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女神様の命令は絶対なのです!  作者: 村瀬誠
第一章:気まぐれ悪魔による暇潰しの悪戯
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第十話:女神の幸せを願う女神

クレンキット『君に決闘を申し込みたい。不都合がなければ、放課後十七時に第三演習場まで来てくれ。そこで待っている。』


それだけを言い残し食堂を去っていったクレンキット。

常に女神の注目の的となっている彼のその言動はすぐさま広まり、授業終わりの第三演習場は多くの女神が押しかけていたが…クレンキットが彼女らを中に入れることを拒んだため、集まった女神たちは扉の前で中の様子を興味深そうに伺っている。


レイナ「…いいの?あの子たちは入れてあげなくて。」


クレンキット「ああ、構わないさ。別に見世物にしたいわけじゃないからね。」


フィーリア「ね、ねぇ王子、聞いてもいい?どうしてロイ君に決闘なんか…誘われてたのにお茶会に行かなかったから?それとも…。」


フィーリアたちからしてみれば、クレンキットが決闘を申し込んできた理由が分からないのだろう。

最も、この場においてその理由を知っているのは当の本人だけであるが…。


クレンキット「突然のことで驚いているかもしれないけれど、安心したまえ。君たちが感じるような責任は一つもないさ。…ただちょっと、僕が個人的に確かめたいだけなんだ。」


クレンキット「さぁ、時間も惜しい。手早く始めようか。」


純白の色を持つ手袋をその両手に嵌め、腰に得物のレイピアを携えてロイと対峙するクレンキット。

両者の間に言葉はなく、ただただお互いを注意深く観察し合っている。

そんな様子を見守るフィーリアが、不安を隠しきれずに疑問を漏らす。


フィーリア「なんで王子は、ロイ君に決闘なんか申し込んだんだろう…。それにロイ君も…。」


ロイは食堂にてクレンキットのその申し入れを二つ返事で了承した。

クレンキットが何故ロイに決闘を申し込んだのかも不明だが、それを一瞬の迷いもなくロイが受けたのも不思議であった。


レイナ「…王子が何を考えてこんなことをしたのかは分からないけれど、ロイに関しては…この決闘を拒否する理由がなかっただけじゃないかしら。」


フィーリア「え!?そんな理由で!?」


レイナ「そんな理由と言うけど、今までのあの子を見てきたら頷ける理由でしょ?…あの子は女神に対し否定的にはなれない、女神が望むものを自分の手で叶えられるのなら…あの子は喜んで首を縦に振るわ。」


フィーリア「…。」


レイナのその言葉を、フィーリアは否定できなかった。

ロイはこれまでに幾度となくそんな素振りを見せてきた…女神のためになること、フィーリアのためになることを常に探し続け…その中で彼が拒んできたものは彼にだけその益があること。

それ以外はどんな事柄であっても忠実にそれに従い尽くそうとしてきた…あの日の夜、自らの願いのために協力してくれとロイに願い出たフィーリアはその実直な彼の性格を間近で見てきた。

ロイを見ていて感じる僅かなざわめき…それが一体どんな感情からくるものなのか、この時のフィーリアはそこまで自分を冷静に分析できるほど己のことをよく知らなかった。


クレンキット「さて、今回の決闘に関するルールだが…相手に降伏を宣言させた者の勝利とする。」


クレンキット「得物を急所に突きつけるもよし、体術に持ち込み相手を拘束するもよし…そして相手が気絶等の戦闘不能状態に陥った場合も同様に勝ちと認める。…以上だが、何か質問はあるか?」


ロイ「…では、一つだけよろしいでしょうか。」


律儀にも挙手をして…クレンキットに許可を求めるロイ。


クレンキット「ん、なんだい?」


ロイ「これは私の勝手な推測からくるものなのですが…この決闘において、私は貴方を殺すつもりで挑む方が好ましいでしょうか?」


フィーリア「え?」


クレンキット「…フ、そこまで察しているのなら、わざわざ確認を取る必要はなかったのではないか?それでは、ある意味手の内を晒すことになるが。」


ロイ「いえ、この決闘における勝敗にはあまり意味がないものと思っておりますので、問題ありません。」


殺す…という言葉は、口にするだけなら誰にでもできる。

戯言として、暴言として、脅しとしてその言葉を使う事もあるが…いざそれを行動に起こそうとする者は少ないであろう。

もちろん、短気な者やそれを目的としてその言葉を投げかける者も少なからずいる。

ロイの口調や態度が普段のそれとあまりに変わらぬものであるが故に、フィーリアは明らかな戸惑いを見せる。


クレンキット「そこまで見抜かれているのなら、もう言葉は不要だな。…レイナ君、すまないが開始の合図を頼めるかい?」


レイナ「…ええ、分かったわ。」


戦闘における準備はここに至るまでに双方終えている…あとはもう互いに全力を尽くすのみ。


レイナ「…それでは、始め!」


高く上げられたその右腕が振り下ろされた瞬間、戦いは始まる。

開始の合図と同時に動き出したのはロイ、鍛え上げられた脚力を活かし素早くクレンキットに駆け寄る。

あまりに淀みなく加速するその姿を見て、クレンキットは一瞬なんならの魔法が使われたのかと疑ったが…魔力の気配が感じられないことに気付き心の中で舌打ちをする。

その一瞬の隙を突くようにして、ロイは抜刀した短剣を逆手に持ちクレンキットの首元に躊躇なく切りかかる。


クレンキット「…っ、随分と愚直に狙ってくるのだな。おかげで対処しやすかったぞ。」


しかしその刃はクレンキットの首に傷を付けるには至らず、レイピアで防がれたことを確認したロイは素早く飛び退きまたもや特攻する。

次に狙ったのは足…急所への対処が容易であるならばまず相手の機動力を奪ってしまえばいい…そう考えたロイは姿勢を低くしたまま突撃し、勢いそのままに通り抜けざまに足を切りつける。


クレンキット「はっ、当たらんなっ!」


だがその剣撃もその場で飛び上がったクレンキットに容易に躱されてしまい、手応えを感じることなく刃は素通りしてしまった。

そのあともロイは目、手首、心臓など一撃でも喰らえば痛手になるであろう箇所を狙い攻撃を続けたが…ことごとくクレンキットに防がれてしまい傷を一つも負わせることはできなかった。


…。


そんな二人の攻防を端の方で見守っているフィーリアだが、先程のロイの発言を聞いてからずっと落ち着かない様子であった。


フィーリア「ね、ねぇレイナ。さっきロイ君が殺す…とか言ってたけど、じょ…冗談、だよね?」


レイナ「…私も、初めは聞き間違いかとも思ったけど、『あれ』を見ている限り本気じゃないかしら。」


フィーリア「…。」


認めたくない、信じたくはないが…その瞳に映るロイは、普段の大人しいロイからは想像もできないほどに荒々しく…そして殺気立っていた。

これでもかと見開かれたその目は、クレンキットに手傷を負わせるべくどこを狙えば良いかを探るために激しく動き回り血走っているほどだった。

それはまるで獲物を意地でも仕留めようとする獣のように…異様とも思えるような執拗さを感じさせる。

しかしその執拗な攻撃もクレンキット相手には通用しないらしく、時間が経つにつれロイの息が上がり始める。

まだ決闘が始まって十分と経っていないが、恐らくロイは最初から全力戦闘を仕掛けていたのだろう…そんな無茶が早々続くはずもない。

特に何か作戦がある様子もなくただがむしゃらにクレンキットに襲いかかっていたロイだが、ここでついにクレンキットが動く。


クレンキット「ふむ…君の剣術は存分に見させてもらったよ。次はこちらの番だ。」


そう宣言したクレンキットは、未だ殺意をその瞳に宿すロイへ向けて迎撃を開始する。

この学園において、今朝の学園長の話を聞きそれをすんなりと受け入れた女神はどれほどいるのだろうか。

恐らくほぼ全ての女神が何もその裏事情を勘ぐることなく、メルローズの言葉を額面通りに受け取っただろう。

ロイがどういった人物か、人間とはどういう生き物なのか…そういったことに関心がいく女神も一定数いたが、それでも学園生の大半は人間であるロイのことなど気にも止めていない。

そんな中、クレンキットだけはロイの存在を見過ごすわけにはいかなかった…救われぬ運命にある女神たちを心から愛することを決めた彼だけは、人間の…男であるロイに対し危機感を持った。

彼がどんな人物であるかを確かめる方法としては些か乱暴だが、この決闘には自分たちが格上であることをロイに印象付けさせる意味合いも兼ねていた。

ここまでの攻防や対話からロイのおおよその本質は見抜けた…ならば、後は叩き潰すのみ。


クレンキット「(随分と視線が素直だったな…。エレメンタリアであることは確かなようだが、対人戦闘の経験は浅いと見る。)」


クレンキット「(しかしこちらを食い殺そうとするほどのあの殺気と、一度狙った獲物は逃さないという執念深かさを見るに只者ではないことも確か…やれやれ、何やら訳ありだとは思っていたが、想像以上に予想が付かない。)」


クレンキット「(だがなカースナイト…貴様が何を思ってここに立っているのかは知らないが、過去の出来事を利用しメルローズ様を篭絡しようなどとは思わないことだな。…もしメルローズ様に言い寄ろうものならば、この僕が直々に貴様を切り捨ててやる。)」


魔法を使用しロイを圧倒することもできるが、クレンキットはあえてその選択をせず純粋な剣術での勝負を選んだ。

これまでの防御の構えから、突きを主体とした攻めの構えに変えその切っ先をロイに向けて容赦なく放つ。

一瞬眉を顰めたロイは切っ先が届くギリギリを狙わずに余裕を持って回避するが、その反応を見たクレンキットはやはりなとその一回の攻撃で確信を持つ。

素早く繰り出すことのできる刺突は、手数を稼ぐことはできるがその分攻撃自体は軽い。

刀身を横から叩かれてしまえば容易く軸をずらされてしまい隙ができてしまう…が、ロイはこの刺突に対し迎撃せずに回避した。

クレンキットの予想通り対人戦闘が得意ではないというのもあるだろうが、それ以上にレイピアの間合いが測れないのだろう…だからリスクを背負って迎撃することよりも安全を優先し回避を選んだ。

…しかしそんな甘い考えを打ち砕くようにして、クレンキットの猛攻は始まる。

といっても行うことは先程と同じ刺突であるが、クレンキットが何をしたかといえばこれまた単純…とにかく手数を増やしたのだ。

やや間隔を開けての連続攻撃ならばロイも対処できただろうが、生憎と刺突による連続攻撃は他の攻撃に比べ隙がない。

回避しようと体を捻れば次に切っ先がそこへと向かい、その刺突に対する回避が不可能となる…ともなれば否が応にも防御しなければならない。

…が、初めてレイピアという武器を持った相手の攻撃を全て防ぐことなど到底できず…何回かに一回は刃がその肌を掠めていく。

切り付けられた箇所からは血が滲み、動く度にじくじくとした痛みが神経を刺激する。

防戦一方となったこの状況からなんとか抜け出せないものかと必死に突破口を探るが…クレンキットの穿つレイピアがその隙を与えない。

この時点でクレンキットはある程度勝利を確信していたが…ロイの瞳に宿る闘士と殺意がこの試合を長引かせているのだと、僅かながらに心の中でロイを賞賛する。

しかしこれ以上戦闘を続けても得られるものもないだろうと、クレンキットはこの戦いに終止符を打つべく大きく踏み込んで後ろに下がる。


ロイ「…?」


絶対優位な攻めの姿勢を自ら放棄したことに訝しむロイだが、直後改めてレイピアを構え直したクレンキットから溢れ出る魔力を感じ取り戦慄を覚える。


クレンキット「僕のわがままにここまで付き合ってくれたことには感謝する。…君を降参させることがいかに困難なことか、よく分かったよ。」


クレンキット「そんな君に敬意を表して、この一撃で終わらせる。…君が今後、僕の敵として目の前に立ちはだからないことを祈るよ。」


構えたレイピアにクレンキットの生み出した風がまとわりつき渦を巻き始める。

それを見たロイは、考えるよりも先に痛みの走る足を横に一歩踏み出す。

しかしクレンキットは何一つ動じることなくレイピアを前へと突き出し、その風の渦をロイに向けて放つ。

相手の行動予測からの回避…普段のロイならば難なく躱すことができたであろうが、生憎と今のロイの体は万全とは言えなかった。

無防備に踏み出した足は、切り傷の付いた箇所を存分に刺激し次なる判断を鈍らせ体を凍りつかせる。

クレンキットの放った風の渦は、動かぬ的を射抜くようにしてロイを貫き…押し寄せるとてつもない風と衝撃波によってその体を演習場の壁まで容赦なく叩きつける。

意識を刈り取られたロイは力なく床へと倒れこみ、激しい攻防のあった演習場は静寂に包まれる。


フィーリア「ロ、ロイ君っ!!!」


決着が付いたことなど、最早傷つきに傷ついたロイを目の前にしたフィーリアには関係のないことだった。

気を失ったロイの元へ急ぎ駆け寄ると、傷ついたその小さな体を抱え傷口を塞ごうと魔法をかけ始める。

しかし魔法の成功率は相変わらずのもので、焦る心を抑えようと努力しながら神経を集中させる。


クレンキット「…さ、レイナ君、僕の勝利宣言をしてもらえないかな。」


レイナ「学園公認の決闘というわけではないのだから、別に形式にこだわる必要はないわ。ロイにこれ以上の戦闘が不可能なのは明らかでしょ?」


クレンキット「おや、どうやらこれは…僕が想定していた以上に僕はレイナ君に嫌われていたようだね。」


レイナ「あなたのすることにケチを付けるつもりはないけど、こちらの事情の一切を無視した今回の横暴な言動には腹を立てているわ。」


レイナ「彼があなたの望みを叶えることを望んでいたとしても、私が彼ならそうするだろうと割り切っていたとしても…それでも憤りを感じないわけじゃないの。」


クレンキット「…すまない、まさかそこまで君を怒らせるとは正直思っていなかった。僕に出来る償いがあるのならなんなりと言ってくれ。」


レイナ「…私はあなたに何も求めないわ。私が怒りを感じるのは私の都合であって私の都合じゃないもの。」


クレンキット「…なるほど、今のフィーリアには彼が必要ということか。それなら君がそこまで僕に敵意を向けるのも納得だ。」


クレンキット「それなら今後、僕はフィーリアのために何かをしてあげたいと思うのだけれど…僕に出来ることはなにかないかな?」


レイナ「不本意極まりないのだけど、近い内にあなたに頼むことになりそうだから少し待ってちょうだい。…それじゃ、私はあの二人の面倒を見なくちゃいけないから。」


覚束無いながらも応急手当が済んだ様子の二人の元へと駆け寄るレイナ。

未だ意識を取り戻さないロイのその背に乗せフィーリアと共に寮へと向かい始める。

その去り際を眺めながら、クレンキットは己の身勝手さに内心腹を立てそして呆れる。

それが己の性だと自覚していながらも、その衝動を抑えることができなかった。

結果自分が望むものはその目で確認できたが、女神であるレイナの反感をあそこまで買う事になるとは思っていなかった。

これからの行いの一切を後悔しないと誓っていたはずなのに、この時のクレンキットは僅かながらに苦い思いを噛み締めることとなった。


…。


ティアラ「彼女…今回の件に対し、かなり腹を立てているようですね。」


放課後の学園長室、珍しく怒りをあらわにして乗り込んできたレイナを宥め終わった後。

定期報告をしに来たティアラと事務作業をしていたメルローズは、冷めた紅茶を入れ直し再びソファに身を委ねる。


メルローズ「無理もありません。予め予知の内容を伝えているわけではありませんから…最も、伝えたところで結果が変わったとも思えませんし…。」


メルローズ「むしろ事前にこのことを把握していて、クレンキットに対し忠告を促していたら…恐らく。」


ティアラ「ロイ・カースナイトに対し、より深い疑念を抱いていたでしょうね。そうなればもっと徹底的に彼を痛めつけていた可能性も。」


メルローズ「そうね…でも結果として彼が命を落とすことはなかった。受けた傷の回復に専念し、体調が万全になれば…彼はまたフィーリアのために尽くすでしょう。」


ティアラ「…そう、ですね。」


メルローズ「…歯切れが悪いようですが、まさか予知に変化でもありましたか?」


ティアラ「い、いえそのようなことはないのですが…今回の件、彼はどうしても傷つかなければならなかったのでしょうか。」


自らの選択による未来の変化…予知能力を有する彼女は常に『もしも』考えが頭を過る。

結果に繋がる原因をねじ曲げてしまえば、当然起きるはずの結果は変わる。

意識の外にある小石に躓いて転んでしまう未来があるのなら、その足元にある小石の存在をその者に明かせばどうだろうか。

それでも尚転ぶことを選んでしまうような極小数の変人ならばともかく、大半の者はその小石を意図的に意識し回避を試みるだろう。

未来における結果が、全て良いものであるとは限らない…結果の中にはその者にとって最悪な展開が待ち受けているのかもしれない。

…だがティアラだけは、その結果を知っている…そして結果を当人に伝えられるのも、ティアラだけなのだ。


メルローズ「…ティアラ、他者を思いやるのは結構ですが、わたくしたちにはやらねばならないことが多すぎます。些事を疎かにせよというわけではありませんが、あなたはあなたの責務を優先なさい。…分かりましたか。」


今この場にいる女神たちの関係性を分かりやすく説明するならば『親子』である。

直接の血の繋がりを持ち、自身の子であるティアラをメルローズは自らの手で育てている。

…しかし親子という関係性がなかったとしても、メルローズはティアラが強く生きることを願ったであろう。

それはティアラが予知能力を有しているからである。

先程、メルローズはティアラを自らの手で育てているといったが…正しくは彼女の予知能力を鍛えるために手元に置いているだけなのだ。

メルローズが欲しているのは、自身の娘などという存在ではなく…予知能力そのもの。

未来において悪魔リヴィが如何なる行動を起こしうるのか…それを知り先手を打つためにはティアラの持つ予知能力が必要不可欠。

ティアラが予知能力を有して生まれてきたのは全くの偶然ではあるが…その偶然を手にするために、メルローズはこれまで身を削ってきた。

自らが汚れていく感覚に形容しがたいおぞましさを覚えつつも手にした貴重な能力…その力がいつでも正しく使えるようにするためには、やはり教育が必要だった。

それが周りから見れば当たり前の親子の姿であっても…内に秘めたるメルローズの想いを知れば、その光景がとても歪なものに見えてくるだろう。

そしてそんな彼女の秘めたる想いを知る娘は、自分を嗜める彼女に謝罪する他なかった。


ティアラ「…はい、申し訳ありませんでしたお母様。」


メルローズ「理解しているのであれば結構です。…今日はもう遅いわ、早く寮へとお戻りなさい。」


静かに諭されたティアラは、己の心が塞いでいくのを感じながら母親の言葉に従い学園長室を後にする。

己の欲するものがこの母親から受け取れるなどという幻想は、とうの昔に諦めている。

メルローズの欲しているものが、娘であるティアラ自身などではなく…ティアラの持つ予知能力であることを知っているから。

そして、その予知能力のためだけに己がこの世に生を受けたことも…知っているから。

何一つとして不自由な生活は送っていない…それどころか対外的には学園長の娘であるのだから、周囲からの扱いはそれ相応のもの。

それに対し不満はないし、母親であるメルローズと接する機会が少ないわけではない。

しかし、それが逆にティアラの心を締め付ける。

母親と共にいること、それ自体はティアラにとっても喜ばしいことではあるが…母親であるメルローズがそれを一番に望んでいるわけではないと知っている。

こちらを伺うような言葉を投げかける時…それは己ではなく己の有する予知能力を案じてのことだと理解できるから。

優秀だが利便性のないとても不安定なこの力…いつでも、どんな時でも、好きな時間、好きな場所すらも指定することのできない…己の有する能力だというのに、この予知能力は全くと言っていいほどティアラの望む光景を見せてはくれない。

だからこそこうして定期的に報告をしにメルローズの元を訪れたわけだが…残念なことに、今回もまた未来に関する新たな情報は得られなかった。

ロイがカトラーナに編入したその日にクレンキットが決闘を申し込むという未来が確定した程度…それも想定したよりもロイの負傷が激しかったが、大筋の未来に影響を及ぼすほどではない。

全てを見通し、見越し、見透かし、見抜き、見据える悪魔が…再びこの世界に君臨し世界を混沌に染めないために最善を尽くさなければならない。

感五神が一柱…ヒュニールを失ったあの滅神大戦のような悲劇を、もう二度と繰り返さないために…。

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