのに、なぜ学園長はそのように命じたのか?

…と、ここでレイナの頭の中に一つの可能性が過る。

それは学園長の娘にしてカトラーナ学園の生徒会長を務めているティアラの存在。

彼女には予知能力が備わっている。

そしてフィーリアとロイの未来に関することを彼女が予知能力を使い把握していたとしたら?

一体何があってそうなるのかは分からないが、何かしらの出来事が起こってロイは定められた一ヶ月が過ぎてもこのアスケイドに留まることになるのではないか?

完全に憶測でしかないが、可能性がないとも言い切れない。

しかし確証が得られるわけでもないため、その考えは頭の片隅に追いやりユティーナとの対話を続ける。


レイナ「まあいいわ。学園長がそういったのならそういうことなんでしょう。…それで、これからあなたはどう動くつもり?」


ユティーナ「彼に直接会って話ができればそれが一番いいんですけど、今はそれができそうにありませんのでクレヴェリスさんからお話を聞けたらなと。」


レイナ「…私としては別に構わないのだけど、それなら私に言伝を頼んで彼を呼び出せばいいだけじゃないの?彼ならなんの疑いも持たずに承諾してくれるわよ。」


ユティーナ「いえ、何やらわけありのようですし…そちらが落ち着くまで接触は控えます。」


レイナ「…そう。あなたがそれでいいと言うなら、こちらとしてもありがたいわ。私も全てを知っているわけじゃないけど、それで構わないなら。」


ユティーナ「むしろ、クレヴェリスさんは彼と仲が良いようですし…彼がどういう人柄なのか、率直な感想をいただければ。」


レイナ「別に仲が良いということはないわ。ただ、あの子が彼を拾ってきたから接する機会が多いだけよ。」


ユティーナ「え!?…あの子、ってノーイスさんのことですよね。拾ってきたってどういうことですか?」


レイナ「まあ、順を追って話すわ。…少し長くなるけど、いいかしら?」


ユティーナ「あ、はい!ぜひ聞かせてください!」


互いに果たすべき使命がある。

例え自らを犠牲にしたとしても、それを成し遂げたいと強く願っている。

そうすることが己の望みであることに偽りはないと、己の心に言い聞かせながら。

諸手を挙げて喜ばれるような事していないのは分かっている…むしろこれは避難されるべき行いであり、その報いがいつか訪れるのだろう。

だが、それで構わない…元より己が救われることなど望んではいないから。

だからせめて、その報いが訪れる前に使命を果たすことができるよう…。

…そう、女神たちは願わずにはいられなかった。


…。


ロイ「それでは、もう一度お願いします。」


フィーリア「うん、分かった。」


ある日の放課後、ここ一週間ほどですっかり見慣れたロイの部屋でいつものように結魔鉱石を握るフィーリア。

板状に加工されたその鉱石の先には魔力を貯蔵しておける純魔鉱石が。

純魔鉱石に貯蔵された魔力を放出するには若干の手間がかかるため、少し非効率かとも思うが…こうしなければフィーリアの魔力は結魔鉱石に流れてこない。

もはやこの貯蔵した魔力に使い道は残されてはいないが、それでもこれは必要な工程である。


ロイ「…。」


魔力の流れを観察するために薄くスライスされた結魔鉱石…そこに映るのは水色に輝く透き通った魔力。

こうしてフィーリアの魔力の流れを確認するのはこれで何度目になるのだろうか?…今ではその回数も時間もはっきりとは覚えていない。

それはフィーリアの魔力の波長の書き起こしが難航しているからであるが…ロイは未だに、なぜ書き起こしが難航しているのかが把握できずにいる。

通常魔力の波長は単一であり、それを意識的に感じ取ることは容易である。

波長の長さに各々個人差はあるものの、基本的には一つの波形がループしているためそれを読み解くのはさほど難しくない。

しかしフィーリアの魔力の流れをこれまでに観察しても、その波形が読み取れない。

結魔鉱石に映る魔力を見て確かに違和感は感じるのだが、その違和感の正体がなんなのかが分からない。

ノイズが混じっているような、所々波長が分裂しているような…とにかく正しい波形の波を感じ取りたいのだがそれが上手くいかない。

もしや人間と女神では魔力の波長が異なるのかとも思い、レイナにも同じように結魔鉱石を通して魔力の流れを見せてもらったが…少々波形の形が複雑というだけで読み取ること自体はできた。

これまでにいくつかの波形の形を書き起こし、純魔鉱石を加工してフィーリアに使用してもらったが…。

感触としてはどれもしっくりこない様子で、全てが失敗に終わっている。


フィーリア「ねえ、ロイ君。少し休んだ方がいいよ。そんなに急がなくても大丈夫だから。」


どうしようもない壁にぶち当たってしまったロイ。

けれど彼は決して諦めることはなく、必死にその壁を乗り越える術を見出そうとした。

突破口さえ見つけることができれば、あとはどれほど労力がかかろうとなし得ることはできる。

しかしその突破口自体が見つからない今、壁に向かって拳を振り下ろし続けても自分の手を痛めるだけ…。

普段のロイならば、今のフィーリアの言葉があったとしてもそれを聞き入れずに作業を続行しただろう。

だが今日だけは違った…何も書かれていない真っ白な紙と向き合っていたロイは、持っていたそのペンをテーブルの上に置いた。


ロイ「…すみません、ご心配をおかけして。お言葉に甘えさせていただきます。」


表情には極力出さないようにはしているが、やはりここ最近根を詰めすぎていたのだろう。

他の者ならば気付かなかっただろうが、そばにいる時間が増えたフィーリアには彼の疲弊がその表情から見てとれた。

武器作成のための時間以外でも口数が明らかに減っていたし…何よりフィーリアの目を見ることが少なくなっていた。

そんな風に感じる必要は全くないのに、どこか後ろめたいことがあるかのように時折目線をそらされてはいやでも気付く。


フィーリア「うんうん、息抜きも大事だよ!私お茶淹れてくるねっ!」


そう言って立ち上がったフィーリアだが、主を働かせてはならないとロイが制する。


ロイ「いえ、お茶なら私が…!」


レイナ「いいのよ、ロイ。今まで何もすることがなかったのだから、そのくらいさせてあげなさい。」


ロイ「ですが…。」


フィーリア「そうそう、レイナの言う通り!ロイ君は一生懸命頑張ってくれてるんだから、これくらい私がやるよっ。」


その言葉に納得するしかないロイは、途中まで上げた腰を下ろし小さく息を付く。

フィーリアは足速に部屋を出ると、そのまま自室へと向かっていく。

どうしようもないもどかしさに己を責めたくなるが、それをして何の意味があるのだろうか。

今自分がすべきことはフィーリアの再試験のための武器を作ること。

それが困難な状況にあることに苛立ってしまうのは仕方のないことだが、感情を剥きだして自分を責め立ててもまたいつものようにフィーリアに心配をかけるだけ。

ただでさえ作業が難航していて迷惑をかけているのだ、これ以上いらぬ心配をかけたくはない。


レイナ「…。」


消沈した様子のロイを無言で眺めるレイナ。

ロイがこれまでにしてきたことは十分理解しているし、同時に感謝している。

だからこそこんなところで躓かれていては困る…フィーリアに絶対的有利の武器が作り出せるのならそれに越したことはないが、それが難しいのなら決して高望みはしない。

ここで変に足掻いて時間を取られ再試験までに武器が出来上がらないという状況こそが、一番レイナの危惧するところ。


レイナ「…ねえ、その純魔鉱石の加工はどうしてもやらなくてはいけないこと?」


ロイ「どうしても…というよりは、そうした方がより安定性が高まるんです。」


ロイ「今のフィーリア様が陥っている状況は魔法の不安定さからくるものですから、それを解消するためにはやはりこの工程は外せません。」


レイナ「でもそのまま純魔鉱石に魔力を貯めても、それは普通に使えるんでしょう?なら多少不便でもそのままで構わないんじゃない?」


ロイ「…そうですね、確かに少し魔力が扱いにくくなるだけなので問題がないといえばないのですが…。」


レイナ「…やっぱり、あの子が原因?」


ロイ「…言葉にするのは憚られますが、その通りです。フィーリア様の魔力保有量は決して少なくないですが、一度に放出できる魔力に限界があるんです。」


ロイ「再試験では予めストックしておいた魔力を持ち込むことはできませんから、本番ではフィーリア自身の魔力で全てを補わなくてはなりません。」


ロイ「今回作成しようとしている武器は魔力に依存したものですから…長期戦ならともかく、短時間で一気に勝負をつけようとするとなると…。」


レイナ「私が今言った案は現実的ではない…と言うことね?」


ロイ「…はい。」


現在ロイが作ろうとしている武器は、フィーリアの魔力に頼ったものである。

純魔鉱石を介しての魔力操作の扱いやすさを考えると、純魔鉱石をフィーリアの魔力専用に加工しなければならない。

加工せずにそのまま使用することもできるが、その場合は変質した魔力を扱うことになるため少々勝手が変わってくる。

膨大な魔力をつぎ込んで一気に放出するという力技もできなくはないが、フィーリアの体質的にそれは不可能。

だからこそなるべく魔力放出時のロスが少なくなるよう純魔鉱石を加工したいのだが…それは現状うまくいっていない。

解決策のための解決策を考えなければならないこの状況…高望みをやめ現状出来るうる範囲で武器を作るべきなのかもしれない。

しかしそれでは実技試験での不安が残ってしまう…元々はフィーリアの自力を試すものではあるのだが、ここで諦めてしまっては一体何のために自分は存在するのか。

あの日犯してしまった罪を償うためにこのアスケイドまでやってきたのだ、主がピンチの時にその手助けができないのであれば意味はない。


レイナ「けどこのまま武器が出来上がらないことだけは避けたいの。…だから、今の作業と並行してその扱いにくい武器も作ってくれないかしら。」


ロイ「…。」


レイナ「あなたの負担だけが増えてしまうけど、私にも出来ることがあるのなら遠慮なく言って頂戴。…こうしてあなたたちを眺めているだけってのも、案外退屈なのよ。」


試作品と呼べるかどうか分からないが、これまでに試験的に剣をいくつか作っている工程は見ている。

今までよりも作業量が増えてしまうのは確かだが、自分とフィーリアにも手伝えることはあるだろう。

実際これまでに剣を作ってきた過程においては、あくまで補助的なことしかしていないが…それでも剣が出来上がっていく過程はしっかりと覚えている。

なら今までよりもできることは増えているし、時間的にも多少の余裕は出るはず。

これがレイナの考えうる中で最も現実的な妥協案…それを聞かされたロイは静かに目を瞑り思案し始める。


ロイ「…そう、ですね。妥協の中で最善を尽くしているつもりでしたが、いつの間にかその妥協は叶わない理想になっていた…ならそこからさらに妥協を重ねるしかない。」


ロイ「すみません。レイナ様にご指摘いただかずともそのことには気付くべきでした。…どこかで私は、自分を過大評価していたようです。」


なまじこれまでに自分のしてきたことがおおよそ成功に終わっているロイにとって、停滞が悪手であることは想定外であった。

地上の山奥に住んでいた頃は、それこそ無限に時間があった。

限られた環境の中でできることは少なかったが…逆を言えば、それは一つのことを極めるには打って付けの環境であるいうこと。

物事に時間がかかってしまうことに疑問を持たなかったロイは、この時初めて壁にぶち当たった。

『限られた時間の中で要領よく物事をこなす。』…多くの人間が生活を送る中でそのことの重要性や必然性を見出していくが、生憎とロイはその多くの人間が経験しているであろう『普通の生活』をしたことがない。

自分が他の人間とは『ズレている』と認識していたとしても、具体的に『何がズレているのか』は分からない…。

分からないことに気付けたのなら、それは十分な進歩と言えるのだろうが…しかしそれを自覚してしまうタイミングがまずかった。

よりによって女神に最大限奉仕しなければならないこのタイミングでそれを自覚してしまっては、ロイは必要以上に己を責め立ててしまう。

今はそうすることよりも目先の問題を優先するのかもしれないが、そうした後悔は後々になって響いてくるもの。

そしてその後悔の矛先は、必ずしも自分に向けられるとは限らないのだ。


レイナ「いえ、あなたは十分過ぎるほどに頑張ってくれているわ。そのことについては感謝しているし、これからも是非あなたの力を借りたいところなのだけど…保険だけはかけさせて欲しいの。」


レイナ「万が一にも武器が完成しないなんてことになれば、あの子はまた試験で不合格になるわ。…何らかの因果が巡り巡って都合のいい奇跡が起こるのならそれに越したことはないけど、残念ながらその奇跡を呼び寄せる方法を知らないの。」


レイナ「あなただけが頼りと言っても過言ではないわ。こちらの都合で申し訳ないけど、振り回されて頂戴。」


ロイ「…そのように振舞わずとも、私はあなた方の言葉に従いますよ。女神様のお言葉は、その全てが尊重されるべきです。人間である私を気遣い悪者を演じる必要はありません。」


まるで心の中を見透かされたようなその言葉に、レイナは自分の心が揺らぎかけるのを感じる。

違和感として感じるほどでもないことだが…いや、自分は徹底的にそう振舞おうと決めていたではないか。

だからこれ以上ロイに悟られないよう、ロイが都合良く信じるであろう言葉を口にする。


レイナ「…言ったでしょ。私はあなたに感謝しているの。だからあなたに対して少し負い目を感じてしまっても無理はないわ。…それともあなたは、女神から感謝されることを疎ましく感じるのかしら?」


嫌味に近い、少し棘のある言葉を投げかけるレイナ。

女神であるレイナからそう言われてしまっては、否が応にも否定しないわけにはいかない。


ロイ「い、いえ、そのようなことはありませんがっ。…申し訳ありません、気分を害されたのでしたら謝罪致します。」


もしやレイナを怒らせたのではないか…と、そんなありもしない想像を浮かべているであろうロイの反応を見てレイナはくすりと笑う。


レイナ「…ふふ、冗談よ。そんなに重く受け取らないでもいいわ。ただの軽口よ。」


そうして言葉にした瞬間、レイナは自分の心の変化を確認した。

今までは、彼のことをただの都合のいい…都合よく利用できる人間だとしか認識していなかった。

フィーリアのためならば常に非情であれ…そう心に決めていたレイナは、フィーリア以外の者に心を許すことはなかった。

けれど今、レイナは笑っている。

しばらくぶりの『笑う』をしたことによって、これまでに笑っていなかったことを思い出す。

ここ最近は常に何かしらに悩まされていた…いや、その何かしらの心当たりは一つしかないのだが。

そのことについて自分でも気が付かない内に思いの外思い悩んでいたらしい…頭の中ではそのことが支配していた。

そして、決してそのことを忘れたつもりはないのだが…何気ないロイとのやり取りはこれまた思いの外レイナにとっては心地よかったらしく。

フィーリア以外に心を許せる者がいた事に驚きつつも、悪い気分ではないとそっと心にその感想をしまいこむ。

そうしてフィーリアが戻ってくるまで、ロイとの何気ないやり取りを楽しむのであった。

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