Episode.2-1
まぶしい日差しが僕の顔を照らす。
朝だった。
洗面台に行って顔を洗う。
蛇口を捻ると温かい水が出てきた。
顔を洗って服装を整え、部屋を出る。
廊下を歩いて進み、1階の食堂まで降りる。
朝ということもあり、学生はみんな忙しいのか、昨夜のように僕の噂話をするような学生はあまりいない。
僕は手早く食事をとり、部屋に戻る。
部屋に戻った途端、部屋にノックの音が鳴り響いた。
「は、はい?」
僕は驚きながらも返事をする。
なぜなら、今の今まで僕の部屋を訪れた誰もがドアをノックしてくれなかったからだ。ノックをせずに無言で勝手に入ってきていた人ばっかりだった。
無言で勝手に入ってきて、勝手にトイレをあけられて、勝手に僕の羞恥を見られてしまった。
もう僕の中でノックという概念は薄れていた。
「入るぞ」
そう言って僕の部屋の中に入って来たのはシャルルさんだった。
「あ、おはようございます」
僕は部屋の中に入ってきたシャルルさんに返事をする。
「おう、寮生活はもうなれたか?」
シャルルさんは問いかける。
「いやあ、まだなれないですね」
「まあ、まだ初日だから仕方がないだろう。とりあえずは食事と睡眠さえできればいいだろう。食事と睡眠は問題なくとれたか?」
「はい。大丈夫です」
「そうか、それは良かった」
シャルルさんは微笑みながら安堵の表情をみせる。
「よし、学校に行くぞ」
シャルルさんが僕の部屋に来た理由は、入学したばかりで不慣れな僕と一緒に学校に行くためらしい。
「すいません、少し待ってくれますか」
僕は返事も早々に手早く歯磨きをすませ、寝ぐせが付いてないかを再確認し、カバンに教科書を手早くつめた。
「準備万端です」
僕はシャルルさんに報告した。
「うむ、では行こうか。まだ説明し終わってないこともあるしな」
シャルルさんは部屋から出る。
僕も後に続く、が
「あの、シャルルさん?」
僕は1つ聞きたいことがあったので僕の部屋から数歩進んだ廊下にいるシャルルさんに話しかける。というかドア締めてくれ。開けっ放しにしないでくれ。
末っ子かよ。
シャルルさんは僕が呼び留めたので、再び僕の部屋に入ってきた。
「どうした?」
「この部屋って鍵とかないんですか?」
「あれ?」
シャルルさんは僕の部屋のドアを確認する。
「あれ?この部屋って鍵ついてなかったか。まあ、ドンマイ!」
シャルルさんは僕の方に向き直って満面の笑みを見せ、サムズアップをした。
「ドンマイ!」
僕が呆然としていると、シャルルさんはさらに言葉を重ねてきた。ダブルドンマイである。
「いや、ドンマイって言われても……」
僕のプライバシーは0かよ。
「そんなに鍵って必要か?」
シャルルさんは開き直ったようにして僕に話す。
「必要ですよ。貴重品とかありますし」
「君、手ぶらで学校に来ただろ。貴重品とかあるのか?」
「……お金とかありますし」
「君の消費税みたいなお金を欲しい人がいると思うかい?」
「……」
いなかった。
僕の有り金を全部集めてもコーヒー1杯を飲むくらいのお金しか集まらなかった。
「しかも君は特待生だ。大体の消耗品は学校から支給されるから問題ないよ。もっとも、支給されるからと言って浪費しすぎるのは学校的に問題あるけど」
「あ、はい」
「さて、ここまでしても鍵が必要だと思うかい?」
「……」
いらなかった。
僕はシャルルさんの口車に乗せられて、というよりもシャルルさんの口撃を受けてボロボロになった。
完膚なきまでにボロボロにされた。
上級生が下級生を口撃してボロボロにした。
学生会長が新入生をボロボロにした。
どんな側面から切りこんでみても悲惨な様だった。
「いや、ちょっと待ってくださいよ!それだと僕のプライバシーがないでしょう!」
あやうく丸め込まれそうになった僕は心の急ブレーキを外す。
「プライバシーってなんだ?」
シャルルさんは不思議そうに聞く。
「いやいや、なんでプライバシー分からないんですか」
「すまん、英語はよく分からなくてな」
シャルルさんは申し訳なさそうに言う。
絶対申し訳ないと思っていないわ、この人。絶対に鍵を取りつけるのを面倒くさがっているわ。顔に出ている。
「というか、そもそもアレニウスも英語でしょう」
「いや、アレニウスは和製英語だから。正確には日本語だよ」
「へえ、じゃあ外国ではなんていうんですか?」
「えっと……」
シャルルさんは考えている。待っていてあげよう。
「あ、あれだ!」
シャルルさんは思いついたようだ。
「アスタラビスタ!」
それはスペイン語でさようならの意味ですよ。
と、声に出そうになるけど辞める。
「っていうよりもそもそも、」
僕はシャルルさんに話しかける。
「シャルルさんは名前が英語じゃないんですか?」
シャルル。
英語じゃないにしても、日本語ということはないだろう。
「そんなわけないだろ。私は生まれも育ちも日本だぞ」
金髪なのに?朝からバッチリと金髪のツインテールが輝いているのに?
まあ、日本在住の外国人ということもあるだろうから、金髪であってもおかしな訳ではないのだが。
「私の名前は漢字なんだぞ」
シャルルさんは掘らなくてもいい墓穴を一心不乱に掘っていた。
「じゃあ、どんな漢字なんですか?」
僕はさらに攻める。
「えっと……」
またシャルルシンキングタイムに入ってしまった。
シャルルシンキングタイムの間、待たされている僕はただただ暇だった。暇と見せかけて、シャルルさんの考える表情を眺めていたりもする。
わりと童顔。
「あ」
シャルルさんは何かを思いついたようで、さらに言葉をつづけた。
「遅刻するぞ!」
考えが思い浮かばない時のお決まりのセリフだった。
と、思っていたら、シャルルさんが僕の部屋を勢いよく出て、そして走り始めた。
逃げられた!と思って自室の時計をみたら、時計の針は7時50分をさしていた。
シャルルさんは逃げるときの定番のセリフを言った訳ではなく、本当に遅刻しそうだったのだ。
僕もシャルルさんに続いて走り出す。
シャルルさんが部屋に来ていなかったら僕は悠々と学校に行けたはずなのに。
というか、そもそもシャルルさんは僕と一緒に学校に行こうとしたはずなのに、今や僕を置きざりにして全力で走っている。
僕を待とうという気持ちは微塵も感じ取れない。
幸いなことに昨日のうちに校舎を見ておいたので、場所が分からないということもない。
1人で行こうと思えばいけるのだ。
でも……、ねえ……。
「さすがにこれはないでしょ……」
僕は1人になった部屋でボソッと呟いた。




